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鏑矢、銀蛇の魔女に宣託を受ける

「Precious」


※加筆して再投稿

 ※※※※




 的矢の赤き矢

 赤は邪を焼き

 祝的は果たされ 幸を招く

 鏑矢として用いるがよし




 ※※※※




 宿は、街を横断する大通りを下り、谷を越えて上がったさらに上、街道の尻尾の方にある。大通りに沿って大きな商店や宿、湯屋や歓楽街があるので、尻尾の方は少し静かになっている。

「ここらへんになると、ずいぶんと土地も安くてね。ほら、立地が管理局とは真逆だろう? でも余所者は、わざわざこのへんの宿を選んで泊まるのさ」

 女将は食堂の窓から、管理局の鎮座する向かいの丘を指した。

「ここからは街全体が見渡せる。特に夜の管理局の明かり……あんたも見たろう? あそこだけ浮かび上がって見えるのは壮観だ。うちのウリはそれ。下の方の……特に谷あたりの宿は、高級店や老舗だ。あそこはもともと川もあったからね。景色が無い代わりに大きな浴場があるし、女も食事も豪華。でも人が多い。宿に引き籠って楽しむか、外で買い物をするかの二択だ。ちょっと手狭でも手頃な価格でゆっくりとお湯に浸かるには、このへんは得なのさ」

 

晴光は食堂で食事をとる。食堂と言っても、表向き……宿の客が食事をとる中央の食堂と、厨房横に大きなテーブルを置いただけの従業員用の食堂と、二つあるうち、晴光が座るのは内側の従業員用のほうだ。

 こちらは仕事場であるのと同様に、宿屋夫婦の住居空間プライベートスペースでもあり、この食堂と厨房の脇に、夫婦の私室へと続く扉がある。夫婦の居住空間となっているのは表からは見えない陰になっている離れであり、寝室と、いくつかの倉庫部屋がある小さなものだった。

 晴光も最初、お客用の広い食堂で食事をしていたのだけれど、すぐにいなくなる他人と顔を合わせて食事をしていると、どうしても気が塞いでしまう。

 この一か月、少し忙しなさが抜けて気も抜けたのか、寝つきが悪いのと同時に、ふと夜中に目が覚めることが多くなっていた。

 ついに熱が出たのは、三週間目のことだ。

 申し訳ないやら情けないやら体が重いやらで、口もきけない晴光を、宿屋夫婦は真摯に世話してくれた。

 それからというもの、なんだかんだ夫婦のプライベートな空間で、晴光は食卓を囲っている。



「は~あぁぁああ……」

 晴光は箒の柄に顎を乗せ、物憂げというには盛大すぎる吐息を吐いた。溜息の中には、彼自身の一生を左右するかもしれない選択がある。


 能力検査から、早くも一月がたつ。

 週に二度か三度の講習を受けながら、この世界の新参者としての晴光には、これからの進路をいうものを定めなければならなかった。

 選択肢は二つ。

 実際に異世界に行き、戦闘員でもある実動員の枠。“管理局”という名のひとつのコミュニティで、本の一族をはじめ、複数の民族を含めた人々を守る兵士の役割もある。ハック・ダック率いる、エリカ達『研修生』と呼ばれている彼らが目指しているのはこれだ。


 もしくは、実動員をサポートするための支援員。非戦闘員であり、護られる立場。そのかわり、個々の技能を磨くことが義務付けられる。

 こちらを選ぶということは、自然と『保護支援制度』というものの取得を目指すことになるのだという。

 身もふたもない言い方をすれば、個人の技術や固有の能力、知識などを提供し、管理局に『貴重な財産』と認められる制度だ。



「おまえが触れた保護支援対象だと……そうだな、検査で最後に会った白い無愛想な女がいたろう」

 ハック・ダックはなぜか、少し苦々しいしかめっ面で言った。

「彼女はワンダー・ハンダーっていう科学者の作ったアンドロイドだ。このハンダー博士は、あの“朝鮮の丘”“瞑想の泉”の開発者でもある。彼女自身に、人と遜色ない人工知能と学習装置が搭載されていてな。製作者が死んだ後も自立して、高性能アンドロイドとしての自分の存在ももちろんだが、人間を超えた知識と技能の持ち主として、審査に一発合格した」


