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異世界の闇軍師 番外編  作者: まさな
守るべきは―― (クリスタニア編、全八話)
12/19

第四話 幼い夢

今回はやや鬱展開です。読み飛ばしても次話でシナリオは把握できると思います。


前回までのあらすじ

 クロの彫像はクリスタニア王城の騎士が手に入れていた。調査の末、クロが生きていることがバレた!?

 少女は夢を見た。

 幼き頃の夢。

 自分がまだ王女であった頃の夢。


 普段、なるべく忘れようと思い、すでに忘れたと思っていた。

 だが、違っていた。


 それは残酷なほど鮮明に。

 苦しいほどに整然と。

 怯えるほどリアルに。

 

 ああ、またこの夢か――。

 少女はただ、そう思った。

 抗えぬ運命に逆らおうとしても無駄だと、聡明な少女は次第に気づき始めていたから。


 そこは明るい緑の芝生を、薔薇の生け垣が囲った場所。

 クリスタニア城の中庭の一角だった。

 自分が生まれ育った所。

 よく晴れた日、自分と妹はそこにいることが多かった。

 図書室を見つけるまでは――。


「…テル、エステルってば!」


「な、なんでしょう」


 自分の名が呼ばれていることに気づいてエステルはハッとした。


「本当にあなたって、いつもぼーっとして抜けてる(・・・・)わね! 名前を呼ばれたら返事くらいしなさいよ」


「え、ええ、ごめんなさい」


 黄色のドレスを着たソニアは苦手だった。

 いつも攻撃的で、楽しくないことばかり言ってくるから。


 だが、他に姉妹もいないエステルには、ソニアが異常だとは気づかなかった。

 それが当たり前だと思っていた。

 自分の方がおかしいのだと思っていた。


「罰として私の靴を舐めなさい」


「え…?」


 なぜそんな事をしなければならないのだろう?

 名前を呼ばれて返事をしなかったのは悪いことかもしれないけれど、そこまでさせられる事では無い気がした。


「どうしたの? 出来ないの?」


「…出来ません」


「あなたって何にも出来ないのね。よくそれで王女なんてやってるわね」


 別に、自分で選んだわけでは無いし、そう言うソニアは何か出来ることがあるのだろうか――疑問には思うけれど、口に出せばソニアが癇癪を起こす。暴力も振るってくる。

 怪我をしそうになるとメイド達が止めてくれるが、それ以外は見て見ぬフリで、大人達は全然頼りにならなかった。

 母は病気で寝込んでいるし、自分がしっかりしなければ……とは思うのだけれど、何をどうしっかりすればいいのか、皆目見当も付かなかった。


「ま、メイドの娘じゃ仕方ないわね」


 ソニアの口癖はそれだった。自分は伯爵の娘だから偉いんだとも言っていた。

 エステルにはよく分からなかった。


 それじゃ、どうして父である王様は自分の母と結婚したのだろう?


 子供には分からない話であった。

 いくら考えても答えの出ない疑問だった。


 

 そうして、あの日、事件は起こった。



 いつものようにエステルとソニアが中庭で遊んでいるとき、どこからともなく大きなスズメバチが現れた。

 拳大の大きさの蜂は、モンスターでは無かったが、大人でも刺されれば命を落としかねない危険な毒を持っている。


 当然、エステルもソニアも、近くにいたメイド達も悲鳴を上げて逃げようとした。

 だが、蜂は興奮しているのか、妙に攻撃的で、追いかけてきた。


「いやあ! あっち行きなさいよ」


 ソニアもいつもの強気はどこへやら、泣きながら必死で逃げている。

 エステルも、ボボボボボという異様な羽音が恐ろしくて、顔面蒼白で逃げた。


 同じ方向へ逃げる必要は無く、むしろバラバラに逃げた方がいいのだが、運悪く二人は薔薇の生け垣の狭い通路に入り込んでしまった。

 エステルとソニアは、自分が行き止まりに追い込まれていることに遅まきながら気づいた。


 しまった! 逃げられない!


 目の前の蜂は攻撃的な意思を明らかにしつつ二人を威嚇するように突っ込んでくる。


「エステル! アンタが何とかしなさいよ!」


 ソニアが叫いた。


「ええ? む、無理です」


「いいからやりなさい!」


 ソニアはエステルを蜂に向けて突き飛ばした。


「ひゃっ!」


 エステルはつんのめって前に転んだ。実は、蜂は上下に飛ぶことが難しく、姿勢を低くすることが対処法の一つなのだが、幼い子供の二人がそれを知るのはずっと後になってからのことである。


