序章 4
時間を遡って、伐折羅とザックが酒場で出会った頃。砂漠の小屋で2人の少女がきゃっきゃと騒いでいる。
「いーやーだー、今日は別に入らなくてもいいでしょ!」
夜叉姫がテーブルの足にしがみついて、だだをこねている。羅刹は彼女の襟足を捕まえてグイグイと引っ張る。
「いい加減にしなさい!お風呂は毎日入るものなの!女の子なんだから毎日綺麗にしておきなさい。」
夜叉姫は顔をぷくーと膨らませて、羅刹の方を振向き、舌をだしている。
「やだもん!体洗うと、匂いが消えちゃう!」
「あんたは犬か!全く、毎度毎度同じことの繰り返しで!この後私がどう出るか・・・判らないあんたじゃないよね。」
羅刹は風呂嫌いの子犬から手を離し、拳をポキポキと鳴らしている。
「お風呂入ってきなさい・・・」
その殺気を感じとったのか風呂嫌いの子犬は、恐る恐る羅刹の方を見上げた。鬼がいる、そこに鬼がいる。
「い、いや、でも、あの、そ、その・・・」
ますます羅刹の殺気のオーラが大きくなっていく。まーだわからんのかこのガキはと言う感じで。
「入るの?入らないの?」
もう殺気のオーラで人が殺せそう。子犬はすくっと立ち上がり直立不動で、敬礼をした。
「入ります!入らせていただきます!」
すると殺気に包まれた小屋は、ぱあっと穏やかな空気に満ちていった。
「そう?よかった。ちゃんと肩までつかるのよ。体もちゃんと洗って下着も替えなさいよ。」
羅刹は夜叉姫に着替えを渡し、鼻歌を歌いながら夕食の準備にとりかかった。
「まったく、なんで毎日毎日風呂なんか入らなくちゃいけないのよ・・・」
夜叉姫が服を脱ぎながら、ぶつぶつ言っていると台所から殺気のこもった鬼の声が聞こえてきた。
「なんかいった?」
「いえ!何も言ってはございません!」
何で聞こえたの?と思いながらそそくさと服を脱ぎザブンと風呂につかった。
時間は現在にもどる。
砂漠の小屋の前に2人の人影。
「おい、ここで間違いないか?」
ザックは小屋を見据えたまま、連れの少女に語りかけた。
「うん・・・ここに2人の女の人の気を感じるよ。」
腫上がった目で父親の方を見ている、少し心配した目で。また余計なことを言うと父親の機嫌を損ねて折檻されてしまう。
「さあてと、まずこいつで挨拶してみるか。目的の餓鬼どもだったらいいんだけどな。」
ザックはカバンから発破を取り出し、火を点けた。
「一発目で死んでくれるなよっと。」
火のついた発破を小屋の前に放り投げた。すると暫くしてしゅーとした音が消えてドカンと爆音が鳴り響いた。
小屋が爆風できしむ。小屋の中で料理を作っていた羅刹がぎょっとして。
「なに?なに?なにが起こったの?」
風呂に入っていた夜叉姫が服も着ずに、そのまま飛び出してきた。
「羅刹、大丈夫?これ、発破だよ。火薬の匂いがする。」
羅刹に声を掛けてそのまま表に飛び出していった。
「う、うん大丈夫って・・・こ、こらー服ぐらい着なさい!」
せめて下着だけでもと、羅刹は夜叉姫の後を追いかけた。
夜叉姫が勢いよく表に飛び出していくと、仁王立ちで暗闇を見据えた。そこに2人の人影が見える。こいつらか?
