09・死ねない理由
死んでも、悔いるようなことがない。
生きていても、誇りに思えることもない。
生きることに対して疑問を持ち始めたのはいつだったろうか。
不幸に生きたいと、誰もが望まない。生きるのならば幸せに生きたいと思うだろう。
その幸せな人生があたしには思い描けなかった。
エルダーの言う通り、王子様と恋に落ちること?それって、本当に幸せになるだろうか。
物語はいつもハッピーエンドで終わるが、そのあともハッピーとは限らない。
そもそも恋に落ちる相手が全く想像出来なかった。それ以前に、恋に落ちること自体無理なことに思える。
恋愛感情なんて、そう簡単に沸くか?
恋に恋している乙女ならば簡単だろう。でもあたしは恋に恋をする乙女タイプではない。
物語で読んで感動はしても、実際に自分が素敵な恋をして愛を育むなんてこと到底ないと思える。
現実は素敵なことばかりじゃない。
愛なんて、幻じゃないの?
どうしてあたしは、そう思うような子になったんだっけ。
「…ん」
意識が戻り、目を回す。ぐるぐると回っている感覚がする。まだ薬が抜けていないようだ。
毒殺されなかったことに、一先ず感謝。
少しして目を開く。
あたしは牢屋らしき床に俯せで横たわっていた。格子の中だ。
手首は背中の後ろで縄かなにかで固定されているらしい。
どれくらいの時間が経っただろうか。
考えてもわからないので、とりあえず状況分析をしてみる。
首謀者はイヴリン王妃で、暗殺者を雇ったロナウドは彼女の腹違いの兄。ジルゼルを葬る計画をあたしはぶち壊して、ロナウドを牢獄へ追いやった。
イヴリン王妃はお怒りで、あたしを殺したがっている。
じわじわといたぶって殺すつもりだ。
「…人生どうしよう」
溜め息まじりに呟く。
首を突っ込んだのがまずかった。
人様の家庭の事情だとは知らずにやっちまったぜ、と後悔先に立たず。
あたし、いたぶられて殺されるために、異世界に来たんじゃない。
……。いやまぁ、理由があって異世界から来たわけではないのだけども。
とにかく手首の拘束を解こうともがいてみたが、手首が締め付けられる痛さだけが続いて外れる気配がしない。
魔法使うか。
この世界では魔術と言うらしい。大抵の人間は使えるそうだが、好んで使うことはないそうだ。なんでもコントロールが難しいとか。
これからバンハートで魔術を教わる予定だったが、城の魔術師にコツとやらをお茶会の時に聞き出していた。
目を閉じて、両手に集中する。
呪文などは必要ない些細な魔法だ。下手をしたら自分の背中を斬ってしまうから、意識を集中させる。
念じながら想像する。鎌鼬のように縄を切断させるのだ。
1、2、3!
バチィン!
破裂音が響き渡ると同時に強烈な痛みが走って悲鳴を上げる。
腕に痺れたような痛みが鈍く残っていた。
失敗じゃない。
この痛みは切った痛みではない。
この縄は魔術が、かけられているようだ。魔力を弾き飛ばすようなもの。あたしの魔力は弾かれ、あたしに戻ってきたんだ。
痛い。
ズキズキと鈍い痛みが付きまとう。
全く。過大評価されたものだ。
あたしが魔術を使える前提で魔術で拘束するとは。
嘲笑ってみたが余裕はそれほどない。
「……人生どうしよう」
もう一度呟いてみる。
どうしようもない。
じわじわといたぶられて殺されるのは嫌だが、あたしにはなす術がない。
自力で縄をほどけたとしても鉄格子にも魔術がかけられているのかもしれない。足掻くだけ痛い思いをするだけだ。
別に足掻かなきゃいけない理由もない。
これは自業自得だと、自分の命を諦めた方が楽だろう。
こんな状況で生きたい理由なんて、思い浮かばない。
というか命の危険に晒された状況で、人は生きたいと思うのだろうか。
絶体絶命なら、いっそのこと楽にしないと思わないのだろうか。
今のあたしみたいに。
生きたい。そう思う理由があるからこそ、人は絶体絶命の危機でも足掻くのだろうか。
例えば戦場にいるとする。
周囲に数多の敵がいて、たった一枚の壁だけが弾丸の雨を防いでいる状況。手にはたった一丁の銃しかない。
殺されるのを待つような逃げることが出来ない状況で、人はどんな行動を取るのだろうか?
