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第五章 第五幕

 華瑠は、その時の感情を思い出したのだろうか? 首元のタオルで、目元をゴシゴシと擦った。

「だけどシショーの言葉、トテモトテモ嬉しかったネ。シショーは、いっつもはあんな感じだけど、本当はトッテモあったかいから大好きヨ。結局こうやって、私の事雇ってくれてるしネ。ダカラ私、働きながらちゃんと勉強しテ、一人前の調教士になるノヨ! いつか、シショーを助けられるようになるって決めたノヨ!」

 そう言い放った華瑠は、いつものように朗らかに笑った。

 その笑顔は、バラクアの胸の内に、沢山の複雑な思いを去来させた。そしてその思い達は皆、彼の心の内側を優しく熱く駆け巡ったのだ。

 いつも明るく、悩み事などまるで無いように感じていた華瑠。そんな彼女も、目指していた夢を曲げる程の挫折を経験し、だけれどもそれに負ける事無く、今も新たな目標に向かい頑張っている。そしてそれは、自分に新たな夢を与えてくれたジラザを助ける為だと、胸を張って言うのだ。

 胸の内を見透かされた訳では無いだろう。だがバラクアは、先程まで自分が抱いていた消極的な物の捉え方を、後ろ暗く感じていた。華瑠の姿を眩しく見せたのは、そんな己の、中途半端で不誠実な、不覚悟の現れだったのだろうと理解していた。

「なぁ華瑠。お前って、実は凄いんだな」

 何の衒いも無く、思わずバラクアはそんな言葉を漏らした。

 それを聞いた華瑠は大仰に手を振って、

「凄くナイ、全然凄くナイヨ」

 と照れ笑いを浮かべた。その笑みの奥底には謙虚の他に、何処か満更でも無い様子も見受けられる。その他意の無いあざとさも又、彼女をここまで導いてくれた要因の一つでもあるのだろう。

 話のついでにバラクアは、以前から疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。

「ところで、華瑠はどうしてそんなに、俺によくしてくれるんだ?」

 セオクク厩舎に所属している鴻鵠は自分一人だから、当然と言えば当然なのかもしれないが、ルティカと自分に対してを比べた場合、随分と対応が違うように、バラクアは感じていた。明け透けに言えば、贔屓をして貰っている様な気さえしていた。

 その疑問を尋ねたのと同時に、華瑠の顔が段々と赤くなっていく。そして彼女は半笑いのまま、モジモジと下を向いてしまう。

「あー、やっぱり、気付いてタ?」

「まぁ、何となく、って程度だけどな」

「いや。違うのよ! 別にルーちゃんの事が嫌いトカそんなんじゃないノヨ! あのネ、あのー、これを説明するノ、ちょっと恥ずかしいカラ、笑わないでテネ?」

 華瑠はそこで、深く呼吸を一つ吐いた後、眉間に皺を寄せて、少し困ったように微笑んだ。

「あ、あのネ……。私のネイバーは、あの、ディラル語じゃなくテ、風全語で聞こえる様に設定してるのネ。ディラル語の勉強にならないのハ、充分分かってるのヨ。デモ、こっちの方が落ち着くシ、シショーもいいっテ、言ってくれてルシ……」

「そうだったのか。うん、それで、俺とネイバーの設定が、どう関わってくるんだ?」

 華瑠の顔が、先程よりも更に赤くなる。だけどその顔は、恥ずかしい半面、とても嬉しそうにも見える。

「アノネ、それで、バラクアの、声ってネ……。とってもとっても、格好いいノヨ……。私、大好きなのネ。……あー、ダカラネ、一杯一杯聞きたくテ、一杯一杯話しかけたくなるノヨ。バラクア、私みたいなドジな女にも優しいシ、喋り方トカ、飛んでる時トカ、トテモ格好いいシ、いつか私も、もし高い所チョット大丈夫になったラ、バラクアに乗せて、空を飛んでみたいナ、って、思ってるノ」

 自身の頬を両手で押さえ、華瑠はバラクアを見つめた。

「フフフ、何だか、恥ずかしいネ。誰にも内緒ヨ?

 そこで華瑠は勢い良く立ち上がり、バラクアに顔を近づけて、そっと、口元に人差し指を立てた。そして、

「約束ヨ?」

 と、照れくさそうに呟いた。

「ハイ! 休憩終わりネ! それじゃバラクア、準備が出来たカラ、シショーとルーちゃん呼んで来るネ! ちょっと待っててネ!」

 と不必要なまでの大声を出して、ジラザ達の元へと走り去って行ってしまった。

 人口風力装置に囲まれたバラクアは、そんな華瑠の後姿を見つめながら、一つ、ごく小さめに、ヒョロロロロロと鳴き声を飛ばした。

 ――風全語か……。一体華瑠の耳には、俺の声はどんな風に聞こえているんだろうな……。俺に聞こえて来る俺の声は、この鳴き声だけだからな……。

 駈けて行った華瑠の背中が、ルティカ達の元へと辿り着く。そこでふと、バラクアはこうも思った。

 ――じゃあルティカには、一体俺の声はどう言う風に届いているんだ?

 不意に、一陣の風が草の指先を悪戯に撫でて行った。この風の音は、人にも鴻鵠にも、本当に同じ音に聞こえているのだろうか?


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