転生わず。空腹なう。
※注
この作品では場面転換の際に記号を使っていますが、
黒い記号=普通の時間経過、白い記号(白抜き)=回想シーン、となります
記号の数はアバウトに時間を示してます
菱形なら現実世界での出来事、星形はそれ以外のどこか変な場所での出来事……のはず、です、たぶん
その日、一人の少女が異世界に転生した。
少し前に現世で命を落とした彼女は、それを哀れと思った何者か(自称・女神)に勧められ、転生の道を選んだのだ。
少女の名前は黒霧御崎。享年は13歳。女神とやらが自称か本物かは知らないが、確かに不憫に思われてもおかしくない若さではある。
そんな少女が今、光と共に降り立ち、異世界の大地を踏む。そこはとある場所の真正面であるにもかかわらず、その瞬間だけは不思議と周囲に人影は無かった。
「……ん……」
少女は静かに目を開き、眼前にそびえ建つ豪華な建物を見やる。
「ここが……カレント国際学院……」
大陸の中央部、人の多く集まる所謂大都会に建つ学校。自称女神から「ここで学びなさい」とあてがわれた全寮制の学び舎である。
これから自分が暮らす事になる場所に、彼女は想いを馳せ――
「……お腹、空いた……」
――馳せようとしたが、そんな暇無く空腹でブッ倒れた。
顔面から。モロに。
☆☆
『――というわけで、元の世界に戻してあげる事は出来ませんが、別の世界でなら貴女としての意識を引き継いで『転生』させてあげる事が出来ます。勿論、普通の輪廻転生として全てを忘れ、元の世界で赤ちゃんになる事も出来ますが』
自称女神がその時告げた内容は、黒霧御崎にとってかなり魅力的だった。彼女にはやってみたかった事があったのだ。
よって即答した。この時点ではこのいかにも女神って感じで一周回って逆に胡散臭い自称女神をまるで信用していなかったが、まぁそれは些細な事。言うだけならタダであり、相手が誰だろうと関係は無い。
身も蓋もない言い方をするならダメ元ってやつだ。
「可能であれば転生をお願いします」
胡散臭いけど一応敬語は使っておく。
『承りました。ずいぶん返事が早かったですが……何かやりたい事でも?』
「……人助け。自分にできる範囲で誰かの力になる……そんな事をやってみたかったんです」
彼女は心からそう述べた。前世では叶わなかった事だから。
『そう、ですか。素晴らしい事だと思います。あ、転生の際の外見や年齢、性別などの希望はありますか?』
ダメ元ではあったが、ダメ元だからこそどんな望みすらも偽るつもりはない。引き続き、心からの望みを図々しく告げる。
「……全部今のままで、今の私の『続き』として転生する事は可能ですか?」
『もちろん可能ですよ。その方が私も楽ですし。では身体は全部今のまま、と、そのように手配しますね~』
「全部」だ。そう言ってしまった。
それは性別、年齢、外見、記憶、そしておそらくは……胃の中身まで。
……そうか、お腹が空いているのはこのやり取りのせいだったのか、と、ブッ倒れた後の暗闇の中で御崎は思い出していた。
◆
「……――っと! ちょっと! あなた大丈夫!?」
身体を揺すられ、耳元で叫ばれ、ようやく御崎の意識は記憶の中から現実へと戻ってくる。
目を開くと、そこには自分より少しだけ年下かのような若い女の子がいた。ブレザータイプの制服を着た、綺麗なプラチナブロンドの長髪の本来なら活発そうな顔つきの子。今は必死の形相で呼びかけてくれている。先程は顔面からブッ倒れた筈だが、どうやら仰向けにしてくれたらしい。
「い、意識は戻ったみたいね……大丈夫なの? 何があったの?」
「……お腹が……空いて……動けない……」
「お、お腹!? わかった、パンでいい!? マジックパン!」
マジックパンというのがどんな食べ物かはわからないが、差し出されたそれは名前の通り外見はパンだった為、御崎は力なく頷く。
異世界といえばファンタジー、ファンタジー世界といえば洋風、洋風といえばパン食なのである。生前から読書を好んでいた御崎はそう素早く理解し、頑張ってパンを受け取り頑張って齧った。
味は……パンだった。美味しいが、普通にパンだった。だが妙に身体に栄養が行き渡る感覚がある。立ち上がれはせずとも身体を起こす事だけは出来るようになっていたくらいに。
地べたに座った姿勢のまま、御崎は礼を言う。
「……ありがとう、もうすぐ動けるようになりそう」
「お礼なんていいから、ゆっくりしっかり食べなさい。ガッリガリじゃないの、あなた」
「……ガリガリ……」
「あ、ご、ごめんなさいっ、馬鹿にするつもりじゃなかったの」
「………」
