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異世界の闇軍師 番外編  作者: まさな
守るべきは―― (クリスタニア編、全八話)
10/19

第二話 参上

前回までのあらすじ


 噂の大怪盗が俺の秘蔵のフィギュアを頂くと予告状を出して来たが…。

「あかんな。手口もよう分からんかった」


 翌日の夕方、怪盗の情報を集めてもらったミネアが飛空艇でこの城にやってきたが、情報収集は上手く行かなかったようだ。


「そうか。ま、時間も少なかったし、貴族が被害者なら、フランネル子爵に頼むべきだったか」


「うん。ただ、分かったことは、この怪盗、一度も失敗しとらんそうや」


「そんなことは……」


 あるんだろうか? 

 たまたま、失敗が発覚してないだけで、警備の厳しさに諦めたとか、盗めずに逃げ帰ったなんてこともあると思う。


「それから、平民や奴隷の間じゃ評判はええし、吟遊詩人も英雄に見立てて酒場で謳っとるで? 正直、うちも今日みたいな事がなければ、こっそり応援しとったところや」


 肩をすくめるミネアだが、実像と評判が違うことはしばしばあることだ。

 仮に評判通りであろうとも、財物を他人から盗んで、金をバラ撒く行為は、窃盗罪以外の何物でも無い。


「そうか」


「うん。じゃ、うちも、警備に協力させてもらうな。裏門で待機しとく」


「ああ、頼む」


 夕食の後、地下の中央司令室にクロがやってきた。 


「ユーイチさん…」


 不安そうな顔だ。俺は彼女を安心させるべく笑顔を見せる。


「ああ、クロ、心配すんな。万が一、盗まれてもフィギュアだし。あんなもん、三万ゴールド積めば売ってやるんだがな」


「はい」


 微笑んだクロだが、やはり不安なようですぐに表情が陰ってしまう。

 空色の純真な瞳が陰ると、どうしてこうも保護したくなるのか。


「大丈夫だぞ」


 俺はクロを両手で抱きしめてやった。


「はい」


 髪をナデナデ。背中をナデナデ。もうちょっと下も……


「ン、ンンッ! オホン。そのくらいでいいわよね?」


 その場にいたティーナが咳払いして言った。


「お、おう。そうだな」


 俺は即座に冷静さを取り戻した。


「じゃ、一度、フィギュアを確認しに行きましょう」


 ティーナが言うが。


「うーん、昨日、確認したし、大丈夫だと思うぞ」


 確認自体は大切なのだが、アイアンウォールで接合した密閉空間をいちいち開くのは、怪盗に付け入る隙を与える気がして、俺は気が進まなかった。


「でも、もう盗まれてて気づいてなかったー……なんて事なら間抜けでしょう?」


「それはそうだが、ジェイムズが寝ずの番をしてるし、まず大丈夫だ」


 ジェイムズは信用出来る男だ。ティーブル川での戦いの時から俺に協力的だったし、仕事もきっちりこなす。


「その通りですよ、ティーナお嬢様。侵入者はあれから入ってきていません」


 ケインも頷いて言う。


「うん。だけど、一回だけ。私、そのフィギュア、一度も見てないし」


「む……」


「ちょっと。ひょっとして、私に見せられない(・・・・・・)ようなモノじゃないでしょうね?」


 勘が良いね。


「いやいや、何を仰る、純粋に警備上の問題ですよ、ロフォール卿。まあいいでしょう、有らぬ疑いを掛けられても不愉快ですし、ご覧に入れましょうとも、ええ」


「……ううん、凄く怪しい……」


 さらに疑ってしまった感じのティーナだが、見せてやれば納得するだろう。


 俺とティーナとクロとケインで、工房に向かう。

 廊下には直立不動の警備兵が立ち、往復しながら巡回する警備兵もいて、物々しい警備だ。

 と言うか、絶対、無理だろ、これ。

 よほどの魔術士でもない限り、ここをすり抜けるとか無いって。


「ご苦労、ジェイムズ」


「ああ、これはお館様。こちらは問題ありません」


 徹夜も感じさせないジェイムズは笑顔で応じた。


「そうか。一度、フィギュアを確認する。ロフォール卿もご覧になりたいと仰せでな」


「承知しました。では、失礼して、変装を確認させて頂きます」


 ジェイムズがまず俺のほっぺたをぐいぐい。結構本気で引っ張るんだな、オイ。あくまで形式でいいんだぞ?

