9 ジョナサン乱心、本命が尻尾を出す、反撃
マーティンとその近くに居た数人の死は、伯爵の手によって、事故死と片付けられた。だがその「事故」の衝撃は、サンルームに集まるメンバー全体に広がった。
「彼があそこに武器を隠していたのは事実らしい」
伯爵は穏やかに、だが深刻な表情を作って言った。無論彼は、そもそもその部屋に武器があるのを知っていた。知っていたからこそ、Gに見え見えの芝居を打たせたのである。ねずみは簡単にいぶり出された。
「それが何かの拍子で暴発し、しかも別に閉まってあった火薬に発火したらしいね。…まあそう大きな被害が出なくて良かった」
「彼は亡くなったんですね…」
泣きはらして真っ赤な目で、ジョナサンがつぶやいた。伯爵は元気を出して、と肩をぽん、と叩き、サンルームを出て行った。
さてさて美味しいところばかり取っていくもんだよな、とGは内心思う。
「でも良かった。君が逃がしてくれなかったら、僕もあの爆発に巻き込まれていたのかもしれないんだよね」
ユーリは胸をなで下ろしながらGに向かって言う。するとそれに気付いたようにGの方を見たジョナサンは、非難の目を彼に向けた。
「…サンド君、君は最後まで一緒に彼と居たんだろう?」
「あ? ああ」
「何で彼を助けられなかったんだ!」
「あ… あの時は無我夢中で」
背後でセバスチャンの仮面をかぶった鷹が苦笑をかみ殺しているのが判る。まだ彼は「サンド・リヨン」の役を演じなくてはならないのだ。最後の一人が出てくるまでは。判るまで、ではなくて。
「だけど人間って、そういうもんじゃないか?」
そう言いながら自分を揺さぶるジョナサンに、Gはげんなりする。
そういうもの、で全てが済めば、世界は実に平和だろうよ。
「まあそうサンド君を責めないでよ。彼は彼で一生懸命で」
「だけどそんなこと言ったってマーティンは戻ってこないじゃないかっ!」
「戻ってきた所で、武器不法所持でしょっ引かれるのがいいところさ」
鷹は皮肉気に、そして冷静につぶやく。
「そもそも何で武器が必要だったんだ? 名脚本家」
「…ぼ、僕は… 彼が必要だと言ったから…」
「それで? 空白の部分で何を起こすつもりだったんだ?」
「うるさい!」
ジョナサンはいきなり大声を張り上げた。
さすがにそれには、その場にいた皆が慌てた。色の白い彼の額には青筋が立っている。ユーリは肩をすくめ、近くに居た彼の巨人の側に寄った。鷹はジョナサンのヒステリーなど予想していたとでも言うように、窓際で悠然と腕組みなどして立っている。
「劇は実行するよ!」
ジョナサンの言葉がサンルーム一杯に響いた。
「ここまで計画したんだからね」
ぴりぴりとした空気が、肌に痛い程伝わってくる。
「そんなことはできない!」
Gは反論する。
「少なくとも僕は嫌だ。こんな状況で参加はしたくない。だいたいそんな、武器なんか使うと知っていたら、初めっから参加なんかしなかった」
「今更何を言う!」
「何言われたって、僕の気持ちは変わらないよ。この館からも出ていく。今すぐ伯爵に会ってくる」
Gはやや芝居がかった声でそれだけを言い放つと、サンルームの扉に向かって歩き出した。
「行かせない! 君は『歌うたい』だ!」
「知るか!」
半ば本気で、Gは言葉を投げ、扉を開けた。
途端、彼はのけぞった。
星間ガード・サーヴィスの黒い制服を着た男達が、扉の外には十人程待ち構えていた。だが顔には見覚えがある。あのビアホールに居た連中であり、今回の参加者の一部だった。
「捕まえろ!」
Gはさすがに驚いた。だが内心の半分は冷静に事態を把握していた。なるほど、「御曹司」は「御曹司」なりに何やら考えていたという訳だ。
おそらく、マーティンの助言によって、「御曹司」のジョナサンは、今回の参加メンバーの不足を見越して、系列会社からガードサーヴィスのスタッフを雇っていたのだろう。
さすがに彼らは名門大学生には見えないから、この都市の専門学校生を装って。そしてあのビアホールでも、きっと彼の身をガードしていた。
そしてガード・サーヴィス達は、がっしりとした手でGを捕らえた。
「反対する者は容赦しない」
あの弱気で優柔不断と自称した青年は、顔中に脂汗を滴らせながら、そう言い放った。
「今君を自由にする訳にはいかない。少なくとも、祭の終わるまで、君の自由は制限する必要がある」
「僕をどうするつもりだ? ジョナサン」
「動かないでいてもらおう。この館の中から」
「『歌うたい』はいいのか?」
「別の歌を歌われても困るよ」
Gはなかなか失笑せざるを得なかった。
*
八時だ、と彼は思った。
晴天のもと、朝の花火が打ち上がる軽い音が連発して聞こえる。Gは窓から空を見上げた。上等の青い空だった。
