07・王子の耳打ち
「ちゃんとわたくしの元に戻るのですよ、キキ」
「はい、王妃様」
「ちゃんと私達の元に無事に帰ってきてくれ、キキよ」
「はい、王様」
バンハート国のトップ二人に潤んだ眼差しを受けて、両手を握り締められる。あたしはもう百回目の台詞を頷きながら受け流す。
いい加減放してくれないかな。
王子様達が待ってるんですが。
準備が完了していつでも飛び立てる白いドラゴンのナビルの前に隣のスクドアレン国のジルゼル王子が待っている。その隣に茶色のドラゴンのチェキの前にアルファとマウストが待っている。
あたし待ちです。
侍女のエルダーもついていきたかったらしいが、ドラゴンが苦手らしく泣く泣く断念。ジルゼル王子があちらで侍女を用意すると言うため、アルファと名乗り出た騎士のマウストと行くことにした。
エルダーはその侍女に渡せと絶対に渡せと何度も言い、あたしにメモを持たせた。内容はあたしのお世話をするに当たっての注意事項。…渡したくない。
なかなか離してくれなかった国王達から解放されたのは、ジルゼルが「陽が暮れる前にあちらにつかなければ野宿になる」と言ったから。
ジルゼルの国であるスクドアレン国までは、馬車だと四日かかるがドラゴンで飛ばせば一日で着くらしい。
あたしはジルゼルのドラゴン、ナビルに乗せてもらいバンハート国を出た。
初めてのお出掛けは他国です。
上空からバンハートの海を眺める。スクドアレンは森のずっと向こう。
猛スピードで飛ぶため、すぐに海も城も見えなくなった。
速いなドラゴン。
「キキ」
「はい?」
「前に来てください」
不意にジルゼルが振り返って言う。吹き抜ける風の中、微かに聞こえた言葉は幻聴だろうか。
今、全速力で飛ぶドラゴンの上で移動しろと言ったのかな。
あたしはジルゼルの後ろに座っている状態。それも振り下ろされないようにジルゼルにしがみついている。
ボケーとしていたら、ジルゼルがあたしに腕を回して引っ張った。ひょいとあたしはジルゼルの後ろから、前へと移動させられる。
ナビルの首に股がっているジルゼルの腕の中と足の間に収まるあたしは小さいな…と現実逃避。
「城から出たことがないのでしょう?オレが紹介します」
耳元で囁くジルゼル。
うおおい、くすぐったい。
このためにあたしを前に移動させたようだ。
「もう少しで見える湖は、よく野生のドラゴンが休みます」
指差す先に湖が見えたが、あっという間に過ぎ去る。なんともスピーディーな異世界観光だ。
「あちらの方角を真っ直ぐに行けば、交友国のテイザルベ国」
ジルゼルが指差す方を見ながら、説明を聞いて頷いておく。
今説明されても覚えられないんだけどね。
昼を過ぎると、適当な街で降りた。街と言うより村と言った方が正しい。
こじんまりと建物が並んでいる。
ここはもうスクドアレン国。
ジルゼルの顔を知る村人がざわざと騒ぎ始めた。村長らしき人が出てきたので軽く挨拶。
悪目立ちするドレスだな、と自分のドレスを見る。村の娘達とは違うドレスだから仕方がない。城だもん。
「キキ様。次はチェキの方に乗りませんか?チェキが拗ねてしまいますよ」
食堂でもてなしてもらって昼食を摂っている間に、アルファが提案した。
「だめです。後ろについて守るのが我々の役目です」
ギロリ、とアルファをマウストが睨み一蹴する。
…正直、マウストに代わってもらいたかった。
じゃあ後半もあたしはジルゼルに耳打ちされなきゃならんのですかい。めっちゃくすぐったいのに。
昼食を摂り終わると急いでいるとジルゼルは告げて、案の定あたしは前にというかさっきのポジションになる。観光ガイド続行する気満々らしい。
王子にガイドなんて、豪勢だわぁ。
現実逃避しつつ、拷問に近い耳打ちを受けることとなった。
ジルゼルのイケメンボイスときたら…。うん。とりあえずくすぐったい。
「つまらないですか?」
「え、いえ…速すぎて…」
