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異世界の闇軍師 番外編  作者: まさな
守るべきは―― (クリスタニア編、全八話)
11/19

第三話 笑う怪盗

視点が少し変わります。


前回までのあらすじ

 俺は天空の城の警備を強化し、怪盗から無事フィギュアを守り切ったかに見えたが…。


2016/10/13 『三十代くらいの鋭い目をした騎士』→『四十代』に変更。

 早朝――。

 ロフォール領のティーナの屋敷の前に小型飛空艇が着陸する。


 タラップから軽快な足取りで降りてきたのはここの領主、白マントのレイピア使い、ティーナだ。

 この辺りで彼女を知らぬ者などいない。白マントにミスリルレイピアと言えばティーナしかいないのだ。


「じゃ、ご苦労様。すぐに使わないから、休んでて良いわよ」


 ティーナは振り向いて飛空艇に向かって言う。


「了解です」


 飛空艇を操る魔術士が頷く。募集してどうにか集めた魔術師だ。数はまだ少ない。


 彼女は屋敷の門にいる警備兵に軽く手を振って挨拶すると、そのまま屋敷の中に入る。


 そして急に動きを変えると素早く手近な部屋に滑り込んだ。

 周囲に目を走らせ、鍵を掛ける。


 ティーナは懐からクロの彫像(フィギュア)を取りだした。


 こちらが本物である。

 何度もユーイチの城に通い詰め、クロのフィギュアを盗み見てその記憶を基に職人に伝え、寸分違わぬ(・・・・・)同じ物を作らせる。

 神業であった。

 職人もまた神業であった。


 今度は棚の上に置いてある袋を引っ張り出す。

 そこから、ティーナは黒いマントと服を取りだした。


 それを――


 いきなり後ろでガチャガチャとドアノブがひねられたので、ティーナはギョッとして凍り付く。 


「ニャ? おかしいニャ。ドアが開かないニャ。ふんニャ!」


 バキッ!!


「ニャッ? げげ…」


 開いたドアの向こうには、猫耳族の娘がいた。彼女は自分で握っている壊れたドアノブを、引きつった顔で見つめている。


「リム。鍵が掛かってたんだけど?」


 ティーナが言う。


「ご、ごめんニャ! わ、わざとじゃ無いニャー!」


「まあいいわ。後で直させるから。それより、何か用?」


「ニャ、ティーナが帰って来るのが見えたから、お小遣い、もらおうと思ったニャ」


「ああ。なんだ。じゃ、はい、これで足りる?」


「ニャ。ニャ!?」


 リムは自分の手に載せられた金貨を見てちょっとビビった。

 いつぞやの、生魚大人買い事件で、こってり絞られた後、ティーナは金貨を渡してくれなくなっていた。

 それが……。


「足りない? じゃ、もう一枚ね」


「ニャ、ニャんと」


 大サービスである。二枚に増えた金貨にリムは動揺した。

 彼女は思った。

 このまま、ティーナからもらったことにすれば、魚買い放題だと。


 だが――。


 どうしても気になった。

 だから、迷わず聞いた。


「お前、誰ニャ?」


「ん?」


「ティーナと匂いが微妙に違うニャ。石鹸とシャンプーは同じみたいだけど……クンクン、お前、男?」


「チッ!」


 舌打ちしたティーナの偽者(・・)が腰のレイピアを一瞬で抜き、リムに向かって鋭く突き出す。


「あぶニャッ!」


 だが、リムは素早く上半身を反らし、鋭い一撃を躱した。

 続いて白マントが飛んでくる。


 視界を塞がれた上で、レイピアの攻撃が来ると危険だ。

 それはリムにも分かっている。戦闘経験は豊富だ。


 だから、リムはバックステップでマントから逃れた。

 常識的な行動。

 もし、リムがロングソードなりを装備していれば、マントを叩き斬って前に進む選択肢もあったかもしれない。

 だが、今は何も武器は装備していなかった。

 それは両者の間に決定的な距離を生み出していた。


「フフフ、私の名は怪盗チャイルドフッド。この時間にはお前は寝ていると思ったが、甘かったようだ。褒めてやるぞ、猫耳族の狩人よ。ではさらばッ! ンーフフフフフ!」


 黒い服を着た紳士はそう言い残すと、窓ガラスを破って外に転がり出た。


「ニャ! ……誰?」


 ぽかーんとしたリムには何にも分かっていなかった……。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ごめん。まさかこっちに来るなんて思ってなかったから、警備も通常通りにしてたわ。見張りの兵士が追いかけたけど、すぐ見失っちゃって」


 飛空艇で天空の城に駆けつけた本物の(・・・)ティーナが言う。


「そ、そうか。お、おう、まあ、それはいいんだ」


 中央司令室で狼狽しまくりの俺は言う。


 ここまでの話を総合すると、昨日ここにやってきたティーナは偽者で、怪盗チャイルドフッドが変装していたという事らしい。昨日は本物のティーナも怪盗と聞いてここに駆けつける気満々でいたが、リックスから大量の決裁書を机の上にドンと積まれ、


「これを全て片付けたなら、盗賊退治に出かけてもよしとしましょう。名領主ならば、これくらいは」


 と言われ、必死に片付けようとしたが徹夜でも終わらなかった様子。リックスもやり手である。



 いや、しかしね?