 続いて、ティーナとクロとケインも引っ張ったが、女性陣に対しては軽めだった。そこは男女差別だろうと思ったが、クロのほっぺたをぐいぐいやるのも可哀想だし、よしとしておく。


「変装って見ればすぐ分かる気がするけど」


 途中、ティーナが少し痛かったか、頬をさすりながらボソッと言う。


「シャラップ。俺の知る伝説の大怪盗なら、姿はもちろん、声音も本人と全く区別は付かないレベルだぞ?」


「それも……凄いわね」


「ああ」


「全員確認できました。どうぞ」


 扉の前に陣取っていたジェイムズが脇に避ける。

 俺はアイアンウォールの呪文を無詠唱で唱え、接合していた扉を隔離し、普段使わない解錠(アンロック)の呪文も使い、扉の鍵を外してから開ける。


 工房に入ると―――。


 当然、誰もいなかった。

 荒らされた様子も無い。


 そこは二十メートル四方の正方形の部屋になっており、壁は打ちっ放しのコンクリート状になっている。通風口は今回の件で接合した鉄格子のモノに変えた。もちろんオリハルコン製だ。バーナーが出せる魔道具をもってしても、焼き切れる事は無い。

 壁の左右には棚が並んでおり、たくさんの素材や薬品がずらりと並んでいる。こちらは二号室で、料理は一号室の方でやる。

 四メートル×二メートルの広めの机が正面にあり、普段はここで作業をしている。


「問題なさそうね」


「ああ。こっちだ」


 みんなを部屋の奥に手招きして、ストーンウォールの呪文を唱え、隠し棚を出す。

 だが、誰も驚きの声は上げない。見慣れてるもんな。


 その中からオリハルコン製の箱を取りだし、またアイアンウォールの呪文で接合を外す。

 多分、アイアンウォールの呪文が使える魔術士以外は誰もこの箱を開けられないはずだ。

 この呪文は秘匿しているから、エリカの里のエルフ達とうちのパーティーしか使えないはず。

 エルフ達も禁呪を超えるレベルの呪文を他人に教えたりはしないだろう。他との交流も少ない村だし。


 箱を開けると、そこには膝を崩して微笑むクロの彫像(フィギュア)があった。


「むむむ……だから、なんで私達をモデルにするわけ?」


 ティーナが眉をひそめた。

 断っておくがフィギュアは裸では無い。ちゃんとローブを着ている。裸なら、とっくに俺の鼻にレイピアが刺さってるところだ。


「あくまで芸術の高みに到達するための習作だ。それ以上でもそれ以下でも無い」


 俺は少しキリッとして言い放つ。

 

