二章の3 浪速(なにわ)の徳さん
3人は観音見て、戸惑っている。たしかに観音は女性と聞いていたのだが、ここまで容姿端麗な女性だったとは予想もしていなかった。
3人が言葉をなくしている時、観音は不思議そうにしている。
「なんじゃ?お主らどうしたのじゃ。そう堅くならずともよい、楽にいたせ。」
ほほほ、と観音は微笑を浮かべる。その様はまるで天女の様で、その溢れる気品は神々しくある。
我に返った羅刹は、丁寧にお辞儀をした。夜叉姫と般若はそれを見て、慌ててお辞儀をする。
「し、失礼いたしました。わたしが羅刹でございます。こちらの小さい子が夜叉姫、もっと小さいのが般若と申します。大賢者の1人であらせられる観音様にお初にお目にかかれて、大変嬉しく思っております。」
羅刹の挨拶に、2人はちょっとカチンと来た。が、羅刹から発せられる緊張感たっぷりのオーラが2人を黙らせた。
伎芸天が観音の傍らに近づき、そっと扇子を渡す。扇子を手にし、少し広げ口元を隠し話し出す。
「丁寧な挨拶痛み入る。お主ら、『ASHURA』の事でわらわの所に来たのじゃったな。」
「はい。さ、左様でございます。弥勒様が仰られるには、観音様は『ASHURA』について何か知っているのではないか。と、言うのでこうして会いに来たわけでございます。」
観音は扇子をぱちんと閉じ、深海の真珠のような頬に当てている。そして、少し悪戯っぽく話した。
「確かに『ASHURA』について知ってはおるが・・・ただで、と言う訳にはいかぬぞ。」
夜叉姫が、親指と人差し指を丸くあわせ。観音にたずねた。
「これ?」
観音は、ぷっと吹き出した。そして、軽く微笑んで夜叉姫に答える。
「なんじゃそれは?ああ、金か。違う、違う。金などいらぬわ。」
次に般若が、顔を真っ赤にしてたずねる。
「わかった!わたしの身体ね。」
「違う、お主の様な童女に興味はない。」
最後に羅刹が、意を決した顔をして。
「わかりました、私がお相手いたします。ここまで来て、手ぶらで帰るわけにはいきません・・・一晩だけなら・・・」
「違うとゆうに!お主ら気は確かか、わらはにその様な趣味はない!」
なんだ違うのか、この手のタイプはてっきり・・・羅刹と般若は、そう思った
観音は呆れた顔をして、ため息をついている。伎芸天はそれを見て、声を殺して笑っている。観音にこの様は対応をしてきた者を、初めて見たからだ。それを観音は見逃さず、伎芸天をジロリと睨み話を続けた。
「全く・・・金も、お主らの身体もいらぬわ。わらわは大の格闘好きでの、自分でするのも見るのも大好きなのじゃ。この部屋にある剥製があるじゃろ?これらは全て、わらわが退治してきた物なのじゃ。」
3人は、部屋に飾られてある剥製を見渡した。どれもこれも、般若の3倍はある物だった。その全ては子供でも知っている位、獰猛で恐れられている物ばかりだった。彼女たちは感嘆の声を漏らしている。
「そこで、提案がある。わらわ達とお主らが試合をして、お主らが勝てば『ASHURA』の事を教えてやろう。」
羅刹は、ちょっと考えて他の2人を見た。
「どうする?私は構わないけど・・・」
夜叉姫も、別に困った顔をする訳でもなく話す。
「いいんじゃない。勝てばいいんでしょ?」
2人の様子に戸惑っている般若は、慌てて話し出す。
「ちょっとちょっと!冗談じゃないわよ。わたし武道の心得なんかないわよ!」
羅刹は、困った顔をして考えてる。少しして、羅刹は観音にたずねた。
「観音様、ちょっとよろしいでしょうか?」
「なんじゃ?申してみよ。」
羅刹は申し訳なさそうに、話を続ける。
「私と夜叉姫は武道の心得がありますが、こちらの般若はまだ幼く、武道の心得がございません。私と夜叉姫で、試合をさせて頂きたいのですが・・・」
観音は優雅に微笑んで、羅刹の提案に答える。
「ああ、かまわぬぞ。それではこちらも2人で応えようぞ。そうじゃな、1人はわらわが相手をするとして・・・うむ、伎芸天。お主が相手をいたせ。」
急に話を振られた伎芸天は、びっくりした顔をして戸惑っている。
「え?私でございますか?そんな無理です!羅刹様達と闘うなんて、無理でございます!」
観音は伎芸天の願いを意に介さず、にっこり笑って彼女に話す。
「何を言っておるか、お主の実力はわらわが一番よく知っておる。なんだったら、お主1人であやつらを相手にしてもよいのだぞ?」
