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13/20

陰謀と狙撃者に注意

ブクマ感謝!


9/9 加筆

 

  『明日にでも』とハック・ダックは言ったが、結局のところは一日おくことになった。なぜかと言えば、着の身着のままの晴光の生活用品を揃える必要があったからだ。

 朝、宿の前に迎えに来たのは、昨日のあの獣人の少年クルックスだ。

「や~、昨日ぶりだネィ」

 クルックスは戸口前で飛び跳ねながら出迎えた。顔まで隠す頭巾で面立ちは分からないものの、その天真爛漫な笑顔は声と目元だけでも十分わかる。背後には、あの美人……エリカの姿も見えた。

「おはよう」

「お、おはよう……」


 主に案内をするのはエリカで、どうやらクルックスは、それにくっついて来ただけらしい。

 エリカは長くここにいると言うだけあって、街には詳しいようだった。

 いやしかし、この美少女と二人きりだと間が持たなかっただろう。隣の喋りっぱなしのクルックスと、先を歩く黙りっぱなしのエリカに、晴光はひしひしとそう感じる。

「エリカって人見知りだからさ。初対面にはいつもこんなんだよ。ま、今の状況はおいらとしてはオイシイんだけど」

「なんで? 」

「へっ、まだまだガキだなあ。だって今、おいらエリカに頼られてるじゃナイ? これが後で効いてくるのさ。うへへ……」

 俄かに振り返ったエリカが、眦をだらしなく下げるクルックスを、自室に迷い込んだ羽虫を見るような目で眺めていた。

『温情をかけて逃がすか。それとも潰すべきか』

 と、つまりは、そういう目である。


「服は難しいの。それぞれの体格や文化で、服装が狭められることもあるし。あなたの見た目なら、選び放題ね。好みは? 」

「う、うーん……」

 晴光は横目でクルックスを見た。地面にへばりついて、キャンキャンいいながら尻尾をぶんぶん振り回している。マスクに二足歩行で一見しては分からないが、彼は半分犬で半分人間なのだ。つまり、獣人というやつ。

「Tシャツとか、動きやすくて着やすいやつかなあ」

「もっと詳しく。生地だとかあるでしょう」

「ウウン……なんだっけ、綿? ちょっと伸びるような。あと安いの」

「分かった」

 エリカが案内したのは、宿からバスのような乗り物乗り継いで二十分も歩いた大通りの中ほどにある、ひときわ大きな三階建ての建物だった。商店らしく入り口が大きくつくられていて、二階の窓には緑色の柵がかかっている。

「ここは量販店だから、なんでもあると思うわよ」

「へぇ~」

「ついでに一番安いお店だから」

 本の一族は、中華服のようなデザインの服が主流となっているらしい。しかし髪や瞳の色にあわせて眼にも鮮やかで、色とりどりの布が街行く人に纏われていた。

 けれど洋服を着ている人もいないわけではなく、そういうものは『外』からくるのだという。

「異世界人が広めるのよ」

「そんなこともすんの? 」

「やっぱり着慣れたものや食べなれたものが欲しいでしょう。だから自分たちで作るのよ。管理局はそういう文化再現をする部署もあるし、頼めば安価でやってくれる。商品になるようになればお金も入るわ。実際、それでうまく生計を立てている人もいるくらい」

 店には拍子抜けするほど、Tシャツやナイロン地のズボンが堂々と陳列されていた。その横には、蛍光色のどう着るのかも分からない穴だらけの服が並んでいる。

「こちら、人気商品になっておりますぅ」

「え、人気商品なんですかこれ……」


 ※※※※



「え? きみ、明日から検査なの? うっへぇ……」

 そう言って帰り道、内出血しているだろう腰のあたりをさすりながら、クルックスは鼻の淵に皺を寄せた。痛みに顔をしかめているのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 エリカも意味ありげに、「ああ、あれね……」と、わずかに憐憫を滲ませる。

「……なんかヤバいのか? 」

「……私があれをしたのは、もうだいぶ前だから」

「ン~……ま、頑張れってかんじ? 体力ありそうだからダイジョーブ」

 と言いつつ、クルックスの声色は固い。まるで「大丈夫」というふうには聞こえなかった。

 晴光はその日、不安を胸にして床についたが、当たり前のように眠れなかった。

 それを心の底から後悔するとは知らず……。



 ※※※※


「えっと、これはあともう少しで終わるんですよね? 」

「ええ。あなたは早い方ですね。体力があるから、中断が無くて助かるわ。あまり長引くと、こちらも辛いのよ」

 硬質なマスクの下、冷徹なほど無感情にそう言って、女医はカルテに眼を落とした。

 彼女は耳の代わりにぴかぴかの羽がついた機械が張り付いているし、ふくらはぎの中ほどからは猫の足に似た針金のような脚、臀部からは晴光の腕でも一抱えほどもあるコードが、背後の卵型をした謎の巨大な機械に繋がっている。

