癒やしの聖女クレア
4000字程度の一話読み切りです。
今回は、ユーイチがヴァルディス領をもらった後、邪神を倒す前の頃のお話です。
(十五章二十話~最終章九話の前あたり)
なぜか仲間に加わった司祭クレア。彼女は司祭として今日も活動していた。
2016/12/5 若干修正。
街を白いローブを纏った司祭が歩いている。
ここはヴァルディス男爵領。新しく就任した男爵は、リニア鉄道を作ったり飛空艇を運用するなど、領民や周辺貴族たちが度肝を抜かれることを次々と行っていた。
「以前より、活気が出てきた気がしますね。うふふ」
街の大通りを眺めて歩きながら、クレアは一人微笑む。
「おい、見ろよ、良い女だぜ」
「司祭様か。いいねえ。俺もああいう女に優しく撫でて傷を治してもらったり、じっくり二人きりで罪の告白を聞いてもらいたいもんだ」
道行く冒険者が立ち止まってクレアの姿を目で追う。
淡い色合いのふわっとした金髪と上品で優しげな顔――。だが、その露出度の低いローブにも拘わらず、クレアの体は男達を駆り立てる何かがあった。
「よう司祭様、今日もべっぴんさんだな。これを食っていきな。俺の奢りだ」
団子屋の屋台の親父が串団子を一本差し出す。もちろん、HACCPで衛生管理されており、親父の手も強い酒で清められている。新しい領主は食品の管理にはやたらうるさく、また、その熱く語る職人のような入れ込み具合に心を打たれ、ここの親父も衛生管理を徹底するようになっていた。
『食べ物は命を育むモノ』であり『医食同源』であり『人類の楽しみ』なのだ。
食を軽んじるモノは人に非ず! 食は粗雑に扱ってはならず、麦一粒取っても神と農民に感謝せねばならない。
「あら、いつも悪いですね」
クレアも最初にもらった時は遠慮していたが、もうこの受け渡しも日常になりつつある。
「なあに、いいってことよ。新しい領主様のおかげで人通りも売り上げも倍になったからな。団子もここまで旨くなるたぁ、俺も信じられなかったぜ」
「うふふ」
柔らかな肯定の笑みは、どこか謎めいたモノがあり、人目を惹きつける。
親父の目が自然とその大きな胸に吸い寄せられていくが――。
「親父、俺にも二本くれ」
通りかかったゴツい冒険者が親父の前に立ちはだかった。
「あいよ」
客商売である。団子屋の親父も気を悪くすることなく、返事をして団子を渡す。
「俺は五本だ」
「あちしは十本ニャ!」
屋台は繁盛していて忙しいようだ。
そんな街をいつもの微笑みを浮かべて歩くクレアは、この街の神殿に入っていく。
「おお、これは司祭クレア。今日もお勤めですかな」
この神殿の年老いた司祭が気づいて出迎える。
「ええ。悩み多き人達の力になれればと」
「とても良いお心掛けですな。では、告解室をお使いくだされ」
「ええ。ありがとうございます」
クレアは一礼して神殿の奥の部屋に向かう。そこに狭い一室があり、信徒が仕切りの向こうの司祭に自分の罪を告白し、許しを請うのだ。
顔は見えない仕組みになっており、罪の告白を受ける司祭も高度な守秘義務を負う。
「では、最初の方、どうぞ」
「し、失礼します」
入ってきたのはどうやら年端もいかぬ少年らしい。告解もあまり経験が無いようで、緊張しているようだ。
「大丈夫ですよ。さ、そこの椅子にお掛けなさい」
クレアが優しく指示する。
「はい」
「今日はどんな罪を告白しに来ましたか?」
「ううん……他の人には黙っててもらえるって聞いたけど、ホント?」
「ええ。ここで告白する事は、絶対に外には漏れませんし、約束は守ります。そうでないと誰もここで罪の告白はできないでしょう?」
「うん」
少年もそれで納得し、安心したようで、自分の罪を告げる。
「実は、腹が減ってて、団子屋の団子を盗んで食べちゃったんだ」
「そうですか。よく正直に告げました。神もきっとお許しになると思います。でも、盗んだモノはきちんと返さないとね。団子の代金が用意できたら、またここにいらっしゃい。私が代わりに支払って返しておきましょう」
「あ、司祭様、お金はあるよ。昨日、荷物運びの手伝いをして駄賃をもらったんだ」
「そう。では、確かに」
次の相談者は道具屋の店員だった。姑と仲が悪くてどうにも腹が立つそうだ。
「そうですか。腹の立つことばかり思い出していては、また腹を立ててしまいます。そんな時は少し深呼吸して神に短く祈りを捧げてみて下さい。きっと心が落ち着きますよ。それから、一日一回、お義母様にお茶を出して上げるようにして下さい」
「そんな! 司祭様、あんな性悪お婆さんに、嫌ですよ」
「まあ、そう言わずに。これも神の試練と思って、しばらく続けてみて下さい。お婆さんのためではなく、あなたの徳と幸せのためです。そこは誤解してはいけません」
「はあ、そういう事ならやってみますけど……」
女は納得は行かない様子だったが、続けていればきっと良い方向へと転がるだろう。
三人目の相談者は黒いローブの薬師だった。その黒髪の少年が椅子に着くなり言う。
「司祭様、自分、弱い人間です……。ついつい、T子さんの裸のフィギュアをまた作ってしまって、しかもそれがT子本人に見つかってしまいました。くっ!」
「あらあら。鼻は大丈夫ですか?」
「ええ、もう薬草ですっかり。でも、また作ってしまいそうで……僕はどうしたらいいでしょう?」