扇子を口にあて、ほほほと笑っている観音をみて、般若がくってかかった。
「ちょっと待ちなさいよ!ぎっちゃんも強いかもしれないけど、羅刹と夜叉姫もそうとうなもんだからね。ぎっちゃんや、年増のおばさんなんかに負けるわけないじゃない!」
般若の言葉を聞いた観音のこめかみの血管が、ぴくぴくと動いた。
「今、なんと申した。もう一度いってみよ・・・」
般若は、すこしムカッときて一気にまくしたてた。
「何度でも言ってやるわよ!年増のおばさんって言ったのよ。わたし達からみたら、あんたなんかおばさんじゃない。ちょっとスタイルは良いけど、結構若作りしてるみたいだし。おばさんが気に入らなかったら、ばばあとでも呼んであげましょうか?」
観音は、ぶるぶると震えだし異様なオーラを発している。それを感じ取った伎芸天は、慌てて般若に話しだした。
「だめです!駄目です般若様!!あやまってください、早く謝ってくださらないと大変なことに。」
大広間は、観音が発したオーラに満たされた。すると鮮やかな黒髪がみるみるうちに、銀色に変わっていった。するといままで優雅だった観音が荒々しい顔つきに変わり、鋭い目つきで3人を見据えた。
「おい、コラわれ。言うてはなんらんことを言うてもうたな。」
顔つきだけではなく、口調まで変わってしまっている。その横で伎芸天が、頭を抱えて手遅れだったという顔をしている。
「ああ・・・もう遅かったようですね。」
羅刹らは、観音の変貌振りに唖然としている。急な展開についていけず、頭を整理しようとし、羅刹はとりあえず伎芸天にたずねる。
「ちょ、ちょっと、ぎっちゃん。どういうこと?どうなっているの。」
伎芸天は、羅刹らに駆け寄りため息混じりに話した。
「実は観音様は、多重人格でして。普段は優しくて凛としている人格なんですが、自分の美しさを否定されたり、年齢の事とかを言われるともう1つの人格が現れるのです。今、私達の前にいるのは浪速の徳次郎、通称『浪速の徳さん』です。徳さんは主人格の観音様と違い、荒々しくて下品なんです。そして、こよなく焼酎を愛しています。」
最後の焼酎はどうでもいいとして、羅刹はもう一度伎芸天にたずねてみた。
「どうやったら元の観音様にもどるの?」
「ああなってしまったら、当分の間は徳さんのままです。早くて5日、長いと1ヶ月はあのままです。」
伎芸天と羅刹らが話をしている様子を見て、観音はイライラしだして大声で怒鳴った。
「おのれら、さっきからなにをグチャグチャ話しとるんじゃい!ちゃっちゃと始めたらんかい!」
観音は足を大股に開き、下着をあらわにして座っている。そして下着に手を入れ、股間をぼりぼりとかきだした。それを見た伎芸天は、真っ赤な顔をして注意をする。
「ぎゃー!何をなさっているのですか。駄目ですよ、そんなところに手を入れては!」
観音は、面倒くさそうな顔をして答える。
「うっさいわ、ボケ!そんな事より早いこと始めんかい。最初はおまえと、そやな・・・おい、そこのええ乳したねえちゃん。」
羅刹は、自分を指差しきょとんとしている。
「わ、私ですか?」
「おう、そや。最初の試合は、おのれと伎芸天がやるんや。」
伎芸天と羅刹は、お互い見詰め合って苦笑いをしている。
「おい、なにをしとるんじゃ!さっさと始めんかい。」
伎芸天は意を決して、羅刹に話しかける。
「羅刹様、こうなっては仕方がありません。試合を始めましょう。」
「う、うん・・・わかったわ。」
2人は覚悟を決めて、大広間の中央に歩き出した。
2人はお互い距離をとり、呼吸を整えている。そこで、観音から試合開始の合図がかかる。
「よっしゃ、始め!」
開始の合図がかかると、2人は構えた。お互いの間をとり、じりじりと詰め寄る。最初に動き出したのは羅刹。羅刹は長い足を繰り出し上段に蹴りを放つ、伎芸天はそれをぎりぎりでかわし、後方へ下がる。
「あ、あぶなかったです。もう少しで当たるところでした・・・」
羅刹は、さすがにこれは外すか。と思い床を蹴り、一気に間を詰める。そして物凄い速さで、上段、中段、下段と3連続の蹴りを放つ。
伎芸天は、上段と中段の蹴りをかわし受け止めた。だが、下段の蹴りが彼女の足に当たる。バランスを崩した伎芸天を見逃さない羅刹は、伎芸天の腹に向けて拳を繰り出した。まともに拳を喰らった伎芸天は、たまらず床に倒れた。
その様子を見ていた夜叉姫と般若は、歓喜の声をあげる。
