月光。
青年は後ろ手にドアを閉めた。
窓から差し込む月の光が、暗い自室を淡く照らす。
電気をつけようと、スイッチに手を伸ばしてやめる。
夜の空気が心地好かった。
椅子を引き寄せて腰を下ろす。
同時に微かなため息が零れた。
まさか、あんなことを言われるとは思わなかった。
夜の自室は昼間と何も変わらない。
ただ深く影を落としている。
それを拒むように目を閉じた。
傷を理解しようなんて、そんな傲慢なことを思ったわけではなかった。
けれど同情し慰めることはしたくなかった。
限りなく無責任でも「大丈夫」と、少女を抱きしめてあげたかった。
痛々しくも笑う少女を、泣かせてあげたかった。
取り繕うことなんて、慣れているはずだった。
なのに、どうして大切な時には何も言えないのだろう。
気づけば「ごめんね」と呟いていた。
「僕は君に何ができるんだろう」
声の震えを必死に隠してそう笑う。
はっと顔を上げた少女は、泣きそうな顔でかぶりを振った。
「違う、違うの」
繰り返される言葉はしだいに大きくなる。
気づけば、少女に抱きしめられていた。
「違うの、傍にいて欲しいだけなの。隣にいて、消えたりしないで」
少女の華奢な腕は震えを直に伝える。
その震えがどうしようかなく愛しくなって、「ありがとう」とすぐ下にある頭を抱く。
ゆっくりと少女が体を離した。
大好きだから、傍にいてほしいの――少女は花咲くように微笑んだ。
部屋を出ると廊下の壁に背を預けて、少年が立っていた。
少年は床から視線を上げずに口を開く。
「俺はここにずっといるつもりなんてない。でも、お前らといるのは好きだ」
少年は顔を上げて、青年を見た。
――だから、感謝してる。
目を開ける。
自室の様子は変わりない。
ただ、月明かりが強くなった。
そんな気がした。
ずっと。
いつ、死んでも構わない。
そう思っていた。
諦めにも近い感情があったことを、自覚していた。
でも、生きたいと思わせられた。
辛いことも悲しいことも、そんなの世界の何処にでもある。
あの二人は強く生きたいと言った。
そして、隣という場所をくれた。
……もう死にたいなんて言えないな。
苦笑を浮かべる。
生きていくという重荷。
逃げられないという苦痛。
けれど、だからって諦めなくていい。
無関心はもうやめよう。
この命はもう一人ではないから。
青年は微笑む。
「もう明けない夜は願わないよ」
月が静かに青年の顔を照らす。
穏やかな月光は青年の答えに笑うように揺れた。