あれからずっと、彼は館内の一室に監禁されたままだった。扉の前にはあの星間ガードサーヴィスの、力の強そうな見張りが居るはずである。
別にそれを倒しても、またそうでなくとも出る方法は何かと考えることはできたのだが、あいにく彼には待ち人があった。
その間にも「説得」と称して、何度かセバスチャンこと鷹の訪問があった。おそらく口の軽いユーリあたりが、ジョナサンにも話していたのだろう。いい仲の奴なら、という考えも働いていたかもしれない。
まあ当の本人達は、その状況を密談に費やしていたのだが。
目的のはっきりしている状況であるのはGも鷹も承知していたので、たとえ傍目には砂を吐きたくなる程のことをしていたとしても、彼ら自身は実に冷静だった。
「マーティンについては、俺も感じていた」
鷹は「飛ぶ**」の下部工作員について言った。
「だがもう一人については、断定は出来なかったが」
「でも簡単だよ。気が付いてみればね」
ふん、と鷹は笑ってみせる。
「つまり君は、それを待っているのかい?」
まあね、とGはうなづいた。
そして待ち人は訪れた。
*
わあ、と何人かの声が廊下で響くのをGは聞いて、扉の側に寄った。外で、何やらどたばたと人の倒れる音がする。そしてその後に続いて、がちゃ、と金属の触れ合う音が。彼は突差に扉から離れた。
続いて、がちゃがちゃと鍵穴に差し込まれ、それが動く音が。彼はやや緊張する。
「開いた!」
そんな軽い、高い声が耳に入った。そして扉が開くと共に、若草色の風が吹き込んできたか、と彼は思った。劇の衣装を付けたユーリが、巨漢の恋人を伴って飛び込んできたのだ。
「ユーリ! マーチャス!」
「助けに来たよ、早く出て、サンド」
金髪の長いカツラをつけた彼は、何処から見ても可愛らしい少女だった。声だけがややそれを裏切るが、そういう者もたまには居ると思えば思えなくもない。
「ありがとうユーリ、ジョナサンは?」
「僕のこの恰好を見れば判るだろう? 既に舞台に向けて出発したよ」
「森林通りか」
そう、と言いながら彼はうなづいた。扉の外には、数名の見張りが転がっている。まるで投げ飛ばされたかのように、あちこちにガードサーヴィスの男達の身体は転がっている。Gはその一人の側に寄って膝をついた。ご丁寧に武器を携帯している。
おぼっちゃまにも困ったものだ、とGは内心つぶやき、そして彼らの服の下を探った。
「早く行こう」
そんなGの行動に気が付いているのか、付いていないのか、長い金髪を翻してユーリは駆け出そうとする。
だが、Gはその場に留まっていた。
「どうしたの一体。早く行かなくちゃ、あんな無謀なことは…」
そこまで言ってユーリは言葉を呑み込む。Gの手には、そこに倒れているガードサーヴィスが持っていた銃があった。
「どういうつもり?」
「僕は行く訳にはいかないよ」
「何故! せっかく助けに来たのに!」
「助けに来たと見せかけて、消しに来た相手の手は取れないよ」
きゅっ、とユーリの形の良い眉が寄せられる。眼光が鋭くなる。気丈にも、彼は銃を目の前にして、まるでひるんだ様子がない。
「…僕に何をする気なんだい?」
そうだ、何を言ってるんだ、と巨漢の青年が後ろでわめく。
「別に。僕はただそろそろ正体を現したらどうかな、と言ってるだけだよ」
「じゃ一体、君は僕が何だって言いたいんだい? サンド・リヨン君」
「知れたことさ、ユーリ・ジンメルン、いや『飛ぶ**』の幹部工作員!」
にやり、とGは笑った。その笑いに、ユーリはふん、と鼻で笑って返した。そして次の瞬間、彼は実に見事な舞いを見たような気がした。
若草色のワンピースの「少女」はその小さな手で、恋人のみぞおちに鋭い一撃を加えた。実に優雅な動きだった。一瞬のことだったが、状況を忘れて見入ってしまいそうだった自分に、Gは失笑する。
巨漢の青年は、一体何ごとが起きたか判らない、という表情をしながら、その場にゆっくりと崩れ落ちていった。ふふっ、と倒した本人は、実に楽しそうな顔をして、その様子を眺めていた。
「恋人にひどい仕打ちだな」
「いい奴だったからね。殺しまではしないでしてやるさ」
「それは親切なことだ。『飛ぶ**』のもう一人は、君なんだろう?ユーリ。マーティンを撃ち殺したのも」
「確認が好きだね。そうだよ僕だよ」
くすくすとユーリは笑った。そしてそのまま彼は、ぷつぷつ、と若草色のワンピースの前を開けていく。
その中には、完全装備の戦闘員がいた。
ふわふわと広がるスカートの中に包まれた綺麗な足には、がっちりとした革のベルトで銃がくくり付けられて、そして胸には機関銃の弾丸が、交差して掛けられている。
「気付くのがずいぶんと遅かったね、G」
