一章の1 弥勒様に会いに行こう!
羅刹はおぶってきたアリサを自分のベットへ寝かせた。アリサはこんこんと眠っている。
「ふぅ、とりあえず今日はここに寝かせましょう。」
アリサにタオルをかけてやり、羅刹は彼女の頭を優しくなでている。夜叉姫は心配そうにアリサをじっと見ていた。
「羅刹ぅ・・・この子大丈夫かなぁ・・・・」
羅刹は夜叉姫を自分の胸元に抱きしめ、優しく語りかける。
「大丈夫よ、夜叉姫。そんな不安な顔をしないで。」
羅刹と夜叉姫はアリサの事が心配でたまらない。もちろん彼女の体の事も心配なのだが、親に見捨てられたという事実を彼女はこれからどう受けとめていくか、そのほうが心配なのである。アリサが目を覚ました時にこの事実を話すべきか。
「この子、顔中傷だらけ・・・あいつにやられたのかな・・・」
「だとしたらとんでもない親ね。」
夜叉姫の目には涙が滲んでいる、羅刹の目は怒りに震えている。夜叉姫も羅刹もアリサと同じく親に捨てられた経験があるから。
一夜たちまだアリサは目を覚まさない。時折うなされて、「パパ!パパ!」と叫んでいる。夜叉姫は「大変!大変!」とオロオロするばかり。羅刹は濡れたタオルでアリサの汗を拭いている。
「どうしよ!どうしよ!この子死んじゃうよ!死んじゃうよ!」
手をわきわきしながら、小屋中を走り回る夜叉姫を羅刹はたしなめるように。
「もう!うるさい!バタバタしたってしかたないでしょ!まったく!」
えーでもぉ、とバタバタと走り回るのを止めたが、手はまだわきわきしている。
羅刹は、なにかいい方法は無いものかと考えている。そこではっと閃いた。
「そうだ!弥勒様!弥勒様に診てもらおう。」
夜叉姫はわきわきを止め、おーと感嘆の声を上げた。
「そうだね、弥勒のじっちゃんなら絶対なんとかしてくれるよ!」
「そうと決まったらすぐ行くわよ!夜叉姫、車の準備して。」
羅刹はアリサをタオルに包み、大事そうに抱えた。夜叉姫は車を小屋の前までまわした。
「羅刹、いつでも出れるよ!速く乗って。」
羅刹は車に飛び乗った。胸元にはアリサを大事そうに抱えて。
「よし、出して。あんまり飛ばさないでね、この子が乗ってるから。」
「うん!わかった。しっかり捕まっておいてね!」
夜叉姫が勢いよくアクセルを踏んだ、車は砂煙をかきあげて砂漠を疾走した。
「ちょっと!なにがわかったのよ!飛ばすなっていってるでしょ!このバカー!」
車は砂漠を砂煙を勢いよくあげて疾走する。弥勒の元へ向かって。
車を疾走させる事、約1時間。枯れた大木の前で夜叉姫は車を止めた。周りには大木以外何も無い。
「おーし、着いた、着いた。弥勒のじっちゃんいるといいけどな。」
夜叉姫が車から飛び出した。続いてアリサを抱きかかえ助手席から羅刹が降りてくる。
「いると思うけどな、あの方、出不精だから。」
すると、どこからともなく声が聞こえてきた。威圧する様な地面から響き渡る声が。
「汝ら、道に迷ったなら素直に立ち去るがよい。この先に様があるのならこの宮毘羅が相手に・・・おお、これはこれは。夜叉姫様と羅刹様ではないですか!」
威圧する様な声が、夜叉姫らを見つけたとたんに軽いトーンに切り替わった。
夜叉姫らの目の前に、身の丈3Mはあろうかという大男が現れた。手には男の身長を越す槍を持っている。
「やっほー、宮毘羅くん! ひさしぶり。相変わらずお仕事がんばってるね。」
「宮毘羅さん、お仕事お疲れ様です。」
夜叉姫が手をあげてぶんぶんと振り回している。羅刹はぺこりと会釈をした。
「お2人ともお元気でしたか。さ、さ、早くお入りください。弥勒様もお喜びになられます・・・ん、羅刹様。その抱えてる者は誰ですかな?」
アリサの事を言っているのだろう。急に警戒するような口調になる。
「この子病気なんだよ、弥勒のじっちゃんんに診て貰おうと思ってさ。」
宮毘羅は、警戒心をさらに強めた口調で話す。
「なりませぬ、なりませぬ。弥勒様の許可無きものをこの先に通す事はできませぬ!それが判らぬお2人ではありますまい。」
「それは判っています!でも、私達じゃどうする事もできないの。お願い、宮毘羅さんここを通して下さい。」
「お願いだよ宮毘羅くん!でないとこの子死んじゃうよ。」
宮毘羅は決して折れない。まぁ、門番がお願いされてひょいひょいと他者を入れていれば門番の意味が無い。宮毘羅は仕事に忠実なだけ。
