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犬と美少女と露出狂

 ※※※※



 晴光の頭の中で、ぐるぐると絡まって分からなかったことがある。

 おれはどうしたらいいのか。

 もちろん、これからのことなんて分からない。でも何かをしなければならないんじゃあないか。正解の見えない疑問が不安を呼び込んで、晴光の中で絡まっていた。

 寄り添う二つの月があるからか、窓の外の方が明るい。部屋に落ちた濃い陰が、晴光の胸中を暗示する。


「ここはどういうところなんだ……」


 窓から見える市街は、少なくとも晴光の知る街並みではない。街は、二つの峠に挟まれていた。晴光のいる宿は高台にあり、向かい合うようにある峠の上に、あの“管理局”がある。

 夜でも明るい日本とは違い、街はひっそりと暗闇に沈んでいる。峠と峠の間の谷には広い通り。そこはどうやら歓楽街の様で、そこだけが光の帯が伸びている。

 向こうの峠で明るいのは管理局だけだ。管理局は白い壁を纏い、ライトアップされたように月に向かって浮かび上がっている。晴光はテレビで見たテーマパークのお城を思い出した。

 あそこは誰が見てもこの街のシンボルだ。あの場所では、どんなに夜が更けても働いている人が大勢いるのだろうと思う。



 長く窓の外を見ていると、不思議な気分になる。

 “異世界”なんていう、とうてい辿り着けない場所に自分がいるのだということ。

 ファンタジー(いや、この場合はSF? )の世界のくせして、ここには晴光では知り尽くせないほど文化や歴史があるのだろうということ。

 それは見知らぬ外国に来た事と、いったいどう違いがあるのだろうということ。


 ここは本当に異世界なのか?

 頭の半分は、まだそんなふうに疑っている。


「……やっぱり騙されてるのかな」


 それなら、とんだ大がかりなドッキリもあったものだと思う。けれどそう考える方が、晴光にとってはよほどリアルだ。



 おれはどうしたらいいのか。



 すとん、と一つの考えが胸に落ちた。

「そうか……証明してもらえばいいんだ」



 ※※※※


 ガコン……ガコン……

 なんだか不安になる駆動音を立てながら、エレベーターが落ちていく。最初に乗ったホテルのようなカーペット敷きのエレベーターと違い、こちらは業務用のコンクリート張りのエレベーターだ。内部はやけに広く、六畳ほどもある。天井も冷蔵庫を二つ並べて運べそうなほどだ。

 ハック・ダックは煙草を咥えたまま、杖に寄りかかって晴光に背中を見せていた。

「その……足、そんなに悪いんすか? 」

「ああ。直す奴がいなくなったもんだから、年々ガタがきてるんだ」

(いや、エレベーターのことじゃねーんだけど……)


 エレベーターが重い鉛色の扉を開くと、そこには運動場のような場所があった。よほどの広さなのだろうか。対角線の向こうの人間などは、小虫に見えるほど小さく見える。まばらに人が散らばって、それぞれに体を動かしているようだった。