「おーさすが羅刹。でもちょっとは手加減してほしいな、ぎっちゃんは友達だもんね。」
「あんた、何いってるのよ!仕方ないでしょ、試合なんだから。勝たないと『ASHURA』の事、聞き出せないじゃない。」
羅刹は、伎芸天の傍らに立っている。彼女を見下ろして、悲しそうに話し出す。
「ぎっちゃん、もういいでしょ?私達、友達じゃない。ぎっちゃんじゃ私に勝てっこないよ・・・」
観音は、イライラしている。そして伎芸天に向かって檄を飛ばした。
「おい、伎芸天!いつまで遊んどるんじゃ。そんなもん、全然効いてへんやろ。早いことあれだして、さっさと終わらせ!」
その言葉を聞いた伎芸天は、ダメージを受けていない様な顔をして立ち上がった。そして床を蹴り、後方にさがり羅刹との間をとった。
彼女は深く息を吸い、静かに息を吐く。しばらく間をおいて、彼女はつぶやいた。
「闘舞・・・摩利支天・・・」
伎芸天は、両の手を前方に構え腰を落とし構えている。そして、物凄い速さで羅刹との間を詰める。間髪いれず伎芸天は、手刀を目にも止まらぬ速さで数発繰り出した。だが羅刹も見事な動体視力で、それらをかわしいなす。しかしかわし損ねた手刀が、羅刹の頬をかすめた。頬には赤い筋ができ、うっすら血が滲んでいる。
「や、やるじゃない・・・ぎっちゃん。かわしたと思ったんだけどね。」
伎芸天は、羅刹の言葉に耳をかさない。ただ黙って、彼女の様子を見ている。夜叉姫と般若が、はらはらしながら見ている。
「どうしちゃったんだろ、ぎっちゃん。さっきと全然雰囲気が違う・・・」
「なんか、怖いよ・・・」
2人の会話を聞いた観音は、くくくと笑い話しだす。
「あれはな、わしがが教えたった『闘舞』っちゅう呼吸法や。今、伎芸天がやっとる闘舞は摩利支天やな。これは自分を一切無くし、ただ相手を倒すことしかせえへん。あいつの前に立っとるのは友達やあらへん、ただの敵になっとる。」
観音の言葉は、羅刹にも聞こえた。すこし、苦笑いを浮かべて構える。
「なるほどね・・・私は敵ってことね。じゃあこっちも本気出すしかないわね・・・」
羅刹は、急に身体の力を抜いた。そして、目を閉じて俯いた。暫くして、羅刹の周りの空気が歪んだようにみえる。
彼女が身体に再び力を込めたとき、暗黒のオーラが部屋中に満ちていった。
「あんまりこれは・・・使いたく無かったんだけどね・・・」
羅刹は構えをとり、片足を上げている。
「芭蕉・・・旋風脚・・・」
上げた片足を、一気に振り上げた。その風圧が、伎芸天めがけて放たれた。その風圧はかまいたちの様で、ぎりぎりかわした伎芸天の横をすり抜ける。標的を失ったかまいたちは、部屋に飾ってある剥製の首を落とし消滅した。
それを見た観音は、にやにやしている。
「へー、あのねえちゃんやりよるなあ。あれ弥勒の『芭蕉旋風脚』やんけ、これは面白なってきよったで。」
伎芸天は、羅刹の放った技をみても眉ひとつ動かさない。一気に間を詰めて、彼女も足技で羅刹に挑む。
そして、お互いの足技の応酬が始まった。肉と肉がぶつかる音、骨と骨が軋む音が部屋中に響き渡る。
汗と血を飛びちらせ、彼女達はお互いに相手の隙をうかがっている。その状態が時間にして20分以上続いた時、2人の動きが止まった。
それもそのはず、お互いにほぼ無呼吸状態で闘っていたのだ。彼女達は、これが最後の技と決めて渾身の力を込めて足技をくりだした。
鈍い音が部屋中に響き渡り、時間が止まったような錯覚すら覚える。2人はお互いの急所を捉え、動きが止まっている。
そのまま彼女達は気を失い、床に倒れこんだ。
「羅刹ー!ぎっちゃん〜!」
夜叉姫、般若は2人の所に駆け寄った。夜叉姫は羅刹の傍らに、般若は伎芸天の傍らに寄り添って心配そうにしている。
観音も彼女等の傍により、拍手をしながら話した。
「2人ともようやった、ひさびさに見る名勝負やった。おまえらそんなに心配すな、気を失っとるだけや。」
観音が、ぱんぱんと手を叩き呼びかける。
「おーい、誰か。この2人を、看護室に連れていったって。しっかり治療したってや。」
数人の使用人がやってきて、羅刹と伎芸天を担架にのせ連れて行った。夜叉姫と般若も付いていこうとするが、観音に呼び止められた。
「おいおい、おまえらどこ行くねん。赤毛のねえちゃんは、わしと試合せな。そこのジャリん子は、見とかなあかんやん。」