11/エピローグ 先の大戦の生き残りたち
内調局員が去った後の裏通りは、静かだった。心臓の打つ音すらもたやすく耳に届く程に、静かだった。
太陽は既に中天にあり、穏やかに、秋の陽射しを投げかけている。
そして気持ちも。
確かにこんな時が、昔、あった。
彼は意識の扉を閉ざした。そして身体に訊ねる。俺の身体は、昔どうして壊れたんだ?
それは。彼の身体の記憶が映る。ぼんやりとしていたそれは、次第に鮮明になってくる。
それは何処の戦場?
俺は誰と戦っていた?
そして俺は、誰に殺された?
…
*
時刻を告げる鐘と同時に、祝祭の広場から、花火の音がした。鷹の合図だ。
そして彼の下部工作員達も、今ごろは放送局に入り込んだ『飛ぶ**』の下部工作員を捕らえるなり抹殺するなりしているだろう。
Gは市街劇が未然に防がれたことを確信し、ゆっくりと立ち上がった。
既に血の染みは、赤黒く乾き、服に固くこびりついていた。ぱらり、と前髪が落ちて、彼の視界を軽く隠した。直接目に突き刺さるような夕方の陽射しのまぶしさに、彼は一瞬目を細めた。
そして光の中に、黒い戦闘服姿を見つけた。
「何とかなったよ」
鷹は長い銃を肩にかつぎながら彼の元に近付いてきた。
「感謝する」
「その顔では、思い出したな」
「まあね」
何となく惜しいな、と鷹はつぶやき、手の届く距離からは僅かに離れた位置で立ち止まった。
「あの最後の大戦の末期、俺と君は、同じ軍勢に属していた。混乱する戦局と分裂し統合し、混乱する敵を相手に、大きな戦果を挙げていた」
「そうだね」
Gはさらりと答える。話の飛び方に、その表情は戸惑うこともない。
「だけど君は、あの時向こうへと走った」
「…」
彼は目を伏せた。
「何故だ? いや、理由なんかどうでもいい。とにかく君は、あの時、俺でもなく、今まで戦ってきた仲間でもなく、あのひとの方を選んだんだ」
「…そうだ」
「そして俺は、君を追撃した」
「あんたの追撃は執拗だったね」
Gはやや困ったようにうなづいた。そんな彼を見て鷹は腰に手を当てて苦笑する。
「それはそうだ。確実にあの時の俺は、君を憎んでいた。手に入れて、そして壊してやりたいと、どれだけ思ったことか」
「そして俺を墜として、壊した」
「そう。墜として、壊した。だが無論俺達は、俺達である以上、そんなことで、この世界から消滅できる訳がない。墜ちた君は逃げたんだ」
「ああ。さすがにかなり逃走にも手間がかかったね」
「一族の中に紛れ込んでいるとは、さすがに俺も気付かなかったよ。もともと君はそこに居るべき者だったから、わざわざそこに身を隠すとは考えてもみなかった」
「俺も」
「君も?」
くす、と鷹は笑う。
「俺は、俺がそんなところに身を隠すなんて考えてもみなかった」
「そうだろうな。そして君は、そんなところに居たくせに、『MM』に身を寄せた。あのひとの元に」
Gは軽く頭を振る。
「俺はそんなことは知らなかったさ」
「だが、その活動自体にあのひとの薫りが立ちこめているんだ。君はどれだけ自分の記憶を別の記憶によって隠ぺいしても、それに惹かれたんだ」
「否定はしないよ、***」
奇妙な発音が、そこに響いた。空間がややきしむ音がする。
「その言葉で呼ばれるのも久しぶりだよな?」
そうだね、と彼は微笑む。
「だけど俺は俺なりに、衝撃は受けていたんだ。あんたに追われるのは正直言って悪い気分じゃなかった。そしてあんたの手で墜とされるのも」
「結局俺は、君を見つけられないまま、現在の場所に紛れ込んでいる。君と同様、人間と詐称して、あの場所に居る」
「結果として、また敵同士だな」
Gは苦笑した。
「…もし君と再会したら」
鷹は長い銃を軽く持ち上げる。ふらりと上げられただけの銃は、それでも目の前の相手に正確に向けられていた。
「俺は、どう自分が思うかと考えていた。殺したいと思うだろうか、抱きたいと思うだろうか」
「…」
Gは目を伏せる。あのサンルームで会った時の、好戦的な瞳。
「俺は、君を見て、そして、君が記憶を封印していることに気付いた瞬間、殺したいと思ったよ」
「俺は、殺されてもいいと考えていた」
Gの言葉に、鷹はふっと笑った。
「気が付いていたよ」
鷹は銃をゆっくりと下ろした。
「何だか判らない。だけど俺はあんたの声を耳にした瞬間、抵抗する力が消えてしまったんだ。俺はそれを、あんたが好きだからと思っていた」
「おや、違うのかい?」
「違った。それは好きとか嫌いとかそういうことじゃあなかったんだ。はっきり言って今でも本当の意味は判らない。墜ちた時の記憶のせいかもしれない。だけど」
「だけど?」
鷹は目の前の相手に問い返す。
「確かにその時、俺はそんなことも何もかも、どうでもいいと、思っていたんだ」