ユーリもまた、偽名ではなく、彼の本当の名を呼んだ。
「気付かなかった訳じゃあないさ」
Gは銃口を青年に向けたまま答える。
「だが君はそう簡単に正体を見せるような下部構成員じゃあないだろ?あの優等生とは違って」
「ふん」
ユーリは唇の端を軽く上げて笑った。
「そうだよ。奴はただの下っ端さ。確かに奴は、ヨハン・ジギスムントでは優等生だよ。僕もまた、あの学校では奴の下に組み入れられている学生の一人さ。そういう役回りだからね」
「だったろうね」
最後まで自分が何を間違えたのか、気付けなかった優等生の顔が、一瞬浮かんで、未練もなく消える。
「だけど所詮、奴はお山の大将だったのさ。御曹司ばかりの通う学校で、学校という限定された空間にのみ通用するリーダーシップとやらを振り回して喜んでいるだけの小物に過ぎなかった」
「ではそれを隠れ蓑にしていた君は小物ではないと言うのかい?」
「僕は小物さ」
ユーリはふふん、と笑って、長い髪のカツラを放り上げた。
途端に表情が、それまでの少女めいたものから、青年のものに変わる。いや、それまで少女の役をやってこれたのが不思議なくらいに、その表情は青年のものでしかなかった。
「だが僕は自分が所詮小物ということは理解している。『飛ぶ**』の戦闘隊長という地位しか持たない小物だとね」
そして彼はそれまでに見せたことの無い冷ややかな笑みを、その綺麗な顔に浮かべた。
「なるほど強い訳だ!」
Gは銃の引き金を引いた。その瞬間、若草色の布が宙に舞った。ワンピースに数ヶ所の穴が空く。だがその向こう側に戦闘隊長はいなかった。
「こっちだよ」
くくく、とユーリは腕と足をむき出しにした戦闘服になって、彼の背後に回っていた。
小さい頭に、短い金の髪が細かくその勢いに、きらきらと揺れる。手には純白の特殊セラミックのナイフ。刃が一杯に長くされているのが一目で見て取れる。それをまた、軽く、ひどく軽く彼は振り回す。優雅な程に。
もしかしたら、こいつも『御曹司』の出身なのかも知れないな。Gはそんな場合と判っているのに、つい考えてしまう。そして無論その間に彼は、手の中の銃を、やはり同じ奴から奪い取ったナイフに持ち換えていた。
カシ… ン、と何度か長剣の形をしたナイフが音を立てて重なる。やがてその重なる音は、次第に間隔を短くしていく。
互角とは言い難い。明らかにGは不利だった。相手はただのテロリストではない。むしろ戦場を駆け巡ってきた戦士だ。
だがGとて、だてにその日々を過ごしてきた訳ではない。彼は都市型の工作員として生きてきた。人にはそれぞれ、向き不向きがあるのだ。
Gはナイフを相手に向けて投げた。ユーリは鋭く飛んでくるその刃を反射的に避けた。彼は目を丸くしていた。この状況で武器を投げてしまうのは、自分を不利にするに等しい。
だがGは戦場型のタイプのテロリストではなかった。あいにく戦士にありがちな礼儀だのセオリィだのを守る気などさらさら無かった。あるのはただ、生き残り、任務を遂行することだった。
彼は服のボタンを引きちぎると、その場に叩きつけた。途端に白い煙が辺りを覆った。白色煙幕は、一時的にその場の光の粒子を全方面に散乱させる働きがある。ユーリが目をつぶるのを見越して彼はその場から走った。
服を改造して使うのは中佐の十八番だが、別にそれ以外の者がその方法を使ってはいけない、という訳ではない。
いくつかのボタンやタイピン等を、Gはそう言った戦闘場所の条件を限定するためのものに細工していた。これが密閉された場所なら、発火性粒子の発生装置も有効だが、あいにくここは屋外だった。
走りながら彼は考える。味方はいない。
「だけどそれはある意味じゃ有効な状況だ」
中佐が何気に言った言葉をGは思い出していた。彼は滅多に自分の戦歴などを口にしないが、ほんの時折、連絡員も交えて顔を合わせている時、ぽろりと言葉に出してしまうことがあった。
「何で?」
そしてそういう時は、聞きたがっているGに変わって、キムが何やかんやと訊ねる。Gはその話には、象のように耳を大きくするくらいに集中して聞いていた。
コルネル中佐自体は敬遠したいところなのだが、彼のサバイバルに関する点については尊敬していた。
「少なくとも、間違えて殺してしまうこともねえだろ」
確かにそうだ、と彼も思った。追ってくる敵一人をただ如何にして抹殺するか。それだけ考えればいい。
相手の利点。何にしろ武器の量が違う。あの小柄な身体に、数種類の銃をつけながら、身軽に動いていた。もしかしたら高重力下の戦闘経験があるのかもしれない。そしてそれだけでなく、セラミックナイフの使い方もなかなかのものがある。
だけど。
彼は市街劇の舞台へと飛び乗ったエレカを走らせた。




