第一話 大怪盗の噂
読み切りにすると言っておきながら、今回は複数話の続き物です。
本編で省略してしまったクリスタニア編です。
ユーイチがヴァルディス領をもらって最初の秋を迎える少し前の頃のお話です。
あらすじ
いつものようにフィギュア作りに励んでいると、盟友のジップ伯爵が俺の所に駆け込んできた。
話を聞いてみると、大怪盗とやらに大切なフィギュアを盗まれたらしい。
そしてセバスチャンが俺に黒い封筒を届ける。その中には大怪盗の予告状が入っていた――。
ヴァルディス男爵領の麦穂も頭を垂れ始め、そろそろ収穫が始まろうかという時期――。
「ユーイチ殿、やられたでおじゃるぅ~」
天空の城の工房で俺がフィギュア作りに励んでいると、泣きながらジップ伯爵がやってきた。
泣いても崩れぬ白粉だが、とても質の良い化粧品を使っているようだ。材料を教えてもらって一儲け……いや、お肌に悪いのかな?
「何があったんだ?」
ここには俺と護衛の兵しかいないので、相手は伯爵だが無礼講で行く。
「限定モデルの魔法少女セットを全部盗まれたでおじゃるよ~」
「ええ?」
ジップ伯爵が買ったのは、あれだな、桜色、青、黄色、黒、赤の五人に、白く可愛い小動物がおまけに付いたセットだ。もちろん限定だから全員パンチラだッ!
俺としても好みのキャラで力作だっただけに、ジップの管理の甘さを指摘せずにはいられない。
「ちゃんと部屋に鍵を掛けておかないから…」
「掛けておいたでおじゃるッ!」
もの凄い勢いと顔で否定された。
「お、おう、そうか」
「探部(検察)や異端審問官にも気づかれないよう、隠し扉の奥にある秘密の地下室に、ミスリル製の厚み30センチの扉を付けて、入り口には兵士を常時四人配置、うち一人は魔術士でおじゃるよ!」
「それもスゲぇ警備体制だな。ひょっとして警備兵が犯人なんじゃ……」
「麻呂がそのような手抜かりをするはずが無いでおじゃる! 警備兵は当家代々の忠節篤い上級騎士で、全員妻帯者でおじゃる。唯一のドアは麻呂のオーラの個人認証でしか開かないよう、老エルフのオリジナル伝説級魔法が掛けてあったでおじゃる! 老エルフはすでに天寿でこの世におらぬし、念のため警備兵の自宅も捜索したでおじゃるが、出てこなかったでおじゃるぅうう」
それは上級騎士とエルフの魔法の無駄遣いだと思ったが、命の次、いや、命よりも大切なジップ家の家宝を守るためだ。
俺も警備体制は騎士総隊長のケインに任せきりだが、少し見直した方が良いかもしれない。
「それに、犯人はもうわかっているでおじゃるよ」
「えっ、誰なんだ?」
「大怪盗チャイルドフッド=ド=アルセーヌでおじゃるよ!」
「んん? どこかでその変な名前は……あ、フランネル子爵が言ってたな。わざわざ予告状を出してから盗むって……」
早耳のフランネル子爵の話では、最近、ミッドランドの王都ヴァイネルンで貴族や大商人が立て続けに宝を盗まれ被害に遭っているという話だった。彼の話は役に立つときも有るが、大半が噂話や冗談なので、話半分で聞いていた。
「そうでおじゃるよ! 予告状が届いたから、警備も強化して、盗めるものなら盗んでみるでおじゃるオホホホホッ!と思っていたら、本当に盗まれたでおじゃるぅううう!!!」
「あー、それはまた。じゃ、同じ物をまた作ってやるから」
「おおおお! 持つべきはやはり、盟友でおじゃる! ユーイチ殿ぉおお」
すり寄ってくる鬱陶しいジップ伯爵を邪険に手で押し戻しながら、俺はフィギュアの製作を再開した。使うのはストーンウォールの呪文とメモランダムの呪文なので、両手は使わなくても出来る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お館様、このようなモノが当家の広間の椅子に」
別の日、セバスチャンが珍しく渋い顔をしながら黒い封筒を持って来た。
「んん?」
真っ黒の封筒である。格好良いな、と思ったが、普通、そんなモノを使う奴はいない。
宛名には『ヴァルディス男爵へ』となっている。ひっくり返すと白い仮面をデザインした蝋で封印がしてあった。
「まさか……」
思い当たる節があったが、セバスチャンが差し出したペーパーナイフで封筒を切って開けてみる。
中には一枚の真っ黒のカードが入っていた。
『明日午前零時、貴卿の秘蔵の彫像を頂きに参ります。
ンーフフフフフ!
