最終話 きっとうまくいく
雪が、空へとのぼっていく。
違った。よく見れば、細かい光の粒子たちだ。
「イケメンじゃなくてよかったのか?」
からかうように、ジョウロは言う。私は笑って、
「バカじゃないの?」
と答えた。
「それにしても、お前の願い。叶えてはやることができるが、必ずしもこの先あったはずの未来が回避できるわけではないのじゃぞ? もっと別の願いがあったんじゃないかの?」
「いいの。一回目できなかったことは二回目にできれば。これでチャンスができたんだから、きっとうまくいくはずだよ」
雪は静かに空へと消えていく。
建物は上の方から砕けて、輝きながら。
人は柔らかい光に包まれて、どこか安堵したように。
「そんなにたやすいことではないぞ。あまり簡単に他人を信じるな」
ジョウロは呆れている。なんとなく、それがわかった。
「……ワシはいい娘に出会ったもんじゃな」
小さくつぶやくのが聞こえた。
それに応えるように口角をもちあげ、空を仰いだ。
雪が、のぼっていく。
のぼってのぼって、やがて何もなくなった。
ただただそこに寝そべる透明な水の上を、ひとつのボートが浮いている。けれど、それはもう揺れていなかった。
顔を戻すと、ブリキのジョウロはやはりそこにある。
とある日曜日の朝に出会ったそれは、よく考えてみれば不思議なものだった。
「ところで、ジョウロって何者なの?」
「別に何者でもないわ。しいて言えば……ジョウロじゃ」
「ふーん」
まぁ、何者でもいいや。
きっと私が雪になれば、それはきっと、すぐにわかるのだろう。
「静かだね」
「当たり前じゃろうが」
「世界が滅びる時って、もっとうるさいのかと思ってた」
水が、消え始めた。
やっぱり雪になって、空へ吸い込まれていく。
長い年月の間に生えた藻は、水面から出るとすぐに雪となった。
「滅びではない。やり直しじゃ」
心外だ、とジョウロが言った。
「そういえばそうだったね」
と、私は苦笑する。
「何をとぼけたことを……。すべてをやり直すことがお主の願いじゃろうが」
そう。それが私の願い。
もう一度すべてやり直すこと。
たとえそれが、ひとつの物語の冒頭に戻ることに過ぎなかったとしても、私は後悔なんてしていないだろう。きっとラストはそうだったのだ、と諦めるだけだ。
でも私は信じてみようと思う。
――次に生まれる私たちを。
「ジョウロも消えるの?」
「いや。ワシはやりなおした結果を、一番初めにもどって眺めることにする」
それから、ジョウロはぼそっと呟いた。
「一度は見捨てようとした世界じゃが、な」
ほわんと体の中が暖かくなった。
そろそろだ、とジョウロに告げる。
彼はうむ、と答えただけだった。
「もしも今度も同じ結果になったら、また私のところに来たりする?」
最後の最後に、ふざけてみた。
ジョウロは体の内の水をちゃぷんと鳴らした。
「バカもん。そうなんども願いが叶えられるものか」
足の方が、白い粒子となって散った。
「……そっか」
目を閉じて、上を見る。
もう一度このまぶたを開ければ、ジョウロの正体が見えるだろう。しかし私は、今は知らなくてもいいかな、と思った。
次に生まれる私がきっと、化けの皮をはがしてくれるから。
「見てなよ、ジョウロ」
おそらく、これが私の最後の言葉になるだろう。
私ははっきりとした声で誓う。
「必ずうまくやってみせる。今度こそ、私たちは」
少しの沈黙を挟んだあと、まぶたの外で、小さな水の音が聞こえた。
期待してるぞ、と言われたような気がした。
読了ありがとうございました(`・ω・´)
短い話でしたが、完結できてよかったです