第二話 スラム街のドットと、ヒューズの英雄四剣士(後編)
前回までのあらすじ
ドットはハイポーションの代金を稼ぐため、ラッド達とダンジョンに潜ることにした。
2016/10/20 若干修正。
ヒューズの街を拠点とする四人の冒険者、ラッド、バズ、アッシュ、トラッド。
それに、ルドラのスラム街の少年ドット。
五人の冒険者は、入り口に立った。
「じゃ、行くぞ」
リーダーのラッドがそう言って、残りの全員が頷き、迷宮に足を踏み入れる。
ドットはひのきの棒を一本買ってもらったが、武装はそれだけだ。
ラッドもドットを戦力として数えているわけでは無いし、戦闘をやらせるつもりも無かった。
当然である。
「いいか、お前は今日は見学だ。いきなり初心者同士でパーティー組んで潜る連中もいないわけじゃないが、普通は先輩の冒険者に連れてもらって、ダンジョンがどんな所か、覚えるのが先だからな。役に立とうとか、目立とうとか、余計な事は考えるな。それから、敵が近づいても焦るな。俺達が何とかしてやる」
ラッドは事前にドットに言い聞かせた。
「分かったよ」
ドットとしては、本気で冒険者になるつもりは無いし、宝箱さえ開けさせてもらえばそれで充分だ。
分け前も一人前に要求し、ラッド達は笑っていたが。
「よし、まあ、宝箱は罠が無いヤツは開けさせてやる。分け前もちゃんとやろう。ただし、俺達の言うことを聞いたら、の話だぞ?」
「分かった!」
良い取引だ。ドットもそう思ったので頷いた。
「で、モンスターはどこだい?」
少し歩いて、ドットは聞く。
ラッド達はダンジョンに入った途端、お喋りをしなくなり、ゆっくりと歩いていた。
なのに、敵は出てこない。
それがドットには不思議に感じられた。
「焦るな。それと、あまり大きな声は立てるなよ。他のモンスターが寄ってくるかもしれねえ。ま、ここはそんな敵はいないけどな」
ラッドが言う。
「いないなら、いいじゃん」
「駄目だ」
ラッドが有無を言わさぬ感じで言うので、ドットもそれ以上言うのは止めておく。
「ほれ、モンスターだ。ビッグスパイダーだな」
バズが言い、松明を高く掲げた。
「うえっ! 何だよ、ありゃあ!」
初めてそれをみたドットは鳥肌が立った。
体長七十センチくらいある巨大な蜘蛛。ビッグスパイダーという名前らしい。それがわきわきと足を動かしながら、三匹も。通路に横一列に並んでそこで止まり、ドット達を威嚇するように前足を上げた。
凄く気持ち悪い。
「はは、ま、こいつらは気持ち悪いよなあ。バズ、ガキは任せたぞ」
「ああ。ドット、俺から離れるなよ?」
バズが通路の真ん中で松明を掲げたまま待機。左手にはショートソードを握っている。右手は松明。
他のラッド、アッシュ、トラッドは前に素早く出た。トラッドが真ん中、ラッドが右、アッシュは左。それぞれ、一匹ずつ相手をするようだ。
「そらよ!」
「気持ち悪いんだよ、このクソが!」
ラッドとアッシュが、気合いを入れて剣を振り下ろす。
剣を食らったビッグスパイダーは、後ろに吹っ飛んだり、慌てたようにもがいたり、やはり気持ち悪かった。
「よし、クリアだ」
戦闘は割とあっさりと終了した。
一撃か、二撃だった。
「なんだ、弱いじゃん」
「おいおい、俺らが強いんだっての」
ラッドが軽く笑う。
「一回、ソイツに戦わせてみるか?」
バズが提案するが。
「いや、防具も着けてないのに、そりゃ無理だ。ドット、見てみろ。コイツが魔石ってヤツだ」
「へえ」