 どう見てもアレはティーナにしか見えなかった。

 声も仕草も同じで、俺は偽者などとはついぞ気づかなかった。


「信じられません……」


 クロも驚きの顔。


「うーん、うちもチラッと見ただけやったけど、本物にしか見えへんかったなあ」


 ミネアも気づかなかったと言う。


「フン」


 エリカも気づいてなかった様子。


「ん。本物に見えた。だから今こっちにいるティーナが実は偽者。と言う事にすれば問題無い」


 ミオが訳の分からないことを言い出す。


「「 いやいやいや 」」


「気づきなさいよ、自分のパーティーのリーダーくらい。揃いも揃ってこの間抜け」


 腕組みしたリサは不機嫌だ。彼女は今回ティーナとは直接顔を合わせておらず、ま、あの偽者を見てから言って欲しいものである。

 あそこまで完璧だと見抜けないっての。


「無理だ。だが、おかしなところはいくつかあったんだよなあ。パーティーチャットに返事をしなかったり」


 俺は言う。あと、別れ際、キスしてきたが、あの流れも確かにおかしかった。本物のティーナはなかなかキスなんてしてこないし。


「分かってたなら、確認しなさいよ、バカ」


「うん。いや、偽者とは思わないじゃん。普通さあ」


 俺は肩をすくめるしか無い。


「何のためにほっぺたを引っ張ってたんだか。でも、顔の変装とか、魔法でやってたのかしら?」


 リサが聞くが、魔力的な波動は特に感じなかった。とは言え、意識して感覚を確かめていなかったので微弱な魔力なら察知できなかった可能性は残る。


「どうだろうな。特殊メイクでないことは確かだけど」


 俺はそう言い、分からないという仕草で首をひねった。


「そんなに似てたんだ…。みんなが気づかないくらい」


 ティーナがちょっと想像が付かないのか、やはり首をひねる。


「申し訳ありません。自分が……」


 うなだれたケインが謝るが、アレは仕方ないし、落ち込んでばかりもいられない。

 なので、俺は言う。


「ケイン、済んだことだ。それに、さっきも確認したが、フィギュアは無事だ。他に取られたモノも無さそうだし、破壊工作が行われたり、毒が仕掛けられた形跡も無い」


 俺は言う。

 あれから慌てて調査したが、そういう結果だった。

 こちらが気づいていない破壊工作があるかもしれないが、重要な部分に問題が無いのであるから、やられていたとしても損害は軽微だろう。


「だから警戒は引き続き必要だが、向こうは諦めたと考えるべきだと思うぞ。こちらの警備の勝利だ」


 偽者のティーナがフィギュアを持つところまでは行ったが、アイツは持って逃げられなかった。

 そう言うコトだ。


「本当にそうかしら。すり替えた可能性は?」


 リサが言う。


「いや、確認した。アレは絶対に本物だ」


 俺は自信を持って言う。

 似たようなフィギュアを用意するにしても、俺の作っているフィギュアはかなり高度な技術を必要とする。まつげまで微細に再現した造形に加え、発色の良く色むらの無い着色。さらに、見ただけでは決して分からないキャストオフというギミック。

 この世界の職人にそこまでのモノが用意できるとは思えない。

 時間を掛ければ用意できるかもしれないが、あの一瞬で、非公開のフィギュアをどうやって模造するというのか。

 とにかく、仮に偽物を作っていたとしても、本物が手元に有る限り、何の問題も無いのだ。


「そ。じゃあ、問題は無かった、という認識でいいのね?」


 リサが確認を取るので、俺はすぐに頷く。


「ああ。ケイン、もうお前も休め。警備態勢の見直しは不要だ」


「ですが!」


「いい。対策は考えてある。次からティーナが来た時はリムや犬耳族に匂いを嗅いでもらう。それで分かるよな?」


「ニャ、バッチリニャ。次は一発ニャ」


 リムが力強く頷く。


「ううん、お風呂で綺麗にしておかないとマズそうね…」


 微妙な顔をするティーナだったが、これでこの件は一件落着だ。

 探知(ディテクト)やパーティーチャットで確認しても良いんだし。

 街道封鎖もやってはいるが、あれだけの変装の達人となると、意味が無いだろう。

 リムが見た怪盗紳士は、黒いタキシードを着て黒いシルクハットをかぶり、SMっぽいアイマスクをしていたと言うが。


 おえっぷ。そんなのにほっぺにチューされたのかよ。

 あー、気持ち悪ぃ。


 よし、記憶から削除(デリート)だ。

 メモリー!

