知りたがり? 死にたがり?
◆
「……――サキ! ちょっとミサキ! 起きてよ!!」
身体を揺すられ、耳元で叫ばれ、ようやくミサキの意識は夢(?)の中から現実へと戻ってくる。
目を開くと、そこには……泣きそうになっているリオネーラの顔があった。
「……ごめんなさい、リオネーラさん。心配かけた」
「ホントよ! もう! なんで防御しないのよこのバカ! バカミサキ!」
「……ごめんなさい」
前述した通り大丈夫だと思っての行動ではあったが、心配をかけた事については謝るしかない。
「まァそのへんにしといてやれよ。模擬戦で死者なんて出ないし、ましてや俺の授業で死者が出るはずもないんだからな」
「先生……わかりました」
「……ボッツ先生、もしかして助けてくれたんですか?」
「回復魔法をかけるだけの行動を助けたと言うならな」
「……ありがとうございます」
煽りは不快だったが、助けてくれたならちゃんと礼を言う。ミサキはそのあたりはしっかりしていた。
「礼には及ばんさ、それが教師というものだ。それにファイヤーボールが直撃した顔面なんてなかなか見れるモンでもないからな! いやー、手加減が絶妙だったせいか火傷の具合も見事でなァ!」
「私の顔面そんなに酷い事になってたんですか」
「そりゃあもう。教育に悪いから教育者として細かく説明はしないが……とりあえず俺は腹が減った」
(((こいつやべぇ)))
どのくらい教育に悪い事になっていたのかは教育に悪いので地の文でも説明はしないが、モザイクが必要であろう事は確かだ。そんなものを見て「腹が減った」と言ってのける男、ボッツ。
鬼教官ヒートマンは恐怖のスパルタ訓練で有名だったのだが、ボッツはまた違った恐怖をここにいる数名に植え付けていた。おそらくは無意識に。
そんな中、その『教育に悪い腹の減る顔』をボッツと一緒に見たと思われる少女がミサキに告げる。
「あの……ごめんね、ミサキ……さん。あたしの魔法のせいで……」
「……私が望んだ事だから気にしないで。あと呼び捨てで大丈夫」
「え、望んだ……って?」
もちろん教育に悪い腹の減る顔になる事を――ではなく、学習する為にあえて魔法を喰らう事を、である。
そうリオネーラに説明すると、彼女もまた女神同様の反応を見せた。
「バカなの?」
「そんなにおかしい……?」
「これをおかしいって言わずして何と言うのよ……もしかしてあなた死にたがりなの?」
「そんな事はないけど……。でも、事前に説明しなかったせいでリオネーラさんに心配かけたのは私の落ち度。そこは認める」
「いや、もし事前に説明されたら止めてたわよ、そんな危ない真似……」
「実戦で喰らうよりは危なくない」
「そういう問題じゃないでしょ……そもそも魔法を喰らって何が得られるっていうのよ」
「まァ、魔法を使えるようになりたくて焦る奴ってのはいつだって多い。魔法に対する苦手意識ってのはなかなか拭えんと言われているから尚更な。気持ちはわかる」
「………」
さすがのミサキでもここまでフルボッコで否定されると自分が正しいと言い切れなくなってくる。
彼女はいつだって学ぶ事に関しては素直で実直だった。自分の考えを意固地になって貫いたりはせず、先人の言葉にちゃんと従うような柔軟さを持っているのだ。
だから、これでダメだったら二人の言う事を素直に聞こうと決めていた。
ゆっくりと立ち上がり、ただ一言、口にする。
「……《ファイヤーボール》」
唱えた瞬間、それは確かに発動した。
『学習した』実感を得ていたミサキからすれば、これは当然の結果である。
彼女のやり方が正しいとまでは言い切れずとも、効果はあったという事だ。
「……マジか」
顔面に直撃を受けたボッツが驚愕の表情で呟く。彼は無傷だ。だが、確かにミサキの魔法は発動したのだ。発動してしまったのだ。
攻撃を受け、学ぶ。そんな命知らずなやり方に効果があることが立証されてしまうのは、教育者である彼にとって全く嬉しい事ではなかった。
念の為言っておくがミサキ本人は漫然と攻撃を受けた訳でもないし、命知らずな訳でもない。だがそんな事はミサキ以外は知り得ないのだ。
