「で…私、嫌われ者だけどどうする?」
「えーっと、ちょっといい? 大体は理解したけど、まだもう少しだけ疑問があるのよ」
ミサキが前面に出ている間にどうにか恥ずかしさから復活したリオネーラがごく自然にサーナスに問いかける。しかし決闘を控えたライバルからの質問に彼女が答えるかは怪しい――と思いきや、よほどこの特訓に自信があったのかすんなり先を促してきた。
「どうぞどうぞ」
「防御力を鍛えようっていう魂胆なのはわかったわ。こんな一対多のカタチになってるのも自らを辛い環境に追い込む為と考えれば理解は出来る。でもさ、あんたそんなにダメージ通ってないでしょ? なんであんな風に吹っ飛んでたの?」
ミサキも目撃した、わざとらしく吹っ飛んでその上転がるサーナスの姿についての疑問だ。
リオネーラは気が急いていたせいで演技だと見抜けていなかったが、だからこそ聞きたかったのだ、なんでそんなややこしい事をしたのか、と。演技だと見抜いていたミサキにとってもこれは理由が気になる話ではある。
そして問われたサーナスは――さっきまで自信満々ドヤ顔全開だったサーナスは、その質問を受けてドヤ顔はそのままに少しだけ頬を染めて言い放った。
「直立不動でボコボコにされるよりは『魔王城に単身乗り込んだ勇者は何度やられようとも人々の為に立ち上がる!』みたいなシチュエーションを演じた方がわたくしのテンションが上がるからですわ!」
「……え? あ、そう……」
ミサキのごっこ遊び疑惑もあながちハズレでは無かったらしい。そして赤面しているところを見るにサーナス的にもごっこ遊び気味の自覚はあったらしい。でもドヤ顔はそのまま、という事はある程度の効果は見込めたという事だろうか。
「で、実際テンション上げてなにかいいことあったワケ?」
「い、いいことっていうか、レベル差がありすぎるのですから鍛える為にはこうやって何かで補わなくてはならないのはおわかりでしょう!? あぁでも実際気分が上がれば効果も上がるのでしょうね、シチュエーションを作る前よりは育ってる気がしますもの、防御力が!!」
「気のせいでしょ」
「……ふふ、ライバルたる貴女に信じてもらえなくとも構いませんわ。どうせ週末になればわかる事です。気のせいと決め付けた事を後悔するといいですわ!」
「むっ、それはなんか悔しいわね……。実戦を想定した訓練にこそ効果があるのは確かだし、仮にごっこ遊びみたいなシチュエーションでも効果はあってもおかしくないのかしら……?」
「ご、ごっこ遊びとか言わないでくださいまし! わたくしは全力で演じていますわ! た、確かに時々魔王軍の皆さんの視線が生温くて恥ずかしくなりますが!」
ごっこ遊びの自覚があった原因はそこらしい。ではその原因の原因はというと、それもある程度予想は出来る。
「アンタの吹っ飛び方は全力すぎて危なっかしいのよー。見ててハラハラするんだからー」
ある妖精族の女の子(ミサキの隣の席の子とはまた別の子)による指摘に魔王軍の大体の人が頷いた。ミサキから見てもわざとらしい吹っ飛び方だった訳で、つまりはそういう事だ。
……全力で騙されていたリオネーラの立つ瀬がどんどん無くなっていっているが、誰もそれに触れないのは彼女の日頃の行いが良いからだろう。
「くっ、全力すぎて逆に不自然だったという事ですの……? もう一度チャンスをくださいまし! 今度は完璧に演じてみせますわ!」
「やーよー。試しに付き合ってあげてたけど、いくら演技でも戦うのはやっぱりイヤなのよー、妖精族はー」
「そ、そんなぁー!」
「それに何よ魔王軍ってー。こーんな可愛い妖精族を捕まえてそれはないわー。もっとピッタリの人がちょうど居るみたいだしそっちに頼――あっ」
妖精族の子は慌てて自身の口を塞ぐも、その言葉に一瞬空気がピリッとした事実は消えない。その言葉はミサキを快く思っている者からすれば若干不快なものであり、ミサキを恐れる者からすれば相手を怒らせかねない迂闊すぎるものだからだ。
しばらくミサキが空気に徹していたが故の気の緩み、そこからの失言。悔いるには遅すぎて、更に謝るにも遅かったらしい。彼女よりもミサキが口を開く方が早かった。
「……別にいいけど」
午前中にも似たような理由で頼まれた彼女にとっては何も問題はない。なに、気にする事はない。
「……えっ? あ、あの、ミサキさん? あんな言われ方をされて怒らないんですの?」
「……事実だし、考えようによってはこんな外見の私にしか出来ない事とも言えるし。それに……ちょっとやってみたくもある」