紫の尖った宝石をラッドが見せてくれた。ドットはそれを見たのは初めてだった。スライムは何匹か倒した事があるが、潰れてグチャッとなるだけ。
「コイツを売れば金になるんだぜ」
バズが言う。
「あ! じゃあ、オイラが拾って集めるよ。もちろん、ちゃんと全部渡すから、駄賃を頂戴!」
「はは、しっかりしてやがるぜ。よし、じゃ、拾うのは任せるが、俺がクリアと言ってからだぞ。それに、敵が来たら、拾うのはすぐに止めるんだ。いいか?」
ラッドが言う。
「分かった」
ドットも無理して拾えば危険なことくらい、分かっている。
それからラッド達が蜘蛛を倒し、ドットが魔石を拾った。くすねたりはしない。ラッドも数は数えていたが、ちゃんと渡してくるので駄賃として一割をくれてやった。気前が良い。
「よし、宝箱だ」
バズが小部屋で宝箱を見つけた。
「あっ! オイラに開けさせて!」
「焦るなって。罠があるかどうか、確かめてからだ。ちょいと待ってな」
バズは宝箱にすぐ飛びついたりせず、まずは周囲の壁や床を確認した。
「何してるんだい?」
ドットが聞く。
「ああやって、罠が無いか確かめてるんだ。床に落とし穴があったり、壁の穴から矢が飛んでくるなんざ、よくあることなんだぜ?」
ラッドが説明してやった。
「ええ? なんでそんなものが」
ドットが怪訝な顔をしたが、それがなぜかはラッド達にもよく分からない。ダンジョンとはそういうモノだ。
「よし、大丈夫だ。罠はねえ。開けてみろ、坊主」
バズがそう言って下がる。
「だから、オイラの名はドットだよ。いい加減覚えろよ」
「けっ、口の減らない生意気なガキだ」
バズはそう言ったが本気で怒った様子は無い。
「じゃ、行くぞー。あ、銅貨が入ってる。スゲぇ!」
「どれ、なんだ、小銅貨かよ。しょぼいな、おい」
ラッドが覗き込んで、脱力した。ラッド達も昨日の酒場で銀貨の話を聞いたから、このダンジョンにやってきたのだ。
「ま、そんなもんだろ」
アッシュがボソッと言う。
「じゃ、はい、ラッド」
「いや、それはいい、お前が持ってろ、ドット」
「分かった」
ラッド達は先を進み、階段を降りた。
通路の先に、一匹の馬鹿でかいカエルがいるのがここからでも見えた。
「あー、アイツか。どうする? ドットにはキツイかもしれねえぞ」
松明を掲げたバズが振り向いて言う。
「そうだなぁ」
ラッドも腕組みして考える。
「オイラなら平気だよ!」
「ま、一撃でやられるって事は無いだろう。バズ、ちゃんと面倒見てやれよ」
ラッドが言う。
「そりゃ分かってるが、明かりが落ちるかもしれねえ。覚悟しとけよ」
バズが言い返す。
「そいつは困るが…お、そうだ、バズ、松明はドットに持たせとけ」
「ああ、それがいいな。よし、ほれ、落とすなよ」
「分かってるよ」
ドットが松明を受け取る。
「じゃ、いいか、アイツは舌をとんでもなく伸ばしてくるから、トラッドの真後ろにいるんだ、いいな?」
ラッドがそう指示する。
「ああ」
カエルの舌が伸びるのは知っているドットだが、あの馬鹿でかいカエルがどの程度かはよく分からない。
だから、言われたとおりにするつもりだ。
「よし、行くぞ!」
四人が全員、一直線にダッシュしてカエルに駆け寄る。
「おら!」
「こいつめ!」
「くたばりやがれ!」
すぐに片が付いた。
カエルが緑色の煙を上げて魔石に変わった。
ドットが駆け寄ろうとしたが、その前にバズが魔石を拾った。
「次だ」
カエルが二匹いた。
ラッド達は同じようにダッシュ。
ラッドとトラッドが右、アッシュとバズが左。