 さらにハック・ダックは、口内炎が盛大に染みた時のような顔をする。

「……あと、デネブっていたろ。うちの研修生ン中に。そう、髪の毛がずるっと長くて露出狂っぽい格好のアイツな。あいつも一応、一度は審査に通ったんだが、『異世界に行ってみたいから』っつって蹴ったことがある。……勘違いするなよ。デネブの場合、完全に『珍しい生命体』枠だ。あいつ自身の人格はクソだ。蓄えられた知識なんざ無い。あとは……独自の絵画技法や、スポーツを流行らせたら通ったやつもいたな」


 ようするに、芸術や研究、あるいは自分の存在自体で、価値を認められる人々のこと……人間国宝みたいだと晴光は思った。


「ま、なんにせよ好きなだけ悩め。おまえはまだ若すぎるし、体も頭もこれからだ。異世界を“渡る”と、寿命も長くなる場合が多いんだ。時間はたっぷりある」

「生き急ぐなよ」と最後に言い含めて、ハック・ダックは軽く晴光の肩を叩いた。能力検査の帰り道でのことだった。



 講習では、主にこの国で暮らすための基礎知識や、学校の社会科でやるような世のしくみ、管理局の制度などを学んでいた。

 週に多ければ三日、管理局のあの施設のハック・ダックと最初に話したあのフロアで、教師役と一対一で資料をめくる。それ以外の日は、自然と宿の手伝いをするようになっていた。

 今では朝と日の入り前の落ち葉掃きは、すっかり晴光の役目である。



 大通りの坂を、登ってくる者がある。シンプルなグレーのワンピース姿の少女は、晴光に気付くと紺色の眼を瞬いた。

「お久しぶり。そういえば、ここだったわね。あなたの宿」

「うん、まあ……。今日は買い物か? エリカ嬢」

「エリカって呼んで。同世代にそう呼ばれるのは、なんだか馬鹿にされてるみたいで好きじゃないの」

 エリカは薄く笑って、肩に下げた簡素な鞄を撫でて言った。布を袋にして紐をつけただけの鞄は、この早朝にもぱんぱんに膨らんでいる。

「今日は薬の材料を買いに来たの。今日は調合をする日だから」

「調合? 薬をつくるのか? 」

「私、魔女なのよ。専門が魔法薬なの」

「魔法薬! うわぁ、超ファンタジーだなあ」

 晴光の脳裏には、青い小瓶や魔女のかき混ぜる大なべが浮かぶ。

「訓練を重ねていったら、傷薬だとかは必要になるわよ。格安で売ってあげる」

「う、売ってんの!? 」

「売るために作るのよ。使わなきゃ意味が無いわ」

「そりゃそうか」晴光は頷いた。しかしこんな女の子が作ったものが、はたしてよく売れるのだろうか。


「それで? あなたは何をしているの? 」

「見ての通り」

 晴光は、手に持った箒で石畳を掃いて見せる。

「掃除? ふうん。ここに雇ってもらうの? 」

「ただの手伝いだよ。家でもやってたことだし」

 寺の境内は、しばしば木の葉まみれになるのである。


「そういえば、あなたはどちらを目指すの? 」

 エリカの問いに、晴光はぎくりと肩を強張らせた。

「その様子じゃ、迷ってるようね」

「う~ん、まあ。エリカも迷った? 」

「私は別に。ここに来た時から、なんとなく決めていたから」

 エリカはあっさりと言い放つ。「だからこのことに関しては、私はほとんど参考にならないわ」

「……なんで決めたんだ? そんなにすぐ決めたのはどうして? 」

 晴光が力なくそう問うと、エリカは秀麗な顔の表情を消して見せた。

「私、大事なことは言いふらすタチじゃあないの。ごめんなさい。言ったでしょう? 参考にはならないって」

「ごめん。他の人はどうなのかと思って……」

「いいえ。口に出さないのは私の勝手。謝らないで。ただ……そうね。私はこちらの道の方が楽しそうだったからかしら。それが理由の一つに入っているわね」

 十三歳の少女は、大人びた口調でそう締めくくった。


「………」晴光は黙して考える。

(楽しそう……そうか、そういうのもあるのか)