「ではまたの機会に、ゆっくりご案内します」
長時間その体勢でひたすら流れる景色を見ていたので、ついついボケッとしてしまった。
言い訳しようとしたが、その前に然り気無く次の機会に案内すると約束される。
……あれ?なんだろ、この感じ。
なんだか王子にアプローチされているような…気のせいかしら。
「疲れたでしょう。少し眠っても構いませんよ」
「いや、でも…疲れているのは皆同じでしょう」
「貴女は女性です。二人も眠っても責めたりしません」
「……お言葉に甘えたいですが、きっと眠れませんよ」
─────なんて苦笑した矢先に、あたしは眠りに落ちた。
ナビルの揺れがいい感じに眠りを誘い、ジルゼルに寄りかかる形で寝てしまったのだ。
「キキ、起きてください」
耳元に囁かれて、目を開く。
上空から見た世界は真っ赤だった。
夕陽で一面が赤色に染まっている。純白のナビルの身体もルビーのような輝きを放っていた。
「…素敵…」
進んでも進んでも、夕陽に染められている。地平線の向こうまで、きらびやかに色付いていた。
それ以上言葉はない。
見惚れてしまう。
草原から街へと移るとスピードが緩んだ。
あたしの目には幻想的に見える街は、とても大きい。バンハートの城の街よりも大きく、目的地の王宮は中心に聳え立っていた。
王宮に着地しても、あたしは夕陽に照された街を眺める。
カメラがあったら写真に納めたい。
実際、写真じゃなくちゃ見れないような光景だ。
「!」
「いつまでも見ていたいですが、挨拶をしにいきましょう。キキ」
ジルゼルに腰に手を当てられ、引き寄せられた。
王子に会うのは彼が初めてだが、王子ってスキンシップが激しいのかな。
いや、この世界の住人はスキンシップが激しいんだ。きっと。身分が高い王族の人はあたしにスキンシップ激しいもん。
「ジル!無事だっか!一体何処にいたんだ!?探し回ったんだぞ!」
王宮に入ろうとすれば、一人の青年が駆け寄ってきた。その後ろをぞろぞろと騎士らしき男が数名追う。
「バンハートにいました。心配をおかけして申し訳ありません、兄上」
軽く頭を下げてジルゼルは答えた。
ジルゼルの兄。つまりは王子だ。
「バンハート?何故また一人で……こちらの方は?」
「バンハート国の城に滞在させて頂いている異世界の住人、キキと申します」
「異世界の住人か、久しく見る。私はジルゼルの兄、ラグゼルだ」
スカートを摘まみ、軽く屈んで挨拶をした。
ジルゼルの兄、ラグゼルもなかなかのイケメン。笑顔がなんとも爽やかな王子だ。
髪が金髪で顔立ちが似ていないことから、二人の片親は違うと推測できた。
スクドアレンの王族は、複雑そう。
ラグゼルが意味ありげにあたしを見る。笑みを浮かべているが、その目は明らかに好奇に満ちていた。
ジルゼル、説明してあげてくれと視線を送る。
バンハート国から異世界の娘を連れ帰った経緯を勝手に想像しているから、誤解する前に説明をしてほしい。
後ろのスクドアレンの騎士も「ついにジルゼル王子が…」とかこそこそ話している。違う違う。誤解している。
「ラグ。父上はいますか?皆の前で事情を話します」
「そうか。行こう」
ジルゼルの事情を、朗報だと勘違いしているラグゼルは笑顔で頷いた。
ジルゼル、話せよ。誤解してるよ。
物凄く言いたかったが、移動をし始めたため黙ってついていくことにした。
バンハートの城よりも明るく広い廊下をぞろぞろと歩いていく。
あたしの後ろにピッタリつくアルファとマウストが気になり、ラグゼルがジルゼルに問う。ジルゼルはあたしがバンハートの国王に娘のように可愛がられていて、二人は護衛についた従者と騎士と答えた。
「出会いを話してくれ」
「…とても衝撃的でした」
やっぱり勘違いをしているラグゼルに、意味深な発言をするジルゼル。
確かに剣先を突き付けられたら衝撃的だろうけど、それは言わないでほしい。
というか勘違いしていることに気付いて!
