二話 ざまあみろ
誰も、一言も発さなかった。
そんな空気に耐えかねたオレ、久野悠は、場を茶化す言葉を言おうと、口を開きかけた。
その時、だ。
『あー……もしもし?』
「っ!?」
繋がった……繋がってしまった。
電話の向こうから聞こえてきたのは、予想とは違い、可愛らしいアニメ声。少し高めで、可愛くて、完璧だ。
こんなに完璧な声なんて存在して良いんだろうかと言うぐらい完璧過ぎて……気持ち悪い。
「あー……ダメだ、あたしのトコは外れ。みんなは?」
「私……、の電話は……外れ……だと、思う」
「僕も……」
全員が全員、繋がらなかったことを報告していく。
ただ1人、オレを除いて。
「久野さん? どうかしたんですか?」
尋ねてきたのは、オレの右隣の小村。
だが、そんな言葉に答える余裕はなかった。
『私に電話してきたということは、訊きたいことがあるということ……と、言いたいところだけど、怖いもの見たさかしらね、貴女達は』
「んな…ォレ…」
電話を切ってしまいたいのに、手が…体が震えて何もできない。いつも威勢のいい言葉を吐く口も、ただ情けない声をあげるだけ。
どうして、どうして……強く、なったのに。肝心な時には震えることしか……。
「ゆ、悠ちゃん? ……もし、かして……」
いつもの聞き取りずらい声で喋りながら、不安気にオレを見るレイカ。
そんな……そんな目で見るなよ……オレだって不安で怖くて……。
『もしもーし? ちょっと聞こえてるの? ねえったら!』
「う、うるさっ! き、聞こえてる」
突然の大声に思わずオレがそう言った瞬間、周りの皆は目を見開いた。
確信したのだろう……オレが、誰かと電話越しに話していることに。
「悠。……繋がったのね?」
皆が恐怖の滲み出た表情でオレを見つめる中、驚くことも、恐れることもせず、冷静に尋ねるアヤ。
そんな彼女に、オレはただ首を縦に振った。
『聞こえてるなら、喋りなさいよね……で、わざわざ儀式をして私に電話したんだから、質問しなさい』
しなさい、ということは、質問しなくてはならないってことなんだろう。だが、コイツが正真正銘怪人アンサーなんだろうか……?
そうだ、本物なわけないじゃないか……そうだ、こう質問したらどうだろう?
「じゃあ………
てめえは、正真正銘、本物の怪人アンサーか?」
オレの言葉に、動揺を隠せない皆。
「ちょ、切れよ! 何呑気に質問してんだ!」
恐怖と焦燥の混ざった表情で怒鳴る普山真人。
「ユウ……ちゃん……? は、早く切った方……が……」
不安気にオレを見るレイカ。
何も言わないアヤも、先程の冷静な表情ではなかった。
「まだ、本物だなんて証拠はない……もう、電話しちゃったんだし、最後まで……」
『周りのが煩いから質問に答える前に言っとくけど、電話を切ろうなんて考えたりしたら……
コロス』
「っ……わかった」
オレを遮ったアイツの言葉から伝わる、殺気。
人間じゃない、コイツは人間じゃない。
知ってる……オレは、人間の放つ殺気を、多少なりとも解っている。昔のことで、記憶は少し曖昧だけど、あの感覚は忘れていない。
コイツの殺気は、それの比じゃない……そもそも、殺気の根本的な何かが違う。
殺気の中に、憎しみとか怒りとか殺意が無い……それでいて、本気で殺すつもりなのが、伝わってくる。
まるで、人を殺すために造られた機械のような……。
『じゃあ、答えてあげる。でも……、そんな質問でいいのかしら?』
「ああ、いい。嘘吐くなよ?」
何時の間にか、完璧過ぎる声にも少し慣れてきた。
周りの皆は、なす術は無いと悟ったようで、静かにオレを見ている。
電話越しのアイツ……アンサーとでも呼ぼうか。アンサーは、『ふふっ』と笑ってから、話し始める。
電話から聞こえてきたのは、予想外な言葉だった。
『私はね、怪人アンサーじゃない。怪人アンサーなんかよりずっとお高いの。人間が作ったお伽話なんて、そんな安っぽい物だと思わないで』
「……? 一体どういう……」
「質問は1つよ」
またオレの言葉を遮られた。
というか、意味がわからない……怪人アンサーが安っぽい?……もっとお高い物?