 記憶の呪文を無詠唱で使ってみたが。

 まだ記憶が残っているようだ。

 ……難しいな。

 だって、あの柔らかな感触は脳裏に焼き付いてて、簡単に思い出せるし、ウホッ!


 いや、でも男だしね?

 あの時は女の子にしか見えなかったけど。

 なんと言うか、そう考えると気持ち悪いよなあ。


 ハッ! 逆に考えたらどうだろう?

 もしかしてアレを本物のティーナだったという事にすれば良くね?

 そうすれば、一転して良い思い出になるし、気持ち悪くなーい。

 やっべ、天才か! 俺。


 よし、アレは本物のティーナだ。

 素直で優しくて、会ったときにキスしてくれるステディな関係のフィアンセだ。


 メモリーの呪文をもう一度使った。

 良い感じだ。

 そう言えば、今日来たティーナはまだキスをしてくれてないね。


「ティーナ、今日もホラ、挨拶のキスをここに」


 俺は自分のほっぺを指差して言う。


「は?」


「いや、挨拶の…ほら、フィアンセだよね? 俺達」


「ちょっと、ユーイチ、偽者の私が何をしたか、最初から逐一、全部、洗いざらい、話してもらおうかしら」


 ティーナが無表情でレイピアを抜き放つ。


 し、しまった……。迂闊。



「相変わらずバカね」

「あらら…」

「ニャ、よく分かんないけど、ユーイチが何かミスったのは分かったニャ」

「ユーイチさん…」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 同時刻――。

 クリスタニア城の地下にある拷問部屋でも、窮地に立たされている男がいた。

 机を挟んで目の前に座った相手の男、上等なミスリルの半身鎧(ハーフプレート)を身につけている。これだけの値打ち物となると、装備できるのは上級騎士、隊長格よりずっと上だろう。ブラウン様と部下に呼ばれていた。四十代くらいの鋭い目をした騎士。金髪で(いか)つい顔だ。腕も鍛え上げられた筋肉で盛り上がっている。その騎士の背後にも二人ほど、屈強な兵士が立っており、何に使うのか、ハンマーとペンチをそれぞれ片手に持っている。

 男はその道具の使い道を必死で考えないようにしていた。


「もう一度だけ聞くぞ。これが最後だ。どういうことか、意味は分かるな?」


 ブラウン様が、じっとこちらの目を見てから言う。

 すぐに男はこくこくと頷く。

 頭が悪くともそれくらいは分かる。答えなかったら殺されるという事だ。

 分かるから、体から脂汗が驚くほど流れ出してくる。


「よし。あの彫像をどこから手に入れた? お前が手に入れた場所じゃないぞ。それはもう聞いた。出所を言うんだ」


「お、俺が聞いたのは、ミッドランドの、ええと、ヴァル…ヴァル…くそ、思い出せねえ。ちょ、ちょっと待ってくれ。大丈夫、確かに聞いたんだ。ヴァルなんとかって。今、思い出すから」


 それを聞いた男が、部下の一人に目配せする。ペンチを持った男がそれをもう一人に預けると、部屋を出て行った。


「持っていた男はどういう奴だ? 名前、背格好、髪の色、全部話せ」


「あ、ああ、喋るから、全部、喋るから! 名前は聞いてねえんだ。だが、白髪の爺さんで、腰は曲がってて、背丈は低かったな。これくらいだ。今にもくたばりそうな、よぼよぼの歩き方だったんだが、着ている服は上等だったし、腰にぶら下げた袋に何か入ってる様子で」


「ふむ。それで良い獲物だと思って襲ったのか?」


「い、いや、襲うつもりで近づいたんだが、上手く当たらなくて。そうしたら、向こうが腰を抜かして、金目の物は全部渡すから、命ばかりは~って。俺だってそんなアコギなことはしてねえんだ。良さそうな彫像だったから、二ゴールドに負けさせて買ってやったんだ。ただの取引だよ」


「ふむ、それを今度は二百ゴールドで売りつけようとしたか。このゲスが」


 騎士に睨まれた男は心臓が縮み上がった。


「ひっ」


 部下の兵士が戻ってきて、騎士に耳打ちした。


「そうか、ヴァルディス男爵領か。よし、コイツは恐喝の罪で牢にぶち込んでおけ。いいか、本当のことを言っているかどうか、確認するまでは殺すなよ?」


「了解!」


「ま、待ってくれ。嘘じゃ無い! 本当のことだ! おい、ま、待ってくれ!」


 ミスリルの鎧を着た男は、聞く耳を持たず、後は部下に任せ拷問部屋を出た。


「まさか、あの御方が生きていようとは……とにかく、上にご報告せねば」


 渋い顔をした騎士は足早に階段を駆け上がった。

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