第七話 凶悪な敵
前回までのあらすじ
クリスタニア王城に行ったら、眠らされて地下室に閉じ込められちゃった。
2016/10/17 若干修正。
「おお、ご無事で何より」
石ブロックの向こうから、金髪の厳つい顔の騎士が顔を出した。名前は忘れたが、シンディーの兄者だ。
朝食の時にレーネに手合わせを申し込んでいたが。
「兄者! 今回のことについては、抗議させて頂きますぞ!」
俺ははっきり言っておく。
「むっ! 貴殿から兄者と呼ばれる筋合いは無いぞ。ま、まさか、シンディーとそのような仲にッ?!」
あからさまに動揺させてしまった。
「あー、いや、全然そう言う仲では。名前を失念したので。失礼」
「ああ。いや、そう言えば、名乗ろうとしたら、断られて、そのままでしたな。我が名はウェイン=ブラウン。ここの騎士総隊長を務める者」
良かった。騎士総隊長と言えば、かなりの地位だ。それが助けに来てくれたのだから、おかしな事にはならないだろう。てか、誰よ、俺らを閉じ込めた張本人は。
シンディーの顔が浮かんだが、うーん、美少女は容疑者から外したい……。
「さ、とにかく外へ。魔術士であられる皆様方には、ここはさぞ不便でしたでしょう」
ウェイン総隊長が言う。
「いやいや、魔法が使えなくても不便ですよ」
俺は言う。
「や、真に。はは、その通りで――おっと、笑ってはいかんな。失敬失敬」
厳つい顔だが、シンディーと似たような感じの、明るい性格のようだ。
魔術封印結界の部屋を出て地下道を歩くと、牢屋に通じていた。そこから階段を上がり、ようやく普通の城の通路に出る。
ほっとした後、俺は真顔になってウェインに聞く。
「それで、現状は?」
「は、現在、あなた方と、ティーナ殿、レーネ殿、リサ殿、ミネア殿は地下牢から救出、解放しました」
「クロは?」
「ううむ……申し訳ござらん、エステル殿下は国王陛下との謁見は終わった事は掴んでおるが、それ以降の足取りが……」
「おい、ふざけてんじゃねーぞ、てめえ。クロに何かあったら、殺すぞ」
俺は伝説級のフレアの呪文の火の玉を浮かべ、本気で脅す。
「わ、分かっている。現在、部下を総動員して城の中を捜索させている。とにかく、王妃の部下よりも早く見つけ出さねば」
「王妃…。第三王女か」
この国の世継ぎで、クロを邪魔に思っていた連中だ。
「うむ、いかにも。そこまで短絡的な行動に出るとは思えぬが……」
ウェインが肯定する。
「チッ。拘束はできないのか?」
俺が問う。
「無理だ。相手は次期国王と王妃だぞ? それこそ、内乱になってしまう」
「だいたい、クロは王位を狙ってるわけじゃ無いぞ?」
言っておく。
「うむ、それがしは承知しているが、ま、王妃殿下あたりに直接言ってくれ」
「じゃ、その王妃の所に案内しなさいよ」
などとエリカが言い出すが、コイツを行かせると面倒事を引き起こしそうだ。
「いや、今はクロの居場所を探そう。おっと、呪文がもう使えるんだったな」
俺は探知の呪文を使う。
すぐに反応があった。
「東の塔の上だ」
「行こう!」
全員でそちらに向かう。パーティーチャットで呼びかけてみたが、リサ達とも連絡が取れた。
「ったく、ふざけた真似してくれたわね」
途中で合流し、リサが文句を言う。
「面目ないが、それがしの意図や指示ではござらんぞ。王妃、その父親のバルムース侯爵の指示であろう」
後で正式な外交ルートで処罰を要求、いや、まどろっこしいな。一発かまして脅してやるか。
「何奴!」
「止まれ止まれ!」
塔の入り口付近で、兵士が俺達を制止する。
「構わん、通せ! 火急だ」
ウェインが指示して通り抜けようとしたが、二人の兵士はその場を動こうとしない。
「お言葉ですが、ここはお通しできません」
「貴様、総隊長であるワシの命令が聞けぬと言うか!」
「なんと仰ろうと、我らは王妃殿下のご命令で動いております故」
「チッ、むむ」
ウェインが腰の鞘に手を掛けたが、俺がその前にスリープの呪文で眠らせた。
「呪文で眠らせただけだ。意趣返しだよ」
言っておく。
「うむ、かたじけない。いくら派閥が違えど、同じ騎士であるからな」
