三章の3 格闘技はできないのなの
彼女等の目の前には、四大賢者と呼ばれる『観音』がいる。先ほど酒屋の前で、たった3000ギルの焼酎が買えなかった女性が、自分達が探していた人であると。街に着いた途端に目当ての人に巡り会えるなんて、こんな幸運はない。幸運なのだが、いまいち彼女達は喜べない。なぜだろう、理由は解らないがそんな気持ちがする。
観音は、改めて彼女達に問いかける。
「で、なんでワシに会たかってん?」
3人はまだ、信じられない表情をしている。それもそのはず彼女達が育った地では、四大賢者と言うものはおとぎ話や伝説の類とされている。架空の人物とされている人を目の前にして、3人は言葉が出ない。
「おーい。聞いてるかー?」
自分の問いに返答がないので、観音は両手を口にあててもう一度いった。
最初に我に返ったのは、イリスだった。彼女はとりあえず、挨拶しなければと思い深々と礼をした。
「お、おは、お初にお目にかかります。わた、私達は東勝神州の高校生で、夏休みの自由研究の為に西午賀州におられる、四大賢者の1人観音さまに会いにきました。こ、こんなにすぐにお会いできるなんて、し、幸せであられますです。」
イリスの挨拶は、ほとんど何を言っているのかわからなかった。観音は、クスクスと笑いながら返礼をする。
「ははは。おっと失礼、丁寧な挨拶ありがとさん。その高校生さんらは、自由研究ってヤツでワシを観察にきたんか?」
次に我に返ったのは、セレーネ。彼女は、観音の言葉を聞いて返答する。
「い、いいえ違います。ぼくたちはある本を読んで、『ASHURA』の存在を知り、その所在を知っているのは四大賢者だと書いてあったので会いに来たんです。」
「ふーん・・・なんやお前らもかいな。」
観音が、ぽつりと呟いたのをイリスは聞き逃さなかった。
「お前らも?」
「ああ、こっちの事や気にすな。そんで『ASHURA』を探してどうする気や、願い事でもあるんか?」
イリスとセレーネは、お互い顔を見合わせた。今回の旅は四大賢者に会うためで、願い事など2の次だったからだ。
「ぼくは、願い事なんて別にないんです。なんて言うか、『ASHURA』探しって面白そうだと思って。」
「私も別に願い事は無いんですけど・・・しいていえば、幼い頃生き別れた姉に会えるなら・・・」
イリスはちょっと俯いて、悲しそうにしている。セレーネは、この話を以前聞かされている。彼女はイリスの肩に手を置き、大丈夫よと言うような顔をして慰めている。
「よっしゃ、だいたいの事情はわかった。せやけどタダで教える訳にはいかんで。」
最後に我に帰ったのは、アテナだ。そして、思い出したかの様にしゃべりだす。
「3000ギル返してなの!」
アテナは手を突き出して、頬を膨らませて怒っている。
「ちょっとまて、その金はワシに会わせたちゅう事でチャラやないかい!」
空気の読めへん譲ちゃんやな、と思いながら観音は呆れている。彼女は、気を取り直して話しを続ける。
「ワシはな、格闘技が好きなんや。そこでやワシと試合して、勝てたら『ASHURA』の事を教えたる。」
3人は、観音の提案に驚いている。
「か、格闘技って、無理ですよ!私達、普通の女子高生ですよ?そんな試合なんて出来るわけないですよ。」
それを聞いた観音は、つまらなそうな顔をして呟いた。
「なんや、しょうもない。せやったら『ASHURA』の事は諦めるしかないな。」
冗談じゃない、せっかくここまで来て何もないまま帰れはしない。だが、観音と試合をして勝利するなんてのは無理な話である。
3人は、顔を見合わせて相談をし始めた
「どうする?何かいい方法はないかな。」
「どうするったって・・・格闘技の試合なんて無理だよ。なあ、アテナ。」
「・・・・・・」
イリスとセレーネが話し合っている間、アテナは考えている。すると何か閃いた様で、観音に近づき話しかけた。
「ねえねえ、観音のおねーちゃん。聞いてほしい事があるのなの。」
「ん、なんや?言うてみい。」
アテナが、観音の言葉を聞いて再び話し始める。
「アテナたちね、格闘技はできないのなの。だったら、何か他の勝負事ならできないかなの」
「他の勝負?たとえば?」
観音が、珍しそうな顔をしている。今まで彼女の提案を断ってきたの初めてだったので、どうしていいかわからないといった感じである。
