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二章の2 ぎっちゃんて呼んでいい?




 3人を乗せた車が、砂漠を抜けた。そこは、見渡す限り草原が広がっている。地平線の向こうに、山の影が小さく見える。

小さな山の影を指差したの夜叉姫やしゃひめは、羅刹らせつにたずねた。

「羅刹、あの向こうに見える小さな山が須弥山しゅみせんなのかな?」

羅刹は地図を広げて、ふむふむと頷いている。

「えーと、砂漠を抜けたところだから・・・私達がいるのがここでしょ・・・うん、そうねあれを目指して走って行こう。」

「おーやっぱり!それじゃとばすね!」

車は速度を増して、草原を走っていく。目的地に近づいてきた事が、否応なしにも3人の気分を上昇させる。


 須弥山がこぶし位の大きさに見えた頃、後部席の般若はんにゃが、2人に向かって話しかける。

「ねえねえ、2人とも。気が付いてる?さっきからずっとつけられてるの。」

夜叉姫と羅刹が、真剣な顔をして頷いている。彼女らも、さっきから気が付いていたのだ。

羅刹が、チラリと後方をみる。彼女が見た方には1台のバイク。それが、彼女らに付かず離れず付いてきている。

夜叉姫は、羅刹にたずねる。

「あれって、完全にあたし達をつけてるよね。」

「そうね私達を狙った殺し屋か、賞金稼ぎってところかしら。」

般若がギョッとして、2人に話しかける。

「ちょっと!殺し屋とか賞金稼ぎってどういうこと?ていうか、狙われてるの?わたし達。」

2人がきょとんとしている、羅刹が後ろを振向いて般若に返した。

「あれ?言ってなかったっけ。」

「聞いてないわよ!まったく、あんた達と行動してると命が幾つあってもたりないわ。」

般若が頬を膨らませ、ぷんぷんと怒っている。夜叉姫は、もう一度羅刹にたずねた。

「で、どうする?あたしがぶっ飛ばしてこようか。」

羅刹が首を横に振る。

「いいわ、今回は私がでる。夜叉姫、止めてちょうだい。」

夜叉姫は車を止めた。羅刹は静かに車から降り、つけてきているバイクを待った。暫くするとバイクが近づいてきて、羅刹の前で止まった。草原に緊張感が走る、つけていた者はバイクを降りて羅刹に近づいてくる。

「ちょっと!さっきから鬱陶うっとおしいのよ。私達を狙ってきたんでしょ?さっさとかかって来なさい。」

黒いヘルメットを被り、全身は黒いレザースーツもまとっている。スタイルから見て、女性のようだ。彼女は羅刹の前に止まってぺこりと礼をした。

羅刹はそれを見て、ちょっと調子を狂わされた。

「な、なに?礼儀正しい殺し屋ね。それによく見ると女の様ね、だからって手加減しないわよ。」

女性は、首をぶるぶる振って否定している。そしてなにか言ってるようだ。

「モゴ、モゴモゴゴ。モゴゴ!」

羅刹はぎょとんとして、女性を見ている。そして呆れた顔をして女性に言った。

「ちょっと、何言ってるかわかんないわよ。ていうかメット取りなさい、付けたまま喋ったってわからないでしょ!」

女性は、はっとして慌ててヘルメットを取った。ヘルメットを取ると、端正な顔立ちをした美少女。彼女は、改めて礼をした。

「失礼いたしました。私は『観音かのん』様の侍女で、伎芸天ぎげいてんと申します。以後お見知りおきを。あなた様が羅刹様でしょうか?」

羅刹は丁寧な挨拶をされ、とまどっている。そして彼女も礼儀正しく挨拶をした。

「は、はい。私が羅刹です。丁寧な挨拶恐れ入ります、こちらこそよろしくお願いします。」

ぺこぺこと、お辞儀合戦が始まった。そして伎芸天は話し出した。

「実はですね・・・」

伎芸天が話し始めたとたん、羅刹が制止した。

「ちょっと待ってください。残りの2人も呼んできますので、話はそれからお願いします!」

「そうですか、それでは・・・」

伎芸天は地面にちょこんと正座をし、背筋をぴんと伸ばして待った。羅刹は、なんか調子狂うなと思いながら車内の2人を呼びにいった。

羅刹に続いて、2人がやってきた。夜叉姫と般若は、伎芸天を見てぎょっとした。困った、今までに無いタイプだ、どうしよう・・・

2人がオロオロしていると、羅刹が伎芸天の正面に正座した。2人もそれにならって正座する。

伎芸天は改めて、3人に礼をした。3人も礼をする。彼女は改めて話し出した。

「それでは改めてご挨拶を、私は伎芸天と申します。『観音』様の下で侍女をしております。初めまして羅刹様、夜叉姫様、般若様。実は、私『観音』様の命を受けて、あなた様方を屋敷まで案内するように頼まれました。いささか御無礼があった様で大変失礼いたしました。」

