恋する武人、アーシェ=フォン=バルバロッサ
一話完結です。
ユーイチがヴァルディス領をもらった後、邪神を倒す前の頃のお話です。
あらすじ
アーシェはこのところ思い悩んでいた。結婚相手のこと、ユーイチのこと。
そんな中、彼女はエクセルロット家のダンスパーティーに誘われた。
普段なら断るところだが、これも結婚相手を探すため。
アーシェの恋路と婚活はどうなるのか――?
アーシェとアンジェは爵位を持っていませんが、貴族の血筋ということで「卿」を付けても可能な、この作品独自のローカルルールを適用しています。予めご了承下さい。
2016/10/8 若干修正。
アーシェ=フォン=バルバロッサの朝は早い。
メイド達の手も借りず、ベッドから起き上がったアーシェは動きやすい紺色の平服に着替える。
上は袖無しのタートルネックに下は動きやすいミニスカート。引っかかりやすいフリルなどは一切無い。
愛用のミスリルのロングソードをベルトに引っかける。
真っ直ぐの両刃で、刀身は一メートル二十。肉厚を普通より上げて重量を重くしてある。
アーシェはすぐ折れる剣など嫌いだった。それは自分の勝敗や命に直結するのだから当然だ。
普段ならそのまま寝室を出て階下に降りるところだが、彼女は姿見で自分の髪と服装をチェックした。
ピンク色がかったショートの金髪で、引き締まったスレンダーな肉体。鋭い翡翠色の瞳。たいていの男より高い長身。女性らしい大きな胸は無い。
今までは自分の容姿などまるで気にしていなかったのだが、ユーイチに裸を見られてからは、男の目に自分がどう映るのか気になってしまった。
あの食い入るように自分を見つめる目……。
「くっ!」
顔がサッと火照り、落ち着かなくなった。
「ええい!」
アーシェは乱暴に素早く首を左右に振って雑念を振り払うと、乱暴にドアを開けて下に降りた。
中庭に行き、まずは準備運動を兼ねてストレッチをやり、続いて剣を抜いて型取りから始める。
精神を統一し、無駄の無い洗練された動きでステップを踏み、剣の角度を寸分違わず型に合わせていく。
「お早うございます、お嬢様」
「ああ」
家の騎士達もやってきて同じように型取りを始める。
雑談はせず、ひたむきに取り組む。
時間になったのでそこで中断し、朝食を騎士達と取る。
「昨日聞いた話ですが、何でもヴァルディス卿は城の建造を行っているらしいですぞ」
食事の最中、騎士の一人が言う。
「なに? 大神殿では無くてか?」
アーシェが確認する。
「ええ。私も耳を疑って確認し直しましたが、間違い無いそうです。大神殿とは別に作っておられるようで」
「ほう」
「調べて参りましょうか?」
騎士の一人が言う。
「いや、よせ。そんな事までする必要はないぞ。ただ、ユーイチがどういう人物か、その噂を聞いたら、直ちに私に報せるように」
「はっ」
ダマン城攻略戦において、ユーイチと作戦行動を共にしてから、アーシェが彼を気にするようになったのは家臣達も知っている。
時折、ため息をついたり、ぼーっとする事が増えたのが心配であるが、それ以外は至ってまともだ。剣の腕前もまったく問題が無い。それどころか、以前にも増して鋭さが上がっており、自分も精進せねばと思う騎士達であった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ううむ、これでは男漁りどころでは無いな」
アーシェはダンジョン攻略に出かけようとして、そんな事を思った。
雑念がもたげてくる度に、剣の訓練をしたり、ダンジョンに潜っているのだが、剣の腕やレベルは上がっても、結婚に近づいている気がまるでしない。
お爺様も結婚相手を気にしているようだし、ここは一つ、名門アーロン侯爵家血筋の者として恥じぬよう、相手を見つけねばなるまい。
ユーイチでも悪くは無いのだが、アイツはすでにティーナという婚約者がいるそうで、どうにもそこが引っかかる。
「しかし、弱ったな」
パーティーは子供の頃から嫌いである。どうにもあの「おほほ」「あらまあ」のお喋りにはついて行けそうに無い。
狩りや手合わせを男の貴族に申し込んで、それなりに交友はあるのだが、自分より弱い剣士はどうも頼りなく見えてしまうのだ。
自分と同レベルの冒険者の知り合いもいるのだが、平民を相手に選ぶと、家の格を下げてしまいそうで、それも気が進まない。
「少し、調べてみるか」
あまり足を運ばぬ書斎に向かい、何か良い本がないかと探してみる。
「無いな…」
領地経営に関する本や、礼儀作法、お堅い人生論の本が並ぶが、恋愛に関するモノは置いてないようだった。
せいぜい、『人付き合いのコツ』『相手の心に残る手紙の書き方』くらいだろうか。
それを手にとってパラパラとめくってみるが、手紙の書き方はともかく、人付き合いのコツの方は『笑顔を見せましょう』『相手に話を合わせましょう』などと、どうにもアーシェには難易度が高そうだ。
