第2話 第16部隊
場に緊張が走った。
突然開け放たれた扉から現れたのは長い柄の先端に反りのある刀身を装着した薙刀のような武器だった。その刃は大きく、人体を両断できる程の威力があると感じさせる。
顔をヘルメットで隠した全身黒の服で包まれた人間が薙刀を振り上げ襲いかかる。
不意を突かれた拓也と小雪はあわてて構えようとする。突然の襲撃にやられるよりも咄嗟に構えを取ろうとするだけでも訓練の賜物といえるだろう。そして悠斗も拓也も小雪も新人とはいえ強化手術を受けた常人の域を超えた身体能力を持つ異能者なのだ。
薙刀が振り下ろされる先にいるのは悠斗だった。
拓也と小雪と違って悠斗は驚いた表情も出さずに腰に提げている黒刀に手をかけ、構えが間に合わないと一瞬で判断すると後ろに跳んで大きく間を開けながら抜刀する。総帥室は決して狭くなく、間を取るには申し分ない。
空振りしてできた隙を見逃さずに拓也が横薙ぎの蹴りを放つが、襲撃者はそれを屈んでかわして反撃もせずに曲げた足をバネにして跳んで悠斗へと再び襲いかかる。
その動きは常人の域を超えて、異能者であると認識させるには充分な動き方だった。
悠斗はそれを見て襲撃者の標的は自分だと悟った。
小雪が襲撃者の背に向けて銃を構えているが室内での発砲に躊躇いを感じているようだった。彼らがいるのは総帥使用する部屋であり、外せば当然破損する。緊急時とはいえ最高権力者の部屋を傷つけるのは生真面目な小雪にはできないことだった。
一瞬で間を詰めた襲撃者が薙刀を回転させながら右から左から攻撃を仕掛けてくる。
悠斗はそれを黒刀で全て受け流し、反撃の隙を狙っていた。
そこに拓也が襲撃者の後ろから殴り飛ばそうと走ってきた。
「どこの誰だか知らねえがぶっ飛びやがれっ」
拓也が叫びながら渾身の一撃を放つ。
襲撃者は薙刀を大きく横に薙いで悠斗との間を開き、振り返って長い柄の石突きで突き飛ばした。拓也の体がくの字に折れ曲がって突き飛ばされた。
「がはっ」
「拓也!」
小雪が床に転がって苦しむ拓也の前に立って、守るように銃を構える。
しかし襲撃者に拓也を追撃することはなかった。
間を開けたとはいえ拓也を相手にしたことで襲撃者に一瞬の隙が生まれた。
拓也がつくった隙を無駄にしないと、悠斗が開いた間合いを一気に詰める。
襲撃者が振り向こうとした時にはすでに懐に悠斗が潜り込んでいた。
短い呼気とともに鋭い拳打が襲撃者の体を遠くへ飛ばしていく。
「きゃっ」
襲撃者が転がりながら悲鳴を漏らした。どうやら女性らしい。
悠斗は余計な詮索をせずに黒刀を構え襲撃者を追撃する。
襲撃者は咳き込みながらも立ち上がり悠斗の追撃に備えようとするが、
「動かないでください」
後ろから小雪が脅しにもならない弱々しい声で威嚇するが、銃を構えた音が襲撃者の気を向かせ動きを鈍らせた。
悠斗が上段から黒刀を振り下ろそうとしたその時だった。
「そこまで!」
狭くない総帥室の空気を震わせて圧力的な声が轟いた。声の主は道重だ。
拓也と小雪は驚いた表情で道重を見るが、悠斗は黒刀を襲撃者の肩に当てたまま目を離さなかった。
「見事に返り討ちにあったな」
「やられちゃいました」
襲撃者はどこか楽しげな声をしていた。
何が何だかわからないと拓也と小雪は目を丸くしている。
その声を悠斗は知っていた。黒刀を肩から外し鞘に納めた。
「やっぱりあなたでしたか」
「あら、ばれてた?」
襲撃者がヘルメットを脱ぐとオレンジの髪をしたポニーテールの女性の顔が露わになった。どこか満足気な顔をしている文香だった。
「新人3人相手とはいえここまでやられると先輩として恥ずかしいわ。初撃もあっさりかわされちゃうし」
「部屋の外から話し声が聞こえたので念のため気を向けていました。知らない人ならあの時に斬ってました」
「うわ怖っ!なんという新人さんだ」
文香は恐ろしいものを見るような眼で愕然とした表情になった。もし悠斗が話し声を聞いてなかったら拳ではなく刀が襲っていたかもしれないのだ。
「おいちょっと待て。こっちは話が全然見えないんだが?」
蚊帳の外に置かれていた拓也が怪訝な顔で話に割り込んできた。
小雪も銃は仕舞っているが、おろおろとしていた。
「おっと二人にはまだ紹介してなかったね。私は仁張文香。この愛武器は薙刀で名は飛燕っていうの」
