第一話 スラム街のドットと、ヒューズの英雄四剣士(前編)
あらすじ
スラム街のドットはティーナにハイポーションの代金を返そうと今日も頑張っていた。
ある日、ダンジョンで稼げると聞いて――。
ラッド、バズ、アッシュ、トラッドも登場します。(全二話)
2016/10/20 若干修正。
「じゃ、母ちゃん、行ってくるぜ!」
「はい、気を付けてね、ドット」
ルドラの街の貧民街。荒んだ場所にありながら、その親子は前向きに生きていた。
母親はドットを見送った後、服屋で縫い物の手伝いをする。
ドットは朝からファイアスターターの枝を集め、それを鍛冶屋や食堂や道具屋に売りに行き、午後は薬草集めと忙しい。
が、それらの仕事は特殊な熟練や技能を必要としないため、収入は少なかった。
「オイラが一日20ゴールド、母ちゃんが5ゴールド、合わせて25ゴールドかぁ」
そこから日々の生活費と家賃と借金の返済を差し引くと12ゴールドくらいしか残らない。
家賃と借金が高かった。
それでもひと月以内には200ゴールドが貯まる。
ドットも母親も、何とかなるだろうと思っていた。
ちょうど、二週間が過ぎた頃。
夕食の最中、ドアを乱暴に叩く音が聞こえた。
「開けろ! 兵士だ!」
「はいはい、ただいま」
母親がドアを開けると、数人の兵士が問答無用でなだれ込んできた。
「な、何だよお前ら。オイラは盗みなんてやってねえぞ!」
「ふん、今日はそんな用じゃないぞ。税の取り立てだ」
兵士が言う。
「ええ? だって今まではそんなの…」
「ふっ、取ろうにも稼ぎが無い奴は、どうしようもないからな。だが、ドット、おめえ最近、薬草集めが上手くなったって話じゃねえか」
「む、むう、そうだけど…」
どういう理由かは知らないが、薬草集めのコツが何となく分かってきて、すぐに薬草が見つけられるようになっていた。
もちろん、ティーナお姉ちゃんに金を返そうと必死に集めた結果でもあったが。
「出せ」
「いや、待ってくれ、あのお金は、ぐっ!?」
ティーナに返すお金なんだ、と続けようとしたが頬をいきなり殴られ、ドットは地べたに勢いよく転がった。
「ドット! おやめ下さい、すぐに出しますから!」
母親が慌てて竃の裏の隠し場所から袋を取り出す。全額だ。兵士はそれを奪い取ると当然のように懐に入れた。
「よし、そうやって最初から素直に渡せば痛い思いはしないんだぜ? 覚えとけ、ガキが」
せっかく貯めた60ゴールドを全部持って行かれてしまった。
「何だよ、あいつら、無茶苦茶だ。いってー」
「仕方ないよ。本当なら大人は月に300ゴールドは納めないといけない決まりだからね」
「ええ? そんなに?」
300ゴールドはキツイ。必死に貯めても、月に300ゴールドは行かないだろう。そうなると、ティーナに返すお金が貯まらない。ティーナに返すお金を先にしたかったが、あの兵士どもが話を聞いてくれるとも思えなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「くそっ、どうすりゃいいんだよ……」
薬草を集めつつ、ドットは考える。
「はは、今日は儲かったな! まさか宝箱から銀貨が出てくるとは思わなかったぜ!」
「まったくだ。今日はツイてたぜ」
「ぱーっと一杯やるか!」
「「 応よ! 」」
道具屋に薬草を売りに行っていると、通りかかった冒険者の三人組が意気揚々とそんな話をしていた。
「おばちゃん、銀貨っていくらだっけ?」
ドットは聞く。銀貨なんて持ったことも無い。
「それを聞いてどうするんだい。止めときな。子供には無理だし、大怪我したり、下手すりゃ死ぬかも知れないよ」
道具屋のおばちゃんも、そこは当然、止める。
「ケチ! いいよ、母ちゃんに聞くから」
家に帰って、ドットは自分の母親に聞いた。母ちゃんは何でも知ってる物知りだ。
