表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

二章の4 観音様・・・下着見えてますよ



 呼び止められた夜叉姫やしゃひめ般若はんにゃは身構えた。先ほどの羅刹らせつと、伎芸天ぎげいてんの死闘をみて動揺している。

彼女達は出来れば羅刹らの傍にいたい、だが『ASHURA』の事を聞きだすには観音かのんとの試合に勝利しなければならない。

その葛藤が、彼女らを動揺させる。それを見透かしたように観音は静かに微笑み、彼女ら安心させる。

「大丈夫やって、心配いらん。あの使用人達はこんなん慣れとる、任しとったらええ。それより赤毛のねえちゃん、今度はおまえの番や。早いこと、始めよやないか。」

夜叉姫は、覚悟を決めた。もう、後には引けない。観音に勝利することが、一番の解決策だと。

「わかったよ、観音さま。いや、徳さん。」

普段は明るく、陽気な夜叉姫が真剣な顔をしている。般若は心配している。付き合いは短いが、自分の事を妹と言ってくれた人だ。

今では、本当の姉の様に思っている。羅刹があんなことになってしまって、般若は気が気ではない。

「夜叉姫・・・だ、大丈夫だよね?絶対無理しないでね。」

夜叉姫は、にっこり笑って答える。

「大丈夫だよ、あたしは強いんだから!」

精一杯強がって見せたが、内心不安で仕方がない。伎芸天にあんな格闘術を教えた観音だ、当然かなりの使い手に違いない。だが般若の手前、不安を見せるわけにはいかない。覚悟を決めた夜叉姫は、観音に近づく。

「こっちは、いつでも行けるよ。さあ、やろうよ。」

「ほう、ええ眼つきやな。覚悟は出来たみたいやな。」

2人は、部屋の中央に歩き出した。夜叉姫は弥勒に貰った籠手こてを、かちんかちんと合わせている。彼女の籠手を見た観音は、感嘆の声を上げた。

「その籠手、弥勒のもんやんけ。さっきのねえちゃんといい、お前といい、よっぽど弥勒に気に入られとるな。」

夜叉姫は、観音の言葉に答えない。両手を前方に構え、いつでも闘える準備だ。

「よっしゃ、始めるで。」

観音の開始の合図がかかった。夜叉姫が構えているにもかかわらず、観音は腕を組み、ただ立っているだけ。

「どうしたの、なんで構えないの。」

観音はとぼけた顔をして、答える。

「ああ、これか?気にすんな、これがわしの構えや。早いことかかっておいで。」

夜叉姫は、一層緊張した。わかっていたのだ、観音と対峙してから刺すような気をビリビリと感じる。手を出したいが出せない、しかし出さなければ勝つことが出来ない。あせる気持ちが、彼女の決心を鈍らせる。

「おーい、どないしてん。にらめっこしててもしかたないやろ?けえへんねやったら、こっちから行くで。」

夜叉姫の額から、汗が流れる。行きたいが行けない、構えて様子を伺うことしか出来ない。その時、一瞬だが観音が目をそらした。

彼女は疾風の如く駆け出し、観音との間合いを詰める。ふところに飛び込んだ彼女は、無数の拳を繰り出した。

観音は左手を出し、それらをことごとく受け止める。夜叉姫が最後に放った拳を掴み、彼女に向かって話し出す。

「ははは、ひっかかったな。なかなか手え出してこんから、隙をつくったんやけど。見事にひっかかったな。」

拳を掴みながら観音は余裕をもって話すが、夜叉姫の顔は苦痛に歪んでいる。それもそのはず、彼女の拳は物凄い握力で締め付けられているからだ。夜叉姫は、堪らず観音の左手に蹴りを放つ。それを感じ取った観音は、手を離す。放たれた蹴りは空を切ったが、夜叉姫の拳は開放された。

 開放された拳を、夜叉姫はさすっている。骨には異常はない様だが、暫くは動かせないだろう。拳をぶらぶらさせながら、彼女は考える。このままいってもただ悪戯いたずらに体力を消耗するだけ、ならば短時間で一気に決めるしかないと。

夜叉姫は腰を落とし、下腹に力を込める。ふるふると身体が震え、彼女の周りの空気がびりびりと張り詰める。一瞬の間があき、夜叉姫の琥珀こはく色だった眼が赤くなった。

「ふー。ふー。虚空こくう・・・夜叉明王撃やしゃみょうおうげき!!」

放たれた弾丸の様に、夜叉姫は観音に飛びかかっていった。爪を立て、獣の様な掌低しょうていを繰り出す。先ほどの攻撃とは比べ物にならないほど、速さと殺気がこもっている。普段のあどけない夜叉姫からは、想像も付かないほど鬼気迫る表情をしている。