「ぐえっ!」
「バズ!」
素早くピンク色の舌を飛ばして、それがバズの顔に思い切り命中した。のけぞるバズ。
ヒヤリとしたが、彼は倒れたりせず、体勢を戻した。
「大丈夫だ。ちくしょう、格好悪いところ、見せやがって!」
「なんだあ? はは、良いところ見せようってか。止めとけ止めとけ。普段通りにしておかないと、おっと! もっと格好悪い事になるぜ?」
ラッドが途中、舌を上手く避けて言う。
「ふん」
二匹のカエルも危なげなく倒した。
手拭いでバズが顔を拭き、次。
「こりゃ多いな。ひいふうみい、六匹か…」
バズが大部屋を覗き込んで言う。
「どうするんだ?」
アッシュが聞いた。
「行くに決まってんだろ。行くぞ!」
ラッドが言う。
トラッドも無言で大部屋に駆け込んでいく。
明かりが無いとまずいと思い、ドットも入り口まで駆け寄る。
「トラッド、あまり動くな。お前はドットの壁役だ」
ラッドが注意しておく。
「俺らに任せとけ、馬鹿野郎!」
アッシュが斬り込むが。
「おい、一人で行くと――」
「くそっ!」
一斉にカエルが舌を飛ばし、アッシュに集中し、アッシュがバランスを崩して転んでしまった。
「アッシュ!」
バズがそう叫んで、近づく。
何やら危なそうだ。だが、ドットには何も出来ない。近づくなと言われたし、それを守るつもりだ。
「くそ、下がれ! いったん、態勢を整える」
ラッドが指示する。だが。
「畜生、舐めんなよ、このカエル野郎!」
アッシュがキレたらしく、言うことを聞かずに滅茶苦茶に剣を振るう。
「あーあーあー、ちょいとやべえ。アッシュ、落ち着け、アホ」
バズが声を掛けるが、アッシュは下がろうとしない。
「くそ。バズ、左の援護は任せた。俺は右から行く。アッシュ、下がれ!」
ラッドが右に動いてカバーに入る。
「了解。うおっ!」
バズが離れた左の一匹から舌を受けて、逆を突かれた格好になった。転ぶ。
トラッドが無言で前に出て、一匹を倒した。
「うわっ! いてっ!」
そこまで舌が伸びてくるとは思わなかったが、ドットも舌の一撃をくらってしまった。
「くそっ! 大丈夫か、ドット!」
バズが声を掛ける。
「だ、大丈夫、びっくりしただけだ。これくらい、なんともないよ!」
松明を落としてしまったドットだが、すぐに拾って掲げる。これが無いと真っ暗で危険だ。
「松明だけ掲げて、お前は隠れてろ」
ラッドがそう言ったが、みんなに明かりが届いているか確認しないと、この松明では広間を一度には照らせない。
ドットはまた痛いのが来たら嫌だなと思いつつ、顔を出して松明を掲げ続けた。
「クリア! ふう、ちょっと焦ったな」
ラッドが言い、剣を収めた。
「畜生、べとべとだぜ」
バズがうんざりした声で、顔を拭く。
「悪い、頭に血が上っちまった」
アッシュが謝る。
「いいってことよ。じゃ、ドット、回収は頼んだぞ。松明は俺が持っててやろう」
「うん」
魔石を拾う。
「よし、今日はここまでだ。上がるぞ」
「だな」
「おう」
四人とも無理はしない。ランクDの冒険者だ。もうすぐCに上がりそうだが、引き際は心得ている。
ここのボスのワーキャットは素早い。ラッドはその事を知っている。
ドットを連れて行ったら、確実に死ぬだろう。
「どうだ、ドット、あれがダンジョンだ。お前が一人で装備も無しで行けると思うか?」
街に帰って、ラッドが聞いた。
「無理だね。でも、パーティーなら大丈夫そうだ」
「ええ?」
「オイラ、魔石を拾ったり、松明を持つ仕事をやってみるよ」