あの時「全部今のままで」と言ったのだ、ガリガリなのも当然か、と御崎は思う。
ただ、『死因』はしっかりなくなっているようだ。パンも食べられたし。
(……それなら私は今から此処で人生の続きを歩める。やりたい事が出来る。人助けが出来る。ダメ元だったけど、あの自称女神に感謝しないといけないな)
まぁ、まずはブッ倒れるくらいガリガリなこの身体をなんとかしないといけない。人並みの体力を身につけるところから始めよう――と、沈黙の中で御崎はそんな結論に達していた。だがそんな事など知る由も無いまま御崎を見守る女の子はその沈黙を恐れたように再度声をかける。
「あの、本当にごめんなさい、気を悪くしないで……」
そこでようやく、御崎は自分が返事をしていない事に気づく。
なかなか酷い放置っぷりである。素でやっていたので余計に酷い。
「……ごめん、考え事してた。気にしないで」
「そ、そう?」
暗い印象を与える喋り方の御崎であるが、女の子はその言葉に目に見えて安堵した。
逆に言えば、この子は施しを与えた立場のはずなのに安堵する程度には怯えていたという事。何かに怯えていたという事。という訳で――
「……この借りはいつか返すから」
「お、怒ってるじゃないやっぱり!」
――怯えから、御崎の唐突で言葉足らずな感謝の台詞を悪い方に受け取ってしまうのも仕方がないと言える。
「……え?」
「悪かったわよ! 確かにちょっとズケズケ言い過ぎるのはあたしの欠点だと思ってる! ごめんなさい! け、けど食べ物まであげたんだからそこまで本気で根に持たなくてもいいじゃない!」
(本気で根に……? 何の話?)
さっきも言ったが御崎の喋り方はどことなく暗い。本人は普通に喋っているつもりだが、怯えている女の子の耳を通せばただでさえ暗いそれはもはや呪詛のように聞こえるのだ。
そんな女の子からすれば大事な食べ物を恵みまでしたのに呪詛を吐かれるなんて踏んだり蹴ったりもいいところである。っていうか普通に恩を仇で返されている。自身の失言が原因なのは確かだが、少しは大目に見てほしくもなろうというもの。
もっと言うとそんな彼女は実は田舎から一人で大都会に出てきた身の為緊張していた。そこに謎の怯えも加わる訳で……勘違いしてしまった彼女が更に混乱し、腰に携えた剣を鞘から抜き放ち、構えたのも仕方がないと言える。
……言えると思う。一応。多分。きっと。うん。
しかし彼女のそんな事情も感情も御崎は知り得ない。急に抜かれた剣に今度は彼女が混乱する番だ。
「……ちょっと、落ち着いて。なんで急に剣を――」
「あたしが悪かったのはわかってるけど、それでもあたしはまだ死にたくないの!」
「死ぬって……なんでそんな話に……」
「こう見えてもちょっとはレベル高いんだから! ただじゃやられないわよ!」
「えっと……」
この状況を打開するのに最適な言葉を捜して、御崎は脳をフル回転させる。
彼女はわりと聡明だった。頭の回転は早く、状況分析もそれなりに得意である。自称女神とのやり取りの際にも全く取り乱さなかった程度には。
落ち着いて今までの会話を思い返し――
(あ、もしかして私のせいか)
剣を抜かれた原因に思い至った彼女は、まず目の前の女の子を落ち着かせてから誤解を解くのが最適だ、と結論付けた。
いつの間にか周囲に野次馬が集まりつつある。出来る限り早く解決しないといけない。
両手を挙げ(パンは握ったままだが)、交戦の意思がない事を示す。
「……戦うつもりはない。見ての通り私は丸腰だし。降参するから、そちらも武器を収めて欲しい」
丸腰(ただしパンは握ったまま)。
「こ、降参……?」
「降参。私じゃ貴女には勝てない」
「そ、そう?」
「うん。私より貴女の方が強い」
そこまで言ってようやく、女の子は少し悩んだ後、若干ホッとした表情で剣を鞘に収めた。どうやらパンは武器とみなされなかったようである。
これで後は相手を刺激しないように誤解を解くだけだ。女の子が言葉に悩んでる間に御崎は畳み掛ける。
「というか、そもそも敵対する理由がない」
「……え?」
「私の言い方が悪かったせいで勘違いさせてしまったんだと思う」
女の子の背負っている背景を知らずとも、急に態度が変わったのならその直前の発言が原因なのは明らかだ。そのくらいは言葉足らずで暗い物言いの御崎にも流石にわかった。
右手のパンを軽く突き出し、「これの借りはちゃんといつか返すから」と、今度はわかりやすい表現で言う。
するとちょっとの間をおいて、女の子の顔がみるみる赤くなっていく。
……相手を刺激しないように、という点においてはどうやら失敗したようだった。