 思えば、子供が“将来の夢”を語るようになるのには、“楽しそう”の一言で片づけられる気がする。

 晴光はスポーツにこそ熱中していたが、考えてみればそれは、必ずバスケットボールでなければならないわけではなかった。最初にそのスポーツに興味を持ったのは、あの憧れだった兄貴分が、中学時代に熱中していた部活だというそれだけである。ふらっと見学をしてみて、身長が高いと有利に働く、レギュラーにもなれる、と先輩に言われたからだった。実際のろまではなかったので、最初のうちからよく試合に出してもらえた。

 三年生にもなるとエースと言われるような位置になったけれど、別にそれが将来の夢にはならなかった。受験もスポーツ推薦でうまくいきそうだった。楽しいし、ずっと続けるだろうと思ったけれど、けれども漠然と仕事にはできないと思ったのだ。それで稼ぐようになると、いつか嫌いになってしまう気がする。好きなものを嫌いになるかもしれない未来は怖い。そこまでの情熱が持てる自身は、晴光には少し足りなかった。誰にも言ったことはなかったけれど。


「そういえば、そろそろ宣託の結果が出るんじゃない? 」

 エリカの言葉に、晴光の脳みそが前を向く。

「せんたく? 」

「服を洗う方じゃあないわよ。能力検査の結果。それを“宣託”って呼んでいるの」

 晴光は大きく頷く。実を言うと、それも悩みの種のひとつである。

「もらったよ。“これを読んでよく考えなさい”って……でもあれって何? 検査あれでどうして結果あれになるんだよ……」

「占いみたいなものなのよ」

 エリカは、フウと息を吐く。

「宇宙の黒を見るまなこ。雷の糸をくゆる指。手ずから銀の星をこね、夢を紡ぐ。神秘の探求は永劫の中。紙と銀の蛇を伴侶とし、それをそなたは苦とは思わない。」

「それって……」

「私の“宣託”。今となっては言葉の意味が分かるから、予言って言ってもいいかもしれないわね。その人の性質を表している。“銀の蛇”は私の国では魔法の象徴なのよね。私は根っからの魔女らしい研究者気質で、職人気質の頑固者ってことだわ」

 肝心の志望理由については口を噤んだくせに、エリカはすらすらと自分の宣託を語ってみせる。エリカは事も無げに肩すらすくめて見せた。


「でもこれが、立派な志望理由になることもあるのよ。自分が希少な能力だと知れば、それの使い道も分かるでしょう? 」

「でもおれ、さっぱり自分の宣託の意味がわかんなくって……なんとなく単語はわかるんだよなぁ。でもそれが何を指しているのか……」

 晴光はポケットに入れたままの紙片を取り出し、折り目の癖がついてしまったその紙を読み上げた。



「的矢の赤き矢。赤は邪を焼き。祝的は果たされ 幸を招く。鏑矢として用いるがよし……意味わかんねえ」

 エリカは晴光が読み上げた瞬間、少しぎょっとして、けれども最後までしっかりと聞いた上で言った。

「……あんまり、そういうのは人に話すものじゃないわ。能力の対策を取られてしまうもの」

「自分は読んだじゃねえか」

「私は自分の身は守れるわ。ここの暮らしが長いと、自分の能力以外にも隠し玉はいろいろあるしね」

 エリカは薄く口の端を持ち上げ、目を細めた。微笑みというには殺伐とした笑顔に、晴光の肝っ玉が縮む。

(蛇の笑顔だ……)

