02・白竜の王子様
異世界トリップならば、魔王を倒すために召喚されたかった。
喜んで勇者やりますよ?ええ、もう恋愛フラグをへし折って勇者ライフを謳歌してやるわ。
その人生楽しそうじゃないか。
望みは叶わないもので、必死に断るも王様達は譲ってくれず、使用人として働くでもなく、客人として滞在するわけでもなく、お姫様として用意された部屋へと閉じ込められた。
ふっ…。お姫様とか柄じゃねぇ…。
遠い目をしつつも周りに流されて、礼儀を叩き込まれたりダンスレッスンをさせられたり色々仕込まれた。
食事中に顔を合わせた国王と王妃に何度も断ったというのに首を縦に振ってくれない。
「養子はまずいですよ。国民を騙すのも、良心が痛むでしょう?いけません」
「まぁ、なんて心優しい子なんでしょう。貴女こそ王族に相応しいですわ」
言葉を発する度、罠にはまった気がしてしまう。
穏やかな微笑をする王妃は、それが素なのかそれとも意図的なのかわからない。
ちょっと怖いです。
物凄くあたしを跡取りにする気満々である。
本当に二人の間に子どもが出来なかったらしく、跡継ぎがいないのだ。親戚がいるが皆信用できないと言うため、腹心達は養子計画を推しているらしい。
「全然似てないじゃないですか、あたしは黒髪ですし」
「私は昔黒髪だった」
「……」
失言をしてしまった。
そうか、白髪になる前は黒髪か。若々しい国王様を想像できました。
「家臣に国民に公表して養子だとバレれば、処罰ものでしょう?お断りいたします!」
「まぁ、わたくし達を心配してくださるなんて本当に優しい子。キキ」
何を言っても、優しい子に変換される!?なにそのスキル!
「いや、あたしも処罰を受けたくないと…」
「大丈夫!バレないようにする!」
聞いちゃくれねぇええ!!
「魔王を倒しに行ってくる…寧ろ魔王倒して魔王になってくる」
「マオウってなんですか?職業ですか?」
残念なことに、魔法があるこのファンタジーな世界に魔王なんて存在はいないようだ。
じゃあ初代魔王になってしまおうか。
そんな現実逃避をしながら遠くの空を部屋のバルコニーから見つめて溜め息をつく。
いっそのこと逃げ出そうとしたら、騎士に見付かって確保された。それ以来騎士がついてあたしを見張っている。
見張りは侍女のエルダーで十分だと思うんだ。
「キキ様、もう諦めてお姫様を謳歌したらいかがでしょう」
「エルダーさんがお姫様を謳歌したらいかがでしょうか」
にこっと笑いかけられても困るわ。
やりたい人がやればいいのよ。
「王妃様に気に入られたのですから、貴女様以外相応しい方はいません」
キッパリと言うエルダー。
お姉さん肌で断っているのにあたしのお世話を焼く侍女。茶髪で可愛らしい顔立ちの持ち主。お姫様でも可笑しくないと思う。
そのエルダーを吟味するように見ながら、この世界には悪い女しかいないのだろうかと疑問を持った。
……腹黒いのかな…。
「キキ様は何が気に入らないのですか?」
「悪いことじゃん。いくら子どもを欲していても、王族は養子しちゃだめだ。それを公表した時点で嘘つきになる。お姫様として楽に過ごすことはとても魅力的な話だとは思うけど、処罰を受けるリスクを負いたくないね」
この話が王妃達に告げ口されても構わない。
きっとエルダーは二人に頼まれて聞き出しているんだと思う。
「スカートを一生掃くのは不服だし」
ジーパンは直ぐ様処分されて、ずっとドレスを着させられている。
スカートを掴み、足を晒すと頭をエルダーに叩かれた。見張りでついている騎士のマウストが勢いよく顔を背けている。
「足を出してはいけません!!」
「はい、すみません。しかしスカートはいささか無防備な服装だと思わない?マウストさんは履いたことある?」
「……ありません」
反省の色なんてなしで謝罪。
それからマウストに無駄に問う。
あると言われたら引きます。
「ズボンと違って足を包み込まないためスースーするんです。あまりスカートを履かなかったあたしにはキツイです」
「慣れますよ、そのうち」
実はもう慣れました。人間、順応能力が高い。
うん、ドレスを着ることが不満なだけだ。コルセットがキツいもん。