階段を駆け上がる。
最上階の扉が見えた。面倒臭いので問答無用で門番を眠らせる。
「じゃ、行くわよ」
リサが言い、俺も頷く。下からレーネとティーナも駆け上がってきたが、良いタイミングだ。目配せしてそのまま全員で突入する。
――そこは、それなりに広い部屋となっており、高貴な者を軟禁する目的で作られた感じだった。
内装の調度品は豪華。
ただ、窓は無い。
奥側にさらに扉があり、クロはそこか。
「おお、ウェインか。どうした、そんなに慌てて」
黒いローブを着た男がその扉の前にいた。
「バルムース宰相閣下、なにゆえ、エステル殿下のお知り合いを牢獄に入れられたか、お答え頂く」
ウェインが剣を抜いたままで問う。ううん、第一王妃の父親って宰相だったか。地位としてはこちらの分が悪そうだが…。バルムースは一見、好々爺っぽく見えるが、その笑顔に騙されちゃいけない。俺達の敵だ。
「ふふ、知れたこと。邪魔だからだ。お前もな」
右手をかざすバルムース。
「来るぞッ!」
俺はすぐに無詠唱で三重マジックバリアを展開。黒い稲妻がバルムースの指からほとばしり、こちらの数人を貫く。
「ぐっ!」
俺も食らったが、結構ダメージが大きい。しまったな、リーファを客間に置きっ放しだった。
「クロを出しなさい! せいっ!」
ティーナが駆け込んでレイピアで突いたが、すうっと姿が薄くなったバルムースには刺さらない。
「くっ? これは?」
バルムースはふわりと浮いたまま横滑りして別のところで色が濃くなりまた黒い稲妻を飛ばして来る。
「ゴーストタイプだ! クレア!」
俺が指示を出す。
「はい。――死者の肉体はことごとく土に還るものなり。魂は天上へと安らかに導き給え。ターンアンデッド!」
白き光の円柱がバルムースを包み込むが――。
すっと避けられた。
おおう。魔法回避とは味な真似を。
なら、束縛だ。
俺とミオがピンクの輪っかを掛けようとする。
すっ。
躱された。
「あ、くそう、速いな」
「ええい、当たらん!」
レーネが大剣をバルムースに叩き込むが、位置を捉えているのにスカっている。
物理攻撃は駄目そうだ。
なら、魔法攻撃だろう。
「雨よ凍れ、嵐よ上がれ、雷神の鉄槌をもって天の裁きを示さん! 落ちよ! サンダーボルト!」
エリカが唱えた電撃呪文。
「チッ」
バルムースが顔をしかめ、うん、効いたね。
「お返しだ」
呪文を使ってくるかと思ったが、バルムースは黒い稲妻しか使わない様子。
「ニ゛ャッ!」
ダメージは大きいが、この程度のダメージなら回復できる。
「リム!」
「ニャ!」
俺が薬草ボールを投げて、リムもそれをパクッと食べた。
勝てる。
後は回復の管理をしつつ、攻撃呪文を当てていけば問題無い。
俺が勝利を確信したその時―――。
「ククク、ならばこれはどうかな?」
バルムースの目が怪しく光った。
「ぐおっ!?」
単体指定だったが、よりによって俺がターゲット。なぜ一番後ろにいた俺を狙うし?
「ユーイチ!」
「だ、大丈夫だ、んんん?」
そう答えたが何かおかしい。俺のステータス表示が灰色になり、これは、精神系のバッドステータスか!
「貴様の『禁』を解いた。さあ、己の最も忌むべき行いで苦しむが良い」
「なっ!」
俺が常日頃から、最もやってはいけないと思っていることを強制する呪文だと!
な、なんと言う嫌らしい呪文。
例えば、人として裏切りが一番駄目だと思っていれば、俺はその場のティーナやみんなに襲いかかるはずで――。
「ん、ディスペルが無効。これは呪い?」
ミオが言う。
「もう、レジストしないでよ!」
エリカが俺に束縛の呪文を掛けたが、うん、思わずレジストしちゃった。
「女神ミルスよ、清め払い給え。大いなる治しよ!」
クレアが治療の魔法を唱えてくれたが、これもレジスト。くそ。今のは俺の意思じゃない!
「ごめん、ユーイチ、少しの間、気絶してて」
ティーナがレイピアを俺に突き立てようとするが、俺は素早く避けた。
「くっ、相変わらず無駄に回避率がいいわね」
そうだな。君が無理矢理に鍛えてくれたからね!
