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10 真昼の午後の惨劇

 光がまぶしい。森林通りは目もくらむようなデコレーションがされ、さながら通り全体がクリスマスツリーのようだった。

 通行規制が取られていたので、Gは途中でエレカを乗り捨てる。そして参加者が集まっている方向へと、足を速めた。姿が見えたので、彼は最寄りのビルの陰に隠れた。

 彼はピアスに手を触れた。下部構成員への通信用のそれは、マーティンの発覚寸前に活躍していた。

 Gは放送局に居るはずの下部構成員に現在の状況を訊ね、軽い指示を加えた。

 それまでに起こり得る騒乱は、「成功するかもしれない」もののに対し、現在進行しているのは、今度は「絶対成功しない」騒乱である。対処が変わってくるのだ。

 そして後者の方が、下手すると「飛ぶ**」の目的としている「騒乱を目的とする騒乱」としては相応しいのだ。


「とにかく」


 彼は部下に伝える。


「絶対に広場から来た電波を飛ばさせるな。敵を探し、一定時間の電源を飛ばせ。放送機械自体は一応守れ。だが占拠されるようなら、壊せ」


 端的に命令を下すと、通信を切って、彼はふう、と深呼吸した。

 さて部下がどの位動いてくれるかは判らないが、とりあえずは信用せねばなるまい。自分のこれからの動きは、その条件の上に成り立つのだ。    

 この場に居る自分のできることは。

 それを考えた時だった。

 

 沈思黙考は、それをできる条件下にのみ成立する。

 少なくとも、上から機関銃を撃たれる状況では成立しない!


 ばりばりと音を立てて、雨あられと降り注ぐ銃弾を彼は反射的に避ける。どうやら敵はビルの中か、上に居るらしい。

 だが先日の敵よりは、実に敵らしい。

 僅かな日差しの下に隠れて、彼は銃の弾丸ジャケットを交換した。降りてくる、と彼は感じた。そしてその間に、自分の所持している武器を数える。一つ、二つ…ここで使える武器は?

 ぱりん、と音がして、彼が背をついていたビルの、二階と三階の間の踊り場のガラスが降ってきた。

 銃を撃った。何発かが砕け落ちるガラスに当たり、さらに破片を周囲に飛び散らせる。

 そこから暗殺者は飛び降りた。

 よほど緩衝材が使われているのだろう。ユーリこと「飛ぶ**」の戦闘隊長は、落下の衝撃などまるで感じていないように平然と微笑んでいた。唇が何かをつぶやいている。

 やっと見つけた、と言ったように、Gには感じられた。

 間髪入れずに、ユーリは手にしていた機関銃をその場に撃ちまくる。それでガラスも割ったらしく、一瞬その破片が弾丸に混じって空を切った。まずい、と彼は考えた。分の悪さはまるで変化していないじゃないか。


 条件を限定するんだよ。


 中佐の投げやりな言葉が不意に頭に走る。

 Gはボタンをまた一つ引きちぎると、その場に投げた。

 閃光弾だった。無論現在彼は遮光ゴーグルを付けていないのだから、見えないのは同様なのだ。目を閉じて、その瞬間彼は、ユーリの足に組み付いた。

 あ、と高い声がその場に飛んだ。

 高所から飛び降りても平気な足が、バランスを崩して、その場に崩れ落ちた。Gは薄目を開けながら、機関銃に手をかけた。もみ合いの体制になる。ぐい、とうつ伏せになった腰を膝で押さえる。

 だが相手は下部構成員ではなかった。

 ユーリは銃を持っている状態ではない、と悟ると、何の未練もなくそれを手放した。

 何処に仕込んであったのか、セラミックナイフを左手に持ち、ぐい、と手を回す。自分を押さえつけている相手の足に刺す。

 Gは股に走る痛みに、ぐ、と声を立てる。その拍子に膝から力が抜けた。

 隙をついてユーリは、うつ伏せにされていた身体を反転させ、華奢なくせに力強い足で彼を蹴った。

 ずいぶんな力だ、と足の痛み半分、蹴られた脇腹の痛み半分、でGは思う。

 だがとりあえず銃は渡す訳にはいかない。Gはまだ転がっている銃を思いきり蹴った。他にも無論持っていそうな雰囲気は十分だが、一番対処のしにくい武器には退場を願うのは当然だろう。


「―――ふん、なかなかやるじゃない」


 相手の声が耳に入る。ユーリは再びセラミックナイフを手にしていた。だが今度はそれは彼の手にはない。あるのは。

 彼は拳銃を取り出した。何発かの銃弾が、目の前の敵に向かって放たれる。だが敵は余裕の顔で、それを避けて走る。一方Gは、刺された足が痛むのに気を取られていた。そしてその一瞬のせいで、相手の位置を見失う。


 何処だ?