 しかし、はちきれんばかりのシャツの前合わせ、白衣で隠されていてもくっきり分かるくびれ、ミニスカートから覗くふともも……目の前の女性は、口調はクールな割に、中学生には少々刺激が強い服装である。

 白衣と肌の白さがひたすら眩しい。……そう、眼が眩んで、ふらっと倒れ込みそうなほど。

 もはや血の気は上がらず、津波前の潮のように引いていた。

 晴光には、目の前の眼福を拝む余裕も無かった。思春期の性欲は、すでに疲労に駆逐されている。


挿絵(By みてみん)


「ここでは、まずあなたの身体の作りがどうなっているか。何らかの異常がないか。しいてはその異常がどういったものが原因となっていて治療は可能なのか。世界環境に適応はできているか。また今後、この世界以外にも適応出来るかどうかを検査します」

 晴光はもはや、返事を返す気力も無い。この三日間、通例なのか、別の口から何度も聞かされた言葉だ。

 目の前の女医も、どうやら言いなれた文句らしい。

「そのに加え……あなたの場合、少し特殊な経緯でここにいると聴いています。ですので、いくつかはより詳しい検査が必要です。……大丈夫ですか? 」

『大丈夫じゃないので、早く終わらせてください』

 とは、言えない。


 この三日間、晴光がしていたことといえば、八割が感情を殺してベットに寝そべることだ。

 軽く両手を超える部屋を行き来し、三十は超える専門家の口から口上を聞き、「ではそこに寝てください」と言われる。

 それだけでも滅入るというのに、時にはベットを四方から囲まれ、用途の推測できない器具を用いて自分でも見たことが無いところをまじまじと覗かれ、親も触ったことが無い場所を舐るように触られ、健全に生きていれば一生縁のない部位をじっくり探られた。

 晴光はその間、無駄な感情を殺すのに必死であった。これがゲームなら、“気力”や“忍耐”のスキルが確実に三つは上がっただろう。

 解剖実験の検体になった気分である。そして、それはあながち間違いでもない。

 管理局はこうして新参者の身体を検査の名目で記録し、異世界と云う未知の探求に役立てるのである。

 もちろん本当に被験者の健康や、日常の改善にも役立てるのだが。



 時刻は昼過ぎ。げっそりとして、晴光は宿に辿り着いた。まだ十分高い陽をカーテンを引くことで遮る。

「明日で終わり……明日で終わり……」

 自分に繰り返し言い聞かせながら、寝床に潜りこんで目を閉じた。間もなく目蓋の下が暗転していく。

 寝息をたてはじめたころ、控えめに扉が叩かれた。

 ぐっすり眠りこんだ晴光は、目を覚ますことは無い。

 コツ、コツ、コツ……

 扉の向こうで、足音が立ち去る。


 キィ……


 扉はしかし、ゆっくりと開いて外気を招き入れる。カタリ、と音を立てて、寝具をまたいだ奥の窓が独りでに開いた。窓辺の幕が、さわさわと揺れる。

 開いた二階の窓の桟に難なく乗ったのは、本の一族にとってはありふれた黒い布靴を履いた足だ。

 室内に滑り込んだ人物は、尻まで隠れる長い上着を帯で締めてズボンを履いている。動きやすく、装飾の少ない着衣を纏った身体は、男装をした女のようにも小柄な少年のようにも見える。特徴の無い服は、覆面を外せばすぐにでも雑踏に紛れることができる。