異能者が使う武器にはそれぞれ名前が付けられている。その武器の特長を名前で表すこともあるが、武器の開発当初は能力を発動するためのトリガーボイスとして付けられていた。トリガーボイスの役目を受け継ぎつつも今となっては愛称のような扱いになっている。
「それでこっちにいるのが……って、あれ?」
文香がもう一人を紹介しようとしてその人物がいないことに気付く。
「おい大宮。そんなとこで突っ立ってないでさっさとこっちに来たらどうだ」
道重が開けっ放しのドアの向こうに声をかける。
そこから、ちっ、と舌打ちの音が聞こえた後に面倒くさそうな顔をしながら、しかしその目は鋭い眼光を放っている大宮峡哉が姿を現した。180はあるだろうその背中に身の丈ほどの大剣を抱えていた。
「俺が来る必要はあったのか?」
「当たり前だ。お前はもう少し部隊に所属していることを自覚しろ」
峡哉は道重の忠告を鼻であしらい鋭い眼差しで睨みつける。
文香がすかさず峡哉の態度を注意するが、峡哉は適当に空返事するだけで聞いていなかった。
道重はそんな二人を置いて話を進める。
「この二人はお前らが所属する第16部隊の隊長と副隊長だ。仁張が隊長で、大宮が副隊長だ。奇襲の目的はお前らの実力を確認するためだ。仁張相手にあそこまでできる奴はそうそういない。実力としては申し分ないだろう」
「なるほどね。ようやく話がわかった」
拓也と小雪がようやく納得した顔で頷く。
隊長というからには文香は相当強いのだろうと悠斗たちに認識させた。隊長の選任において指揮統率能力を重要視するのであるが、それと同時に部隊を率いるための実力がいるのだ。
それを3人とはいえ新人が抑えてしまったのだから悠斗たちの力も充分なものと判断できる。
二人も納得したところで悠斗が次の話題に進めた。
「それでこれからどうすればいいんですか?」
「そうだな。この後お前らには―――」
道重がそう言いかけて鳴り出した携帯電話を取りだした。悠斗たちに背を向けて電話に出る。一言二言だけで電話を切った。
「すまないが今から私も出なければならなくなった。あとは仁張に任せる」
「え?あ、はい」
峡哉を叱りつけていた文香が急に自分の名前を呼ばれてきょとんとした表情で答えた。
道重は頷くと、またな、と言って部屋から出て行った。
その場を任された文香は仕方なく峡哉への忠告をやめて悠斗たちに視線を移す。
「で、どこまで話した?」
「俺たちが第16部隊に加わって、仁張さんが隊長、大宮さんが副隊長というとこまでは聞きました」
「そこまでね、了解。そうだ、私は自己紹介したけど峡ちゃんまだだね。ほら早く早く」
「なんで俺もしなきゃなんねぇんだ」
文香が急かすと峡哉はうんざりした顔になった。
「大宮峡哉。第16部隊副隊長だ」
それだけ言うと峡哉は部屋から出て行こうとした。
拓也と小雪は呆然とそれを眺めていたが、目を丸くした文香があわてて峡哉を止めようとする。
「ちょっと峡ちゃん!それだけで帰らないでよ。これからみんなに案内するところだってあるのに」
「それは文香に任せる。俺は行かねえ」
「そんなんじゃみんなに嫌われちゃうよ。新しい仲間なんだよ」
文香が必死に説得しようとするが、峡哉は背を向けたまま見向きもしなかった。
悠斗たちはそんなやり取りを見届けることしかできない。
「俺に仲間は必要ない。周りが俺を避けるようにな」
殺気を含んだその言葉に文香は何も言えなかった。何かを言おうとして峡哉の圧力に押されてしまっていた。
「お前らに一つだけ言っておくぞ」
峡哉が付け足すように悠斗たちに向けて言い放つ。
「死にたくなければ俺に近づくな」
それだけを言うと峡哉は部屋から出て行った。
圧迫した雰囲気が晴れていく。
文香が安堵と失望を含んだ溜息を吐いた。
「……また駄目だった」
文香が誰にも聞こえない声で小さく呟く。
「大丈夫ですか、仁張さん」
文香が項垂れる様子を心配して小雪が声をかけた。
文香はすぐに表情を明るくして何事もなかったように微笑んだ。
「うん、大丈夫だよ。心配かけちゃってごめんね。峡ちゃんいつもあんな感じだけど悪く思わないでね。根は本当に優しいから」
「それ聞いても全く想像できないっすけどね」
「あはは。そうだ、みんなからまだ名前聞いてなかったね。君からお願い」
