IF 幸せのスライム
本編とは少しだけ異なる平行世界のお話です。
ユーイチがヴァルディス領をもらって、邪神を倒す前。
ユーイチが選択を間違えなかったらスライム達はどうなっていたのか?
ヴァルディス領に浮かぶ天空の城。
その地下一階の実験室で、ほくそ笑んでいる男がいた。
「フヒヒヒヒ、また新しいスライムが出来たぜー」
色とりどりのゼリー状のスライム。
消臭の進化を遂げているので臭くは無い。
衛生的な環境で育てられているので、清潔でもある。
「だがっ! ここで満足するのは凡人のみ! 超天才は違うのだよ!」
さらなる究極の進化。
そのためには……ティーナのパン――いやいやいや、待て俺。
それはどう考えても危険すぎだ。落ち着け。
「おっと、エサの時間だな。ほーれ、スラ太郎、スラ子、ごはんだよー」
俺の最も期待しているオリハルコン・スライムの二匹。
特にスラ太郎は優秀だ。自分でエサを選別し、貪欲に進化を求めている。
出来る子だ。
「だが、ここからどう進化させたものか……キング・オリハルコン・スライムは面白みに欠けるんだよな」
大きくなって、強くなって、経験値も劇的に増える。
それはそれで当初の目的であるレベル上げに最適なのだが、スライムの研究が進むにつれ、また愛情が出てくるにつれ、俺は少し目標が変わってきた。
スライムに足りないモノ。
やはり、それは知能であろう。
ただただ、目の前のエサを飲み込むのでは、高度な生物ではないし、知的生命体とはとても言いがたい。
「知能か……どうやって上げたもんかね?」
今まで通り、総当たりのエサで、突然変異を狙っても良いが、これは効率が悪い。
もっと、方向性を定めて、違うアプローチが必要ではないのか。
知能を上げるためには……教育かな?
スライムが学習可能かどうかは疑問だが、試してみる価値はあるだろう。
同時に、頭の良くなりそうなモノもエサとして与えることにした。
ドコサヘキサエン酸、DHAである。
俺がサプリメントとして愛用していた頭が良くなる物質。
体内で造ることが難しいため、必須脂肪酸というカテゴリになる。
DHAは神経細胞や赤血球の膜を柔らかくし、また成長を助ける。
スライムに脳や神経があるかどうかという点であるが、コアの部分にはそれっぽいモノが存在する。
この世界のスライムは、よくよく見ると完全な透明では無く、中心部分に半透明のコアがある。
コアを取り除いたスライムは、しばらくすると溶解してしまう。
つまり、スライムをスライムたらしめているのはこのコアなのだ。
なら、神経細胞に近い役割を持っていると考えてもおかしくは無いはずだ。
「D・H・A! D・H・A!」
俺は右手を突き上げてシュプレヒコールを上げる。
DHAを求めた。エッチなお姉さんのDVDではない。DHAだ。
DHAは、青魚に多く含まれる。鯖や鰯だ。
残念ながら、ミッドランド王国は内陸部の国であり、海の魚は捕れないのだが、大丈夫、今は飛空艇があるし、リニア鉄道もある。
アルカディアとの交易も拡大中で、頼めばすぐに魚を送ってくれる。
特に魚の目玉の周りに多く含まれるので、それをアルカディア王国に注文した。もちろん、代金は送る。
さらに、迷路をスライムにクリアさせ、知能系の熟練度を上げさせてやる。
計算を教え、正解したときに報酬のエサを上乗せで与えてやる。
そして――。
「見てくれ、みんな。これが究極のスライムだッ!」
パーティーメンバーを呼びつけて、俺は披露した。
「ええと……普通のスライムとどう違うのかしら?」
ティーナの反応ももっともだ。見た目は普通のオリハルコン・スライムである。
金色ベースに虹色に輝くスライムだ。
「では、よく見ててくれ。スラ太郎、1+1は?」
ブルブルと二回震えて、正解を示すスラ太郎。
「ええ? 偶然でしょう」
「ふふ、では、そちらから問題を出してみてくれ」
「じゃ、2+3は?」
ティーナが言うと、ブルブルブルブルブルと、きちんと5回震えた。
「む」
みんなの見る目が変わる。
「次はこの迷路をクリアさせてみるぞ。さあ、行け、スラ子!」