「たとえば・・・しりとりとかどうなの?」
「しりとりー?あほか、んなもんできるかいな。」
これはさすがに子供っぽかったか、とアテナは断念した。では、次の提案とアテナは言う。
「じゃあじゃあ、椅子とりゲームはどうなの?アテナ得意なの。」
「却下。」
即答されてしまった。自分が得意なゲームを断られて、アテナは困っている。アテナは暫く考えて、最後の手段とばかりに提案した。
「だったら、かくれんぼ!これしかないのなの!!」
「かくれんぼ?かくれんぼねえ・・・」
観音は暫く考えて、ニコリと笑っていった。
「よっしゃ、かくれんぼにしようやないか。他の2人もそれでいいか?」
イリスとセレーネは、急に話をふられてドギマギしている。
「え?いや・・・あの、はい・・・それでいいです。」
2人は、思わず賛成してしまった。でもまあ、反対する理由も見当たらないのでアテナの提案に乗ることにした。
観音は、2人が賛成した事を聞いて、手をパンと叩き話し始めた。
「じゃあ、かくれんぼに決まりや。細かい取り決めは、今日はもう遅いから明日にしようやなか。3人とも今日は泊まっていき。」
3人は客間に通され豪華な夕食を食べ、大浴場に入ったり手厚い歓迎をうけた。彼女達は大満足で、ここまでしてもらっていいのか?と思ったが観音の好意に甘えた。そして、就寝する前に3人は明日の事を相談し始めた。
「かくれんぼかあ・・・アテナ、勝算はあるの?」
イリスは、パジャマに着替えて髪を梳かしながらアテナにたずねる。
アテナは、持ってきた熊のぬいぐるみを抱えながら座っている。そして、きょとんとした顔で答えた。
「勝算?そんなもの無いのなの。」
「えー無いのかよ!どうするんだよ明日。」
セレーネは、下着姿で胡坐をかきアテナに問い詰める。アテナはちょっと、ムッとして答える。
「だったらどうしろって言うのなの!かくれんぼいいじゃないのなの、観音のおねえちゃんも賛成してくれたなの。」
2人が言い合っているのを、イリスは間に入って制した。
「まあまあ、2人ともケンカしないで。とにかく、明日に備えて今日は寝ましょうよ。」
3人は、明日に備えて寝ることにした。明日の事は、明日考えることにして。
夜が明けた、彼女達は朝食を食べ大広間に通された。すでに観音は椅子に座って、彼女達を迎た。観音は昨日のドレス姿と違い、タンクトップにショートパンツというラフな格好をしている。
「おはようさん、どうやゆっくりできたか?出来るだけの事させてもらったつもりやけど、なんか不都合なことなかったか?」
イリスたちは、深々と礼をして答えた。
「十分満足できました、ありがとうございます観音さま。」
「そうかいな、よかったわ。さ、かくれんぼ始めよか。その前に取り決めを話しておくわ。」
3人は、ゴクリと喉を鳴らして観音の言葉をまった。
「まず、普通のかくれんぼとは違うで。隠れるのはワシ1人だけや、それをおまえら3人が見つける。隠れる場所はこの屋敷内、言うても1階だけやけどな。ここの大広間、看護室、厨房、倉庫、書庫、それと4つの客間や。時間は・・・そやな9時から夜の9時までの12時間。その時間内にワシを見つけたら、お前らの勝ち。見つけられへんかったら、ワシの勝ちちゅうこっちゃ。どや、異存はないか?」
彼女達は、顔を見合わせてこれなら勝てるかもしれないと思った。
「わかりました、それでいいです。」
観音は、ニッコリと微笑み彼女達に再び話しかけた。
「そうか、異存はないか。ああ、それとな一応1対3やからワシに不利や。そこで1時間経過する事に、この輪っかがお前らの身体に自動的に装着される。」
観音が、椅子の下から取り出した輪を3人に見せた。セレーネはそれを受け取ったが、結構な重さがある。
「ははは、重いやろ。それ1個が3kgあるねん、それがお前らの身体のどこかに付くちゅう訳や。1人につき4つ、3人目の身体に4つ目の輪が付いた時そこで終了ってことや。」
そんな事は最初に言ってくれ、と思ったがもう後には引けない。彼女達は覚悟を決めて、もう一度返事をする。
「わ、わかりました・・・」
「よっしゃ!ほなこれでいこか。あと15分後に始めるで、準備はいいか?」
こうして、変則かくれんぼが始まろうとしている。はたして勝利するのは、観音か、イリス達か・・・