 銀の蛇とはこのことか。

 綺麗だが、怖い。


「でもそれ、けっこう分かりやすいじゃない」

 エリカはくるりと表情を変え、少し楽しそうな顔になった。

「あなたは“赤き矢”で、“邪を焼く”……つまり、よこしまを祓う力がある。“焼く”のだから、“赤”は炎の暗喩。“祝的”は弓矢を使った儀式だったかしら? つまりは目出度いこと。それを招くのだから、やっぱり神聖な力なのでしょうね。あなたそのものが力に護られたものだから、戦においては始まりを告げる“鏑矢”に用いるがよし、と、こういうことでしょう。使い方まで書いてあるじゃない」

 晴光はポカンとする。エリカはその顔をみて、いっそう楽しげな顔になった。


「魔女はすごいでしょう? 」

「……すっげえな。魔女って本当に。ソンケーする。おれにも分かったよ。そうか、そういうことか……」

 晴光は再び紙面に眼を落とす。意味が分かった今となっては、文字が色づいて見えた。これが自分の能力なのだ。ほんのちっぽけな、当たりもしない火を起こすだけではない。

 あのすぐに消えた炎に、こんな力があるかもしれないのだ。



「……うん。ちょっと、色々考えてみる」

 晴光は何度も頷いた。

「ありがとうエリカ。おれ……あれ? 」

 顔をあげた晴光の前、石畳の上では、あの小さな魔女はすっかり姿を消した後だった。



 ※※※※



 その日の夜も、晴光は夫婦の仕事を手伝ってから、少し遅い夕食をとる。

 つい三十分前までは、客が片づけた大量の食器が並んでいた卓だ。それを磨いてすっかり片づけて、木目を磨いた卓には、今度は大皿の料理と汁物などが整列している。

 晴光が食卓を囲むようになってから、まかないの品数が三つも多くなったことを知らないのは、本人だけである。女将にここ最近、笑顔が増えたことも、主人が仕事を半ばで切り上げて、以前はばらばらに取っていた食事の時間を取っているのも、知らないのはこの目の前の少年だけだった。

 そんな彼女が、いつになく神妙な面持ちになっているのに、晴光は食卓を囲った早々に気が付いていた。


「ねえ、晴光。明日、ちょっと一緒に行ってほしいところがあるんだけれどね……」

 口火を切った女将に、晴光は箸を咥えたまま(きた……! )静かに確信する。

 隣の主人は、無言で箸を進めている。


「西の峠の方にね、廟があるんだよ。そこに一度いっしょに行ってくれやしないかね」

「びょう? 」

「昔の人を祀る遺跡さ。この人と話してね、一度あんたにゃ、あそこを見せておきたいって思ってね」


 呟くように言う女将はごまかすように、箸の先をもじもじと取り皿の脇で動かす。

「そこ、何があるんですか? 」

「いやあ、なんにもないところだよ。朽ちた遺跡があるだけさ……でも、あたしたちにとっちゃあ特別な場所だからさ。……本当は、“本の一族”のあたしらが、異世界人のあんたをあそこに連れて行くのは、ちょっといけないことなのかもしれないけれど……でもあたしらは、あんたにあそこを教えたいんだ」

 晴光は戸惑って、夫婦を交互に見る。主人は相変わらず何も言わず、あえて口に詰め込んでいるようにも見えた。


「どうしたんですか? おれ、そんな……行きますよ。誘ってくれたのが女将さんですもん」

 女将はじわりと涙目になったのが分かって、晴光はぎょっとして捲し上げた。

「あ、だ、だって、女将さん最初っから良くしてくれたし、良い人だって分かってますし! それに……その、えっと、実は最初っからおれの母親に似てると思ってて……うわぁ! 泣かないでくださいよ! 」

 女将は晴光が一言発するたびに、顔を赤くして手で覆い、前のめりに卓に向かっていく。前かがみになった体は、終いには卓の上に突っ伏してしまった。涙声で晴光にはさっぱり分からない言葉を、丸くなった背中を撫でながら、主人はウンウンと相槌を打ってやっている。


「だからあたしはこの子が可愛くて仕方がないの! 」

「魔性の男だなあ。うちの女房を誘惑するなよ」

 主人は苦笑してそう言った。



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