「おい!あんたらか?あたしたちの豪邸に発破を放りこんだのは!」
ザックはこのこ汚い小屋のどこが豪邸なんだ、と思いながら。夜叉姫に返答する。
「おー出ててきた、出てきた。どうやら無傷のようだな。」
銃に弾を詰めながら次の準備をしている。ちらりと小屋の方を見ると、全裸の夜叉姫が仁王立ちで立っている。彼はそれを見るとぶっと吹き出し。
「ああ、そうだぜ。ちょっとお前らを始末するように頼まれてな。恨みはないが死んでもらうぜ・・・っていうか、お前服着ろ!緊張感なくなるわ!」
夜叉姫は、はっと我に返り自分の姿を理解し、真っ赤になってさっと胸と股間を手で隠しうずくまった。
「きゃーきゃー!見るなーこのロリコン!」
ザックはムカっときた口調で。
「見るか!そんな凹凸の無い体!なにも感じるか!いいから服着て来い。それくらいの時間はやるから。」
そそくさと夜叉姫が小屋に戻る。続いて羅刹が表に出てきた。
「お?今度は凹凸のある女だな。まぁ餓鬼には変わりないけど。」
「ちょっと!なんなのよあんた達!私たちの豪邸をこんなにしちゃって!」
羅刹はザックらを指差して大声で怒鳴った。もちろん羅刹はちゃんと服を着ている。
ここらじゃ小屋の事を豪邸と呼ぶのか?呆れた顔で銃口をこめかみにあて、ポリポリとかきながら。また同じ事を言わなくちゃいけないのかと思い、はぁとため息をついた。
「ちょっと酒場で知り合った男から、お前らを始末するように頼まれてな。夜叉姫ってのと羅刹だっけか?お前らの事だろ?恨みはないが死んで・・・」
ザックが言い終わるのを待たずに、羅刹が冷静な声で話す。
「いくらで?」
「は?」
こいつらには緊張感ってのがないのか?初めてのケースにザックは調子が狂い始めてきた。
「確かにさっきの凸凹なしのガキんちょが夜叉姫で、ナイスバディ&ビューティな私が羅刹よ。だからいくらの金で私たちの始末を頼まれたの!?」
ザックはもう会話をするのが面倒になってきて、指を3本かざした。
「30万?300万?もしかして3000万?いや、3000万はさすがに無いか・・・いや最近私達の賞金が上がってきているらしいから3000万って事もありうるかも・・・」
羅刹がぶつぶつ言っていると、ザックがため息をついている。一方アリサはきょとんとしながら父親と小屋の少女を繰り返しみている。
彼女にとっても初めてのケース。父親に連れられて何度も仕事の現場を見てきたが、こんなことは初めてだ。アリサはすこし吹き出しそうになる。
「バーカ!3000だよ3000!俺とこいつの酒場での飯代だ。」
羅刹はザックの方を向いて目をぱちくりとさせた。
「3000?3000万じゃなくてたったの3000ギル?ば、ばっかじゃないの?たったの3000ギルで私達を始末しに来たの?」
「ああ、たぶんそのぐらいだ。実際もうちょっと少ないかもな。」
ザックは羅刹に向かって銃をかまえる。もうこれ以上付き合ってられない、といった感じで。
「えー信じられない!そんな3流の殺し屋が私達を始末するですって?悪いこと言わないからとっとと帰りなさい。でないと酷い目に・・・」
言うや否や、ザックが銃の引き金を引いた。弾は羅刹のこめかみの横をすり抜け、豪邸といわれる小屋の壁に穴を空けた。
「きゃ!いきなりなにすんのよ!人がせっかく忠告してやってるのに!」
ザックは首をかしげた。おかしい。たしかに羅刹の眉間に標準をあわせたはずなのに。銃身が狂っているのか?