 もう駄目だ、とエステルは思ったが、蜂はソニアに向かって飛んでいった。


「きゃああ!」


「ご安心を! 今、助けます!」


 生け垣の上を跳躍してきた騎士がそう叫ぶと、剣を一閃させた。

 見事、一撃で蜂を真っ二つにして、切って落とした。


「さ、もう大丈夫ですよ、お二方」


 エステルは自分の頭を両手で押さえて震えていたが、その若き騎士が手を差し伸べてくれ、自分達が助かった事に気づいた。

 ほっとした。


 だが、ソニアはほっとするどころか、怒り出してしまった。


「もっと早く助けに来なさいよ! 死ぬかと思ったじゃない。それに、エステル! アンタが私の身代わりにならなくてどうするのよ!」


 ソニアはそう言うと、蜂の死体の方へエステルを突き飛ばした。


「なっ!」


 これには騎士も血相を変えて、エステルの体をさっと片手で支えた。当然である。蜂の死体は、死体であっても毒針が残っており、それに当たるだけでも危険なのだ。


「む、邪魔をするの?」


「何をやっておられるのですか。いけません!」


 まだ押そうとしたソニアを若き騎士は強く押し返した。

 大人と子供、鍛えていないソニアが力で負けるのは当たり前だ。だが、ソニアはこれまで自分を強く押すような人間がいなかったため、押し返されるなどとは思っていなかった。


「あっ!」


 ソニアは姿勢を崩し、よろけて薔薇の生け垣に倒れ込んでしまった。


「そ、ソニア様!」


 護衛の騎士も、自分の押し返しが強すぎたことに気づいて青ざめる。

 王族に怪我をさせればタダでは済まない。


「いったーい。うわーん」


「も、申し訳ございません!」


「うわーん!」


 遅れて駆けつけた他の大人達がエステルとソニアを城の中へと連れ戻した。

 その日は、外に出ることは許されなかった。


 数日後、大柄な騎士がエステルの部屋を訪ねてきた。

 大きな銀色の鎧を着ている。じろりとエステルを見下ろした厳つい顔の騎士は一礼してから喋った。


「失礼致す。それがしはブルーノ=ブラウン。親衛隊長を務める者。少しお話をお伺いしてもよろしいか」


「は、はい」


 エステルはこの騎士には見覚えがあった。父――国王の側に使え、他の騎士にあれこれと指示する事がおおい騎士だ。

 顔は怖いけれど、この人は悪い人では無い。自分達の護衛、守ってくれる人である。

 エステルは蜂に襲われた日のことを聞かれたままに素直に答えた。


「うーむ。どうも話が食い違っておりますな」


 ブルーノは頭を掻いた。


「え?」


「ソニア様のお話では、あなた様が蜂に向かって突き飛ばしたと」


「そ、そんな! そんな事はしてません」


「いやいや、そうでしょうな。エステル様がそのようなこと、するとは思っておりませぬ」


 信じてくれたようでほっとした。


「騎士がソニア様を突き飛ばしたというのも、大方、嘘でしょうな」


「ええと…いえ、それは」


 エステルは少し迷った。親衛隊長がどうも誤解しているようなので、事実を教えて上げた方がいいのではないか。ただ、助けてくれた騎士にとってはソニアが全部嘘をついていると思われた方がいいのかも。

 でも、それもエステルの嘘になる気がして、やはり嘘は良くないと思った。


「んん?」


 エステルは、騎士が自分を助けようとソニアを押し返したこと、ソニアがバランスを崩して生け垣に突っ込んだことも話した。


「よく分かりました。ご心配にならずとも、あなた様(・・・・)に悪いようにはしません」


 ブルーノはそう言って部屋を出て行った。


 助けてくれた若い騎士にお礼を言いたかったが、彼は見かけなくなってしまった。


 エステルは後悔した。

 自分があそこで黙ってさえいれば、騎士はいなくならなかったのでは――と。

 何か酷い罰を受けていなければと思ったが、メイド達に聞いても騎士に聞いても彼がどうなったかは知らないようだった。


 それから、エステルは本を読むことが増えた。

 メイドにもっと持って来て欲しいと何度も頼んでいると、それならばと、図書室に案内された。


「わぁ。こんなに本があるなんて」


 エステルは感激した。これなら退屈せずに済む。

 図書室に足繁く通い、片っ端から本を読んだ。

 ただ、大半は難しすぎてエステルには理解できない本だった。

 子供向けの童話と絵本は楽しく読めた。


 自室にいると、ソニアが邪魔しに来ることがあったが、メイドの一人が秘密の部屋に案内してくれた。

 そこは掃除はされているが、普段使われていない部屋で、ソニアが来ない場所であるから、エステルもすぐにそこが気に入った。


 いつものようにエステルが秘密部屋で本を読んでいると、向こうでドアを開ける音がした。


 いけない。ソニアに見つかったらどうしよう!


