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第一章 第一幕

 ――第一章 鴻鵠士こうこくし


 鴻鵠士。

 体長3メートルを超える、『鴻鵠』と呼ばれる巨大な鳥の首元に跨り、空を自在に飛び回り、レースで勝つ、と言うこの職業は、皆の憧れの的であり、大衆の大切な娯楽であった。それ故に希望者も多く、専門の養成学校を出た後、プロとして活躍出来る者はほんの一握りとも言われている。

 見事ライセンスを交付された鴻鵠士は、協会の認めた厩舎と契約を結び、その厩舎に所属する事となる。そして同じ厩舎に所属している鴻鵠と契約を結び、その旨を協会に報告し、登録する。その後、ランクに応じて行われるレースへの出場申請を行い、それが認められた後、晴れてレース出場となる。

 契約を交わした彼らは、契約を解除するまでは、お互いに他の鴻鵠、鴻鵠士とレースに出る事は出来ない。正に一心同体となる。

 レースは大きく分けて2種類。

 競技場の中での周回速度を競うショートレース『シャン』

 世界中に散らばるチェックポイントを巡るロングレース『グィン』

 シャンの基本ルールは、コース中に散らばるリングを順番通りに潜って行き、最終的な順位を競うものである。

 平均15~25個と言う、比較的リングの多いレースの事をシャン=ルーゼン。

 全体で平均5個と言う、対照的にリングの少ないレースはシャン=ナーゼルと呼ばれる。

 各レース毎にランクが決まっており、ある程度の経験と勝利が無ければ上のランクには上がれない、実力主義の厳しい世界である。

 ランクにはC級、B級、A級、S級があり、年度内に5勝するか、そのランク内で通算30ポイントを上げれば、ランクが一つ上がる仕組みだ。

 一位には5ポイント。以下、二位に4ポイント、三位以下に3ポイント、2ポイント、1ポイントと割り振られていく。

 年に5勝の制度は、強すぎる鴻鵠を早く上に上げる為の、飛び級制度のようなものである。

 S級になれば、月に1~2度、年に合計18度、世界各地で行われる重賞レースに挑む事になる。ここで勝利した鴻鵠だけが、年度末の世界大会に駒を進める権利を得るのだ。


 ***


 食い入るように厩舎内のテレビを、二つの影が睨みつけていた。

 影の一つは年頃と思われる緑色の瞳をした女の子。整った顔立ちから美しい金髪を生やしたショートカットの少女は、その綺麗な顔の奥歯で存分に苦虫を噛み潰しながら、着ているつなぎの裾を強く握りしめていた。耳には鴻鵠の鳴き声を人間の声に変換する為の機械、『ネイバー』が取りつけられている。

 彼女の名はエレリド=ルティカ。

 今年から夢の鴻鵠士としての第一歩を踏み出したばかりの新人鴻鵠士である。

 そしてもう一つの影は、ルティカ身体の倍はあろうかと思われる巨大な鳥。夜の闇色を染み込ませた様なコバルトブルーの羽を持ち、その瞳は満月のように黄色く光っている。猛禽類に似つかわしいその鋭い目付きを、画面に映る自分と相棒に向ける。

 彼の名はバラクア。

 彼もまた今年からルティカとレースへの出場を始めたばかりの、彼女と契約を結ぶ鴻鵠である。

「これ! ここよ! 絶対に前の3番選手、意図的な進行妨害だから! こいつらの所為でうちらの順位ガクンと落ちて屈辱の11位よ! 協会に訴えてやろうかしら!」

 先日行われたレース、『C級クレイゾ杯』の録画を流すテレビに向かって、ルティカは今にも噛みつかんとする勢いでそう喚いた。だが、一緒に見ていたバラクアは、落ち着いた様子でそれを流す。

「何が進行妨害だ。風に流されて吹き飛ばされた先に、たまたま3番選手がいただけだろう。寧ろ突然来られて、向こうが迷惑しているようだったがな。つまり、風を読み切れなかった俺達に原因はあると俺は思うぞ」

「バラクア! あんた一体どっちの味方なのよ!」

「俺は客観的に意見を述べたまでだ。冷静にレースを分析出来ないようだったら、反省会議なんて無意味だからな」

 妙に落ち着き払い、ルティカに対し若干呆れ口調のバラクアが、彼女には気に食わなかった。とにかく、嫌味の一つでも言ってやりたくなった。難癖の一つでもつけてやりたくなった。

「へん、あんたこそ、3週目に11番のリング潜る時に、この7番選手に競り負けてるじゃないのよ。あそこんとこ上手くすり抜けられたら、絶対もっと順位上だったわよ」

「あれは俺のせいじゃないだろう! あの狭いリングで接触事故を起こすより、潜り抜けた後で抜き返した方がいいと言ったのはお前だろうが!」

「でもでも~、そんなこと言っても結局は潜った後にも抜き返せなかった訳だしね~。7番選手の鴻鵠は、女の子ちゃんみたいね~。バラクアは女の子に競り負けちゃったってわけよね~、なっさけな~い」

「レースの上で性別なんて関係無いと、いつも言ってるのはお前の方だろうが!」

「うるっさいわね! とにかく、11番リングでバランス崩して、12番リング潜り損なうなんてありえない失敗したのは、明らかにバラクアのミスなんだからね!」

「何だと! 言わせておけば!」

 バラクアがその大きな翼を広げ、嘴をくぁっと開いた。

 ルティカも負けじと両手を上に突き出し、威嚇する鳥の様なポーズで、クェーなんて鳴いてみせる。

 その時、後ろから野太い声が二人に掛けられた。

「ったく、おめぇら何騒いでやがんだ」

 このセオクク厩舎の主、ジラザである。

 白く蓄えられた口髭とは裏腹に、頭部からはそれなりの年齢が伺える。だが、年齢には似つかわしくない程にガツンと鍛え上げられた勇ましい体躯が、ジラザの年齢を一見では分からないものにしていた。

「おっちゃん」

「オーナー」

 ルティカとバラクアが同時に声を出す。

「おら、反省会もいいがな、もう訓練の時間だぞ。さっさと外に出てこい」

 ぶっきら棒にそう告げると、ジラザは自らの口髭を軽く撫で、踵を返して外へと向かっていった。

 ルティカとバラクアはお互いに軽く目線を合わせた後、同時に威嚇を解除し、ふんっと同時にそっぽを向き、同時に出口を出ようとしてぶつかると言う、息の合った所を人知れず見せたのだった。

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