「母ちゃん、銀貨って一枚、いくら?」
「んん? 千ゴールドだけど、なんでそんな事を聞くんだい」
「ううん、何でもないよ。へへへ」
千ゴールド! 税金も払えて、ティーナの借金もあっと言う間に返せそうだ。
ドットは夜の酒場の裏で耳を澄ませ、宝箱の在処を突き止めた。あの三人組が自慢げに話していたからすぐに分かった。
「モンスターは相手にせずに、サッと取って、サッと帰ればいいや」
モンスターやダンジョンの怖さはよく言い聞かされていた。だが、ドットはスライムやゴブリンくらいしか見た事が無かった。
あれくらいなら、逃げようと思えばオイラは足が速いから逃げ切れる。
そう思ってしまった。
ルドラの街の近くにあるダンジョンにドットは一人で向かった。
パーティーは組めない。冒険者カードは持っていないし、作ろうにも金が無い。
それに子供だから断られるだろうと思っていた。
規則では十五歳からだが、特例も認められ、ドットはギリギリ許可される年齢ではあったのだが。
「んん? 暗いな」
誰もいないことを確認して迷宮の中に入ったはいいが、少し進んだだけで暗がりになってしまい、これではさすがに進めない。
「困ったな……」
考え込んでいると、誰かが来たようだ。
四人組の冒険者だった。
見つかったら街に連れ戻される! そう思ってドットはささっと物陰に隠れた。
「よし! 今日はここを攻略するぞ。ま、何回か来てるし、今の俺達には余裕だよな」
冒険者のリーダーらしき男が言う。
茶髪で爽やかな顔の男だ。
「けっ、油断すんなよ、バズ」
金髪のポニーテールの男が脇の小柄な男に向かって言う。機嫌が悪いのかギロッと睨んでおっかない。
「いやいやいや、なんで俺だけに言うんだよ。大丈夫だっての」
バズと呼ばれた男は背が少し低い。
「お前がそう言っていつも油断してるからだろうが」
金髪ポニーテールの男が苛立った。喧嘩になるのかとドットは少し焦った。
「まあまあ、アッシュ、バズだって分かってるさ。ゴブリンの時はたまたまだ、たまたま。プッ!」
茶髪のリーダーがなだめるが、ふき出して笑っている。
「ラッド! 今度その話で笑いやがったら、後ろから蹴飛ばすぞ」
バズが指差して真顔で怒る。
「分かった分かった。じゃ、トラッド、準備はいいな?」
ラッドの確認に、四人目の大男は頷いただけ。それでもリーダーのラッドは満足したようで、右手で合図してダンジョンに入ってくる。
「じゃ、バズ、松明は頼んだぞ」
「任せとけ」
先頭のバズが松明を付けて、通路が明るくなる。
「へへ」
ドットは良いことを思いついた。こいつらの後をつけていけば、松明がなくたって平気じゃないか。
物音を立てないようにこっそりと付いていく。
「ん?」
先頭のバズが立ち止まった。
「どうした、敵か?」
「いや、後ろになんかいたような気がしたが、気のせいかな」
「アッシュ、確認しろ」
ラッドが素早く指示する。
ドットはサッと物陰に隠れたが。
「バズ! ちょっと明かりを寄越せ。何かいる!」
「分かった。待ってろ」
バズがやってきた。トッドは身を小さくして大きな壁の破片の裏に隠れていたつもりだったが。
「頭隠して尻隠さずってか? オイそこのガキ、ここで何してやがる」
バズが言う。
「ちぇっ、見つかったか」
「見つかったかじゃねえぞ。ここは、ガキが来るような所じゃねえんだ。俺達は慎重だから良かったが、いきなり矢を打ち込む連中だっているんだぞ?」
「ええ? オイラ、モンスターじゃないよ」
「そりゃ見れば分かるがな。暗がりなら確かめようがねえ」
バズが腕組みして言う。
「よし、アタックはいったん中止だ。外に出るぞ」
ラッドが言い、こりゃ街に追い返されそうだ。
「頼むよ! どうしてもハイポーションの代金、集めなきゃいけないんだ」
「ああ? そうは言うがなぁ……」
ラッドが少し困った顔をした。
