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04・月光の唇




 庭園の損害は、ナビルに軽く踏まれただけだった。それでもナビルが生んだ風で葉や花が辺りに散乱したため、それをアルファに片付けさせる。

飾れそうな真色花を置いて、あたしはチェキと戯れた。

万が一に備えて、アルファとチェキを警戒して騎士のマウストと数名の騎士が待機してる。

 チェキの顔はあたしの身長くらい大きい。羽を広げれば庭園を覆ってしまいそう。鱗はダークブラウン。まるで鰐のように皮膚が硬い。

それをまじまじとあたしが観察するように触っていれば、チェキもあたしを観察するようにじっと見ていた。

ドラゴンの瞳は決まってルビーらしい。


「ドラゴンってなに食べるの?」

「肉なら何でも食いますよ」

「…魚好き?」


 バンハート国は海を所有しているので海鮮物が豊富だ。空中戦に集中してゆっくり見れなかったが、街のすぐ隣には青い海が広がっている。その城から逆方面は森。

毎朝毎朝、新鮮な魚が城に届けられるがそれでいいだろうか。

問題は食料代だ。ライオンの餌代もバカ高いもん。


「海が近いなら、自分で食いに行かせればいいんですよ」


笑って答えるアルファ。

ワァ、問題解決。

これなら負担は減る。

 さて、そろそろ身の振り方を決めるべきか。隣の国の王子には、あたしは国王の娘ではなく異世界の住人だと話したから、養子計画は潰れた。

あたしがお姫様待遇される理由が消えたわけなので、働かせてもらおう。

 それはジルゼルが帰った後にするか。




 夕陽に染まった頃には掃除が終わり、幾分かましになった。あとは明日の朝、庭師が直してくれるというので花を抱えて部屋に戻る。


「遅いです!キキ様!」

「なに、エルダーさん」


廊下の向こうから駆け込んできた侍女のエルダーが、あたしの腕から花束を奪うとマウストに持たせた。

そしてあたしの手を取り、早足に廊下を歩き出す。


「夕食の時間が迫っております!早く着替えを!」

「なんで着替えるんですか」

「隣の国の王子もいらっしゃるのにいつまでもその格好ではいられないでしょう!?」


キビキビと部屋に入れば支度を始めるエルダー。

地面に触れたドレスが汚れている。アルファの刃がかすったので切れていた。


「なにも、着替えなくともいいんじゃないかな。今日も王様達と食べるの?」

「本日の夕食はジルゼル王子もご一緒するそうです!」


王族とまたあたしは食事を摂れと?

あたしはただの異世界の住人なんだけどなぁ。


「キキ様、花どうするんですか?」

「花瓶に入れてその辺に飾っておいて」


 あたしの着替え中のため、アルファは扉の向こうから訊いてきた。

 侍女のエルダーは、手早くあたしのドレスを脱がすと浴室へと押し込む。

ここまですることないだろう、と思ったがスイッチが入ってしまったらエルダーには逆らえない。

大人しく身体を現れることにする。

「それで」と黙々と作業をしていたエルダーが口を開いた。


「ジルゼル王子と恋に落ちましたか?」

「…いや、全然」


夢見る乙女みたいな恍惚した表情を浮かべているエルダーには悪いが、きっぱり否定していく。


「な、何故ですか!?わたしずっと見ておりましたが、とても素敵な方だったでしょう!?アルファから守るようにキキ様の前に立つお姿!とてもお似合いのお二人…侍女達は皆、感嘆の溜め息をつきましたわ」