幼児が新しいものを興味津々で見るように文香が拓也を指名して自己紹介を促す。
拓也が遠慮しがちな目で抗議する。気だるそうな雰囲気を醸し出していながら、内心では小学生がクラスで自己紹介する時のように恥じらっているところがあった。
「え、俺たちもやるんすか。てっきりすでに俺たちの事は知らされているものかと」
「全然知らされてないよ。ここに来て初めて誰が私の部隊に加わるのかわかることになってたからね。それともなに、もしかして自己紹介恥ずかったりするの?」
文香がうふふ、と手で口を隠しながらいたずらっぽく笑った。
「そんなことないっすよ!山谷拓也!武器は体術!以上です!」
顔を赤くして怒り任せに殴りつけるような自己紹介だった。
「はーい、よろしくね。じゃ次は雨宮君」
にやにやしながらも満足気に頷いた文香は次に悠斗を指名した。
そこで拓也が疑問を投げかける。
「あれ、悠斗のことは知ってるんすか?」
「そりゃ知ってるよ。期待の大型ルーキーさんだもん」
「あ、そっすか」
口を尖らして拓也がぶつぶつとなにか言っていたが悠斗は気にせず自己紹介する。
「雨宮悠斗。武器は黒刀と銃。名は黒雷と霧裂。この度第16部隊に配属されることになりました。よろしくお願いします」
拓也とは比較にならない丁寧な口調で、そして相変わらずの無表情で自己紹介した。
「やっぱり予想通り悠ちゃんは私の部隊に入ってくれたね。お姉さんうれしいわ」
「悠ちゃん?」
「そ、雨宮君のあだ名だよ。今思いついたの。よろしくね、悠ちゃん」
「悠ちゃんって……ぷっ」
悠ちゃんという呼び方がツボに入ったのか拓也が笑いを堪え切れずに吹いた。
そんな拓也を文香は微笑む顔で見つめる。
「拓ちゃんって結構おもしろいね」
「な、俺にその呼び方はやめてくださいよ、恥ずかしい」
「ねえねえ、拓ちゃん拓ちゃん」
「だーっ、やめてくれぇ!」
恥ずかしがる拓也がおもしろいのか文香は存分にいじくり倒す。
散々いじって拓也が放心し切ったころには文香の顔には満面の笑みが咲いていた。
流石の悠斗も拓也が気の毒に思えてしまう。
「愉快な仲間が増えてよかったよ」
「ほどほどにしてあげてください。本当に失神するかもしれないので」
「あはは、考えとくよ」
どこかいたずらしたそうな眼をしながら文香は笑った。
「でも悠ちゃんが入ってくれたのは本当にうれしいな」
「なんでですか?」
「だって期待の大型ルーキーさんだよ?誰だって自分の部隊に入ってほしいって思うよ」
「それはそうかもしれませんが、所詮俺は未熟な新人です。期待に答えられるほどの実力は持っていないと思います」
「……それって私を侮辱してるって気付いてる?」
文香が拗ねたような顔でジトジトした目線を悠斗に向ける。
なにを言っているのかわからない様子で悠斗は首を傾げる。
「謙虚な事はいいことだと思うけど、仮にも先輩で部隊を率いる私を拳一つで追いつめたんだよ?それで未熟だとか期待に答えられないとか言われても私を馬鹿にしてるとしか思えないよ」
文香にも先輩として、隊長としてのプライドがある。新人である悠斗に殴り飛ばされ、さらには実戦なら命を失うところまで追いつめられたのだ。そこまでされなくとも新人相手に負傷したのは彼女にとって精神的に大きな傷を負ったことに変わりはないのだ。
悠斗はそんな文香の気持ちはわからない。悠斗にプライドというものは存在しない。少なくとも今までそんなことを考えたこともなかった。むしろ3人でたった1人も抑えられないことの方が屈辱的と考えてしまう。
それでも文香に悪い思いをさせたのは間違いない。
「すみませんでした」
「ううん、いいのよ。私もまだまだだなって実感させてくれたから」
「そうですか」
「ただし貸しひとつってことで」
「はい?」
「なんでもないよん」
なにか危険な予感をした悠斗だったが特に考えなかった。考えてはいけない気がした。
どこかいたずらっぽい笑みを浮かべて文香はドアの方に向かった。
「さて自己紹介も済んだことだし、これから私たちのお世話になる人のところに挨拶に行きましょ」
「あ、あの……」
小雪が控えめな声で呼びかける。それを文香は気付かない。
放心して蹲っている拓也の背中を叩く。
「さあさあ拓ちゃん、起きて起きて」