手紙の書き方は後で読むことにして、本を戻す。
「ん?」
そこで気づいたが、本の並びが少しおかしいところがあった。
ついでに直してやろうと思い、本を抜こうとする。
「んん?」
力を入れても抜けない。
どうも、本が後ろとくっついている様子。
「どうなっているんだ?」
力任せに抜いてもいいのだが、変だと思ったアーシェは隣の本を抜いて、状態を確かめてみた。
「これは……罠と似ているな」
ダンジョンでこのような仕掛けを見かけたことがあった。出っ張った石ブロックを一カ所押すと、石の扉がずずずっとずり上がるアレだ。
「ふむ」
アーシェはいつもの冒険心で、本を奥に押してみる。
カチッと音がして本棚ごと、奥に動いた。
「ほう、隠し扉か。だが、いったい、なぜこのようなものが我が家に……」
疑問に思いつつも、アーシェはその本棚の隠し扉をくぐって中に入る。
魔法のランタンが上からぶら下がっており、自動的に明かりが付いた。
「む……なんだ、宝箱が有るかと思ったが、ここも本か」
少しがっかりしたアーシェだが、興味を覚えて本を手に取ってみる。
題名は……。
『不倫のすすめ』『女を口説く100のテクニック』『王都裏街道イチオシの店』『3分で女をその気にさせる方法』『カリスマナンパ師イシーダが教える女の弱点!』『ゲイル=ルザリック著 女性を魅了する禁断の魔術』『フェロモンの研究 ――ジャン=フォン=ファーベル』
「ううん、親父殿……」
頭痛がしてきた。よくもまあ、こんな怪しげな本ばかり数をそろえたものである。
後でここは母上殿に教えることにして、アーシェはこういう本に頼ろうという考えはキッパリ捨てた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
三日後、親父殿が顔に痣を作ってしゅんとしていたが、それくらいの事で済んで良かった。
「お嬢様、お手紙が来ております」
メイドが部屋にやってきて告げた。
「誰からだ?」
ひょっとしてユーイチだろうか? アーシェはドキリとした。
「はい、エクセルロット侯爵令嬢からでございます」
「ああ」
あまり親しくは無いのだが、定期的にお茶会やダンスパーティーの誘いをやってくる貴族だ。以前は最低限の礼儀は尽くして茶会に出席する他は、適当に無視していたのだが、さすがにそろそろ結婚相手を真面目に考えるときであろう。
アーシェは手紙を受け取ると封を切った。
『ダンスパーティーのご招待』とあった。
「ダンスパーティーか……」
ダンスは割と得意な方である。剣術に比べればステップや足運びなど簡単だ。
「よし!」
アーシェは出席を決め、ドレスを用意するようメイドに命じ、メイドの方も驚いたようではあったが、やる気を見せていた。
「しかし、このピンクのドレスは無いだろう……」
自分で選ばず、メイド任せにしていたら、もの凄い色のドレスを着せられてしまった。もうちょっと、なんと言うか、落ち着いた色はなかったものか。
どうにも自分が浮いているようで落ち着かない。
「では、お嬢様、終わりの時間になりましたら迎えに参りますので」
家臣の騎士がそう言って立ち去ろうとするので焦る。
「お、おい、そこにいても良いだろう」
「いえ、どうにもこの雰囲気は苦手でして。悪く思わないで下さい」
気風が主に似るのか、直属の家臣もパーティーは苦手だった。
「親父殿の部下を借りてくれば良かったか」
親父殿の方はパーティーによく出席しているが、今回の件でしばらく謹慎になるだろう。ま、それは自業自得だ。
「失礼」
後ろから別の貴族が通りかかり、入り口のここに突っ立っていても邪魔だと気づいたアーシェは壁際に移動する。
まだダンスは始まっておらず、貴族達はいくつかのグループに分かれ立ち話に興じていた。
その中でも人だかりのあるグループの中心に青いドレスのエクセルロット嬢がいた。
「おーほっほっほっ! 嫌ですわ、そんなお世辞はおやめになって下さいな、おーほっほっほっ!」
どうにも芝居じみた高笑いである。アーシェは変わった奴だなあと思った。
だが、若い紳士たちが笑顔で集まっており、彼女の人集めの能力にちょっと羨ましさも感じる。
と、エクセルロット嬢がこちらの視線に気づいたようで、「ごめん遊ばせ」と言ってその場を離れ、こちらに真っ直ぐ向かってきた。
思わずこちらも背筋を伸ばして姿勢を正す。
「気づくのが遅れまして申し訳ありませんでしたわ、バルバロッサ卿。よく来て下さいましたね」
「ああ。ま、たまにはこう言う場に顔を出してみようと思ってな」
「ええ、ええ、それがよろしいですわ。そのドレス、意外なかわいらしさが出ていてステキですわよ」
「いや、これは……」
嫌みを言われたかと思い、アーシェは眉をひそめて身じろぎする。
「まあまあ、ささ、ご披露しないと、もったいないですわ」
「ええ? おい、ちょっと」
エクセルロット卿は構わずアーシェの手を引っ張り、人だかりの中に連れ込んでしまう。