 恍惚としたエルダーの目には何倍も美化されて映ったに違いない。

アルファのドM発言で、あのシーンに甘さなどなかった。断言していい。


「だからさ。そう簡単に恋に落ちたりしないって。イケメンだとは思うけどね」

「もうっ!キキ様ったら!あんなに完璧な王子、他にはいないですよ!!」

「そうね。」


 適当に受け流す。

そんなに熱を込めて王子を推されても、あたしはお姫様ではないので結婚することもない。

剣先を向けた時点でジルゼルとの恋愛フラグはへし折ったも同然。

だからいくらエルダーに推されようとも無駄だ。

 でも期待しているエルダーは、無駄を行使してきらびやかに着飾らせた。このあたしを。

纏めて結った黒髪を前髪だけ横に垂らしてそれにウェーブをつけられる。耳には真珠のピアス。

赤に近い橙色を基調としたドレスは胸元を強調する夜会ドレスのよう。

……あたしに恥をかかせたいのだろうか。


「キキ様、綺麗です!!」


 部屋に通されたアルファが花瓶に入れた花を抱えたまま素直な感想を述べた。花に変化なし。正直者だ。


「まだです!化粧を!」

「夕食時に化粧は引かれるから」

「では口紅だけでも!」


結局口紅を塗られた。

嗚呼、気合い入れてるって勘違いされませんように。





 夕食はあたしの歓迎会には及ばないが、隣の国の王子がいるからと豪勢な料理が用意されていた。

バンハート国の自慢、海鮮料理が振る舞われる。

あたしが好きな酸味のある甘さのタレがかかった焼き魚があったので嬉しい。

 味わいながら黙って食べていたら、視線に気付き顔を上げる。

向かいにはジルゼル王子がいて、ニコリと微笑みを向けられたので微笑みを返す。

 真色花が嘘に反応して黒くなっていたから結構重傷なのかと思ったが、食事を摂れるほど余裕はあるみたいだ。

怪我しているのに無理させてしまったのはあたしだから、ちょっと罪悪感があったんだよね。これで安心。


「キキはいつからこの城に滞在しているのですか?」

「かれこれ四週間になります」

「もう何年もここに住んでいるような錯覚がしている。それぐらいの時間、この娘とはともに過ごした」

「わたくし達の娘同然ですのよ」


ジルゼルの質問に答えると、国王と王妃があたしが娘のようだと強調した。


「ふふ、お二人にとって大切な存在なのですね」


静かに微笑むジルゼルに、曖昧な笑みを返す。

何故だろう。隠していた実の娘説をぶった斬ったのに、なにか敗北感がする。

なにか墓穴を掘ったような…。


「ところでジルゼル様。お身体は大丈夫なのですか?」

「はい。明日には自分の国に戻ります」


話題を変えてみた。

明日アルファを連れていくのか。

「食事中になんですが」とジルゼルは許可を求めるように国王に視線を送る。国王は頷いて許可した。


「アルファを連れていくと昼は話しましたが、アルファの身が心配でしょう。キキも同行していただけないでしょうか」

「あたしがですか?」


思わぬ提案に目を丸める。


「アルファは貴女にしか従わないでしょう。彼を大人しくさせるには貴女が必要なのです。いわば監視です。貴女が彼の主としてそばにいれば、彼も安全になるでしょう」


 ジルゼルはアルファがあたしの忠実な犬だと信用したからこそ、そう提案したらしい。

 アルファが無事帰ってくる保証もない。だからあたしが飼い主として同行した方が、アルファの身の安全は保証されたも同然。

国王公認の下僕だし、あたしはその国王の娘のような存在だ。

異世界の住人でも、他国の国王が溺愛する娘の従者に手を出せない。

国王は既に了承したようだから、あたしが首を振るだけだ。


「わかりました。ご同行させていただきます」


アルファが無事戻るかどうか少し不安だった。ついていくだけでアルファを守れるなら行く。

 ジルゼルは何処か嬉しそうな微笑みを浮かべた。

 食事が終わったあとも、明日についての詳細を話してから解散。

同行することをアルファに教えてやろうとしたのだが、アルファを見張っていたはずのマウストすら見付からずあたしは広い城を歩き回る羽目となった。

 何処行ったんだ、二人。

きっと喜んだ顔を見せてくれるだろうアルファはイズコ。

マウストと喧嘩してないといいけどな。マウストは気難しいから。

 迷子にならない程度、城内は把握しているので歩き回って探した。

 その途中で、白いドラゴンを発見。

 最上階にはドラゴン専用の着地場所、あたしの世界ではヘリポートがある。バルコニーのように屋根がなく見渡せる楕円形の足場。

そこに行くには細く手摺もない通路を通らなくてはいけない。

 なかなかの眺めだから、あたしのお気に入りスポット。

そこに白いドラゴンのナビルが身体を丸めて休んでいた。

月光に照らされて身体はあたしがつけている真珠のピアスみたいに艶やかに光っている。

 泥棒みたいにキョロキョロと周りに人がいないことを確認して足を踏み出す。海の向こうからくる風がくすぐったい。

ナビルが気付いて、赤い瞳であたしを見た。


「触ってもいい?ナビル」


 首を傾げて小さく問う。

ナビルはもう一度目を閉じた。それを了承したと解釈して歩み寄る。

ナビルの顔の近くに腰を下ろして、頭を撫でた。

月光で宝石みたいに輝く鱗。

本当に真っ白だ。純白。

ドラゴンに触れる時がくるなんて、嬉しい限りだ。自分の幸運に拍手を送りたい。

下手をしたら、地面にぺしゃんこになったりドラゴンにパクリと食べられてしまいそうなのに、すごいな。あたし。

 昼間に空中戦をした空を見上げる。藍色の暗い夜空に欠けた月が浮かぶ。

それを見つめながらナビルを撫でた。


「この世界は素敵だな…」


初めからこの世界に生まれて育ちたかったと思うぐらい、なんだかこの世界がしっくりくる。

 呟いたら、ナビルが目を開いて顔を上げた。視線の先は、森。

なにか見えるのかと、あたしも見る。

月光だけでは、森は黒い影にしか見えない。

 だけど何か動いている。

ナビルはそれを見ていた。

あたしも立ち上がって目を凝らす。風ではなさそう。不規則に森がもぞもぞと動いていた。

 あれはなんだ?