 四方はドーム状にぐるりと円を描いて壁と階段に囲まれ、天井には扇形の屋根が重なっている。

 明らかに地下に潜ったというのに、屋根の中心には青空が見えていた。


「これって……」

「驚いたか? ここは演習場でな、空間魔法でこの国のずっと南に建設した施設に繋げてあるんだ」

「魔法? 」

「そう。管理局は星の数ほどの世界の技術を集めて役立てている。……ああ、あそこにいるのが本物の魔女だぜ。――――おーい! エリカにクルックス!! 」



 休憩をしていたのだろう、壁伝いに座り込む小柄な二人組が顔をあげた。

 人影ほどにしか分からない片方が、四足をついて急速に近づいてくる。“そいつ”は目の前に来るや、おもむろに立ち上がったものだから、晴光はわずかに後ずさった。


「教官! 珍しいですね。どうしたんですか? おいら達に何か用でも? デネブはあっちですぜィ」ふさふさの尻尾を振って、彼は言った。

「お前たちがいるんなら話は早ェ。エリカは? 」

「アリャ、置いてきちまった。ぼちぼち来るんじゃないっすかねぇ」


 本当に“ぼちぼち”歩いて来たのは、黒いワンピースの女の子だった。くるぶしほどもあるスカートの裾をさばき、彼女は首を傾げて言う。

「あら教官。ご機嫌いかがですか。珍しいですね」

「うるせえ。チンタラ歩いてきやがって」

「チンタラ歩いても間に合うと思ったんです。あら? クルックスに聴いてませんか? デネブ、また呼び出されたんですよ」

「なんだと!また喧嘩かあの野郎! 」ハック・ダックは一瞬にしてしかめっ面になって叫ぶと、杖を放り出して走り出した。

「いいかお前ら! ここを動くなよ!! 」



「……あーあ。また無理して走っちゃってる。後で痛めないといけどネ」

「教官、なんだかんだで教育熱心よね」


 少女がちらりと晴光を見た。同時に視線に気が付いた犬の少年が飛び上がって、大きな声を上げる。

「おう! なんだい君、見ない顔だな! 本の一族にしてはおっきいな」

「昨日ここに来たばっかでさ……えっと、おれは周 晴光」

「おいらはクルックス。じゃあ新人かい? そりゃあ大変だろ。あ、こっちの美人はエリカな」

「どうも」

 クルックスは、つなぎのような服を着ていた。腰の下にある切れ目から出た尻尾は、はたきのようにふさふさとしている。つなぎと揃いの頭巾とマスクで顔の半分ほども見えなかったが、目元の隙間から見える肌には灰色の毛並みのようなものが見え、その口元が晴光と比べても明らかに突き出ていた。


挿絵(By みてみん)


 エリカの方はちょうど晴光と同じほどの年に見える。紺色の大きな目に、柔らかそうな黒髪をリボンで結い上げている。凛と姿勢よく立ってみぞおちのあたりで腕を組む彼女は、抜けるような肌と強い目といい、美しい少女だった。晴光はしばし、その横顔に見惚れる。

(……んん? )

 ジッと彼女の面差しを見ていて、何かが引っかかった。

 誰かに、似ているような……。




「私たちも行きましょう。待ってたって時間の無駄だわ。どうせデネブは譲りやしないんだもの」

「そうだね! アイツへたすりゃあ、ついに教官をやっちまうぞ。決定的瞬間を見逃したら大変だ! ほら行こうぜ。案内するよ」


 ドームのトラック脇を半周したところにある通路を抜けて、連れだってドームを出る。出口を抜けると、今度は緑が眩しく差した。

「こっちは軽いゲリラ訓練とかをするフィールドな。あ、足元気を付けろよ」

「……この靴で来るんじゃなかったわ」

 水気のある黒い粘土質の土の上を踏み入っていく。頭巾を揺らしながら「こっちだな」と、クルックスは慣れたように先導した。愚痴る深窓の令嬢といった雰囲気のエリカでさえ、スカートの裾を汚すことなく着いていく。

「こういうとこ、慣れてるのか? 」

「うん。おいらたちが管理局の部隊候補生だし、エリカは年こそ一番年下だけど、ココの暮らしが候補生の中で一番長いんだ。おいらは故郷が森ン中だからね。もぉっと寒いとこだけど」

 ふと、晴光は気になったことを尋ねた。


「言葉が通じるようになる機械があるって本当? 」

「あるよー。あれ、でも君は必要ないんじゃない? それとももうつけてるの? 」

「それってつけるもんなの? 」

「施術で首の後ろに埋め込むのよ。触れば分かるわ」

 晴光は指先で首の後ろを探ってみた。……何も無いように思う。

「あれはエート、なんだっけ。てきのうど? が低いやつが付けるんだよ。おいらがそうだもん」

「“適応度”ね。違う世界に渡った時に、どれだけ環境に順応できるかっていう数値を五段階で表すの。低すぎると身体が環境についていかなくて危ないし、逆に高すぎると、体の変化が激しすぎて後遺症が残ることがあるわ。その代わり、言葉や風土病なんかには強くなるわね」

「高い方が楽だよ。おいらなんか数値が低すぎて適合処置受けたけど、マスクが無いと危ないって言われたもんな」

 クルックスはそう言って、手袋のついた手で頭巾の耳のあたりを引っ張る。


 適合処置。

 ハック・ダックが言っていたやつだ。


「……適合処置ってどんなことをするんだ? 」

「施術受けるのかー? 必要ないと思うけどなあ」

「あれは移植手術よ。適応度の高いドナーの細胞を移植するの」

 エリカは晴光の青ざめた横顔を、どこか興味深げにちらりと見上げた。視線に晴光が気付くより先に、エリカは目を逸らし、前を向いたままに言った。

「……ドナー、早く見つかって良かったわね。あなたは運がいいわ」

「あっ、そうか! きみ、もう施術済みなんだな! だから言葉が通じるんだ! 」

 晴光は驚いてエリカをまじまじと見る。

「ドナーは相性があるのよ。適応度が特別高いやつって、そう多くないもの。そうとうに運がいいんだわ」

「………」

「言っておくけど、あなた分かりやすいのよ。ここはかなり良心的よ。突起した才能も、安全に生活する分には必要ない。子供でも努力次第で待遇が良くなるシステムが出来上がってる。対応も柔軟で、改善も早いわ。場合によっては危険はあるけど、夢もある……そんなのは冒険の基本でしょう? 」