「オイラ、薬草も持ってるし、分けてやるよ」
「要らねえ、要らねえ。俺達だってそれくらいの用意はしてるぜ? 坊主。とにかく街に戻って説教だ。いいな」
ラッドは手を振ってそう言った。
「くそー」
「捕まえとけ、バズ」
「なんで俺が。ほれ、捕まえたぞ」
意外に素早いバズに腕を掴まれてしまった。
「はーなーせーよー」
「駄目だ」
力を入れてもビクともしない。
トッドは暴れたが、引きずられるようにしてルドラの街に連れ戻された。
四人の冒険者は食堂で説教をした。これなら食べる間はトッドも言うことを聞くだろう。ラッドの知恵だ。
ラッドは頭ごなしに叱ったりはせず、順を追って説明を始めた。
「いいか? ダンジョンでは武装してる俺らだって気を抜けねえ。ちょっとしたことが命取りになるからだ。それは分かるな、坊主」
「ああ」
「だから、ダンジョンで冒険者を見つけたら、お互い、声を出して自分が冒険者だって言わなきゃいけないルールなんだよ。そこへお前みたいなド素人がいてみろ。モンスターと間違えられて、殺されちまうぞ?」
「むう。悪かったよ」
「よし。大人しく薬草でも売って儲けろ。それでもハイポーションくらいなら買えるだろ」
「無理だよ。この間、兵士が税金を取りに来たし、月に300ゴールドなんて貯まらないよ」
ドットが言い返す。
「ああ? 300って、お前はまだ十五じゃないだろう?」
ラッドが怪訝な顔をする。
「おっかあのだよ。でもそうか、オイラも十五になったら、ううん、600も必要なのか? どうすりゃいいんだよ」
「ま、それくらいの歳になりゃ、奉公に出るなり、冒険者になるなり、稼ぎ口は増えてるだろ」
ラッドが気楽に言う。
「あ、そうか」
「ま、お前くらいの歳でも冒険者は行けると思うぜ」
バズが余計な事を言う。アッシュが怒った。
「馬鹿野郎。こんなチビに冒険者が務まるわけねーだろが」
「オイラはチビじゃねーよ!」
すぐにドットが言い返す。
「ああ、チッ、誰かさんとよく似てやがるぜ」
アッシュがボリボリと頭を掻く。
「おい、そりゃどう言う意味だ?」
バズが聞くが。
「はは、なんか出会った頃のバズを見てるようだな」
「待て待て待て! 俺はここまでチビじゃなかったし、そーゆー感じのやりとりじゃなかっただろ!」
バズがやや慌てながら言う。
「ああ? そうだっけか?」
ニヤニヤするラッド。
「そうだ。けっ! とにかくだ、坊主、ダンジョンは一人じゃ無理だ。金の稼ぎは他を当たれ」
バズが突き放したように言う。
「おっちゃんに付いていくのも駄目か?」
「ああ? 誰だよ、おっちゃんって。俺はお兄さんだ」
なぜか格好を付けて胸を張って言うバズ。ちょっと老け顔である。
「ぷっ」
「笑うんじゃねえ、ラッド!」
「いや、だってよ。仕方ねえな。ちょっと冒険者ギルドに行こうぜ」
ラッドがそう提案した。
「ああ? 正気か? 本気で冒険者にしてやるつもりか?」
「いや、そうじゃない。実際にダンジョンがどういう所か、一度見せてやった方が早いだろう。コイツ、叱ったところで、この分じゃまた明日も行きそうだしな」
「ううん」
「あー、行く行く。一人でもオイラは行くぜ?」
「このガキが」
バズが睨むが、アッシュは頷いた。
「そうだな。分からせてやるのが一番良い。連れて行こう」
「おい、アッシュ。じゃ、お前とラッドで手数料は持ってやれよ。俺は払わねえぞ」
バズが言うが。
「ああ、それくらい、たった5ゴールドの話だろ。ホント、お前はケチくせえなあ」
ラッドが微笑む。
「うるせ」
冒険者ギルトに行き、受付のお姉さんが渋っていたが、ラッドが事情を話して説得し、晴れて冒険者となった。
「やった! 冒険者カードだ!」
子供なら一度は憧れる冒険者。
「言っておくが、一日だけだぞ。ま、潜りゃ、二度と行こうなんて言わなくなるさ」
ラッドは自信ありげにそう言った。