正確に言えば外れたのではない、羅刹が避けたのだ。四大賢者と言われる弥勒の元で鍛えられた羅刹と夜叉姫にとっては、銃の弾をかわすなど道に落ちている馬フンを避けることとそう大差ない。
するとそこへ着替え終わった夜叉姫が飛び出してきた。
「銃声がしたよ!?羅刹だいじょうぶ?」
「大丈夫、大丈夫。私があんな弾に当たるわけないでしょ。それより聞いてよ、あいつ私達を3000ギルで始末するんだって!」
夜叉姫は顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。
「3000だって!そんな世間知らずな殺し屋さんは懲らしめないとね。羅刹、わたしが相手するよいいよね?」
「うん、まかせた。殺しちゃだめよー」
羅刹は夜叉姫に、いってらっしゃいといい、手を振っている。夜叉姫はツカツカとザックの元に歩み寄っていく。
「てめえ、丸腰じゃねえか。いくらなんでも丸腰の餓鬼は相手しねぇ。なんでもいいから武器になるもの持ってきな!つるぺたちゃん。」
夜叉姫はムッとした。その瞬間ザックの顎に激痛が走り、体が宙に浮いた。彼は何をされたか理解できない。夜叉姫が目にも止まらぬ速さでザックの顎に前蹴りを放ったからだ。
「だれが!」
夜叉姫が腰を深く落とし、拳をくりだす。ザックの体がくの字に曲がる。
「つるぺた!」
かかか、と苦悶の表情を上げているザックのこめかみに回し蹴りを放った。
「じゃー!!」
この間わずか数秒。夜叉姫は汗ひとつかいていない。地面に倒れこんだザックは胃の中の物をすべて吐き出し唸っている。
夜叉姫は鼻息を荒くしながら。
「失礼なヤツめ!お年頃の乙女をつかまえて。凹凸がないとかつるぺたとか、風呂嫌いの犬とか、チンチクリンとか。」
後半のは俺はいってねえ、と思いながら意識が飛びそうなのをこらえている。小屋の方から羅刹の声がする。
「ちょっとーやりすぎちゃだめよー」
「うんわかってるよー軽くひねっただけだからー」
軽くひねっただけだと?冗談じゃねえ、こいつバケモノだ。夜叉姫は拳をあわせポキポキと鳴らしている。こいつ、とどめを刺すつもりか?彼女にはどどめを刺すつもりは無い。わざと拳をはずし相手に恐怖を植え付ける。そうすることで2度と彼女らに向かってこない。
拳を振り上げた夜叉姫の前に1つの影が現れた。アリサだ。
ふるふると震えながら夜叉姫を睨みつけ、両手を大きく広げ父親を庇っている。夜叉姫はその行動にすこしたじろいた。
「パパを・・・パパをいじめないで!!」
アリサが叫ぶと地面がふるふると震えだした。地震?いや、震えてるのはアリサと夜叉姫の周りだけ。するとアリサの周りにある小石が宙に浮き出し、夜叉姫に向かっていった。
始めは避けていた夜叉姫だが、あまりの数の多さに避けきれない。
「え?え?何?何なのこの子?」
痛くは無いのだが、こう無数に小石が飛んでくると鬱陶しくてかなわない。
小屋からその状況を見ていた羅刹が、驚いた表情でつぶやいた。
「な、何なのあの子・・・まさかサイキッカー?」
夜叉姫にぱしぱしと無数の小石があたる。暫くして当たる小石の数が減ってきた。そうしてポトポトと小石が地面に落ちていった。
時間にして4〜5分といったところか。するとアリサは力尽きたのか地面に倒れ気を失った。
「うー、びっくりしたあ・・・何が起こったっていうのよ・・・」
夜叉姫は体に付いた埃をぱんぱんと叩きながら、倒れこんだアリサをじっとみている。するとそこへ羅刹が駆け寄ってきた。
「大丈夫?夜叉姫。」
「あたしは大丈夫だけど、この子が。羅刹この子いったい何なの?」
羅刹は腕組をしながら倒れこんだアリサをジロジロみている。
「私も判らないわよ・・・たぶん弥勒様が言っていたサイキッカーじゃないかと・・・あー!」
周りを見渡すと3人しかいない。夜叉姫、羅刹、倒れこんでいるアリサ。いないのだ、このどさくさに紛れてザックは体力を回復させ逃げ出したのだ。
「しんじらんない!自分の娘を置き去りにして逃げるなんて!」
「え?この子あいつの娘だったの?」
夜叉姫は、うんと頷いてしゃがみこみ、アリサの顔に耳を近づけた。
「大丈夫みたい。気を失ってるだけみたいだよ。」
「とりあえずこの子、小屋に運ぶわよ。手当てしてあげないと。」
羅刹はひょいとアリサを抱きかかえ、小屋に戻っていった。