「やれやれ……じゃあ、ボス部屋は断れよ。お前には無理だ」
ラッドが言う。
「わかった」
こうして、ドットは少しずつ魔石を貯めた。兵士に取られるからすぐには換金せず、冒険者達に貸しにしたり、ギルドで預かってもらう。持ち逃げしていなくなる悪い冒険者も中にはいたが、たいていの冒険者は約束を守ってくれた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それから三年の月日が経った。待っていても一向にティーナやユーイチはルドラの街にやってこない。
邪神が現れ、魔物が街を襲ってきた時はドットも剣を持って冒険者の一人として戦った。
街は手酷くやられてしまったが、復興予算が組まれ、クエストも出され、町人や大工達は頑張った。
スラム街も綺麗に立て直され、前よりずっと綺麗になった。
そしてドットは、ある冒険者から、世界を救ったヴァルディス侯爵とロフォール子爵が、実はユーイチとティーナという名前だと聞いた。
「母ちゃん、ちょっと、ヴァルディスの城に行って聞いてみるよ」
ドットは行くことにした。
「そうかい? まあ、追い返されたら、すぐ戻って来るんだよ」
「ああ」
すでに地下鉄リニアの切符を買える金も貯まっていた。
「へえ、ここがヴァルディスかぁ」
道はカラーリングされた石畳で、しゃれた街灯が立っている。スラム街にもカーブミラーが新しく立ったが、こちらにもそれが有った。
「たこ焼きはいらんかねー」
美味しい匂いが鼻をくすぐり、ドットはすぐにそれを買って食べた。
「んめー。でも、この歯ごたえのいい肉みたいなの、なんだろう?」
味は気に入ったが、今まで食べたことの無いモノだ。
派手な服を着た通行人に城の場所を聞いて、ドットはそちらに向かった。
「うーん、ここにユーイチがいるのかな…」
ティーナのいるというロフォールに行けば良かったかと思ったが、話ではティーナはちょくちょくこちらに来ているそうで、ま、どちらかに渡せばそれでいいだろう。
ドットは決意して、城の正門に向かって歩いた。
「そこで止まれ!」
門番の兵士二人が槍をクロスさせて通せんぼした。
「オイラは、ティーナとユーイチに金を返しに来たんだ。ドットって名前だ」
「んん?」
兵士達は顔を見合わせたが、冒険者と領民には親切にしろと上から指導を受けている。
「よし、じゃあ、確認してみるから、待ってろ。それから、領主様だからな。ティーナ様、ユーイチ様と言うんだぞ」
「分かったよ」
兵の詰め所に案内され、そこでお茶とお菓子をご馳走になった。黒い塊はチョコレートと言うそうで、とても美味しかった。出されたお菓子を、全部ドットは平らげ、おっかあの分を袋に入れた。
「うえ、本当にドットじゃないか」
やってきたユーイチが驚く。
「良かった、無事だったのね」
ティーナが笑顔を見せる。
「あ、ティーナ姉ちゃん、酷いだろ。ルドラに全然、来ないしさ」
「ごめんね。色々忙しくて」
「違うだろ。どうせオイラが金を貯められないと思ってたんだろ。言っておくけど、今じゃ俺、ダンジョンの荷物運びで、月に銀貨五枚は稼げるぜ?」
「わあ。やるわね!」
「へへん」
ドットが自慢げに胸を張るが、ユーイチは苦笑している。
「あ、そうそう、これ、ほら、ハイポーションの代金な」
ドットは大銅貨二枚を差し出した。
「うん、確かに」
「ドット、お母さんの具合はどうだ?」
ユーイチが聞く。
「うん、ぴんぴんしてるよ。あれから良くなったからね」
二人はそれを聞いて笑顔で頷いた。