 その人物の覆面から覗く丸い大きな目は、冷静に室内を見渡していた。彼は聞こえない声に相槌を打つように、ひとつ頷く。

「分かっています。役目は果たしましょう」

 中性的な声色が呟き、視線は観察するように寝台の脇に立つ。袖からするりと、白い箱のようなものが手のひらに落ちた。

 L字の小銃にも似たそれは、針が出る小さな穴と、スイッチになるボタンがある。

 うつぶせに枕に頬を押し付け、深く眠りに落ちている晴光は、晒されたうなじに銃口が押し付けられていても気が付かない。

「さて……あなたは我々の敵になりますか? 」

 プチリ、と極細の針が、皮膚を裂いて挿入された。



 ※※※※



「虫刺されか? 」

「え? 」

「首の後ろ。赤くなってるぞ」

 晴光はうなじをさすり、首を傾げる。

「別になんともないっすけどねぇ。かゆくもないし」

「ならいいが……気を付けろよ。検査結果が出るまでは、何がどうなるか分からん」

 ハック・ダックはそう言って、一足先にガラスのはまったドアをくぐった。晴光も小走りに追いかける。

 管理局のロビーは、閑散とした様子である。受付の山羊角と釣り目の二人娘が、暇そうに爪や髪をいじっていた。


「今日は一日かけて“能力検査”というものをする」

「昨日までのとはどう違うんですか? 」

「昨日までのは身体検査と健康診断。どういう進化をしてきた生命体で、遺伝子的な肉体構成の傾向と、標準値を調べるのが目的だ。つまりお前にとって、どういう環境が一番健康的で過ごしやすいかを数値化する。……説明受けなかったか?」

 曖昧に笑顔で濁す晴光に、ハック・ダックは呆れた顔で、エレベーターのボタンを押す。

「……で、能力検査ってのは、固有の能力を調べる。エリカの魔法や、デネブの髪の毛みたいなやつだな。個人が持つ超能力、スーパーパワー、魔力。他の奴が真似できないような特殊技能もそれに含まれる」

「おれ、超能力とか何にも無いですよ」

「なあに。毎日こなしてた些細なことが意外と役に立つもんだ。それに、“適応”の過程で能力が開花することも多い。無いなら無いで、支障も無い」


 エレベーターは最上階に到着した。締め切った自動扉が開かれ、視界が白く染まる。

 燦々と降り注ぐ陽光、渦巻く白い綿雲が浮かび、眩しいほどの青空が広がっている。足元は緑豊かな平原に、白いコンクリートの道が蜘蛛の巣のように広がっていた。

 ハック・ダックはその街道の上を、ゆっくりと歩き始めた。


「そういえばハック・ダックさん、ずっとおれの面倒みてくれてますけど、仕事とかいいんですか? 」

「あいにく、今の時期は暇をしていてね。クソガキ三人組の御守りをしなくて良いってだけマシだ。ま、これも仕事に入ってるよ」


 ハック・ダックは放射線状に広がる道の真ん中で立ち止まり、晴光を見下ろした。


「さて……始めるか」

「始めるって、何を? 」

 ハック・ダックはこれ見よがしに肩をまわし、意地の悪そうな笑みをのせる。

 目の眩むような陽光の下、ハック・ダックの身体は、ゆうらりと青白く光り出した。



「おまえの能力検査だって言ってるだろ? ほら、どこからでもかかってこいよ」




 奇縁という単語がある。世には、奇跡のような偶然が重なって出会う人間同士がいるものだ。そしてまた同じ街で育っていたとしても、互いに未知の思考をした人間に出会うこともある。


 ハック・ダックは軽く両手を広げて立っている。晴光はハッとなると、頭を抱えた。

「ええと……これ、俺はどうしたらいいんです? 」

「模擬戦だ。とりあえずなんでもいいからかかってこい。安心しろ。俺は防御以外には手は出さん」

 晴光は口がぽっかり空いたまま、言葉が出てこない。

「……マジの殴り合いとか、したことないんすけど」

 ハック・ダックは「えっ」と目を剥いた。


「嘘だろ! おまえ、どんな生活してきたんだよ 」

「フツウの中学生って言ったでしょ! 」

「おまえ、その歳でそんなに鍛えた身体してるくせに! お前の体格なら買い物帰りに一人二人は殴り倒すだろ! 」

「しねぇよ! どんな世紀末だよ! うちは寺です! おれスポーツマン! 暴力はしません! 」

「て、寺だと……!? 」ハック・ダックは、今度は顔を青くして慄いた。

「寺院が暴力をしないだと……? 寺って言えば、チンピラ予備軍の浮浪児の温床じゃねえか……まて、チュウガクセイってのは、何かグループの称号のような、そういうものだと思っていたんだが」

「……中学生は、義務教育で中学校に行かなきゃいけない15歳までの子供の事です」

「“義務”に……“教育”……? なんだその、もやっと気持ちの悪い単語の並びは」

「………」


 さわさわと平原の緑が揺れる。ぷしゅー……と間抜けな音を立てて、ハック・ダックの燐光は消えて行った。

 地面に落とした晴光の眼が、見慣れた白い花を見つける。

(あっ、シロツメクサ……弥子が好きだったなあ)




旧題「まだ夢を見せるウイルスだ」

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