「なんつってたんだ、そいつは」
オレの表情の変化を読み取ったのであろう海陸が、いつもより低い声を出して尋ねてくる。
その顔には、冷静なようにも、怒っているようにもみえた。
「私は、怪人アンサーじゃない、人間が作った安っぽいお伽話だと、思うな……って。なあ、みんなはどーゆ意味だと……」
皆と話そうとするオレを、アニメ声野郎が遮ってくる。
『お友達との話はそこまでー。じゃあ……次は、私が聞く番』
「…っ⁉」
ころ…される。
殺される。
オレの脳内が恐怖で一杯になっていっているのを知ってか知らずか、電話越しのヤツは話を続けた。
『私の質問はね……』
一体どんな難解な問題を出されるのだろう。
ゴクリと、唾を飲み込んだ。
『貴女の名前、住所、電話番号…つまり、個人情報を全て答えて』
「は?」
あまりに予想とかけ離れた質問に、思わず間抜けな声を出してしまう。可笑しい、絶対に可笑しい。
怪人アンサーは、無理難題を出すと、綾が言っていた筈だ。
なのに、どうして…?
「な、なんで、そんな…?」
数秒程思考を巡らせてみると、答えは思いの外単純であった。
アニメ声のクソ野郎は、自分は怪人アンサーじゃないと言った。つまり、個人情報を聞き出して、後日殺しにかかるつもりでは……?
確かに、人間とは程遠い殺気だが、それが人間じゃない理由にはならない。推測だが、怪人アンサーを真似ている愉快犯、とか……?
そうだ、きっと恐怖感に騙されていたに過ぎないんだ。そう自分に言い聞かせると、軽く息を吸って言葉を紡ぐ。
「……教えねぇ」
その場の空気が、凍りついた。
『え……?聞こえなかったわ、もう一度……』
「教えねえつってんだクソ詐欺師!!」
アニメ声野郎の声を遮って、力の限り怒鳴りつけてやった。
面食らってるのが、電話越しにもわかる……さっき何度もオレを遮ってた仕返しだ、ざまあみろ。
「ちょ、ちょっとユウ⁉ 何言って……⁉ この世界は、二次元空間とは違い、なんでも上手く行く夢のような場所ではないんですよ!? 何を質問されたか知りませんが、もっと考えて答えを……!」
動揺を隠せない様子のユカ。オレに反対するのはいいが、さりげなく二次元褒めるな、お前も何気呑気だな。
しかし次の瞬間、オレは由香に脳内でツッコむ余裕すらも奪われることになった。
『ふふふっ……あははっあはははははっ! ……貴女、最高』
アニメ声野郎の反応は、オレの予想とはまるで違った……違い過ぎた。
気でも狂った? ただ笑って見せただけ?
それとも……。
「……アンサーは、何つってた」
オレの表情が強張ったことに気付いたのか、アイツの笑い声が聞こえたのか、脅しているような声で言う、一之瀬…海陸。
あーあ、コイツは不良っぽいトコある奴だから、嫌われたら色々面倒だなぁ……あ、でも、怖がりだから怒ってるのかも。
明日学校来たら、早速からかおー……って、どっちにしろ学校メンドイ。明日数学あるし。
そんなことを考えながらも、頭のどこかでで解っていた。
明日は、学校も……朝日すらも、見ることはできないと。
『……いまから、いくね』
何故かその時、勝手にスピーカーホンになっていた。
皆が凍りつく。
恐怖による金縛りだろう……今までオレをからかった罰って奴だ。
……ザマアミロ。
皆と一緒にいられる最後の瞬間まで、心の中まで格好つけたくて、呑気で男勝りで怖いもの知らずなオレでいたくて、
ただ、ただ、ざまあみろ、と思い続けた。