彼女は、また深々と礼をした。3人もつられて礼をする。夜叉姫がすまなそうな口調で話す。

「こっちこそごめんなさい。殺し屋と間違えてぶっ飛ばそうとしちゃった。」

「いえいえ、こちらこそ。紛らわしい真似をいたしました、どのような罰でも受けますので、どうかご勘弁を。」

般若が、それじゃあ・・・と言いそうになったが止めておいた。この手のタイプは冗談が通じないだろうと。

伎芸天が、すくっと立ち上がり話した。

「それでは、観音様のお屋敷までご案内いたします。私の後についてきて下さい。」

彼女はバイクにまたがり、ヘルメットを被った。3人も車に戻り、伎芸天が走り出すのを待った。だがいっこうに走り出さない。

羅刹はたまりかねて、伎芸天に話しかけた。

「あのーどうしたんですか?」

伎芸天はバイクを降りて、車に駆け寄ってきた。

「モゴモゴ、モゴモゴ。モゴゴ・・・」

だから、ヘルメット取って喋りなさいって・・・と羅刹は言いかけると、彼女は気が付いてヘルメットを取った。

「あ、あの・・・誠に申し訳ないのですが、ガソリンが無くなってしまいまして。よろしければ乗せて頂けないでしょうか?」

3人は車内で、ずっこけた。4人は車にバイクを積んで、走り出した。後部席には羅刹と伎芸天、助手席に般若を乗せて。


 後部席では、真っ赤になってうつむいている伎芸天が申し訳なさそうに話した。

「申し訳ありません・・・私ったら本当にドジで。観音様にもいつも怒られてるのに・・・」

横に座っている羅刹が、半べそをかいている彼女をなだめる。

「気にしないでくださいね。ところで、観音様ってどういう方なんですか?」

すると伎芸天の顔が、ぱあーと明るくなって一気にまくしたてた。

「は、はい!観音さまはですね、とってもお美しくて優しいくてりんとしていて素晴らしい方なんです!あの方にお使えしてとっても幸せです。同じ女として見習わなければなりません!」

助手席に座っている般若が、びっくりした顔で話した。

「え!観音様って女の人だったの?てっきり大賢者って言うから、弥勒のじじいと同じ老人かと思った。」

伎芸天は少し、むっとして般若に切り返した。

「それは観音様に失礼ですわ、般若様!大賢者の中でも美貌と博識はくしきを備えた方を、あんなじいさんと一緒にして頂きたくないですわ。」

仮にも育ての親である、弥勒をあんなじじい呼ばわりされたが、まあそりゃそうだなと3人は納得した。

夜叉姫が、笑いを堪えて伎芸天に話しかける。

「あのさー伎芸天さん。」

「はい、なんでしょうか?夜叉姫様。」

夜叉姫がちょっと迷った顔をしたが、意を決して話した。

「伎芸天って呼びにくいからさ、ぎっちゃんて呼んでいい?」

羅刹は怒った顔をして、夜叉姫の頭を小突いた。

「ばか!観音様の使者に向かってなんてことを!」

伎芸天は羅刹を制止し、にこにこ笑って話した。

「かまいません、怒らないでください羅刹様。ぎっちゃん・・・ぎっちゃん。はい、気に入りました。これから私の事を、ぎっちゃんとお呼びください。ありがとうございます!夜叉姫様。」