だが、観音の身体には一切ふれない。夜叉姫の変貌ぶりに、彼女はぽつりと呟く。

「弥勒のボケ・・・こんな子供に『虚空夜叉明王撃』なんか教えやがってからに・・・」

夜叉姫は後方に下がり、止めとばかりに渾身の力を込めて飛び上がった。もはや獣と化した彼女は、観音という獲物に向かって行った。

ふうと、ため息を付いた観音は、初めて構えをとった。

鉄波千手観音掌てっぱせんじゅかんのんしょう・・・」

前方に構えた掌を、一気に突き出す。気をまとった掌から幻影がみえる、その幻影は拳の様な形状をし、観音の掌から放たれる。

それは無数にあり、名前のごとく千はあろうかというものだった。それが上空にいる夜叉姫に、上下左右と向かっていく。逃げ場のない彼女に、それはことごとく当てられた。夜叉姫は悲鳴をあげ、力尽き落下していった。

「わるう思いなや。こうでもせんと、おまえは自分の技に身体を犯されてまうとこやった。あの技は、おまえのような子供が使うもんやない。全く・・・『芭蕉旋風脚ばしょうせんぷうきゃく』といい、『虚空夜叉明王撃』といい。弥勒のボケは何考えとんねん。」

観音は歩きながら独り言のように、ぶつぶつと言い夜叉姫の傍に近づいていった。その時、後方から凄い殺気を感じた。

「なんや、この殺気は・・・」

振り返ると、殺気を発していたのは般若だった。彼女は、宮毘羅くびらから貰ったクナイを念動力で宙に浮かせ観音を狙っている。

「よくも・・・よくも・・・」

般若は我を失っている。よく考えてみれば、観音を恨むのは筋違いなのだが、幼い彼女にはそれが理解できない。

姉と慕っている彼女達が倒れてしまった今、敵をとるのは自分しかいない。自分にはそれが出来る。

4本のクナイは、観音を狙っている。身構えた般若がクナイに気を送る、待っていたとばかりにクナイは解き放たれた。

上方から2本、左右から1本づつ観音めがけ飛んでくる。

「ちっ!」

観音はそれらをかわす、が意思を持ったかの様なクナイ達は間髪いれず襲いかかる。らちがあかないと思った彼女は呟く。

闘舞とうぶ韋駄天いだてん

そう唱えると観音は、速度を加速した。般若は観音は消えてしまったと思い、動揺している。その時、自分のすぐ後ろに気配を感じた。

だが、感じた時にはもう遅かった。観音は手刀で、般若の首筋を軽く打ちつけた。そのまま般若は気を失い、4本のクナイも地に落ちた。

「このジャリん子、『念動力』の使い手やったんか。つくづく恐ろしいガキどもやで。」

観音は夜叉姫、般若を両肩に抱え看護室へと歩いていった。


 どれくらい時間が経っただろう、しばらくして羅刹が目を覚ました。上半身を起こし自分の身体を見る、手厚い治療がしてあり痛みもほとんど無い。横をみると伎芸天にも同じく寝ている、彼女にも手厚く治療がしてあり寝息を立てている。それを見た羅刹は、ほっとしている。

「おう、目え覚めたか。身体からだは痛とうないか?」

椅子に腰掛け、大股を開き1升瓶を抱えた観音が声を掛けてきた。羅刹は観音にお辞儀をして、真っ赤な顔をして話しかける。

「は、はい・・・大丈夫です。あ、あのそのう・・・観音様・・・下着見えてますよ・・・」

観音は自分の姿をみて、高笑いをした。

「ははははは!かまへん気にすな。それに今は観音は眠っとる、徳次郎でかまへんよ。ええ乳したねえちゃん。」

気にするなって言われても、そこまで開けっぴろげにされると同じ女性としてもさすがに照れる。1升瓶を口につけ、グビリと飲み観音は羅刹に問いかけた。

「おまえら、あんまり無茶しなや。今回はこれ位ですんだけど、ちょっと間違とったらこんなもんやすまんかったで。」

「はい・・・すいません・・・」

観音は羅刹を、じっと見てため息をついた。そしてまた酒を飲みながら、真剣な顔をして言った。

「あんまり良く解ってないみたいやから、はっきり言うたるわ。おまえら『芭蕉旋風脚』と『虚空夜叉明王撃』な、あれはもう使うな。おまえの技はともかく、赤毛のねえちゃんには絶対使わせたらあかん。あれはあんな子供が使う技やない、あれは自分の殺気を増幅させて、相手を殺すまで止まらん技や。あんな年端もいかん子が、人を殺めるなんて事したらあかん・・・」

羅刹は、ただ黙って聞いている。だったらなぜ弥勒様は、私達にあんな技を教えたのだろう・・・いろんな事が、ぐるぐると頭の中をめぐる。だが、答えはでない。ふと気づき、羅刹は観音にたずねた。