「なりませぬ!この屋敷に災いをもたらすものを排除するのが我の勤め。どんなに頼まれても弥勒様の許可無き者は通すわけにはいきません!」
「お願い」「なりませぬ」の押し問答が10分ほど続いた頃だろうか、またどこからともなく声が聞こえてきた。軽い脱力感たっぷりの声が。
「いいよ〜宮毘羅〜入れてやんな〜」
宮毘羅は声とは対象的に緊張感たっぷりの声で。
「弥勒様、良いのですか?」
「かまわねえよ〜(ズズッ)その子から邪気は感じ取れないしな〜(モグモグ)いいから入れてやんな〜ゲフッ」
3人とも目が点になっている、それまでの緊張感が嘘だったかのように。宮毘羅がはっと我に返る。
「そ、それでは中にお進みください。」
宮毘羅は槍を高く上げ、槍の柄を地面にドンドンと2回打ち付けると、空間に大きな穴が空いた。穴はぽわっと光っている。
「さ、さ。お入りください。」
羅刹は宮毘羅を見上げて、申し訳なさそうに。
「ごめんなさいね、宮毘羅さん。わがまま言って・・・」
と、深々と頭を下げた。宮毘羅は真っ赤な顔をして両手をぶんぶん振り回し少し困った顔で。
「め、滅相もございません!これが我の務めですし。羅刹様、頭を上げてくだされ。」
羅刹はにこっと笑って光のなかに進んでいった。今度は夜叉姫が拳を突き上げて、宮毘羅を見上げて話しかける。
「宮毘羅くん、また組み手の相手お願いね!約束だよ。」
「はは、今度は負けませんぞ。この前と違って鍛えておりますからな」
ニコリと笑い、羅刹に続いて光の中に入っていく夜叉姫を見送った。3人が中に入ったのを確認したかのように、光の穴は小さくなっていった。それに続いて宮毘羅も姿を消した。
光の中を抜けると一面の花園。外界とは全く対照的に鳥が鳴き、蝶がひらひらと舞っている。
先に進むと小さな小屋がみえる、小屋というより庵といったほうがいいかもしれない。そこの入り口に誰かが立っている。
「やあ、夜叉姫ちゃんに羅刹さん。ひさしぶりだね、弥勒様が待っているよ。さ、中に入って。」
「あ、順風耳先生。やっほー元気してた?」
順風耳と呼ばれている男。
すらりと背が高く端正な顔立ち、耳が大きく常に目を閉じている。盲目という訳では無いが気配を常に耳で感じ取れるので、眼を使う必要が無いと思いずっと閉じたままである。弥勒の側近であり話し相手でもある。
「また・・・夜叉姫ちゃんそんな言葉使いを・・・もうすこし女性らしくなさい。」
順風耳はふうとため息をついた。夜叉姫はそんな彼を見て、にひひと笑っている。
「まったく・・・私の教育が間違っていたのでしょうか・・・羅刹さんと同じようにしてきたはずなんですけどね・・・」
夜叉姫と羅刹がまだここで暮らしていた時、彼は彼女等の教育係だったのだ。勉強好きで読書家の羅刹とは対象的に夜叉姫は庭を走り回ったり、弥勒と組み手ばかりしていた。たまに順風耳とも組み手をするのだが、終わると必ず勉強させられるので夜叉姫は数回しか彼とは稽古をしていない。
「順風耳先生、おひさしぶりです。」
羅刹はアリサを抱えたまま、順風耳に会釈をした。すると彼も会釈をし羅刹に微笑んだ。
「羅刹さん、久しぶりですね。ますます女性らしくなって。」
彼女は顔を真っ赤にして、照れている。羅刹が顔を真っ赤にして照れるなんて滅多に無い。
「いやだわ、もう〜先生ったら。そんなセクシー&クールビューティだなんて〜まあ、ちょっとは自身ありますけどー改めて言われると照れちゃいますよ〜」
そこまで言ってませんよと、突っ込みを入れそうになったが、はははと引きつった笑いを浮かべている。この子の暴走癖も直っていないなと。彼は羅刹が大事そうに抱きかかえているアリサの方に顔を向けた。
「ふむ、この子ですね・・・今のところ命に別状はありませんが、酷く衰弱していますね。はやく弥勒様に診て貰いましょう。」
順風耳に続いて、夜叉姫、アリサを抱えた羅刹と庵の中に入っていく。長い廊下を進んでいくと大きな扉があり、そこで彼らは立ち止まった。
「順風耳です。弥勒様、夜叉姫ちゃんと羅刹さんを連れてきました。」
中から、おうと声がすると大きな扉が音も無く開いた。彼らが中に入るとそこには老人がいる。
「やっほ〜よくきたな〜まぁこっちこいや〜(ズズッ)」