「CMの後もまだまだ続く」って大抵あまり続かない
――結局、最初に沈黙を破ったのはミサキだった。思い切りの良い性格のおかげもあるが、何より自身のスキルの検証に付き合ってもらっているという負い目があるからだ。
「……そういえば、リオネーラに後ろから当たられて思い出したんだけど」
勿論それらしい理由付けも忘れていない。
「……説明によれば受け流しの発動する部位は別に手に限らないらしい。『攻撃が来るとわかっている』なら、例えば背中とかでも発動すると聞いた。試した事はないけど」
「へ、へぇー! それは凄いわね! 試してみる!?」
「うん、お願い」
リオネーラがここぞとばかりに(あからさますぎるノリになってしまったが)話題に乗っかり、ここぞとばかりに(普通のノリで)同意したミサキがエミュリトスを解放する。普段なら残念がりそうなエミュリトスがホッとしていたあたりからこの数分間の空気の異様さを察して頂きたい。
「じゃあ、背中の……右肩あたりから真ん中を抜けるように狙ってみるわね」
「……よろしく」
背中で受け流す光景をイメージしながらミサキは身構える。スキルは何の感触も無しに受け流すスゲーヤツである事が先の検証でわかっているにも関わらず、ついつい身構えてしまう。なかなか難しいイメージである事に加え、目に見えない背後からの攻撃であるが故に仕方ないと言えるが。
そんな背中にリオネーラが武器を振り下ろし……結果、それは無事に受け流された。手のひらと背中の発動範囲の違いからだろうか、勢いよく滑るような感じの不自然極まりない逸らされ方になってはいたが。
「……へぇ。ホントだ、受け流された」
「よかった……」
「流石のミサキでも目に見えない場所からの攻撃は不安だった? でもこれで証明されたんだから次からは大丈夫じゃない?」
「……どうだろう。私は二人ほど戦い慣れてないから、視界外からの攻撃に対して確信を持って対処出来ない気がする」
それは精神的な慣れの問題だ。認識のほとんどを視覚に頼っている人間だからこそ、来るとわかっている恐ろしいモノもまずは視界に入れてから対処したくなってしまう。視覚以外の感覚を視覚と同等に信頼出来るようになるには戦いの経験を積んで慣れるしかない。
「ま、それがミサキのこれからの課題ね。逆に言えばそれさえ出来るようになればこのスキルは目に見えない所からの攻撃にも対処出来る訳だし、あとは……」
「……後はそもそもの問題。このスキルは使うのに私が発動場所を意識するというステップが必要な以上、恐らくスキル発動中でも私が発動しようとしていない場所への攻撃には発動しない」
検証の結果、『どこでも発動できる』事はわかった。だからこそ、ミサキの言うようにそもそもの問題である『(発動出来るのに)発動しようとしていない場所』への攻撃がどうなるのかは知っておく必要がある。
まぁ、普通に考えればこれもミサキの言うように発動しないと思われるのだが、そうやって簡単に予想がつくからこそこの場で確認しておくべきだ。
「そうね、それは根本的にして致命的な問題だわ。検証してみる必要がある」
「……という訳で前で発動させてる間に後ろから不意討ちして欲しいんだけど……」
実際は不意討ちではなく同時攻撃の挟み撃ちでもいいのだろうが、ミサキが無意識に身構えてしまう可能性があるのでタイミングのわからない不意討ちの方が確実である。実戦を想定するという意味でも不意討ちの方がシチュエーションとして自然と言えよう。
という訳でチラリ、と二人してエミュリトスを見やるのだが、彼女はブンブンと思いっきり首を振りまくる。
「わたしがセンパイに不意討ちなんて出来るはずないじゃないですか! ダメージが通らないならまだしも多分通るんでしょう!?」
「……多分じゃなくてほぼ確実に通ると思う。でもただの確認だからダメージって言うほど強くやる必要は――」
「無理ですっ! センパイのお身体に傷をつけるなんてわたしに出来るとでも!? 触れるだけでもおこがましいのに!」
「……今日散々密着してきた気がするけど」
もはや口から出任せレベルで適当にミサキを持ち上げているようにしか見えないが、ミサキを持ち上げるという一本筋だけはちゃんと通っているので真面目に相手すると結構厄介である。っていうかめんどくさいやつである。
ツッコミを入れたミサキとしてもなんだかんだで大切にされているのはわかっているので無理強いをするつもりはなく、普通にリオネーラに頼む事にした。決してめんどくさそうだから逃げた訳ではない、決して。
「……じゃあリオネーラ、お願い。よく考えたらレベルの高いリオネーラの方が気配を消すのも上手いかもしれない」
「どうかしら、魔物相手に戦ってきたエミュリトスの方が上手いかもしれないわよ。ま、やれるだけやってみるわ。あたしなりにね」
「……ありがとう。遠慮はいらないから」
「おっけー。じゃあ、ミサキはエミュリトスに向けてスキル発動の準備をしておいて。それが出来次第あたしが不意討ちするから。エミュリトスは普通にミサキの手に向けて攻撃するつもりで」
「わかりました」
「わかった。……よし、エミュリトスさん、いつでも――――いてっ」
さっきまでと同じように手のひらを突き出し、エミュリトスの攻撃を受け流すイメージをして準備を整えた……その直後、後頭部にリオネーラの一撃が入った。
「……? ??? 早くない?」
てっきりエミュリトスとやり合っている最中に不意討ちしてくると思っていたので若干混乱しているミサキである。
「不意討ちだもの。この上なく完璧でしょ?」
「それはまぁ……そうだけど」
「それにあたし、ウソは言ってないわよ。ミサキの準備が出来次第不意討ちするって言ったし」