「かの・・・いえ徳次郎さん。夜叉姫と般若は?」

「ああ、あいつらな。ジャリん子はまだ眠っとる、赤毛のねえちゃんは・・・」

言い切らないうちに、部屋の外からドタドタと走ってくる音が聞こえてくる。勢いよく扉が開き、夜叉姫が走りこんできた。

「羅刹ー羅刹!大丈夫、大丈夫なの?」

夜叉姫は羅刹に抱きつき、子犬の様にじゃれついた。羅刹は彼女の頭をなでて、にこりと笑う。

「大丈夫よ、心配しないで。それよりあんた、徳次郎さんと試合しなかったの?」

「したよ、したけど負けちゃった!徳さんすごいんだよ〜すっげー強いの。」

観音は、2人のやり取りを見て微笑んだ。

「ところで、約束の事やけどな。一応ワシらの勝ちや、『ASHURA』の事は教えられへん・・・と言いたいところやけど、もう1回機会をやる。」

羅刹と夜叉姫は、不思議そうな顔をしてたずねた。

「機会って・・・何ですか?」

「まあ、その話は明日にでもしようやないか。今日はとりあえず休んどき、ほなワシはこれで失礼するわ。」

観音はそう言って、部屋を出て行った。羅刹らは、少し不安ながらも希望が見えたきた。



 夜が開け、観音は羅刹ら3人と伎芸天を大広間に集めた。使用人たちの治療は完璧で、彼女達はすっかり回復している。元々、彼女達の人並みはずれた回復力も手伝ったのだろうが。

観音は彼女達の前に立ち、悪戯っぽい目をして話し始めた。

「昨日も言うた通り、おまえら3人はワシとの勝負に負けた。せやけどおまえらは、中々見込みがある。そこでや、おまえらに『闘舞』を覚えてもらう。それを習得したら、『ASHURA』の事を教えたる。どや、悪い条件やないやろ?」

伎芸天は、びっくりした顔をしている。

「観音様、それは無茶でございます!少なくとも『闘舞』を習得するには、5年以上かかります。」

3人は揃って、目を大きく開けて口々に文句を言い出した。

「ちょ、ちょっとまってよ。5年ってそんな時間ないよ!」

「そうです!私達は一刻もはやく、『ASHURA』を見つけ出したいんです!」

「2人の言うとおりだわ、わたしには『念動力』があるのよ!『闘舞』なんて必要ないわよ。」

羅刹らが、ぎゃーぎゃー言っているのを一喝いっかつする。

「じゃっかしいわい!なにも『闘舞』の全てを習得せえ言うてへんわい。ええ乳したねえちゃんと、赤毛のねえちゃんの技は昨日言うたように使ったらあかん。そこで、『闘舞』を覚えてもらう。それにな、『闘舞』はなにも格闘術だけやない心身を鍛える技もある。」

彼女は、こほんと咳払いをして話を続ける。

「そこでや、ええ乳したねえちゃんには『闘舞黒闇天とうぶこくあんてん』を覚えてもらう。おまえは足技が得意な様やからな、うってつけや。赤毛のねえちゃんは『闘舞不動明王とうぶふどうみょうおう』、これは自分の力を倍増させる技や。最後にジャリん子、おまえは頭に血がのぼるとなにするかわからん。そんなおまえには、『闘舞弁財天とうぶべんざいてん』。これは心を落ち着かせる技や、まあ明鏡止水めいきょうしすいごとくってこっちゃな。」

羅刹は、手を挙げておずおずとたずねた。

「その技をかの・・・じゃなっかた、徳次郎さんが教えてくれるんですか?」

観音は、即答する。

「うんにゃ、ワシは教えへんで。」

その言葉を聞いた般若は、くってかかる。

「ちょっと待ってよ!だったら誰が教えてくれるっていうのよ!!」

「話は最後まで聞け、こっから東に50kmほど行った所に『象頭山ぞうずざん』って山がある。そこが『闘舞』の修行の場になっとる、そこで各々の技を習得してこい。」

伎芸天は心配そうな顔をして、彼女らに話す。

「みなさん、頑張ってくださいね。みなさんなら、短期間で習得できます。私はここで、お帰りをまっていますから。」

観音は伎芸天の頭を、こつんと叩き話す。

「どあほ、おまえも行くんや。」

「えーーーー!!?」

伎芸天は、おおきな口を開けて驚いた。観音は、それを意にも介さず話を続ける。

「おまえは『闘舞摩利支天とうぶまりしてん』を完璧にしてこい。ついでに『闘舞韋駄天』も習得してきたらええ。」

「そ、そんなあ・・・私は2つも習得するんですかあ・・・」

伎芸天は、がっくりと肩を落としうな垂れている。

「そうと決まったら、早速行って来い。伎芸天、案内はおまえに任せたからな。」

「はい・・・かしこまりました。それではみなさん・・・出発しましょうか・・・」



 彼女達は観音の屋敷を後にし、修行の場である『象頭山』を目指した。

羅刹は、『闘舞黒闇天』を習得する為に。

夜叉姫は、『闘舞不動明王』を自分の物とする為。

般若は、『闘舞弁財天』で心の安定を得るために。

案内役の伎芸天は、『闘舞摩利支天』を完璧にし、ついでに『闘舞韋駄天』を得る為に。


 恐らく大変な事に成るであろう、だが彼女達は何も知らない。修行というのは、そういうものと昔から決まっているのだから・・・



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