「おお、これは美しいお嬢さんだ。失礼だが、お名前を伺ってもよろしいですかな?」
「初めまして、お嬢さん」
紳士達が笑みを浮かべて迎え入れてくれた。剣の打ち合いとは全く違う雰囲気にアーシェはどう返していいやら分からず、黙り込む。
「お待ちになって。私からご紹介させて頂きますわ。アーシェ=フォン=バルバロッサ卿ですわ」
エクセルロット卿が紹介する。
「ほう、バルバロッサ家の」
「アーロン侯爵家の血筋か。道理で品があられる」
「なるほど、お強そうですわね」
納得したように頷く紳士淑女。
「いや、お爺様は大将軍を預かり、一廉の人物だと思うが、私は――」
「いえいえ、謙遜なさらず。バルバロッサ卿もなかなかの剣豪と伺っておりますわ。そうそう、ダマン城に潜入した話をお聞かせになって下さいな」
エクセルロット卿がそんな事を言う。
「ああ…わかった」
割とこの話は好まれる。特に城を落とした直後はあちこちでこの話をねだられた。
「ほお、たった十人程度で城を開門させるとは、驚きだ」
「大活躍ですわね」
貴族達の受けも良い。
そうこうしているうちにオーケストラ隊が演奏を始め、ダンスの時間となったようだ。
アーシェも皆に交じってダンスを踊る。
だが、男に顔を近づけられると、どうにも緊張してしまう。以前はどうと言うことは無かったのだが、困ったものだ。
一曲終わり、相手の紳士が恭しく礼をする。こちらもドレスの裾を軽く上げて返礼し、一息つく。
すると、入り口の方がざわついた。
「ロフォール卿とヴァルディス卿が来たぞ」
「まあ、ユーイチ様が?」
「どんな御方かしら」
ティーナとユーイチが来たらしい。貴族達もかなり興味を抱いている様子で、そちらに注目が集まる。
アーシェも気になってそちらを見た。
「あらあら、ティーナさん、わざわざ遅刻してこられるとは、とんだ目立ちたがり屋さんですこと」
エクセルロット卿がそんな事を言うが、ティーナには何か事情があったに違いない。
「もう、そうじゃないわ。出がけにちょっとトラブルがあって……おほん、ご招待、感謝するわ、アンジェ」
「ええ、こちらも来て頂いて嬉しいですわ。さ、次の曲がもう始まりましてよ」
挨拶もそこそこにティーナ達もダンスを踊り出す。最初はユーイチとティーナが踊っていたが、そこで踊りが一周し、今度は相手を交代せねばならない。
他の貴族はささっと次の相手を見つけて踊りに入ったが、アーシェはタイミングを逃してしまった。
と、ユーイチはこちらを見てやってきた。
「バルバロッサ卿、私と踊って頂けますか?」
「あ、ああ」
なんだろう、このドキドキは。
ユーイチが差し出した手を握り、自分が紅潮しているのを感じつつ、コレではまるで物語の乙女ではないかとアーシェは思った。
また踊りが一周し、そこでティーナがずかずかとこちらにやってきた。
「ユーイチ、アーシェに変な事をしたでしょう!」
「い、いや、待て、俺は何もしてないぞ?」
「でも、顔が……」
ティーナがアーシェの顔を見る。
「いや、酒に酔っただけだ、気にしないでくれ」
事実はとても告げられないので、アーシェはそういうことにした。
「ああ」
ティーナもそれですぐ納得してくれたようで引き下がった。
ユーイチはなぜかティーナとアンジェとアーシェとしか踊らず、ローテーションですぐに回ってくる。
その度にアーシェは緊張し、自分より格上の、凄腕の剣士と相対しているような気分にさせられた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「参った……」
普段着に着替えて、ベッドに横になる。
このもやもやした気持ちは、ますます強くなるばかりだ。
原因はだいたい分かっている。
「よし! かくなる上は!」
そこは思い切りのよい武人である。
アーシェは思い立つと、すぐに羽根ペンを取って手紙を勢いよく書き始めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ユーイチがティーナの屋敷の居間でお茶を飲みつつくつろいでいると、セバスチャンがやってきた。
「ユーイチ様、バルバロッサ卿より、お手紙が届いておりますぞ」
「うん? アーシェから? なんだろう?」
初めての手紙である。この間のダンスパーティーの挨拶だろうか。だが、アーシェは武人、そういうまめなことはやらない気がする。
「私にも見せてね」
脇にいたティーナが言うが。
「うーん……んん? 『果たし状』? ……ホワイ?」
意味が分からない。
「む、やっぱり、あなた、あのダンスパーティーで、お尻を触ったりしたんでしょう」
スッとレイピアを抜くティーナ。
「い、いや、誤解だ。俺は何もしてないって!」
「じゃ、どうしてアーシェが果たし状なんて送ってくるのよ?」
「知るかよ! もうムキムキ社会は嫌だー!」
ユーイチの悲痛な叫びがこだまする。
彼の誤解が解けたのはそれから三日後のことであった。