ナビルは赤い瞳でそれを見据えていた。

あんな動きをする森なんて初めてみる。

 するとブワン!と黒い影が森から空へと一直線に飛んだ。まるで巨大な蛇のようにうねうねと天に向かう。

それが何か見定めたくて、思わず身を乗り出して踏み出す。足を出した先にはなにもなかったことに気付いたのは、真下から風を受けてからだった。


「!」


 だけど腹に回された腕のおかげで、落ちずに済んだ。

顔を上げれば、ジルゼル。


「高い場所が好きなのですか?」

「はい…どうもありがとうございます」


笑いかけるジルゼルに苦笑をしつつ、自分の足で立つ。また落ちかけたところを助けてもらってしまった。

 それから森に目を向けてみたが、蛇のような影は何処にもない。

ナビルは何事もなかったみたいに、目を閉じていた。

 あれ?気のせいかな。

首を傾げていれば、ジルゼルに手を取られた。


「あの庭園、散らかしてしまいすみません。貴女の愛する庭園なのでしょう?」

「いえ、アルファに責任持って掃除させましたので気になさらないでください」


 ジルゼルが謝罪したあとに視線を向けるのは、森とは反対にある城の庭園。丁度顔を下げれば見える。

元を正せばアルファが悪いから、気にしなくていいと笑い退けた。


「…その、アルファのことですが」


 ジルゼルは何処か気まずそうに口を紡ぐと、あたしに座るよう促す。長話になるのかな。

庭園が見える方に足を出して、通路に二人肩を並んで座った。


「何故、彼の命を救ったのですか?」


犬にした理由ではなく、命を救った理由を問われる。

命を優先してあたしが頷いたと解釈したようだ。


「あたしがそうしたいと思ったからです」


 風で捲れないように手で押さえながら、足をプラプラと揺らす。まるで空中を歩いているように見えた。


「あたしがそうしたかっただけなんです。アルファの目が輝いて見えませんでした?希望に満ちているように、あたしには見えたんですよ」


ジルゼルが落ち着いた雰囲気の持ち主だからなのか、静かに答える。

この人の隣は、落ち着くなぁと感じた。


「暗殺者のことはよくわかりませんが、掴まったら毒を飲むよう仕込まれているのに、毒を飲まずにあたしを求めたのはきっと。暗殺者じゃない別の生き方を見付けたのかと思ったんです。犬なんて可笑しいと思うけど、使い捨てにされるよりもずっとましでしょう」


ふんわりと、潮風が頬を撫でる。


「あたしが彼の立場ならば、頷いて欲しいと思ったので頷いたんです。希望が見付かったら、掴むものでしょう?」


 自分が希望の光とは言わないが、アルファにとって希望が見付かったのならば頷くべきだろう。

人生どうしようって迷子になっていたあたしと比べるのは、アルファに悪いが迷子の最中に行く宛を見付けたようなものだ。

自分が迷ってしまうなら道を照らして欲しいと思う。

だから道を照らす程度ながら、あたしは頷いた。このあと彼がまた人生で新たな道を見付けたなら引き留めるつもりはない。

それはアルファの自由。

今はあたしの犬になることを望んでいるから、その望みを叶えるだけだ。

 左隣のジルゼルの反応を見てみれば、なんだか眩しそうに微笑んでいる。

お昼もこんな表情をしていたような、とデジャブに襲われた。

それを思い出す前に、アルファを探している途中だと言うことを思い出す。


「まぁ、結局アルファが守ってくれるとあたしが助かるので、あたしの自己満足故の回答なんですけどね」


と付け加えて立ち上がる。また落ちてしまわないように、通路の真ん中で立つ。これで落ちないだろう。

アルファを探してる、と言うと疑ってしまいそうなので言わないでおく。


「ではあたしはこれで、失礼します」


 お辞儀をしようと膝を軽く折った状態で止まる。立ち上がったジルゼルの後ろに見えたナビルが顔を上げて何処かを見つめていたのだ。

 その先を負ってみれば、ブワン!とあの蛇のような影が旋回しているのが見えた。気付いていないジルゼルに言おうとしたその瞬間。


「キャッ」


 右から風に押されてよろけてしまい、踏み外した。

またもやジルゼルに落ちないように抱き締められる。これで三回目だ。

苦笑しつつ、顔を上げて礼を言おうとしたら思った以上にジルゼルの顔が近くにあった。

 月光に照された黒い髪が青色に透けている。整った顔は間近にあり、青い瞳は驚いたように見開いていた。

香水だろうか。微かに淡い香りがする。

あたしの唇と、ジルゼルの唇が重なっていた。







かつてないアクセス数にちょっとビビってしまいました。

どうもありがとうございます!!


次はジルゼル王子視点です。

ちょくちょく主人公以外の視点も入れていく予定です。


王道って、なんでしょうね!

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