四話 それが偽りだと言うのなら
ユウは、携帯を窓から投げ捨てると、教室を飛び出してしまった。
重苦しい沈黙が場を支配する。
「……あ、あれ……って……どこかに間違ってかかったんだよね……?」
耐えきれなくなった小村の言葉は、問というより願望。
「「「……」」」
誰も、何も言葉を返せない。
……アヤ以外の誰も。
「……追いかけるよ」
静かな声で彼女は言う。
「え?」
誰かが、掠れた声で聞き返す。
「だからッ‼ 追いかけるよ‼」
苛立ちと友を失う事への恐怖で、アヤは声を荒げた。
(絶対、失わせない! アタシが始めたことには、私が終止符を打つ!)
「……ッ! わ、わかった!」
最初にその言葉に返事をしたのは、一之瀬海陸。アヤとカイリは、他のメンバーの返事も待たず教室を飛び出した。
残った者達も、暫し顔を見合わせたり呆然としたり怯えた様子を見せたりしたが、二人の後を追いかけた。
「……ぁ…………」
息を切らしながら、さっき居た教室から五つ先の教室で、悠を見つけた。
彼女はもう、抜け殻だ。右腕が引きちぎられている。
「おいッ! 久野! 目を……目を覚ませよ‼」
カイリが、必死にユウの身体を揺さぶった。
無理だ。心臓も呼吸も、止まっている。出血多量に加え、右腕をもがれた激痛によるショックも大き過ぎる。
「一之瀬、もう死んでるよ。落ち着いて……」
「っざけんな‼ お前は……⁉」
言い返そうとして彼は目を見開く。振り返った先にある彼女の瞳からは、一滴の雫が零れ落ちていた。
「……とにかく、警察を呼ぼう」
「…………おう」
普段は不良の様な態度のカイリだが、今は静かに言葉を返すだけであった。
そこへ、少し遅れて残りの七人のメンバーが教室に入ってきた。
「……ユウ……ちゃん……」
「あ、ぅああぁ……ぃゃ……いやあぁっ」
「う、嘘……だろ……?」
皆の反応は少し違えど、その表情は同じだった。
恐怖。
この教室は、それに支配されてしまっていた。
その後、冷酷無敵の委員長サノが警察に通報し、アヤ達九人は事情聴取を受けた。
皆、「教室で喋っていたら、突然悲鳴が聞こえた。驚いて悲鳴の出処をみんなで探していたら、死体を見つけた」という、アヤの指示したシナリオ通りの嘘を、あたかも真実のように怯えた素振りで話した。
素振りと言っても怯えていること自体は事実なので、警察は根掘り葉掘り訊いてきたが、結局全て信じた。見つかる筈もない犯人は、未だ捜索中である。
そして、ユウの葬式が行われた。共に儀式を行った九人は、誰一人として言葉を発することは無かった。
葬式が行われてから三日経った日の放課後。一人欠けて九人となった彼らは、あの教室で再び集まっていた。
「ねえ……提案があるの」
そう切り出すのは、ただでさえ色白の肌を蒼白にさせたアヤ。
「アヤの提案なんて、どうせろくでもないことなんだろ⁉ 俺は断る‼」
恐怖に駆られて怒鳴る、マサト。
「そうですよ‼ 私は絶対もう貴女の遊びなんかに付き合いませんから‼」
それに同意するのは、ユカ。
一之瀬以外の数名も、視線で同意見であることを訴えた。
「……わかってる、わかってるよ……。でも、聞いて」
「「……」」
非難されても意思の固いアヤを見て、皆は流石に口を閉じた。アヤが誰よりも彼女の死で苦しんでいることは、周知の事実だったからだ。そんな彼女の話を頑なに聞かないほど、彼らは冷たくはなかった。
抵抗はあるものの、聞く位なら良いだろう、と思い、一人がアヤに頷いてみせる。
「……ユウが、言ってたよね。アンサーは、『自分は怪人アンサーじゃない』って言ってたって。なら、怪人アンサーを倒す術ある筈だと思ったの。
……私は、復讐がしたい」
この教室は対して明るくもないのに、黒々とした瞳孔は反射で小さく鋭くなり、爛々としている。周りの景色を透過して何処かを見つめるその視線は、彼女が本気で復讐心に燃えていることを示していた。
あまりに予想外な発言に殆どの者が呆然とする中、頭の回転が早いサノが真っ先に答える。
「愚かな事を言わないで下さい。またもう一人巻き込んで儀式をやるおつもりですか? 次に死ぬのは、私かもしれないし……貴女かもしれないんですよ。私はお断りさせて頂きます」
そしてその冷静な声音に我に返ったのであろう他の者達が、「そうだ!」「そうですよ、それに私は死にたくありません!」「……わ、私は……できないよ……」と、その言葉に続いた。
そこまでは、アヤは無表情だった。だが、言葉の刃は容赦なく彼女を狙う。
「委員長の言う通りだ! これ以上怖い思いして、誰かが死ぬなら……アヤとなんて、縁を切るッ‼」
マサトの言葉は、今までの只の反論とは違う言葉。"アヤの言葉"ではなく、"アヤ自身"を抉るナイフ。
昨日まで仲が良かったなんて到底思えない程の本気の勢いに、アヤは顔を歪ませた。そしてそれを無かった事にするかの如く直様口角を吊り上げ、いつもの陰湿な笑みに似ても似つかぬ自嘲的な表情を浮かべた。
「……好きにして。別に十人居なくてもいいから。携帯が二台以上あれば、事足りるしね。相手が本物のアンサーじゃないなら、何人だろうと良い筈だし」
あの場に居合わせた皆の意志を確認したかっただけだから、別に要らないよ。そう吐き捨てる様に言うと、彼女は立て付けがあまり良く無い引き戸を少し力を込めて開けると、教室から一歩外へ出た。
しかし、カイリの声が引き留める。
「待て。俺は……お前と同じ考えだ、猫陸」
七人が視線を向ける中、立ち止まった後姿に語り掛ける。
「俺も、復讐する。させてくれ」
アヤは、ゆっくり振り向いて、不敵な笑みを浮かべた。
「そう……なら、行こうか」