「……ううん、習作ねえ? 持ってみてもいいかしら?」


「どうぞ」


 ティーナはそっと水色のローブに身を包んだクロのフィギュアを持ち上げる。二十センチ程度の代物だ。


 ティーナがしげしげと見つめ――くるっと上下をひっくり返したので、俺はドキリとしたが、大丈夫、これはパンチラ作品では無い。そういう危険物は別の隠し棚に入れてある。

 こっちはひっくり返してもローブしか見えない。

 実は知恵の輪のようになっていて、少し特殊な外し方をすると、ローブをキャストオフできるが、それは内緒だ。


「相変わらず、良く出来てるわね。見る度に感心するわ」


「フフフ、お褒めのお言葉に預かり恐縮です」


 ――と。

 ピシッという音が部屋の右から聞こえたので、そちらに注目する。


「何だ?」


「待て! 全員、その場を動くな!」


 ケインがすぐさま言う。剣を抜いて駆け寄ろうとした兵士に向かって。

 ………。

 注意深く観察するが、何もいないし、何も起きない。


「アレだ、多分、温度差によるラップ音だろう。気にするな」


 夜になったことだしな。

 俺は緊張を解いて言った。

 まだティーナが手に持っているフィギュアも見て確認するが、そちらも無事。


「何か入ってきたのかと、ちょっと緊張したわ。はい、これ」


「ああ」


 俺はクロのフィギュアを受け取り、再びオリハルコンの箱に収めた。

 呪文で接合する。


 棚も呪文で奥に隠して壁で覆って元通りにした。

 工房を出る。


「じゃ、ジェイムズ、明日の朝までここは誰も通すな。たとえ、俺の命令であってもだ」


 俺は言った。

 考えられるパターンとしては『お館様が保管場所を急遽変えるように命令されたから、そこを開けてくれ』ってなもんだろう。


「承知しました。なに、そんな手には引っかかりませんよ。ご本人がこの場に来てもお断りします」


「それでいい」


 俺は満足して頷く。


「じゃ、私は正門で警備に就くわね」


 ティーナが言う。自分の身の危険を顧みないところは、色々な意味でさすがだ。俺の方は、基本、中央司令室から動くつもりは無い。


「いや、君が警備すると後からリックスあたりに小言を言われそうなんだが?」


 一応、無駄だと思いつつも言っておく。


「構わないわ、それくらい」


「さいで」


 好きにさせておこう。レベルは高いし、護衛の兵も大勢いる。

 俺達が駆けつける間もなくやられる、なんて展開は想像できない。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 いよいよ、問題の午前零時。あと七分ほど。

 まだ、怪盗は現れていない。


 三十分前から、五分おきの報告が入っており、結構長く感じてしまった。


 てか、眠い。寝ちゃいそう。


 こんな事なら、張り切ってずっと起きてたりせずに、仮眠、取っとけば良かった。


 とにかく今はまずい。

 眠っちゃ駄目だ、眠っちゃ駄目だ、眠っちゃ駄目だ……。

 眠っちゃ……ちょっとくらいはいいかな?


 ちょっとだけ、ちょっとだけ。眠気を払うためにちょっと寝るの。


 ハッ!


 いかん、このパターンは覚えがあるぜー。

 ここで寝たら俺は完全に時間を過ぎて寝るんだ。

 確実に寝る。


 領主としては、ここで寝たら死ぬ、くらいの覚悟が必要だ。

 部下への示しもある。

 出来る領主はこういう時は起きとくもんだ。

 よし!


 ……ZZZ。


 くっ、寝てないよ!

 目を閉じて、止まってたけど、寝てはいない。意識がほんの少し未来へワープしただけだ。


「お館様、後は自分に任せて先にお休みになって下さい」


 ケインも俺が眠そうにしているのを気遣ってか、そんな甘い言葉で囁く。

 大怪盗がもうすぐ現れるという時間にあと少しというところで、駄目よ、駄目。

 そんな巧みな言葉でアタシの心を惑わせないで。


 俺の中の心の悪魔が言う。


「お前が寝ても、警備に影響は無いだろ。つまんねえ意地張ってねえで、寝ちまおうぜ。健康にもイイしよ!」


 俺の中の心の天使が言う。


「全くその通りです。警備に影響はありません。寝ても士気に影響は無く、健康にも良いですね。寝るのは正義です」


 俺は決意した。


「よし、後は任せたぞ」


 やっぱ寝よう。


「はっ! お任せ下さい」


 みんな出来る子だ。それを信用するのも器の大きな領主である。


 中央司令室ではちょっと兵の手前、寝にくいので、自分の寝室に行き、寝る。護衛は俺に張り付くからその場にいるんだけども。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「お館様、お館様」