夜叉姫以外の2人の目が、点になっている。羅刹は気を取り直して、伎芸天にたずねた。

「あ、あのう。本当に良いんですか?怒ってません、伎芸天さん。」

伎芸天は首をふるふる振って、微笑んでいる。

「怒るだなんて滅相もありません。私、嬉しいんです。渾名なんて付けられた事ないですから。これから、ぎっちゃんて呼んで頂かないと返答しないのでご了承くださいませ。」

真面目な顔をして、この人は何を言ってるんだろう・・・そう思うと、3人はたまらなく可笑しくなった。彼女達はおさえきれず大きな声で笑い出した。

車内は、笑い声でみたされる。伎芸天は、きょとんとしている。そして、彼女らにたずねた。

「え、え?みなさんどうされたんですか。私何か可笑しな事でも言ったのでしょうか?」

羅刹は、笑いながら伎芸天に答えた。

「ううん、なんでもないの。これからよろしくね、ぎっちゃん。なんか、あなたとはいい友達になれそうよ。」

前に座っている2人も、口々に言う。

「あたしも、友達だよ。ね、ぎっちゃん。」

「しょうがないわね、じゃあわたしも友達になったげるわ。よろしくね、ぎっちゃん。」

すると伎芸天は、ぽろぽろと涙をこぼしている。それを見た羅刹は、ちょっとからかいすぎたかな、と思って心配そうな顔をしている。

「どうしたの?ぎっちゃん。ごめんね私達ちょっと、調子に乗りすぎたみたい。」

伎芸天は鼻をすすりながら、首をふりいえいえと否定している様子。

「違うんです、嬉しいんです。私こんな性格だから、小さい頃から友達が出来なくて・・・それで観音様の所に行儀見習いとして奉公ほうこうに行ったんです。観音様はお優しくて、素敵な方なんですが、友達がいなくてずっと寂しかったんです。それが、皆さん私を友達と言ってくれて。それがとっても嬉しくて、嬉しくて。」

すんすんと泣いている伎芸天を見て羅刹は、堪らなくなって彼女を抱きしめた。

「やーん。ぎっちゃんたらかわいい〜!」

急に抱きつかれた伎芸天は、びっくりして。

「ぎゃっ!お戯れを羅刹様〜私そういう趣味はございませんので〜」

車内は、わいわいと楽しげな空気に満たされる。そうして、彼女たちを乗せた車は須弥山に向かって走り出す。



 だんだん彼女達は、目的地である須弥山に近づいてきた。近づくにつれて、周りの風景が賑やかになってくる。

宿屋があり、酒場、レストラン、土産みやげ物屋など様々。車から顔を出している般若が、感心した様な声をだす。

「へえー、ここら辺って結構賑やかなんだね。色々なお店があるよ。」

すると伎芸天は、にっこりと笑って話し出す。

「須弥山は観光地なんです。週末になると、多くの観光客で賑わいます。それにこの地方は土が肥えてて、農作物も豊かなんですよ。」

「そうなんだー、ていうか観光地に大賢者が住んでるの?」

般若が驚きの声を上げていると、伎芸天はちょっと恥ずかしそうにしている。

「は、はい。観音様は、自分の美貌を大衆の皆さんに見てもらおうと思って、山頂にお屋敷を建てたんです。」

般若は呆れた顔をして、ぽつりと呟いた。

「大賢者って、変わり者しか成れないのかしら・・・」

車は、再び速度を上げて走り出す。須弥山の山頂に向かって。



 走ること3時間、辺りはもう暗くなりかけている。山頂に着いた彼女達は車から降り、眼前に見える屋敷をみて驚いた。

きらびやかに装飾された大きな門、金色に輝く屋敷は、日が沈みかけているというのにキラキラと光っている。

3人は、口をあんぐりと開けて言葉が出ない。暫くして、3人はそれぞれに感想を述べだした。

「はーすっごいね〜キラキラだよ〜」

「あれって、金よね・・・金があんなに、いくら位するんだろ?」

「うわ・・・趣味わるーい。」

伎芸天が苦笑いを浮かべながら、門の前にたって大きな声をかけた。

「伎芸天です!ただいま戻りました。開門お願いいたします!」

門が、ぎぎぎと音を立てて開いた。伎芸天は門番にお辞儀をして、3人に中に入るよう促した。

「さ、皆さん、こちらへどうぞ。」


 3人は伎芸天に連れられて、中に入る。中庭を抜けて屋敷の中に入り、大広間に案内された。大広間には、様々な猛獣の剥製はくせいが飾ってある。伎芸天は、また大きな声で話し出す。

「観音様。伎芸天、ご命令にしたがい羅刹様、夜叉姫様、般若様。以上3名様をお連れいたしました!」

暫くして、大広間の奥から女性が現れた。背が高く、腰まで届く黒髪、そして豊満な胸。キラキラとした服は、彼女の非の打ち所が無いスタイルを強調している。まさしく絶世の美女が、羅刹ら3人の前に現れた。

そして、琴を爪弾つまびくような声で彼女らに話しかけた。


 「ご苦労であった、伎芸天。そなたらが羅刹、夜叉姫、般若であるか、わらわが観音である。」



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