―――大怪盗チャイルドフッド=アルセーヌより』
白い文字で書いてある。
「うわぁ。来たよ。来なくて良いのに、来ちゃったよ」
しかも、俺のフィギュアを狙うとは。
「セバスチャン、さっき、広間の椅子って言ったな?」
俺は重要な点を確認する。
「はい。中央の主の椅子の上に。誰が置いたかは不明でございます」
くそっ、もう城の中に忍び込んでるじゃん!
メイドや兵士を買収したにせよ、ゆゆしき事態だ。
直ちに指示を出す。
「ケインとジェイムズを呼べ! それから、見知った人間でも最初に会ったときは頬を引っ張って、変装でないかどうかを確認しろ! イテテテテテ! お、おい、いきなり何をする、セバスチャン!」
「は、主のご命令通り、ユーイチ様が変装したチャイルド某でないか確認致しました」
「むう」
くそっ。
急に無言で手を伸ばしてくるから、襲われるのかとドキッとしたじゃん。
でもコイツ、絶対俺が犯人じゃ無いと分かっててやってるだろ。
ま、そのくらいの念入りじゃなきゃな。
「よし。では俺も。…おい、逃げるな」
セバスチャンの顔に両手を伸ばしたが、ひょいと躱すジジイ。身軽なんだよなぁ。
そしてしれっと言う。
「主の手を煩わすまでもありません。ケイン様がおいでになったときに、確認して頂きましょう」
チッ。思い切り引っ張り返してやろうと思ってたが、今は遊んでる時じゃ無いな。
「お館様」
ケインとジェイムスが部下の騎士を数人連れてやってきたが、こちらも渋い顔だ。
ま、当然だな。
当家の警備責任者としては、侵入者が存在するだけで大失態だ。
ただ、頭ごなしに叱ってもなんら警備には役立たない。
「現状を報告しろ」
俺は短く指示する。
「はっ。現在、部下の兵士全員に命令して、城の中の侵入者を捜させております。城の周辺も捜索中です。また、クロさんにお願いして城を上昇させ、地上と隔離しました。五分前のことです」
鎧を着ているケインが直立不動で答えた。指示は的確で迅速だ。やるね、ケイン。
「よし、ジェイムズは現場の指揮と見回りに戻れ。狙われているのは俺のフィギュア、工房だ。工房の前に警備兵を二人――いや、十名、配置しろ。それから変装の可能性が高い。見知った人間でも頬を引っ張って確認するように」
俺も考えつつ指示する。
「はっ、直ちに。お前達はここに残ってお館様の警備に付け。決して離れるなよ」
頷いたジェイムズも普段の笑顔は無く、ケインの頬を引っ張って確認し、硬い表情で走って行く。
セバスチャンとケインもお互いの頬を引っ張り、護衛の兵も互いにそれをやる。
ひとまず、この場に変装した者はいないようだ。
俺はケインに予告状を手渡して見せてやった。
「こんな、ふざけたモノを……!」
わお。プルプルしてマジで怒ってるね。ケインってあまり怒ったりしない奴かと思ってた。なんだか凄くおっかないから、怒らせないようにしようっと。
「お茶を持って参りました」
カートにこの場全員分のティーカップを用意したメリッサがやってきた。出来過ぎのメイドだ。口は悪いけど。
彼女はシリアスな空気を読んでか一切無駄口を叩かず、お茶を入れていき、みんなに配る。
俺も紅茶を受け取り、一口飲む。
うん、今日も良い味だ。
落ち着くわぁ。
グニグニビニョーン。
メリッサが俺のほっぺたを後ろから両手で引っ張りやがるし。
「イテテテテ、おいこら、俺はもうさっきセバスチャンが偽者じゃ無いって確認済みだぞ」
「フッ、それは知らぬ事とは言え失礼致しました、ご主人様」
絶対、わざとだろ。
ここは「いいや、許さぬ。メイドの分際で、裸になって詫びよ!」と服をひんむいても許される場面の気がしてきた。でも、後でレイピアが飛んできそうだし、やっぱり止めておこう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