「ユーイチに警戒! みんな距離を取って」
リサが指示。
「ぐ、ぐおおお……」
「「「 ユーイチ! 」」」
だ、駄目だ、そんなことをしては!
それだけは駄目だ!
俺は必死でその偽りの欲望を抑えに掛かる。
「ククク、さあ、もう一度だ」
「なっ!」
無情にもバルムースの目が再び怪しく光り、俺は完全に理性を失った。
重ね掛けとは。
うなだれて完全に静止する俺。
「な、何が…」
「し、しっかりしてや、ユーイチ!」
仲間の声も俺にはもう届かない。ギン!と俺の赤く光る目はティーナ達を恐れさせた。
俺の最も忌むべき行為。
それは。
「ほあちょぉおおお、アタタタタッ!」
「なにっ!?」
バルムースが自分に突っ込んできた俺に驚く。
後衛である俺が、捨て身の肉弾攻撃!
「シッ! ちょいやっ! はああああ! ふんっ!」
様子を見ない、連続攻撃!
「しゃああああ! だあっ! うりゃああ!」
常に先手を取り、ペース配分を考えない全力攻撃!
「エンハンス、ファイア! エンハンス、ファイア! エンハンス、ファイア!」
気まぐれで、破れかぶれで、MPとSPを惜しみなく使う消耗戦!
「ぐおっ!?」
「「 効いた!? 」」
俺の赤く光る両手の拳はファイアを宿している。
常に大胆に相手の懐に入り、内側からえぐるゼロ距離攻撃。
防御や回避は考えない。
脇を締めて、撃つべし、撃つべし、撃つべし。
態勢を整える隙も与えない。
「ぐっ、よ、よせっ! ぐおっ! いかん、これでは術が解けぬ!?」
バルムースが狼狽えた。
俺の目を見ないとバルムースの特殊技能は行使できない様子。
だが、俺の物理攻撃力は低い。
それでも、魔力を放出する両手のエンハンス攻撃は有効だった。
「必殺、ぶちかまし! 必殺、ジャーマンスープレックス! 必殺、掌底! 必殺、ヘッドロック!」
熟練度ゼロの最低の技が次々と炸裂する。
だが、魔法強化された両手の拳が割に良いダメージを与えていく。
「ぐっ、離れろ!」
バルムースが逃げようとするが、俺はしつこく食い下がる。
「敵に回復! 敵に回復! 敵に回復!」
ハイポーションも惜しみなく使う。効果もいちいち確認せず、素早く連続で。
「ぐ、ぐああああ、よせえええ!」
アンデッドだったらしく、バルムースの体が煙を上げ始めた。
「今よ、クレア!」
リサがそれを見て指示する。
「女神ミルスよ、我が願いを聞き入れ給え。大いなる癒やしよ!」
「ひいぁあああ!」
エコーする悲鳴と共に、バルムースは浄化されて消え去った。
同時に俺の呪いも解ける。
「くっ、俺は…、俺は! なんというハイリスクで無茶苦茶な戦い方を」
たまたま勝てたから良いようなものの、敵の相性が悪ければ、確実に死んでいた。
しかも最善を尽くしてならまだしも、非常に悔いの残る戦い方で。
床に両手を突いた俺はうちひしがれた。
「うーん、割と良い攻撃だったわよね?」
ティーナが振り返ってみんなに同意を求めた。
「そうニャ。いつもより強かったニャ」
リムが頷く。
「ん、覚醒、自分を解き放つ」
ミオも頷く。
「あはは。ええ感じやったね」
ミネアも笑って言う。
「野蛮だっけど、頼もしかったかも」
エリカが顔を赤らめてボソッと。
「あんなユーイチさんも格好良いですね、うふふ」
クレアが微笑む。
「アレはアレで良かったな。面白い技もあった」
レーネが自分も使ってみるつもりなのかそんな事を言う。
「シャラップ! 後で反省会だ」
「開いたわ」
さっさと奥の扉の鍵を開けたリサが言う。
そこは狭く暗い部屋で、クロが椅子に縛り付けられていた。
「クロ!」
「平気よ。気を失ってるだけみたい」
リサがクロの縄を外し、クレアが治癒魔法を掛ける。
「ん……あ、皆さん」
クロが目を開けてくれた。
「「 良かった 」」
全員、力が抜けた。安堵した。