 ここが知られてしまうと、静かに本が読めなくなるかも。


 エステルはとっさに、カーテンの裾の中に隠れた。

 二人の男が入ってきたようだった。一人はカチャカチャと鎧の音がする。


「よし、誰もいないな。計画は順調だ。気づかれてもいない。陛下も本当に子が生まれたと思って喜んでおられた。だが、まだ二人もいるからな」


 聞き覚えのある声だった。親衛隊長のブルーノだろう。


「事故に見せかければ――」


 もう一方は声が少し小さいので誰かはよく分からない。


「駄目だ。その手はもう使えない。何度もやれば怪しまれる。なあに、良い手は考えてあるさ。魔法だ」


「簡単に言ってくれる。それを―――のは、―――だろう」


「そうだが、出来ないわけじゃないだろう」


「王族は警護が厳しい。お前が上手く―――えば、やれるかもしれないが」


「分かっている。ふふ、腹痛を起こすことなど朝飯前だ」


 ブルーノがそんな事を言うが、腹痛を起こしてどうなるのだろう?

 よく分からない。

 エステルも時々、お腹が痛くなって、苦しい思いをする事がある。


「大きな声を出すな。聞かれたら終わりだぞ」


 もう一方の男は、聞かれることを警戒しているようだった。


「大丈夫だ。ここには誰もいないじゃないか」


「だが――」


「聞かれたら殺せばいい」


 ブルーノのその一言にエステルはぞっとした。

 これはとても良くない話だ――子供のエステルにもそれはすぐに分かった。

 どうしよう。私が隠れて聞いていると知れたら、私も殺されるの?


 声は立てちゃいけない。身じろぎもしてはいけない。ブルーノに気づかれたらまずい。


 だが、そう思った瞬間、鼻が凄くムズムズして、くしゃみが出そうになった。


 い、いけない。


「くしゅっ!」


「誰だ!」


 気づかれた!

 エステルは心底震え上がったが、悲鳴は別の所から上がった。


「も、申し訳ありません。お掃除に――」


「チッ、メイドか。ここには朝以外に入るなと言っただろう。お前、今、何か聞いたか?」


「い、いえ」


「ふん、まあいい、消してしまえば同じ事よ。ふんっ!」


 ドサッと何かが落ちる音がした。

 殺された?

 エステルは必死に自分の口を両手で押さえ、ガタガタと震えていた。

 


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 エステルは二度とあの秘密部屋には行かなくなった。

 行けるはずもない。


 だが、ソニアもいなくなった。


 結婚して隣国に嫁いだと聞いた。


 母も死んだ。


 ひとりぼっちになった気がした。


 寂しかった。


 唯一の慰めは本で、それを読んでいるときは悲しくなかった。

 特にお気に入りは塔に囚われたお姫様を若き騎士が救いに行くお話の本だった。


 自分も王女である。

 だが、自分を蜂から助けてくれた騎士はどこかへ行ってしまった。

 お話とはやはり違う。


 一人の朝食の後、いつものようにエステルは図書室へ向かった。


「エステル殿下」


 本を探していると、後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、黒いローブを着た宰相であった。


「ああ、宰相閣下」


「私に敬称は要りませんぞ。これを後で読んで下さい」


 手紙を渡された。エステルはその封を開けようとしたが――。


「今、開けないように」


 少し鋭い声でそう言われ、エステルは頷いた。


 宰相が図書室を出て行ってから、エステルは席に着いてその手紙を開けた。封印はされていなかった。


 手紙には、地下室においで下さいとあった。地図も入っていた。


「ええと、ここを曲がって……」


 エステルは何の疑いも無く、その地図の印の部屋に向かった。

 今にして思えば、どうして宰相はわざわざ手紙にして伝えたのか。そこを疑問に思うべきであった。

 だが、その時に地下室に行くのを拒否したとしても、結末は何も変わらなかったであろう。


「お待ちしておりました」


 宰相と二人のローブの男が、その地下室で待っていた。

 薄暗い部屋で、魔道具のランタンで照らされているが、何とも不気味だった。


 地下室の真ん中には、緑色の魔法陣があった。


「その中心へお進み下さい」


 エステルは少し戸惑ったが、宰相は大丈夫だと言う風に頷いた。


 中心に立つ。


「では、これより儀式を執り行う」


 宰相が宣言し、自らも何か長い長い呪文を唱え始めた。


 きっと大切な儀式なのだろうとエステルは思った。

 儀式には慣れっこだ。

 じっとして待つ。皆が一礼するときは礼をする。

 それだけだ。


 バチッと音がして何か恐ろしいことが始まろうとしていた。

 怖くなったエステルは何か言おうとしたが、声も出なくなっていた。

 何か見えない力で押さえ込まれ、動くことも出来なかった。


 急に部屋が大きくなった。

 宰相も背が高くなった。

 何か変だ。


 自分を見下ろした宰相は笑顔を見せると、エステルに袋をかぶせた。

 エステルはもがいたが、上手く袋を掴めない。


 袋に入れられて外は見えないが、自分はどこかへ運ばれているようだった。


「いいか、これを出来るだけ遠くへ放してくるのだ」


「はっ!」


「高貴な猫だ。丁重にな」


 宰相の言葉を聞いたのはそれが最後だった。

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