「拓ちゃんはやめてくださいよ!」
「あの……」
「いいじゃん、拓ちゃんってかわいいでしょ」
「男子にかわいいはいらないでしょ!」
「あうあう……」
気付いてもらえずに小雪がもじもじし始める。
見かねた悠斗が代わりに文香を呼び止めた。
「仁張さん」
「ん?なに?」
「まだ一人自己紹介してない人がいるんですけど」
「え?どこどこ?そういえば確かに新人は3人って聞いた気がするけど」
文香が本気で辺りをきょろきょろと見回す。
拓也はその様子を見てクスクスと笑うが、小雪にとっては重大な問題だ。
自分の存在感の無さを強調するかのような文香の行動に小雪の目はすでに湿りを帯びていた。
「あ、あの、私なんですけど」
「ん?おっとあなたいつの間にいたの」
「仁張さんが襲いかかってきてから今までずっといましたよ。大宮さんは気付いていたみたいですけど」
信じられないという顔で文香がまじまじと小雪を見つめる。
「なんか、ごめんね。気付かなくて」
「いえ、あの、いつものことですので」
「名前はなんていうの?」
「水原小雪です。武器は銃で、名前は飛沫です。これからよろしくお願いします」
悠斗と同じように礼儀正しく丁寧な口調で自己紹介した。ただ相変わらず弱々しいことに変わりない。
「よろしくね。じゃああなたは、くうきって呼ぼうかな」
「ぶっ」
それを聞いた拓也が盛大に笑い焦げた。膝を崩して床をどんどんと叩く。
小雪は動揺を隠しきれずに微かに涙ぐんでいた。
「あれ、そんなにおかしい?」
「仁張さん。それはあまり言わないようにお願いします」
悠斗が小雪を庇うように抗議する。
「え~、今まで気付かないほど影が薄かったし、ぴったりかなって思ったんだけど」
どこかわざとらしくいたずらっぽい笑みを浮かべる。どうしても面白味を持たせようとしたいらしい。
悠斗にはただ人の弱みを握っているとしか思えない。
「俺はそれでいいと思いますよ。むしろその方がいいっす」
笑いを堪えながら拓也が同意する。
「じゃ、くうきで決定!よろしくね、くうき」
「え、ええと…。はい…お願いします」
小雪は目に涙を浮かべながらも結局は受け入れてしまう。彼女の弱い部分だった。
小雪の本音を察している悠斗だが、彼女が受け入れてしまった以上は余計に口を出さないことにしていた。話が拗れて結局は余計な時間が過ぎるだけと知っているからだ。
「それにしても個性あふれる新人たちだね。新部隊の隊長として頑張らないと」
文香は密かに気合いを込めて、意味ありげに悠斗に目線を向ける。
悠斗が首を傾げるとなんでもないというように視線を逸らして、今度こそ部屋の出口に向かう。
そのとき拓也がふと疑問を投げかけた。
「新部隊?第16部隊って今までなかったんすか?」
「そうよ。第16部隊は今シーズン初めて結成された新しい部隊なのよ。そして私がその新しい部隊を率いる初めての隊長になるってわけ。峡ちゃんも初めての副隊長っていうことになるから、ある意味では新人部隊ってことになるね」
新隊長文香が希望とやる気に満ちた顔で言った。新隊長文香が希望とやる気に満ちた顔で言った。そして思い出したように、
「そういえばさっきから私のこと仁張って呼んでるけど、名前で呼んでいいからね。隊長でもいいかな?格好が付くし。何より同じ部隊の仲間なのに余所余所しいのっていやじゃない?」
「わかりました。隊長と呼ばせてもらいます」
「私も隊長と呼びますね」
「二人がそうなら俺も隊長と呼ばせてもらいますわ」
「おお。なんか隊長としても自覚が沸いてくる感じだね。さて、これから私たちがお世話になる研究所に行くわよ。私たちのサポートをしてくれる人たちがそこで待ってるわ。この隊長である私についてこーい」
新隊長文香が元気よく号令をかける。
新隊長と新副隊長、そして新人の3人で新しく結成された第16部隊はこうして零からの歩みを始めたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
今回は第16部隊結成というお話でした。
前回の話の後ろに付けたしてもよかったのかなと思いつつもすでに投稿してしまったので分けることにしました。
これから第16部隊がどのような環境に入り込んでいくのか楽しみにしていたければと思います。