助けが来ると信じて耐える?
勝てると信じて戦う?
逃げれると信じて弾丸の雨の中走る?
恐怖を断ち切り自分を撃ち殺す?
今まさに絶体絶命の危機に陥っているあたしは、やっぱり楽に死にたいと思い一番最後の選択を選ぶだろう。
助けに来ると強く信じている仲間がいなければ、耐えることなんて無理だ。
多勢に無勢では戦っても勝ち目がない。
弾丸の雨の中を走っていくなんて自ら撃たれるようなものだ。
その状況になったのならば、バットエンドは避けられない。
ならば自分の頭を撃ち抜いた方が楽な死に方だろう。
あたしには足掻かなきゃいけない"生きたい理由"なんてない。
自殺、なんて選択肢はないので大人しく死ぬのを待つことにした。
「…アルファ」
目を閉じたら浮かんできたのは、橙色の髪をした少年。
無邪気な笑顔を向ける子犬みたいな子。
昨日は心配するなと、頭を撫でたのに。
あたし、死ぬのか。
ジルゼルと出掛ける約束していた。約束を破って待たせるなんて、快く死ねない。
あたしを娘だと称すバンハートの国王と王妃にも、無事帰ると約束してしまった。ちゃんと、帰らなきゃ。あの二人の元に。
───死ねない。
そう思った。
あれ、なんでだ。
アルファには、生きる理由を与えたとばかり思っていたのに。
どうして死ぬ間際で、アルファのためにも死ねないと思えるのだろう。
あたしの方がアルファを生きる理由にしているの?
新しい生き方として、あたしの犬になることを許可したのは、アルファのためだったはずだ。
そのアルファのために、あたしは死ねないと思っている。
あたしが死ねば、アルファは人生を失ってしまう。道に迷ってしまう。
だから、死ねない。
生きたい理由は出なくても、死ねない理由が浮かんできた。
アルファは生きる糧を失う。マウストは真面目な人だから、自分を責めてしまうだろう。出掛ける約束していた人間が死んでしまったらジルゼルは気分が悪くなるだろう。ドロータは責任を負わされるかもしれない。エルダーはついていかなかったことを後悔して泣き崩れるかもしれない。城の魔術師と帰国したら魔術を教わる約束してたんだった。騎士達にも無事で帰ってくださいと言われたんだ。国王と王妃は泣いてしまうだろうか。念願の子どもを亡くしたら、泣いてしまうだろう。怒ってスクドアレン国と対立なんてしたらどうしよう。
気になって、死ねない。
視界が滲んでいく。
だけど泣いている場合ではないから、奥歯を噛み締めて堪えた。
死ねない理由があるから、足掻く。
深呼吸してもう一度目を閉じた。
鎌鼬のイメージを浮かべて念じる。魔力を───放つ。
「あぁあっ!!」
またバチンッと弾かれた。今度は身体全身に電流が走る。
焼けるような痛みが腕を支配した。皮膚が切れたのか、なにかが腕を伝うのを感じる。
電流で少し麻痺して、意識が遠ざかってしまいそう。
あたしは楽なことばかり選んできたのかもしれない。
道を選ぶとその道をひたすら歩かなければ行けなくなる。ただなにも考えず歩いた方が楽だったから、なにも選ばずに人生を迷っていた。
死なないを選ぶと、生きるを選ぶことになる。
生きることは楽じゃない。
生きたいのに、死に追いやられているのは辛い。
死ねない理由があるのは辛い。
涙が落ちそうになって、あたしは強く目を閉じた。
深く息を吐いて、吸い込む。
そして────また足掻いた。
死なないがために。
ヒロインは目標もなくたらたら生きていた子です。
その辺で死んでも構わないとも思っていた子が、いつの間にか死ねない理由を見付けたことに気付き足掻く!な回でした。
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