一章の2 般若よ!文句ある?
部屋の中央で弥勒が麺を食べている。彼の横にはどんぶりが5〜6杯積まれている。そこへ順風耳がツカツカとやってきて。
「弥勒様!ここで食事をしてはいけません!何度も言ってるでしょう、食べるなら食堂で食べてください。」
弥勒は怒られ慣れているのか、順風耳の忠告もどこ吹く風。彼の方を見ようともせず、食べ続けている。
「うるせえなあ〜いいじゃねえか〜どこで飯くったって〜モグモグ」
順風耳は腰に手を当てて、一旦ふうとため息をつき、一気にまくしたてた。
「いいですか、あなた様はこの世界にたった4人しかいない大賢者の1人なのですよ?もうすこし威厳をもっていただかないとこまります!いいですか?そもそも大賢者に選ばれし者の振舞い方というものはですね・・・」
お説教がクドクド続いてる。順風耳のお説教を、またかよと言いたげな顔でどんぶりを平らげ、ぱんと手を合わせて。
「ごっそさん。いやー食った食った。ゲフ!」
箸の先を爪楊枝がわりにして、ちっちと掃除している。弥勒は入り口に立っている夜叉姫達を見て、たちあがり彼女らの元へ歩いていった。
「よう、ひさしぶだなあ〜元気しとったかあ〜」
弥勒は、すっと手を上げて軽く挨拶した。夜叉姫がその手に向かって、ぱちんと手を合わせてハイタッチをした。
「うん!元気だよ。弥勒のじっちゃん!じっちゃんは相変わらずだね。」
「おう〜あたぼうよ〜変わってたまるけい!」
2人は顔を見合わせて、にひひと笑っている。その横で羅刹がお辞儀をしている。
「弥勒さま、おひさしぶりでございます。お元気そうでなによりですわ。」
「羅刹〜堅苦しい挨拶は無しにしようぜ〜それはともかく、暫く見てないうちに育ったな〜」
羅刹を上から下へジロジロと見て、後ろにまわり羅刹のおしりを、さわさわと触った。羅刹は、きゃ!と声を上げ身をよじった。
彼女はこめかみを、ピクピクさせながら。
「もう!嫌ですわ、弥勒様ったら!」
と、言うが早いか彼女は足を高々と上げ、弥勒の脳天にかかと落としをくらわせた。
「ぐふっ!お、お、お・・・」
弥勒は頭を抱えてうずくまっている。痛みが引いて第一声。
「おめえなあ〜仮にも大賢者の頭に、かかと落としをくらわせるなんて、どういう了見だい。」
「どこの世界に尻を撫でまわす、大賢者がいるんじゃ!」
ぷんぷんと頬を膨らませ怒っている。その横で夜叉姫が、げらげらと笑っている。
羅刹はこんな事をしてる場合じゃないと思い、気を取り直し真面目な顔で弥勒に訴えた。
「そんな事より、弥勒様!この子を診てあげてください。私らじゃ何にも出来なくて・・・」
弥勒もまた真面目な顔をして、アリサの顔を覗き込み額に手を置いた。
「うーむ。酷いな・・・ここに連れて来て正解じゃったな、そのままにしておいたら2日後には死んでおったかもしれんのお〜」
「え!え!?大丈夫だよね!じっちゃんが何とかしてくれるよね!」
夜叉姫が弥勒の服の袖を、ぐいぐい引っ張りながら泣きそうな声をしている。
「大丈夫じゃよ、なんとかしてやる。ところで、この子はおめえらの友達か?」
夜叉姫と羅刹は顔を見合わせて、困った口調で弥勒に答えた。
「友達ってわけじゃないんですけど・・・」
「なんじゃ?詳しいことを話せ。」
羅刹と夜叉姫はこれまでの経緯を、包み隠さず弥勒に話した。
「それと、この子サイキッカーかもしれないんです。」
「サイキッカーじゃと?」
「そうなんです。夜叉姫に向かって、手も使わずに無数の小石を飛ばしてきました。おそらく書庫で読んだサイキッカーかと。」
弥勒は顎に手を当てて、うーんと唸っている。
「多分あれじゃな、元々この子にはその力があったんじゃろ。自分の親を守りたいと思う強い気持ちが強くなり。限界以上の力を出してしまったんじゃろうな。その反動で体が衰弱してしまったんだろう。」
羅刹は、うんうんと頷いている。夜叉姫はわかった様なわからない様な顔をして、つられて頷いている。