「…………確かに」
思い返してみれば指示の順番も少しおかしい上、言葉の選び方にも少し違和感がある。という事はエミュリトスの攻撃(とそれによるミサキのスキル発動)は最初からリオネーラの計算の外で、つまりは最初からこのタイミングを狙っていたという事だ。
そこまで理解出来るととてつもなく「してやられた感」があるが、確かに予想外のタイミングという意味ではこの上ない不意討ちになっており、検証としては上出来な訳で……若干ハメられた感こそあれど騙された訳ではないし得られたモノも大きい。であれば『終わり良ければ全て良し』とするべきだと、ミサキはそう割り切った。
「……ありがとう、リオネーラ。これでこのスキルの弱点は明らかになった」
「どういたしまして。…………ほっ」
「……? どうかした?」
「い、いや、なんでもないわよ?」
「……そう」
実はミサキに怒られないか内心ハラハラしていたリオネーラだった。
一応検証の為という大義名分はあったがそれだけで何でもかんでも許してもらえるとは限らない。今回みたいな『罠に嵌める』みたいなのは特に。ミサキの物分かりの良さにホッとしつつ、マルレラの言う器云々もあながち間違いではないのかもしれない、とリオネーラは思う。
(ミサキが冷静な人で良かった。ミサキには嫌われたくないからね……まだまだ心配だし、放っておけないし……エミュリトスではミサキのストッパーにならないだろうし、当分はあたしが見ていないと)
むしろミサキがエミュリトスのストッパーになるくらいなのでその分析は正しすぎる。ミサキのスキルの弱点も明らかになった事だし、まだまだリオネーラの世話焼きは続きそうだ。
そしてついでにダメ押しのような検証ももうちょっとだけ続く。CMの後もまだまだ続く。
「……後は、前後両方でスキルを発動させるから今と同じように不意討ちを」
「オッケー」
結果:両方発動。
「……もう一度、今度は同時に」
結果:両方発動。同時でも難なく発動する事が判明。
そこから更に威力を上げたりリオネーラが双剣士モードになったり発動箇所を更に増やしてみたりもしたが全て難なく発動し、受け流した。
この事から理論上はミサキが『全身で受け流す』事を意識さえすれば無敵、という事になると思われる。のだが――
「……あ、これはダメだ、長続きしそうにない……」
やってみた結果、なんか精神的に疲れるし動きが極端にぎこちなくなる結果となった。
「そりゃそうよね、周囲を警戒するのはハンターの基本スキルだし、戦士たるもの攻撃を受ける覚悟も常にしてるとは思うけど、それでも全方位から常に攻撃を受ける前提で意識し常に気を配り続け常に身構え続けるっていうのは流石に異常だから」
全方位から全身に同時に攻撃を受け続け、受け流し続けるイメージをし続けるのだ、そりゃ精神も磨耗するし動きもぎこちなくなるってもんである。
確かに完全無敵なのかもしれないがそれだけであり、しかも持続性も怪しい。ならばそうやって守りに徹するのはあくまで最終手段とした方が良さそうだ、と皆で結論を出した。
そうやって強みも弱みもとりあえず検証してしまった事で、三人の間にどことなくネタ切れの空気が漂い始める。厳密にはもっと切り込んでいけない事もないかもしれないが、この流れで切り出せるネタはなかなか出てこない。
「うーん……ひとまず今回の検証はこれくらいでいいかしら?」
「あ、今までずっと物理攻撃でやってきましたけど魔法攻撃は試さなくていいんですか?」
「マルレラのブレスも似たようなものだし大丈夫だと思うけどねぇ」
「……? あれは魔法ではないの?」
見た目的にはファイヤーボールが少しデカく少し速くなって強そうになった感じであり、魔法と言われても受け入れられる範囲ではある。よって詳しくないミサキが疑問に思うのも当然だ。
「んーとね、ほら、魔法って誰でも使えるものって言われてるからね。ドラゴニュートのブレスも多分魔法と同じマナ反応ではあるんだろうけど、魔法名を一切唱えずに発動してるの。そんなの人には無理なのよ。少なくとも今現在、竜種以外で使えた人は居ないわね……」
「……そうなんだ。……言われてみれば「喰らえいっ」としか言ってなかった」
誰でも使えるモノのみを魔法と呼ぶ、よって理屈のわからないモノは魔法とは呼べない、という事らしい。ドラゴニュートが謎の多い種族ゆえの弊害とも言えるのだろう。
でもそれなら本人に聞いてみればいいんじゃね?という実にシンプルで確実な結論にミサキは至ったので、次に来た時にでも聞いてみようと心に決めた。何故今ではないのかと言われれば別に大した事情がある訳ではなくぶっちゃけそろそろ腹が減ってきたからである。
「……検証、まだ続ける?」
「ん、何か試したい事があるの?」
「……逆。帰って何か食べたい」
「あはは、そうね、そろそろいい時間かしら。ここで魔法を使うわけにもいかないし、切り上げましょうか」
そうして三人は撤収を決めた。折角街まで出てきたのだから何か良いものでも食べて帰ればいいような気もするが、酒樽を持ち歩きつつ食べる訳にもいかないし、その問題が無くとも借金王に過剰な贅沢は許されない。前にも言ったが、食事を抜くような節約まではしなくとも贅沢や散財もなるべく抑え、少しでも早く完済するべきとミサキは考えているからだ。
その事を親友二人も察しているのでそこはイチイチ議論はしない。しないのだが……
(よく考えたらセンパイの為を思うならやっぱりさっきマルレラさんからお金くらい貰っとくべきだったのでは……? 借金の返済分くらいなら許されるんじゃ……)
勿論何よりもミサキの意見を尊重はするが、それでもちょっとだけそんな事を考えてしまったりもするのであった。