半日掛けて城の大捜索が行われたが、怪しい人物はいなかった。
セバスチャンとケインが使用人と兵士の人数確認をそれぞれ行ったが、増えてもいないし減ってもいない。
さらに俺が探知の呪文で城をサーチしたが、現時点では侵入者無し。それ以前については不明だ。防犯カメラの開発、やっておけば良かったな……。呪文の開発で何とかしてみるか。
「ここの警備の隙を突くなんて、ちょっと驚きね」
飛空艇でやってきたリサが言う。城は高度一千メートルを維持したままだ。飛空石の反重力は空気にも影響するので、空気圧は地上と変化は無く、高山病の心配も無い。飛空艇は高高度も飛べるように機密設計なので問題無い。普通のジャンボジェット飛行機でも高度一万メートルが巡航高度である。
「ああ。強化する必要があると思うが……今までしっかりしてたかな?」
盗賊ギルドにも加入しているシーフだからその辺にも詳しいだろうと思い、俺はリサに聞いてみる。
「ええ、ケインも兵士たちも気を抜かずに見回りしてるじゃない。警備で一番大切なことは、気の持ちようよ。いくら人数を掛けてても、気が抜けてる警備なら割と簡単に忍び込めるわ。逆に、少人数でも頻繁に見回りに来るとやりにくいわね」
ふむ。人数が多い方が圧倒的に警備の質が高まると俺は思うのだが少し違うようだ。
「だが、忍び込まれた以上は、強化が必要だな」
「ええ。でも解せないわね。なんで最初に忍び込んだときに盗んでいかなかったのかしら?」
リサの言うとおりだ。
ま、自分の力量を示して目立ちたい中二病の盗賊ならそういうことも有るんだろうが、はっきり言って自殺行為で効率も悪い。
気づかれたら警備を強化されるに決まっており、難易度も格段に上がる。予告状で日時を指定したりしたら、それがブラフならまだしも、警備が最高に集中する。
つまり、奴の本当の目的はフィギュアや盗みでは無い。
もちろん、売って金になるという副次的な効果も狙ってはいるのだろうが、政治的な試みであろう。
義賊を僭称し、庶民の心を掴み、ゆくゆくは階級対立を演出し反乱を起こすつもりか――。
あるいは、単に貴族に憎悪を抱いて感情の赴くままの行動なのか――。
こればかりは、本人を捕まえて吐かせるしか無いだろう。
「それで、どうするつもりなの?」
「フッ、もちろん、徹底的に本気で行く」
俺は鋭い目でリサを見ながら言う。
他の領地の警備や司法は俺の管轄ではないので、割とどうでも良いのだが、俺の秘蔵のフィギュアを狙ってくるとなれば話は別だ。
相手は違法行為を繰り返す人間。そして、このヴァルディス領においては俺が領主である。
人の大切な物を盗む奴は見つけ次第、射殺!
ケイン達には斬り捨てて構わないと指示してある。
「そ。なら、私も協力させてもらうわ」
ボウガンの状態を確認しつつ言うリサ。
「ああ、頼む。ま、どれだけ凄腕か知らんが、この俺様、超天才魔術師の敵じゃ無いな。ハーハハハハハッ、ハーハハハハハッ!」
リサは笑い飛ばす俺を見て何か言いたげな顔をしたが、軽く肩をすくめて地下室へ降りていった。
そこに俺の工房がある。
扉の前には騎士副総隊長ジェイムズと精鋭の騎士十名とオリハルコンゴーレム一体を配置。ケインは俺の身が心配だからと、こちらも精鋭の護衛と共に俺の側にいる。
工房に至るルートにも一定間隔で警備兵を配置。城の中庭、正門、裏口にもそれぞれ配置した。空からの警戒も当然、怠らない。バルコニーや尖塔に物見を二人ひと組で配置し、小型飛空艇でも城の周りを巡回させている。
飛空艇で普段は領地の治安維持に当たっている兵士を運び、警備を強化している。
ミオ、エリカ、クロもこの城で待機してもらい、おそらく大陸で最も強力な魔術士がそろっている。
この警備網を破るのは俺でも苦労するだろう。
さて、この世界の大怪盗がどの程度のものか、お手並み拝見と行くか。