悪夢。
窓の外は闇に染まり、ほのかに輝く月がひとつ。
明かりの消えた部屋を、淡い月明かりが頼りなく照らす。
窓際の椅子には青年が腰掛けていた。
青年は夜の静寂に溶け込むように、ただ沈黙している。
「とても残酷な夢を見たわ」
不意に少女が呟いて、青年はそっと振り返った。
ベッドから体を起こし、少女は悲しげに微笑する。
目を覚ました彼女に彼が問う。
「どんな夢を見たの?」
「とても幸せな夢よ。現実だったらと心から思い願うほど満ち足りた夢……」
少女は目を伏せた。
青年に少女の顔が見えなくなる。
ほんの少し無言の時が広がった。
青年は目を細めて少女の言葉を待つ。
彼女は膝の上で手を握りしめ、自嘲気味に薄く笑った。
「ねぇ、これほど残酷な夢ってあるかしら」
華奢な肩が笑いに合わせて、震える。
それは泣いているようにも見えた。
「いっそ怖い夢ならよかった。早く目を覚ましたいと思える夢。幸せな、優しい夢なんて悲しいだけだわ」
いつもの少女らしくない酷く歪んだ声音。
嘲笑うように吐き出された台詞。
そんな少女を青年は静かに見つめる。
優しげな眼差しで口を挟まずに。
顔を上げた少女は、その優しい瞳と目があって――涙が頬を伝い、握りしめた拳に跳ねた。
震える唇が頼りない音を紡ぐ。
「本当は嫌なの。現実だったらよかったって心から願う私が嫌なの。目が覚めなければよかったと思った私が嫌なの。現実を拒絶しようとした自分が恐ろしいの……っ」
涙は次々と溢れ、白いシーツにいくつもの染みを作る。
「夢を愛おしく思う私が怖い。生きることは怖いわ。過去を忘れて生きるなんて私には出来ない。私はなんで一人で生き残ったの……!?」
少女は頭を抱えて泣き崩れた。
青年は何も言わない。
慰めも共感も今の彼女には届かないと知っているから。
泣きつづける少女を、青年は静かに見守っていた。
夜の帳がおりていく。
涙の少女の上にも、沈黙の青年の上にも。等しく訪れていく。
一話ずつのお話です。
番外編のようなものです。
いつか、本編が書けたらいいなと思っています。