 揺すられて目が覚めた。


「ふあ…おう、ケインか。あっ、どうなった?」


「はい、今まで見張っていましたが、侵入者はありませんでした」


「そうか。厳重すぎて諦めたかな」


「そうかもしれませんね。そもそも、この城が空に飛んじゃってますし」


「だよな」


 いくら神出鬼没の大怪盗でも、空までは無理だろ。


「念のため、確認をお願いしたいのですが」


「そうだな。いつまでも警備しててもアホらしいし、確認したらもういいぞ。通常態勢に戻す。当直の奴以外は、休みをしっかりやってくれ」


「はい、そのように」


 俺はケインと共に地下の工房へ向かう。

 誰かがやってきたのを覚って、ジェイムズが柄に手を掛けたが、さすがだね。


「ご苦労、ジェイムズ。約束の時間だ」


「はい。では、失礼して、念のため」


 ほっぺをぐにぐに。

 これももういいんだが、まあいいか。


 昨日と同じように呪文で扉を開け、隠し棚を出し、オリハルコンの箱を開ける。


 すると―――。




「なっ、なにぃー! 消えただとぉー!?」


「そんなバカな! いったい、いつの間にッ!」



『確かにお宝は頂いたぜ!

 

 ンーフフフフフ、アーハハハハハッ!


  ―――大怪盗チャイルドフッド=アルセーヌ』




 ―――なんて事も無く、クロのフィギュアは昨日、収めたときのまま、そこで微笑んでいた。

 大怪盗のカードも入ってない。


 念のため、キャストオフして、本物かどうか確かめておく。


「えっ!」


 後ろでケインが驚いていたが、オホン、このことはティーナにも内緒だよ? 分かっているね、ケイン君。

 これは当家の最重要機密事項なのだ。

 大丈夫、売りに出さないから、俺しか愛でる者はいない。

 世界でたった一つの秘蔵のフィギュア。


 その幼い膨らみは本物だった。


「よし、確認した。フィギュアは無事! 現時点をもって、警備を通常態勢に戻す!」


 俺は言う。


「「「 おお! 」」」


 兵士達が笑顔を見せ、互いに拳を合わせたり、ハイタッチしている。


「当直以外は休んで良し! お館様のご厚意により、丸三日、休みを与える。ご苦労だった」


 ケインも言い、兵士達の歓声が上がる。

 休みが嬉しいわけでは無いだろう。元々、週休二日制だ。夜勤勤務の者は、三日の休みも与えられる時がある。大した違いは無い。


 大怪盗から無事、宝を守り切り、任務を達成した。

 その喜びの一体感だ。


 さて飯でも食うか、と思ったが、外で警備してるパーティーメンバーの事も思い出した。


『フィギュアは無事。お疲れさん』


 俺は念話でみんなに声を掛ける。


『ああ、良かったなぁ。じゃ、うちも寝させてもらうわ。お疲れさん』


 ミネアが言う。


『結局、何も来なかったわね』


 リサが言う。


『フン、この借りは高く付くわよ』


 エリカが言う。そこまでのことを要求した覚えは無いが、まあ、要望通りに絵を描くなりなんなりしてやるよ。


『ん。ん』


 ミオは今から寝るようだ。


『良かったです…』


 クロも眠そうだ。起きてなくて良かったのに。

  

 …ありゃ?


『おーい、ティーナ』


 反応が無い。

 寝てる……とは思えないな。


 どうしたのかと思って、正門に行くと、外を睨んで仁王立ちしているティーナがいた。

 外に集中してこっちに意識が向かなかったか。


「おい、ティーナ、もう警備はいいぞ。奴は来なかった」


 俺はこちらに背を向けているティーナに大きめの声を掛ける。


「ええ? そう。分かったわ。じゃ、んー、ふう、帰るわね」


 すぐ振り向いたティーナは、一度背伸びを大きくやってから笑顔を見せた。


「ああ。悪かったな」


「いいわよ、別に。私達、パーティーでしょ?」


「ああ」


「それに――フィアンセだもんね」


「え?」


 俺の頬に軽くキスするティーナ。


「ふおっ!?」


「ふふっ。じゃ、また来るわね」


 そう言ってこぼれる笑顔で手をひらひらと振って立ち去るティーナ。


 何だろう? とってもご機嫌なティーナさんだ。

 俺は幸せにつつまれたハッピー状態(ステータス)で、しばらくその場を動けなかった。

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