「……これが、魔ほ――っ!?」
「ミサキっ!」
セリフを言い切る前にフラついたミサキを、駆け寄ったリオネーラが支える。それはまるで予見していたかのような行動。
「……それが、俗に言う魔力切れの状態よ。初めて魔法を使った人はほぼ確実にそうなるわ」
「そう、なの……?」
「そうなの。意識があるだけあなたはマシな方よ。魔力は精神力でもあって、それを使い果たすと大抵の人は眠ってしまうから。精神的にタフなのかもね、だとしたら魔法との相性はいいかもしれないわ」
「……よかった」
そのミサキの呟きは、喜びを含んでいるようにリオネーラには思えた。
一度そう思ってしまうと口元も僅かに笑っているように見えてくる。気の所為かもしれないと思いつつも、彼女は勢いのまま素直に賞賛の言葉を贈った。
「魔法デビューおめでとう、ミサキ」
「ありがとう、リオネーラさん。全部貴女のおかげ。本当に……助けられてばかり」
「き、気にしないでいいってば……。あと、私の事も呼び捨てでいいから……」
笑顔(のように見えた表情)のまま真っ直ぐな感謝の言葉を投げかけられ、急に照れくさくなってしまい視線を逸らしつつも勢いで余計に照れくさくなる台詞を言ってしまう負(?)のループになっている。
「そ、それにしてもすごいわね、魔法を喰らう事で覚えるなんてバカげてるって思ったけど効果あったのね!」
(おいバカやめろそうやって広めるな)
「……あれはリオネーラの説明が上手かったから。あと手加減も。だから理解しやすかったし、喰らっても大丈夫だろうなって思えた」
ループを断ち切ろうとしたリオネーラが強引に変えた話題はボッツが望まないものだったが、ミサキの返答は逆に彼にとって都合のいいものだった。
その機を逃さず、彼は教師の顔をして告げる。
「そうだな、ファイヤーボールを発動させずホールドするだけでも初心者には出来ない事だし、更に言うならホールド中に魔法の威力を調節するのは高等技術だ」
「……そうだったんですか」
「そうだ。もっと言うなら威力の調節も増やすより減らす方が難しい。お前が安心して喰らえたのは相手が優等生のソイツだったから、それ以上でも以下でもない。他所でやろうなんて絶対に考えるな」
「……はい」
リオネーラに完全に依存した学び方だった事はミサキも自覚しているため、素直に頷く。
女神にまで怒られた事もありこんな学び方を何度もやるつもりは毛頭無かったが、周囲への警告も兼ねている事を察し、空気を読んだのだ。
頭の回転は早くともコミュ力がドン底の彼女が空気を読める確率は半々であり、今回はラッキーなケースと言える。
ただ、この後の展開は頭の回転の早いミサキや機転の利くボッツでも予想出来ないものだった。
「さっきのはリオネーラさんだからこそ出来た事……か」「……という事は、リオネーラさんに魔法を喰らえば私も魔法が使えるようになる可能性が……?」
「っていうかもしかしたらリオネーラさんの魔法にご利益があるんじゃね?」
「ありうるわね……」「なんてったってレベル50の魔法だもんな……」「喰らってみたいなあ……」
「……な、なんか話が変な方向に行ってない?」
気づけば魔法の使えないクラスメイトが多数、リオネーラに熱い視線を送っている。
別に彼ら彼女らがドMなわけではないが、異様な空気なのは確かであり……いい子のリオネーラも流石にたじろいでいた。
「あー、その、なんだ、模擬戦も全員終わったし、そろそろ教室に帰るぞーお前らー」
「は、はーい! さ、帰るわよミサキ!」
内心もっとマトモな助け舟を出せよと思いつつも、ボッツの言葉に乗っかりミサキを抱えたままグラウンドから早々に去るリオネーラであった。
(気づかないフリ、気づかないフリ、頑張れあたし……)
(……攻撃を喰らったらご利益があるって、まるで獅子舞みたいだな)
第三者のミサキは暢気なもんである。
ブクマが増えてきました、ありがとうございます。
嬉しさからか今日は一日中鼻から喜びの涙が出続けていました。