スタート地点に置いたスライムが、するすると動いて最短距離で迷路をクリアする。
「よし!」
「えーと。うーん、まあ、クリアはしたけど…」
反応が鈍いな。
「どうでもいいけど、それが何の役に立つわけ?」
リサがドライすぎる事を言う。
「そんな視点では駄目だ。役に立つか、役に立たないかで考えていたら、ノーベル賞なんて取れないんだぞッ!」
俺は握り拳を作って言う。
「ノーブル…? 何それ」
ま、こっちの世界にノーベル賞は通用しないか。
「つまりだ、新しい研究というのは、常識を覆したところにある。大事なのは今まで知能を持ったスライムは存在せず、ここに初めて誕生したという事実と、スライムのさらなる可能性だッ!」
「そういう気の長い話は良いから、具体的な目的を話しなさいよ」
リサが言う。
「そうね。ユーイチの話は無駄に長いから」
ティーナが言う。
チッ、せっかちな連中だ。
「じゃ、はっきり言おう。ペットとして可愛い。それが今の研究目標だ」
「はぁ?」
「このプルプルしたみずみずしさ、可愛らしい形、綺麗な色、美しい光沢、扱いやすさ、意外性、発展性、どれを取っても、素晴らしいペットだ。そうは思わないか?」
俺は両手を広げて同意を求めた。
「「「 思わないわ 」」」
「思わないニャ」
「思わんなあ」
「思わん」
「思わないです…」
「うふふ」
「ん」
くっ!
まあいい、天才とは常に理解されないモノだ。
俺は反応の薄いメンバーを諦め、オルタ司祭やジップ伯爵など、違いが分かる男達を呼んで披露した。
「にょほっ! これは面白いでおじゃる」
「プルプルして、か、可愛いね」
やはりな。芸術を深く愛し、一流作品に触れている人物は違うぜ。
「ユーイチ、ここに、フィ、フィギュアを置いてみたらどうかな?」
オルタがそんな事を言う。
「んん? ハッ! その手があったか……! くそっ、この俺としたことが!」
「おお、素晴らしいアイディアでおじゃる。さっそく、やってみるでおじゃるよ!」
スライムの溶解力だと着色もやられそうなので、まずは色無しのフィギュアで試す。
「おおお……」
「こ、これは」
ぬるぬるしたスライムが、ねっとりとしつこく魔法少女の体にまとわりついていく。
粘液でべとべとだ。
三人の男は、しばらく無言で、じっとそれを見つめた。
「い、いいね」
「ああ、いいとも」
「なかなかでおじゃる」
だが、色無しのフィギュアでは興奮も半減だ。
俺は溶解力の無いスライムの開発に取り組んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「よし、スラ次郎、お前の好きにしていいんだぞ?」
白髪にピンク色の魔法少女にスライムが歓喜の震えを示し、まとわりついていく。
「おおお…この絵面は凄い」
俺は息を飲んでそのショーに見入った。
これを、リアルの女の子でやったら――
服を溶かすスライムにしたら――
いや、駄目だ、どうしても、元がモンスターだけに、リスクが残る。
それにそこまで行くと、ティーナや異端審問官が黙ってはいまい。
だが、フィギュア相手になら、安全だし、おそらく大丈夫だ。
異端審問官に知られなければ何の問題も無いのだ。
さっそく、俺は商品化を目指して、ミニスライムの開発に取り組んだ。
「よーし、スラ三郎、襲ってみろ」
直径五センチほどのミニスライムに、フィギュアを目の前に置いて、指示してみる。
スライムはプルプルと震えながら、フィギュアにまとわりついた。
成功だ。
さっそく俺はいつものオークションを開き、同好の士に公開した。
「こ、これは!」
「おお、素晴らしい!」
「さすが、ミスターU、目の付け所が違いますな!」
反応は上々。
ミニスライムは一匹、五千ゴールドで売りに出したが、次々と買い手がついた。
だが、そこまでにしておく。
いつぞやのオークションで、やり過ぎて酷い目に遭ったからな。
観賞用のスライムということなら、まず問題は無い。
発覚しても言い逃れ出来る自信はある。
今日も俺はスライムのショーを楽しむ。
それはミッドランドの紳士の高尚な趣味として、密かに広まっていった。
――― 完 ―――