誤解をとけぇ!と念じてジルゼルに視線を送ると、振り返ったジルゼルはニコリとだけ微笑んだ。
うわぁ、通じねぇ…。
スクドアレンは唯一、最も高貴な白いドラゴンを所持する国。白竜が紋章の旗が誇らしげに壁に飾られていた。
二人も息子がいるのにバンハートの国王よりも、若々しい黒髪を掻き上げたスクドアレンの国王が玉座に座っている。それを一目見てから跪いて顔を伏せた。
「父上、ご心配おかけして申し訳ありません」
「顔を上げよ、息子よ。事情があるのだろう、話せ」
ジルゼルの後に渋い声が響く。
あたしは顔を伏せたまま待つ。
「はい。昨日ナビルと一人で散策をしていた最中、暗殺者に襲撃を受けました」
どよめく中、ジルゼルは続けてバンハートの城に落ちたこと、そしてあたしが暗殺者を撃退してその一人と取引をして、犯人の名前を聞き出したことまで話した。
そしてアルファ本人の口から、雇い主の名前を明かす。
「何を根拠に!濡れ衣です!」
その場に響いた男の声は、動揺が滲んでいる。一応バンハートの国王の許可を得て真色花を持ってきたが、使わずとも嘘だとわかる。
「そんな何処の馬の骨かも知れない奴なんかの言葉を信じるのですか!?国王陛下!」
暗殺者であるアルファは信用に値しない。証拠はアルファの言葉でしかないのだ。
真っ向から否定すれば、濡れ衣を被せていることになる。
ま、言質とったり。
「アルファの言葉が真実だと示せる方法ならばあります」
あたしは喚く犯人に言う。
しん、と静まり返る。
スクドアレンの国王に発言の許可を得てから、あたしは立ち上がった。
「ジルゼルを助けたという異世界の住人か」
「はい、希姫と申します。バンハート国王から許可を得て、秘宝を持って参りました」
マウストが差し出した布を開けば、真色花。バンハート国の紋章はこの花だ。
「真色花。真実の花、これは嘘を見抜くのです」
見えるように白い花を掲げてから、あたしはアルファにそれを持たせた。
「もう一度答えてください、アルファ。一体貴方は誰にジルゼル王子の暗殺を依頼されたのか」
跪くアルファの肩に手をついて、犯人を見据える。
「ロナウド・ベルリッツ」
もう一度依頼人の名前を口にしたアルファが握る真色花に反応はない。あったら困るが。
「反応がないと言うことは、アルファの言葉が真実ということです。ではロナウドさん、貴方の言葉はどうでしょう?先程国王様に無実を訴えましたね。それが真か偽りか、この花が証明いたします」
アルファから花を取り上げて、真っ直ぐにロナウドの前に行く。
深緑の髪の持ち主は、三十代半ばといったところだろうか。
あたしが差し出すと明らかに表情が歪み、一向に花に触れようとしない。
「何を躊躇っているのです?ロナウドさん。自分の無実を信じるならば、何も臆することはないでしょう。アルファの言葉は真実、そしてあたしの言葉も真実です。こうして喋っている間も、花には変化がないのが証拠。さぁ、貴方も証拠を示してください」
静かに微笑んであたしは急かした。
あえて嘘を言ったら真色花がどう反応するかを、見せない。もしかしたらただの花だと、淡い希望を抱かせるためだ。
その場にいる全員の視線と国王の促しに、漸くロナウドは震えた手で花を持った。
「お答えください。貴方はジルゼル王子の命を奪うように暗殺者に命令をしましたか?」
「…違う。私は無実だ──!!」
ロナウドが答えた瞬間に、白い花びらは黒に染まった。
「反応をしました。貴方は嘘をつきましたね、ロナウドさん。貴方が犯人です」
探偵が犯人を追い詰めるように指を差す、ことはせずに花を取り返して踵を返す。
「こ、こんなの!子供騙しの手品だろう!?魔法の類いだ!」
「いいえ、正真正銘真色花は嘘に反応する真実の花です」
後ろから喚く男に花を掲げながら一蹴する。真実を言ったから花は白色に戻った。
「試しに嘘をついてみましょうか?"あたしはこの世界の人間です"」
真色花はまた黒に染まる。
「アルファは真実を言っている」
真色花は白に戻った。
「ロナウドは事実を言っている」
真色花は黒になる。
「ロナウドは犯人だ」
真色花は白色に戻った。
「国王陛下。この花を疑いになりますか?」
「…疑わぬ。真色花のことは昔から耳にしていた」
「ということは、彼がジルゼル王子の命を狙った犯人だと断定するのですか?」
目の前のスクドアレンの国王に問えば、彼は静かに頷く。そしてロナウドに鋭い眼差しを向けた。
「聞こう。我が息子を亡き者にしようとした理由を」
犯人と断定して、スクドアレンの国王は問い詰める。
言い逃れなど通用しない。
スクドアレンの国王は、真色花を認めた。もうとぼけても無駄だ。
追い詰められて、ロナウドは蒼白の顔で立ち尽くす。
そして嘘を暴いたあたしを睨み付けた。
アルファを寝返らせて、自分の罪を国王の前で暴いた女。
怒りで表情を歪んでいく。
いきなり現れた女に、全てを台無しにされたからだ。
その女が嘲笑を向けたとなれば、殺意が沸く。
「小娘がぁあっ!!」
ロナウドは袖からナイフを取り出すと、あたしに向かってきた。