プロローグ※怪物と執着、情緒にピンクのソースをかけて
※警告※
以下、えろとぐろの併せ技。18禁が横断しています。横断するだけなので、ギリギリ15禁となります。飛ばしても問題はないです。
次回の前書きにザックリあらすじがあります。
※※※※
アン・エイビーは乾いていた。
男にとって、彼女の過去は掘り返したくもないものである。あらゆる体液にまみれたそれらの過去は、掘り返すほどに吐き気がする。肉を伴う彼女自身の性質などは、より目を背けたい。
しかし女の過去と、そのどうしようもない性癖と。それを男が知った時、ああ、確かに、『使える』と思ったのだ。
この女ほどに、誘惑するに易い人間もいないだろう、と。
女は極めて獣に近しい。女は乾いていた。そして飢えている。
アン・エイビーは強い女であった。
彼女が持つ才能は一つ。自分の体の使い方を知る術に長けていたということだ。本能に従って、あらゆる欲望を満たす術に長けている。特に肉欲については、抜群の才能を発揮していた。
彼女はその才能だけで、この管理局から、二十年以上を一人で逃げ延びている。もしかしたら、今この時も逃げきっている未来があったのかもしれない。
然し女は捕まった。
組織に籠絡され、狗となる。……そんな響きは彼女のお気に召したようだが、いざ飼われてみれば、野良暮らしが恋しくなったらしい。
清潔で健全、道徳に守られ、保証された生活。
――――それらがどうやら、この獣をよりいっそうと飢えさせる結果になった。
誘惑するのは簡単だった。なに、餌を投げれな良いのである。
獲物をちらつかせ、「これなら食べても良い」と示す。躾は簡単に済んだ。拍子抜けするほどあっさりと、獣の尻尾を出して振る。
獣は利用されることに慣れていた。利用することにも、また手馴れている。
狭い密室空間に、むっと喫えた臭いが飽和している。
荒い呼吸と嬌声、か細い悲鳴、内臓粘膜の触れ合いと、体液の交換―――――キーワードだけをあげるのなら、情交となんら変わりはないのが可笑しい。
はたして床に寝そべり、揺さぶられるままに悲鳴を上げて喘いでいるのは男の方であったし、女は体液濡れであったが、その体液の多くは血液で、粘膜とは上でも下でもないところが露出されているそこだ。
男は『本の一族』だ。
彼らは成熟しても、子供のような体躯が特徴である。顔立ちも、目がことさら大きく目立って、鼻が低く、凹凸が少ない。体毛が薄く、男は筋肉が目立たず、女は胸が無く貧相である。袖や裾がゆったりとした民族衣装も、それらに拍車をかけた。
この男も子持ちの三十路と聞いているけれども、けしてそうは見えなかった。『豊満』『淫猥』で表現できるアン・エイビーの立派な体躯に組み敷かれると、まるで華奢である。見てみろ。二の腕などは、あの女よりも細く、まるで枝きれのようではないか。
背骨の付け根の裏側に、痺れるような刺激が走る。
彼が無意識に舌舐めずりして見つめるのは、アン・エイビーという名の獣ではなく、その幼児のような形をした肉だ。
頭の中には、音楽が鳴っている。
職場で必ず流すようにしている、お気に入りの曲。激しくも淡々と悲壮を表現する。散りゆく花、朽ちゆく骨、人知れず葬られるかつての宝たち―――――メメントモリを謡ったあの曲が、頭の中に流れている。
彼にとってアン・エイビーとはもはや、言葉を話すだけ脳のある獣であった。血が通っていても、それは畜生の体である。男は獣の交尾に興奮する性癖は持ち合わせていない。
そこにして、『本』の男は、半分死体だとしても、まだ人間であった。
頭の中で、彼の『日常』を象徴する音楽が鳴る。コーラスに『非日常』な悲鳴が彩り、彼はことさら興奮を覚えた。
視姦に興が乗ったのか、アン・エイビーは身をかがめ、口で豪快に男の内臓を嬲った。
飼い犬の上機嫌のパフォーマンスに、頭の隅が痺れていく。同時に、冷めた頭の半分が女に唾を吐いた。
「そこまでするのか」
「ああ、するのだろうな。あれは獣だから」
文字通り、餌を貪りだした女に、枯れたと思っていた悲鳴が大きくなる。「目の前で自分のものを喰われる気分はいか程か」と過らないでもなかったが、すぐに考えるのをやめた。この娯楽に、過剰な感情移入は必要ない。
日常が言う。
「ああ、明日も仕事だ」
非日常が言う。
「こんなものを楽しんでいると知れば、母は私を見限るだろうか」
目を閉じる。
音楽はまだ止まない。
旧題「さあ、鳴らすのは怪物か」