「右も左もわからないけど…旅をしてその辺でくたばりたい」
「最終的にくたばるのですか!?」
「人生は旅。旅で死ぬのもまた人生」
「年寄りみたいですね、キキ様」
ツッコミを入れてくれるマウストとエルダー。優しいな。うん。
「お姫様って結局はカゴの鳥じゃない。それは嫌ね」
冗談抜きで呟く。
「キキ様ったら。ほら、陛下達を御覧ください」
エルダーが視線を向ける先を追えば、庭園を寄り添って歩く国王と王妃の姿を見付けた。
庭園が気に入っているからあたしの部屋は庭園が見える位置にある。
デートかな。あの二人。
「王妃様がカゴの鳥に見えるでしょうか?今も愛し合っているのです。キキ様も愛する人と結ばれれば素敵な生活が送れるでしょう」
夢見心地に二人を見つめるエルダー。
ロマンチックに浸っているところ悪いが、生憎おとぎ話のようなラブストーリーを夢見ていない。
結局は、結婚して国を納めろってことだよねそれ。
素敵な王子様と恋に落ちてめでたしめでたし。なんて展開は起きないよ?
もしもその筋書きを狙っているなら全力で回避しますが、なにか?
「ふふ、キキ様はまだ貴族と隣の国の王子を見ていないのでしたね。きっと恋に落ちますわ。素敵な男性ばかりいらしてますから」
「んー面食いだけど、そう簡単にあたしは恋に落ちないよ」
イケメン好きだけど、イケメンが必ず恋愛対象になることはない。
そう簡単に恋には落ちない。
「キキ様なら言い寄られますわ」
「嬉しくないな…。マウストさんは男から見てあたしはどんな感じ?」
男性の素直な意見を聞こうと王妃達からマウストに顔を向ける。
その瞬間────強風が吹き荒れた。
風に押されてよろめいたが、エルダーと互いに支え合って踏みとどまる。
次の瞬間、悲鳴が上がった。
何事かと庭園を見ると、そこには白く大きな生き物がいたのだ。
純白の鱗が光を放つ───あれはドラゴン。
この世界にドラゴンがいるとは聞いていたがなかなか見る機会がなかった。
蜥蜴のような体型で白い翼を広げた、あたしの世界では架空の生き物に心が踊る。
だが、すぐにドラゴンが顔を向けている先に王妃を庇うように立つ国王だと知り切り換えた。ドラゴンには人らしき者が乗っている。
奇襲かもしれない。
「マウスト借りる!」
「え…え!?」
「直ぐ様騎士を庭園に呼んで!」
マウストから剣を奪って手摺に足をかける。自分がドレスを着ている事実を思いっきり忘れて、思いっきり踏みつけてしまった。
ずるり、と足を滑らせたあたしは真っ逆さまに落ちる。
だけど幸いにも真下はドラゴンが広げたままの羽の上。痛かったのかドラゴンが怒って吠えたが、羽がクッションの役割を果たして、更に受け身を取るように転がり、国王様の前に無事着地した。
無様に転ばなかったことに安堵して、同じタイミングでドラゴンから降りてきた人物に剣先を突き付ける。
「何者ですか?このようにドラゴンとともに国王と王妃の前に現れるなんて、襲撃ですか?ならばあたしが相手する」
国王を下がらせるように手で庇いながら鋭く問い詰めた。
ドラゴンは馬代わりの移動手段に使われるが、とある国では軍の武器として操ることもあると聞いている。
目の前にいるのは、青年だった。暗殺者にしては整った顔立ち。青みがかった黒髪がサラリと風に揺れた。
表情は微かに驚いたように目を丸めていたが、雰囲気とともに落ち着いている。
身なりは白いドラゴンと真逆で漆黒のコート。それに金の装飾が施されている。
直ぐ様彼は、目の前で跪いた。
「バンハートの国王、突然のドラゴンでの訪問お許しください。追われの身で、墜落をしてしまいました。決してお命を狙いに来たわけではありません」
「お前は…ジルゼル王子か」
風で吹き飛ばされたらしいあの嘘発見器の花『真色花』が、丁度その青年の膝に触れていた。色の変化はなし。
事実のようだ。
国王は見知った顔らしく、あたしの手を掴み剣を下ろした。
ジルゼル王子…。確か隣の国の王子の一人がそんな名前のような気がする。教養として頭に叩き込まれたが多すぎて覚えてない。
とにかく襲撃ではないし、王子なので剣を下ろして空を見上げた。
四匹のドラゴンが城より高い空中に留まっている。あれが追手?