「そうですね……T子さんを怒らせるのは良くありませんが、そういう気持ちになるのは殿方の本能です。無理に抑えようとすれば強い反動が来てしまいます。だから、代わりに私のフィギュアを作って下さい」
「おお! い、いいんですね?」
「もちろん。形が分からないようでしたら、モデルになりますよ。もちろん、服は全部、脱いでですけど。うふふ」
「ふ、ふおおお! ぜ、是非、今から!」
「いえ、ごめんなさい。今はお勤めがありますので、また後で」
「わ、分かりました。何時に終わりますか?」
「そうですね。五時には終わると思います」
「天空の城の工房でお待ちしております!」
「はい」
四人目の相談者は若い下級騎士だった。
「司祭様、僕はもうどうしたらいいか……好きな女の子がいるんですが、一緒にいると自分が魔物になりそうで……こんな気持ち、いけないとは分かっているのですが」
「あら、どう言う気持ちなんですか?」
「そ、それは……いえ、なんでもありません! お邪魔しました!」
「お待ちなさい。その女の子ともっと濃密に仲良くなりたいのですね? 男の子として。滅茶苦茶にしたい気持ちですね、服も邪魔なくらいの」
「は、はあ、まあ、そう言うコトなんですが……」
「でしたら、その女の子に素直に自分の気持ちを告げてみて下さい」
「い、いやいや、駄目ですよ! 怖がらせて、振られてしまいます」
「どうでしょうね。そのものズバリでなくてもいいですから、ほのめかしてご覧なさい。それで探りを入れて、行けると思ったら迷わず押し倒しましょう」
「ええ? いや、それは……」
「押し倒しましょう。神の御心のままに」
「わ、分かりました。ううん…」
分かったとは言っていたが、あの気弱そうな青年は、多分押し倒さないだろう。ここはユーイチかミネアに頼んで、その気になる薬でももらえば良かったかしら…とクレアは思った。
またあの青年は悩みを告げに来るはず。その時にお薬も出してあげましょう。
五人目は服屋の娘だった。
「司祭様、私、どうしたら……好きな人がいるんですが、その人がなかなか結婚の申し込みをしてくれなくて……凄く良い雰囲気だと自分では思ってるんですけど、彼は気を遣う性格で、私が恥ずかしくてちょっとでも戸惑うと、手を止めてしまうんです」
「あらあら。では、もっと自分の魅力を出して、相手の殿方に本気、いいえ、野獣になってもらわないと駄目ですね。相手がどうにかしてくれるのを待っていてはいけません。自分の行為を直接口で伝えるか、せめて態度を示してあげないと。気を遣う人間なら、ますます遠慮して上手く行きませんよ」
「はあ、でも、口に出して言うなんて……ああ! そんなの恥ずかしくて私には無理です!」
「うふふ。じゃあ、普段より肌が見える服を着て、誘惑しちゃいましょう。下着も、紐のような細くて小さいのがいいですよ。引っ張ったらすぐ取れちゃうようなのが」
「ええ? でも、それ、遊女みたいで、下品と思われたりしないですか?」
「いいえ、殿方は好きな相手にそんな事を思ったりしませんよ。とにかく一度、試してご覧なさい」
「はい。じゃあ、一度その手の絵を見た事があるので、チャレンジしてみます!」
「ええ」
上手く行きそうだ。来月は結婚式のお勤めがあるかも。
クレアは満足げにニッコリ笑った。
六人目は茶色のローブを着た男だった。
用心深く周囲を見回したその男は、席に着くと、少し変わったリズムで仕切りに向かってノックする。
そして、ファルバスに祈りを捧げる言葉を小さくつぶやいた。
クレアの方はそれを気にした風もなく言う。
「では、悩み事をどうぞ」
「ふざけるな。クレア、任務の経過はどうなっている?」
「あら、ふざけてはいませんけど……任務の方は順調ですよ。大司祭様にはご心配なきよう、とお伝え下さい」
「ふん。そのお名前は出すな。だが、上も心配しておいでだ。何しろ伝承通りに使徒が次々と現れている。災いの復活も近いと見ておられる」
「そうですか……ええ、確かにここまではほぼ伝承通りです。ですが、異なった点もいくつかあります。ユーイチさんが災厄を呼び出す黒き者かどうかは、もう少し様子を見た方がいいと私は考えています」
「お前がどう思おうと関係ない。上の決定だ。だいたい、その男、黒いローブに執着しているのだろう?」
「ええ。執着と言うほどでは無いと思いますが、黒い服が落ち着くそうです」
「やはりな」
「いえ、色は好みでしょう。黒色を根拠とするなら、ルーガウス子爵やアサシンも容疑者です。トレイダーの兵すら、監視対象に入ってしまいますよ」
「それは、他の者が受け持つ。それにトレイダーの兵卒は気にしなくとも良い。そんな災いを呼ぶ能力などありはすまい。だが、不思議なモノを次々と創り出す凄腕の錬金術師となれば話は違うぞ」
「……ユーイチさんの発明は、すべて生活の向上と文化の向上に寄与しています。災いを目的としたモノなど一つも有りません」
「目的は崇高でも、手違いはある。何かのミスで伝承通りになった時、手に負えなければ世界は破滅するのだぞ?」
「……」
「また来る。上はこうもおっしゃっていた。容疑が濃厚であれば、証拠が揃わずとも先に手を打てと」
「そんな。無実の人を殺めるのは神の教えに背いています」
「だが…ふん、これも世の平和のためだ。とにかく伝えたぞ」
男はクレアの返事も待たず、部屋を出て行った。
「ううん……ユーイチさん、あなたは世界を滅ぼしたりはしませんよね?」
クレアは真顔で問うたが、その質問に答える者は誰もいなかった。