「そう。それが判った時、俺は君を抱きたいと思った」
矛盾している奴め、とGはくっと笑った。
「今でもそう思えるかい?」
「ひどく勿体ない、と俺は思うよ」
「勿体ない?」
「また明日からは、俺達は敵になる。場合によってはともかく、基本的には内調も反帝国組織には敵だろう?」
「そうだね。でも」
でも? と鷹は問い返す。
「今日はまだ、祭の日だ」
Gは手を伸ばした。
「来いよ。俺を墜としてみればいい」
くす、と笑って、最終大戦の生き残り同士は、手を取った。
***
「なあんとか、あの惑星の騒乱は未然に終わったってさ」
訊ねてきた連絡員は立ったまま、出しすぎた茶をすすりながら何気なく告げた。ああそう、とカウチで大判のグラフ誌を読んでいた中佐もまた、シガレットを口にしながら何気なく答え、そして訊ねる。
「何お前、奴にあれから会ったのか?」
「用事はあったからね。何か今度は帝都付近の仕事が入ってるんだけど」
「それはまた厄介な」
「でもお仕事でしょ。それが俺達の」
まあな、と中佐はうなづく。そして何となし、奇妙なことに気付いた。彼はひどく面白くなって、会心の笑みを浮かべながら自分の愛人に訊ねる。
「もしかしてお前、今多少機嫌悪くないか?」
「悪い」
「へえーっ」
中佐は実に楽しそうに声を立てた。そんな風に笑われるのは実にキムにとっては心外なのだが、これがこの男の性格なのだから仕方がない。
「で、何があったわけーっ?」
雑誌を放り出し、にたにた、と壁に張り付いた猫の様な笑みのまま、中佐は話をうながす。
何しろそうそう滅多にそういう事態はないのだ。意外とくわせ者のこの連絡員は、本当に困ったり怒ったりすることがそうそう露骨にはない。
いや表面上は短気なのだが、何処まで本気かというとこれがまた判らないものだから。
「いやそれでさ、まあお久しぶりだから、とちょいと奴と遊んだ訳よ」
「ふむふむ」
わざとらしい程彼は首を縦に振る。赤い髪がゆさゆさと揺れた。
「でまあ奴のご期待に応えましょうと、こないだちょっと温度調整したんだけど」
「あ、したのか」
「したの。あんたはその辺どーでもいいと思ってるから判らないんだろーけど!」
「そりゃあ俺は、そんなことはどうでもいいからな」
中佐はいけしゃあしゃあと答えて、まあこっちへお座りなさい、とわざとらしい程丁寧に言いながらぽんぽんと自分の横をはたいた。キムは茶を持ったまま、それでも器用に、こぼしもせずに身体を投げ出した。
「何か向こうじゃあいろいろあったみたいだよ?」
「聞いたのか?」
「聞くも聞かないも。身体に大きな斜めの線!」
「切られたのか」
「もう治ってはいたけどね」
ああ、と中佐はうなづく。
「じゃあ気付いたかな。奴は自分が何なのか」
「だろーね。あれで気付かなかったら馬鹿だよ」
「いや馬鹿はもとから馬鹿だと思うけどさ」
ずずっ、と連絡員は眉を寄せ、わざとらしい程音を立てて両手で持った茶をすする。
「で?」
たった一言になのに、わくわくしている様子が実にその言葉にはにじみ出ていた。
「ん? だからさ、まあお久しぶりだし、親密なお付き合いもしたんだけどさ、そん時奴が何って言ったと思う?!」
「何?」
中佐は即問する。
「『熱いのは一人でいい』だってさ。まあったく」
「は」
一拍の空白ののち、中佐は大声を上げて笑い出した。息も絶え絶えになりながら、それでも内容が聞きたいので、彼はかろうじて声を絞り出す。
「…何だよ… そ、それ」
「だから、そういうことじゃない?」
キムは再び茶をずずっとすすった。
「なあんか、昔の知り合いと再会したらしいのよ。どういう奴とかは別に何も奴は言わなかったけどさ。何やらそれで『再び燃え上がった』んじゃない?」
喩えが妙に彼のツボをついたらしい。カウチを思いきりはたきながら、今度は次の問いもなかなか出せないほど、中佐は笑い狂っていた。その様子をちら、と横目で見ながらキムは立ち上がって二杯目の茶を入れに行った。
入れて戻ってみると、まだ自分の愛人は延々笑い続けている。いい加減にせんかい、と震えている赤い髪をぺし、とはたいた。
「で、それからお前どうしたの?」
中佐は涙を浮かべながら訊ねる。ようやく笑いが治まったらしい。
「べーつーに。言われていちいち変えるのもしゃくだから、もう放っとく」
「ほお」
中佐はそれを聞くと片眉を上げて、ぐいん、と腕を横の連絡員の肩に回した。キムはちら、と横目で中佐を見ながら平然と訊ねる。
「何なの一体」
「いやそれならも少し確かめてみようかな、と」
「よそーぜ。茶がこぼれる」
「じゃ待つ。さっさと呑め」
「勝手にすれば?」
さて彼がどれだけの時間をかけて茶を呑んだかは定かではない。