「申し訳ありません、誤解をして」
「いえ、こちらに非があります」
屈んでジルゼルの手を取り立たせた。女から手を差し出すなんて行為は初めてらしく少し怪訝な顔になったが、あたしが事情を訊くと彼らこそが暗殺者らしい。
王子が踏んでいる真色花にも変化がないので、悪者はあっちね。
「ジルゼル王子。白いドラゴンに乗せていただけませんか?」
「え?」
「このままではこちらの城が破壊されてしまいます。退治しましょう」
微笑んで言うとジルゼルはまだポカンとしていたので、肩を押して促した。
ドラゴンを乗りこなすなんて無理だから、彼に操ってもらうしかない。
「キキ!一体何を!?」
「お二人は避難をしてください」
駆け付けた騎士に二人を任せて、あたしはジルゼルに手を借りて白いドラゴンに乗った。
瞬く間に、白いドラゴンは羽ばたかせて舞い上がる。浮遊感に驚いてジルゼルのコートを握り締めた。
あっという間に城より高くなる。
ひゃあ、超高い!
興奮をグッと堪える。
茶色の鱗をしたドラゴン達と視線が合った。同じくドラゴンを操る黒服の人がいる。いなかったらどうドラゴン相手にどうしようかと思ったわ。
「どうするつもりですか?」
「この白いドラゴン、なんて名前?」
「…ナビル」
振り向くジルゼルの耳元で白いドラゴンの名前を聞いてから、肩を借りて立ち上がる。
白いドラゴン──ナビルの赤い瞳と目が合った。
「ナビル、さっきはごめんなさい。それからもう一度、羽を踏んでしまうわ。ごめんなさい」
ナビルに向かって謝ってから、白い羽を駆けて、隣のドラゴンに飛び乗る。
思い付きで行動してしまったが、どうしよう。と後悔先に立たず。
抵抗する前にドラゴンの操縦者を蹴り落とす。
人殺しちゃったなぁ、と見送っていたらもう一頭の茶色ドラゴンが救い出した。
よかった、まだ人殺しじゃない。
「ねぇ!君!頼みを聞いてほしいの、君達が乗せてる黒い奴を倒すの、手伝ってくれない?」
ダメ元で茶色ドラゴンの首に手を当てて言ってみた。
ナビルと同じくあたしに目を向けてる。その瞳の色は赤。
ドラゴンは皆、赤い瞳なのだろうか。
グウン!と浮遊感に襲われ、咄嗟にドラゴンの首に抱き付く。あたしが乗った茶色ドラゴンは旋回しながら他の二匹のドラゴンに乗った暗殺者達を尻尾で突き落とした。
おお、ダメ元で頼んでみるもんだな。
ところで落ちた人は誰も助けてないんだけど、あたしが殺っちゃったことになるのかな?