それは偽らざる本音。以前ミサキが少しだけ垣間見せたコスプレ願望、それと似たようなものである。異世界らしい服を纏う事も異世界らしい役を演じる事も、どちらも彼女の興味をそそるのだ。年齢相応の『自分ではない何かに対する憧憬』がこのような形で現れているのかもしれない。
ともあれ、ミサキのそんなレアな一言のおかげでピリッとした空気は一瞬で緩んだ。
「じゃ、じゃあ手伝っていただけます? 魔王軍ですけど……本当に?」
「私でいいなら。……ただ、私を取ると他の皆はついてこないと思う」
「あー……」
ミサキの後半の言葉はその話の中に出てくる『他の皆』には届かない小声のものだった。
ミサキを避ける者は多い。特にここ(低レベル帯)には多い。それは事実。彼女は事実をただ事実として受け止め、サーナスに念を押しただけだ。しっかり考えて判断して欲しかったから。
ただそれだけなので、彼女はその二択がサーナスにとって結構な鬼畜選択肢である事には気づいていない。小声で言う気遣いが出来るのならそこまで気づいて欲しいものだが……無理か。ミサキだし。
(う、うぅむ、ミサキさんに協力していただきたいのは確かですが……今まで特訓に付き合ってくれた子達をアッサリ切り捨てるような真似をするのも人としてよろしくないですわよね……でもミサキさんの好意を無碍に出来る訳もなく……くっ、わたくしはどうすれば!?)
一見常識的な考え方をしているように見えるが相手が可愛い子達ゆえに常識が発揮されているだけなので別に評価すべきところではない。
とはいえ理由はともかく悩みの内容は至って常識的で健全で優しさも垣間見えるモノだった為、空気の読める人になら察せたりする。助けてくれるかはその人次第だが……幸い、この時に察してくれた人は良い人だった。
「んー、ミサキがやるならあたしも参加したいけど……魔王軍ってのは嫌よねぇ。そう思わない?」
ミサキが参加すると聞いて微妙な顔をした子のうち一人にリオネーラが問いかければ、その子は少し間を置いた後に彼女の意図を理解し、もの凄い勢いで首を縦に振る。他の子達もリオネーラの作った『逃げ道』の話に乗り、彼女達は魔王軍を抜けて見学組となった。
こうして彼女達を先に逃がす事で結果的にサーナスがその子達を切り捨てる必要はなくなる。リオネーラが参加できない事を除けば皆が嫌な思いをせずに済む解決法だ。
(本音を言うとあたしも混ざりたいけどね……何気に今までミサキと一緒に戦った事って無いし。でもまぁ、勘違いして割って入って怒鳴りつけちゃったからなぁ……ここはあたしが背負うべきよね、うん)
実は割と本気で怒鳴りつけてしまっていた。なのでそれに対する後悔と負い目もハンパなかったりするのだ。勿論誤解が解けた時点で謝り、許されてはいるのだが。
一方、そんなリオネーラの自らを犠牲にした解決法を目の当たりにしたミサキはというと……
「……リオネーラに避けられた……」
そのへんに一切気づけていなかった。そんで落ち込んでいた。
なんでこういう時だけ馬鹿正直に受け止めてしまうのだろうか。コミュ力不足だからか。残念な限りである。
「……センパイ、センパイ。あれは嘘ですよ。嘘というか建前というか」
「…………え?」
予想外の落ち込みっぷりに流石のエミュリトスも素でツッコんだ後、一通り説明した。素のテンションで。
「……そういう事……。リオネーラの面倒見の良さを疑うなんて悪い事したな。後で謝ろう」
「こうして場も整えてもらった訳ですし、謝るよりも今度何かお礼をしましょうよ、一緒に」
「……そうかな、その方がいいかな。ありがとう、エミュリトスさん」
「いえいえ。センパイのフォローはわたしの仕事ですから。あっ、前みたいに貸し借りとかそういう考え方はしないでくださいね? わたしが好きでやってるんですから」
「……的確に先回りされると返す言葉が無い」
「えっへへー」
後輩の笑顔に大人しく丸め込まれたミサキだが、言うまでもなくそれは恩義を忘れる事とイコールではない。親友に何かがあれば必ず助けになろうと、その気持ちは常にある。エミュリトスに対しても、リオネーラに対しても。
親友達もミサキに同じ感情を抱いているし、親友間でも同様だ。よって彼女達は対等。そう言えるだろう。
(はぁ……あの三人は対等に想い合っているのですわね、美しいですわ……。というか、見ているだけというのもなかなかに佳い……)
よりによってそれを一番理解しているのがサーナスだったという点だけは少し残念である。