「よし、わしが奥の部屋で診といてやる。こっちへよこしな。」
羅刹は、大事そうに抱えていたアリサを弥勒に渡した。弥勒もアリサを大事そうに抱え2人を真剣な顔で見つめた。
「おまえさんら、この子と友達になりたいか?」
2人は間を置かず真剣な表情で、こくりと頷いた。それをみた弥勒は、にこっと笑って。
「うんうん、わかった。わしが絶対なおしてやるよ〜」
元の軽い口調にもどって、奥の部屋に歩いていった。そして順風耳に話しかける。
「おい、順風耳。順風耳よ〜」
「・・・であるからですね、そもそもこの世界の成り立ちにおける、大賢者のあり方というものはですね・・・は、はいっ!」
こいつまだ説教してやがったのか、と思いながら順風耳に話しかける。
「わしは、奥の部屋でこの子の治療をしてるから〜その間あいつらの相手しておいてくんな〜」
順風耳は背筋を伸ばし、深々と礼をしながら。
「はい!かしこまりました。」
ひょこひょこと弥勒はアリサを抱え、奥の部屋に消えていった。
順風耳は、こほんと咳払いをして2人に向き合った。
「さ、それでは久々にお勉強いたしましょうか。2人がここをでてから外界でどんな経験をしてきたか、お話していただきますね。」
夜叉姫がそれを聞いたとたん、忍び足で逃げ出そうとする。それを感じとった順風耳は。
「羅刹さん」
「はい。」
羅刹が夜叉姫の襟首を、がっと掴みずるずると順風耳の後につづいて歩き出した。
「やだやだ〜せっかくここに来たんだから、お庭で遊びたいよ〜」
「お勉強が終わったら、思う存分遊んでもらっても結構ですよ。」
ぶーぶーと言いながら夜叉姫は引きずられていった。
奥の部屋に着いた弥勒は、アリサをベッドに寝かせ、上着を脱がせた。彼女の体を見て弥勒は、ぎょっとなった。
「な、なんだいこりゃ・・・ひでえな・・・」
アリサの体には無数のアザがあった。新しいもの、古いもの、様々と。
「こんな、夜叉姫より幼い子に・・・ひでえ父親だな・・・」
弥勒の顔が怒りにも似た真剣な表情になった。そして指をアリサの額にあてて、ぽつりと包み込むような声で。
「お譲ちゃん。すまねえが、お前さんの過去をちょっと見させてもらうぜ。」
額に当てた指先が、ほわっと光る。弥勒は目を閉じ、神経を集中させた。
時間にすれば数秒といったところか。指先の光がすうっと消えていく。そして弥勒の目尻から一筋の涙がこぼれた。
「なんてこったい・・・この幼さで地獄のような日々を耐えてきたもんだ・・・羅刹と夜叉姫もそうとうな思いをしてきたが・・・」
夜叉姫も羅刹も、ここに来た時に弥勒に過去を見られている。その辛い過去を見て彼女らをここに住まわせた。
弥勒は、薬箱をとりだしごそごそと目当ての薬を探している。そして1つの薬を取り出し、すこし躊躇したような顔で。
「こればっかりは使いたくなかったが・・・しかたねえ。あいつらが、おまえさんと友達になりたいっていうんでな。」
薬を湯飲みに入れ、お湯で溶いた。アリサの頭を持ち上げ、こくりこくりと飲ませる。
「たのむぜ、おまえさんが生きたいと思う気持ちが強ければ、2時間くらいでアザも消えて目を覚ますはずだ。」
アリサはさっきまでうなされていたが、暫くして、すうすうと寝息をたてだした。
「ふむ、まずは成功というところじゃな。どれわしも暫く寝るとするか。おっと、その前におまえさんに名前をつけてやろう。ここに来たからには、いままでの名前は捨ててもらうからの。」
弥勒は暫く考えて、ぴんと閃いた顔をした。
「般若、般若じゃ。これからおまえさんは、般若と名乗るがよい。」
我ながらいい名前だと思い、目を閉じて眠りについた。
弥勒が眠りについて丁度2時間たったころだろか。アリサは目を覚ました。
なんだか悪い夢を見ていた様に気分が悪い、でも妙に頭がスッキリしている。まわりをきょろきょろ見渡して暫く考えた。ここはどこ?っていうか、わたしはだれ?え、え?なんにも思い出せない。頭がスッキリしているけど、こんなスッキリなしかたってある?