怪獣さながらのドラゴンの威嚇にそんな思考は掻き消される。
二人の暗殺者が乗ったドラゴンがあたしに噛み付こうとした。
あたしが乗るドラゴンもあたしも仰け反ってしまい、あたしは足場がなくなり、落ちる。
ゾクッと恐怖が冷たく身体を駆け巡った。
パシンッ。
地面にペッシャンコ!と思いきやあたしの幸運は尽きていなかったらしく、ジルゼルが腕を掴んでくれた。
「ジルゼル王子!申し訳ないのですが、投げてくれませんか?」
旋回するナビルに乗ったジルゼルに掴まれたまま宙ぶらりんな状態で言うのもなんだが、頼んでみた。
少しだけ戸惑った様子を見せたが、暗殺者を捉えるとあたしが着地できるようタイミングを図って投げてくれる。スカートが鬱陶しく視界を遮らないよう片手で押さえ付けて着地する。
今更ながら、片手に剣を持つドレスの女がドラゴンの背の上で戦うなんてシュールだな。
さっきあたしが蹴り落としたであろう全身黒の暗殺者が剣を構えてあたしと向き合う。
「来なさいよ」
あたしはニヤリと挑発した。
教養や礼儀作法指導の鬱憤を騎士達に相手に晴らしていたから自信あり。
本当はただ身体を動かしたかっただけなのだが、扱いはあくまでお姫様なので皆首を振った。だから剣を奪って自分から襲っていって相手をしてもらっていたのだ。
「お止めくださいキキ様ぁあ!!」と命懸けで防ぎながら泣き叫ぶ騎士達の情けない声といったら…ふふふ快楽だ…げふんげふんっ。
キキンッ!!
剣が交わる。懐に踏み込んで腕一本切り落とそうとしたが、流石は暗殺者。受け止めた。
屈んだかと思えば、あたしの足を崩すため蹴りを入れてくる。
ダンスするように横へと移動して避け、剣を振り下ろす。またもや受け止められた。
おお!強いじゃんコイツ!
ちょっと興奮を覚えつつも、丁度低い位置に顔があったため蹴りをお見舞いしてやった。
あたしは貴婦人でも令嬢でもない。足を晒す蹴りくらいするわよ。
ドラゴンを操縦する暗殺者の背中にぶつかったが、直ぐに体勢を立て直すともう一度向かってきた。
突くように剣を振る。
それを軽くいなして、肩に剣の塚を叩き落とした。
ドラゴンの上に倒れた暗殺者を蹴りあげて、首に剣を突き付ける。
動かないよう腹に片足を置いて、問うように目を細めた。
「……降参」
まだ幼さが残る声で、暗殺者は白旗を上げる。
「じゃあ地に降りましょうか」
あたしは満足して頷く。
どうやらこの暗殺者がリーダー格だったらしく、暗殺者との空中戦は幕を閉じた。
「キキ!なんて無茶をするの!心配したじゃない!」
「無事でよかった!」
暗殺者を騎士に渡し、拘束したのを見届けてから王妃達の元に歩み寄ると二人が駆け寄り抱き締めてきた。
ギョッとしたが、二人があたしを心配しての行動だと理解しておく。
締め付けが痛い…。
「あの…君は…一体?」
先程まで国王と話していたジルゼルが、疑問をぶつける。
謎だよね、あたし。いきなり剣向けたかと思えば図々しくドラゴンに乗せろと言うわ空中戦を始めるわで可笑しな女だと思っただろう。
とりあえず免罪符の「異世界の住人です」と答えようとしたら、先手必勝と言わんばかりに、あたしを挟むと国のトップは声を合わせて告げた。
「私達の娘だ」
左右で微笑む国王と王妃。
うおぉおおいっ!!
なに堂々と王族相手に嘘ついてんだぁああ!!
目を丸めた様子からしてジルゼルはこの二人に子どもがいない事実を知っているようだ。
「私の隠し」
「うわあああっ!!」
とんでもない嘘をつく前にあたしは声を上げて遮った。