「わーお……」クルックスがしみじみと呟くと、声を大きくした。

「エリカが人を慰めてる! エリカが管理局を褒めてる! エリカが夢と冒険を語ってる! 」

「クルックス! あんたさっきから声が無駄に大きいのよ! 」

 エリカが頭巾の上から叩いた。「ギャン! 耳はやめてくれよ! 」

 クルックスが悲鳴を上げたすぐ後だった。


 ドォォオ……ン………

 地鳴りのような振動、空気の揺れ。

 木々の隙間から見える空に、砂煙のようなものが上がっているのが見える。


「やってるなあ」

 しみじみとクルックスが言った。

「大暴れね。迷惑ったらないわ」

 エリカがごちた。



 ヒュン

 そこに近づくや何やら長物を振り回す時のような、風を切る音が聞こえた。

 ヒュゥン

「オラァ待ちやがれ! 降りてこーいっ! 」

 ハック・ダックの声だ。クルックスは肩をすくめ、「ここで待ってて」と晴光たちを獣道に押しとどめると、緑を割って一人で姿を消す。

 ミシミシ……とどこかで木がまた一本、犠牲になったようだ。

「……おおーい! デネブやあ~い! 喧嘩は勝ったのかー? 」ややあって、クルックスが叫ぶ声も聞こえだした。「おーい! 出てこいよー」


「いー加減にしろよテメエ! ブッッッコロスぞ! 」

 ハック・ダックの怒声は巻き舌まで導入しだして、いよいよ剣呑さを増している。まるでヤクザだ。

 ヒュン

 風切音が返事のように響いた。


 ふと、影が差した。ガサガサと頭上の枝葉は大きく揺れて、何かが落ちて――――。

 エリカがさっと、後ろへ一歩下がった。晴光は目を丸くする。

「ひえっ! 」

 どさりと足元に落ちてきたのは、泥だらけの男だった。髪までべっとりと泥を付けている。頭から沼にでも突っ込んだような有様だというのに、白目を剥いてぐったりと動かない。


「大丈夫よ。気を失ってるだけだわ」

 エリカが呆れたように言う。

「こいつ、デネブに喧嘩ふっかけて負けたのよ」


 ぎゃああああああ………

「ひ、悲鳴!? 今のって……」ハック・ダックではないか?

「ああ、デネブがやったのね」

 エリカはどこかニヒルに笑うと、「行くわよ」と晴光の腕を引いてゆっくり歩き出した。



 ※※※※


 細い指が毛束を掬い上げる。褐色の長い指は、マネキンのように質感に乏しい完璧な造形である。

 その人物のシルエットは“長い”に限る。長い手足を持ち、背中に流れる髪は、ほどけば身長よりもあるのではなかろうか。

 脂肪というものが絞られに絞られたスラリとした体躯を包むのは、薄い布をいくつか巻いたような、露出の多いものだ。晴光が木陰から顔を出した時には、木漏れ日に艶々と光る、剥き出しの背中から腰の下までが丸見えだった。


 “デネブ”は自身の長い髪をロープのようにして地面に縛り付けてハック・ダックの鳩尾あたりに乗り上げ、覗き込むようにして顔を近づける。

「うーっ! ううーっ!! 」

 猿轡を噛まされた屈強な大男が、しきりに唸り声を上げて助けを求めた。


「なっ! なにしてるんすかあ! 」

「馬鹿、大声出すんじゃないわよ。今からがいいところなのに……」

「で、でもこんなところで……むぐう」


 おもむろにデネブは顔を上げてこちらを認識した。どこからか現れたクルックスが晴光の口を塞ぎながら、開いている片手をひらひらさせる。「あ、こっちは気にしなくていいから。続けて続けて」


『では遠慮せずに』というように、デネブは再び首を傾けた。

「ううー!! うううーっ!!! 」

 ハック・ダックの抗議の声が、必死の抵抗の悲鳴に変わる。

 さていよいよ……というところだった。

「うぎぎ……ぶはあっ! ――――お前らっ!俺を! 舐めやがるなよォオオうぉぉおおおおおお!!! 」

 ぶちぶちぶちっ

 ハック・ダックの身体が目映く光を増した。デネブが跳ね飛び、水に濡れた紙のように拘束が千切れ飛ぶ。

 咆哮が振動に変わる。振動はびりびりと鼓膜だけでなく肌も打ち、周囲の梢が揺れる。晴光は耳を押さえてうずくまった。


「うわあ! 教官がキレたあ! 」

「そりゃキレるわよ」

「失敗です。失敗しました。……失敗します? 」

「そうね。失敗だわ。今度はもっと頑張らないとね」

「そうですね。ファイト一発、繁殖繁栄、精力満タン。がんばります」

「ンなこと言ってないで、誰か止めてくれよぉぉぉおおっ! 」




旧題「最強○×計画」

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