半ばパニックになっている、横を見ると見知らぬじいさんが自分の横で寝息をたてている。
そして自分の姿をみると、上着の前がはだけて肌をさらしている。状況を理解した彼女は真っ赤になって大きな声で叫んだ。
冥界の怪鳥が、死を迎える時の断末魔の様な雄叫びが小屋中に響き渡った。もちろん書庫にいる3人にも聞こえた。
「何事ですか!」
順風耳が、すくっと立ち上がり声が聞こえた方へ向いた。耳で全ての気配を感じ取る順風耳、即座に声が聞こえた方を感じとった。
「弥勒様がいる奥の部屋からですね。弥勒様に何かがあったのかも知れません、行きましょう2人とも!」
夜叉姫と羅刹が、うんと頷き、3人は書庫を飛び出した。
順風耳は嫌な予感がした、冥界の鬼達が目を覚ましたのではないだろうか?いや、あれからまだ200年しか経っていない。こんなに早く目を覚ますはずが無い。もし鬼が目を覚ましていれば私達だけで太刀打ちできるだろうか?色々考えているうちに奥の部屋の前に着いた。
3人は勢いよく扉を開け、叫んだ。
「弥勒様!ご無事ですか!」
そこには冥界の怪鳥兼、冥界の鬼が、弥勒に部屋のありとあらゆる物をぶつけている。
「きゃーきゃー!あっちいけースケベじじい!」
弥勒は、身を屈めて飛んで来た物から身を守っている。
「ちょとまって、まってって言ってるじゃねえか。いたたたた。話し聞けってば。」
羅刹と夜叉姫が、アリサの元に駆け寄った。
「大丈夫だから、ね、ね。落ち着いて。」
羅刹がアリサをなだめている。落ち着きを取り戻したアリサは、うわーと泣き出した。
「おーそーわーれーた〜。こんなじじいに、犯された〜うわーん!」
部屋の入り口で、呆然と立ち尽くしている順風耳が呆れたようにぽつりと。
「弥勒様・・・あなた一体なにやってるんですか・・・」
すると夜叉姫が、弥勒をなんとかフォローしなければと思い。
「心配しなくていいよ。じっちゃんは16歳以下は相手しないから!だから何にもされてないよ。ね!じっちゃん。」
我ながら上手くフォロー出来たと思った。が、部屋の空気が一気に凍りついた。
「おまえら・・・いいかげんにしろよ。わしはその子を治療していただけじゃ!その証拠に体のアザが消えているじゃろう。」
羅刹と夜叉姫が、アリサの体を見た。ほんとだ、綺麗になって透き通る様な肌の色になっている。
「さすが、弥勒様。」
「おー、やっぱりじっちゃんはすごいな!」
弥勒は、胸を張り得意満面な顔をしている。アリサはちょっとバツの悪そうな顔をして。
「で、でも。アザだけ消せばいいでしょ!記憶まで消すことないじゃない!」
アリサを除いた4人がキョトンとした顔をしている。夜叉姫、羅刹、順風耳の3人が弥勒を見つめた。
「へ?記憶が消えちゃったの?うーん・・・まぁ薬の副作用じゃな。気にするなそのうち思い出すわい。かっかっか。」
おいおい、笑いごとじゃないだろう。と弥勒を除いたみんなが思った。羅刹がうーんと唸っている。
「でも、こまったわね。名前がわからないんじゃ・・・」
弥勒が、こほんと咳払いをして話し出した。
「あーそれなら心配いらんぞ。そやつの名前は・・・」
弥勒の言葉をさえぎる様に、アリサがぽつり。
「は。」
夜叉姫が首をかしげて、聞きなおす。
「は?は、って何?」
アリサは思い出す、眠っていた時に優しさに包まれた声で聞いた一つの言葉を。間違いないそれは私の名前だと言うこと。
もし違っていても、それを名乗ることになんら恥ずかしさなどない。だから胸を張って言える。
「わたしは、般若よ!文句ある?」