 気配を捜す。だがそれで簡単に見つけられる奴だったら、あの若さで戦闘隊長などやってなどいないだろう。

 足にずきん、と痛みが走った。彼はう、と軽くうめいてその場に沈む。地面に手をついた彼の手に、何かが当たった。

 その時だった。


「遅い!」


 立ち上がるが遅かった。ユーリの長く伸びたセラミックナイフが、自分を斜めに強く深く切り裂くのを、Gは感じた。

 身体が、地面に叩き付けられようとするのが判る。落下感。だが。

 Gは、落ちる寸前に、手にしたものを、小さく鋭くひらめかせた。

 鋭いガラスの破片だった。

 ユーリが壊し、路上に散らしたガラスの破片だった。

 自分の身体が地面に直撃する寸前、それがユーリの首の真ん中に命中するのが、確かに見えた。

 信じられない、という表情で、「飛ぶ**」の戦闘隊長はその場にゆっくりと崩れ落ちていった。


 殺人人形と同じ所だな。


 彼は何となくそんなことを考える。だが殺人人形とは違い、ぱっくりと開いた戦闘隊長の首からは、とりどりの色のケーブルではなく、一色で鮮やかな血が溢れるだけだった。

 斜めに見上げる視界の中では、コンクリートの灰色の道がどす黒く染められつつあった。

 だらだら、とユーリと名乗っていた戦闘隊長の身体から流れ出る液体は、次第にその面積を広げつつあった。

 そして自分自身も。

 熱い液体が流れているのが判る。

 さすがにここで終わりなんだろうか。

 Gはごろり、と仰向けになる。

 ビルの上に、果てしなく空が、広がっている。

 青い空に、薄い雲がヴェールの様に広がっていて、ひどく綺麗だった。最高の季節。秋の祝祭の日の空だ。

 彼はぼんやりとその空を見上げていた。頭の中は、それまでに感じたことのない程穏やかだった。

 ―――と、広げた手に、何やら生温いものが当たるのを感じる。

 流れだしたユーリの血が、とうとうここまで広がってきたのだ。そうだろうな、と彼は思う。そのくらい時間は経っているのだ。

 そこまで考えて彼は、ふと奇妙なことに気が付いた。


 …俺は?


 ふと彼は、手を、自分の回りに動かしてみる。

 だがそこには水溜まりはできていない。

 ざら、と何処からか飛んできて、コンクリートの上でさらさらと動き回る砂、それが乾いたものしか、彼の手には当たらないのだ。

 彼はそっと、自分の身体に触れてみる。確かに服は血で濡れている。だが、そこから吹き出るという感触ではない。


 まさか。


 彼は、まだ痛みが重苦しく続く身体を、ゆっくりとひきずり、近くのビルの壁にもたれかけさせた。そして自分のたどってきた道を、目を開けて見据える。

 そこには確かに血の跡があった。だがそれは、その数メートル先で死体になっている敵から溢れているものとは量がまるで異なっている。今こうやって身体を引きずるという無茶をしているというのに、そこには、血の跡はついていない。


 止まっている。


 彼は愕然とした。

 ぐらり、と彼は思わず目眩がするのを感じた。抜けた血のせいだけではない。空を見上げる。ヴェールのかかった青の空。


 そうだ、こんなことが以前にもあった。


(あれは何処の戦場だったろう?)


 戦場?


 彼は長い前髪をかき上げた。自分の中から湧き上がる疑問に目眩がする。


 俺は戦場に出たことはないはずだ!


 あの、記憶の二重化がまた起こっていた。自分の記憶としているものに、確かにその事実はなかった。だが、こんなことは、確かにあった。身体が記憶している。

 こんな風に、大きく身体を切り裂かれて、そして。


「G!」


 耳に、金色のトランペットのような声が飛び込んできた。

 彼は壁に頭をもたれさせたまま、ゆるり、と声の主の方を向く。黒い戦闘服姿の内調局員が駆けつけてくる。


「…あんたか」

「あんたか、じゃないぞ、おいG、大丈夫か!」

「…この状態で大丈夫だったら南島星域でカレーをおごって…」

「こんな時にまで冗談を言っているなよ!」


 鷹はそう言いながら、血の飛んだ切り裂かれた服の中をのぞき込んだ。


「ああ、傷は大丈夫だ、血は止まっている。塞がりつつあるな。身体はそれでもやっぱり思い出しているんだな」


 え、と彼は深呼吸をしながら鷹を見上げた。

 奇妙なバランスで整ったその顔が、安堵の色に染まっているのが判る。ああそうか、とGはうなづいた。あんたは俺が何なのか知っていたんだものね。


「いくら君が君であったにせよ、この傷を回復させるのには時間がかかる。しばらくここでじっとしてろ」


 鷹は彼の首に飛び散った血をぬぐいながら言う。彼はぬぐわれた首を軽く振って反論を試みる。


「…だけど市街劇が」

「そっちは俺に任せろ。内調の工作員も入り込んでいる。あの参加員の1/3はうちの関係者だ」

「1/3も…!」

「うちの連中は、気配を殺す訓練だけは上手いんだ。自然にとけ込む、と言うのかな」

「そっちの方が数枚上手だったって訳だな。あんたの部下を殺してなければいいけど」

「はん、そんな目立つ役につくような馬鹿はいない。それに情報が早かっただけだ。そのための内調なんだからな」


 ふうん、とGは目を伏せた。


「鎮圧が成功したら、次の時報の鐘と同時に、花火を上げる。それまではそこでじっとしてろ。奴らは自分達の戦闘隊長がまさか死んだとは思っていないだろうから」


 そうだな、と彼は思う。確かに奴は強かった。自分がただの人間だったら、確実に殺されていた。奴を倒せたのは運の良さだし、生きているのは…


「…」

「どうした?」

「リボンが解けちまったんだ」


 鷹は軽く辺りを見回す。確かにそうだった。

 移動した時、何かの拍子で髪を束ねていたリボンが解けたのだろう。Gの長い髪は、後ろで解けたままになっていた。


「ほら」


 リボンを差し出す。


「まだ腕が痛いんだ」


 彼はじっと、内調局員の顔を見据える。

「結んでくれないかな」


 鷹は黙って、再びその場にひざを曲げた。

 そして彼の首の向こう側に手を回す。前髪だけを残して、きゅ、と音がする程に強く、その長い髪を束ねた。

 次の瞬間、「痛い」はずの彼の腕が、真正面の相手の首を抱え込んだ。

 彼は強く、唇を相手のそれと重ねた。相手は一瞬驚いたようだったが、それを止めることはしなかった。

 背後では、まだ死体がだらだらと血を流し続けていた。それだけが、時間の経過を告げているかのようだった。


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