ところで、「サリュエナの場合2」
金色の髪を乱れなくピッチリとまとめあげ、クリーム色のワンピースに白いエプロンを身にまとい、忙しげに菓子店を仕切るその女性は、歳は35歳くらいで、少しきつい顔立ち。それでもそのハキハキした性格から、老若男女問わず好かれている。その人の名前は、ルル・マホット。私サリュエナの人生の師匠にして、魔女としての師匠である。
彼女が使うのは「人を幸せな気持ちにする」魔法。大きく使えば麻薬のような効果を発し、小さく使えば食後の甘いデザートのような効果を発する、なんとも面白い魔法だ。彼女はその魔法を小さく使い、店で作るお菓子にちょっと振りかけて売っている。だからこのルルの経営する菓子店は、ルルが魔女である事を隠しながらも、「食べると幸せな気持ちになれる菓子店」として巷で有名だった。
「で? さっきのが噂のロリコンのお兄さん?」
自分の店に帰ろうとしていた私を呼び止めたルルが、店の休憩室に私を連れ込み、唐突に切り出した。
「あぁ、はい。ロイ・シューベンさんです……」
すっかり顔なじみになったお店のスタッフさんに出してもらった紅茶をすすりながら、私は少し遠い目をする。やはり彼は一目みただけではロリコンに見えないのだ。私も暴露されるまで分からなかったのだから当然だが。
「へぇえ? 私にはそう見えなかったけど? どっちかっていうと、あんたの事好いてる感じだった」
好いている、とはどういう感じなのかわからないが、私は私自身の意見を述べる。
「でもあの方、サリアの事が気になって仕方ないって……」
「でも私にはそう見えた。あぁ、もしかして、サリアとサリューは同一人物ってバレてるんじゃないの?だからサリアにもアタックしてるとか?」
ルルは自分の店の茶菓子を頬張りながら、楽しそうに笑った。私は予想だにしていなかった返しに、「まさか」と苦笑いする。
「だって私、覚えてる限り、バレるようなことしてませんよ?」
「でもあの人、シューベン家の人なんでしょ? だったらバレてても不思議じゃないと思うけど?」
「え?」
シューベン家だから不思議ではないという言葉に、私が何の事だかわからない、という顔をしていると、ルルが逆に「えぇ?」という顔をして驚いた。
「シューベン家は最近めきめき力をつけてる商家よ? 商家に最も求められる能力の1つが情報収集能力じゃない。だからこそ、間接的ではあるけど、魔女に護衛なんて大それた依頼ができたんだと思わない? そんな情報収集能力があれば、バレててもおかしくないでしょう?」
その言葉に、私は背筋がゾクッとした。
(まさか、まさかとは思うが、個人情報、収集されていますか…?)
そんな私の不安を読み取ったかのように、ルルはティーカップを口元に運びながら、にっこりと笑う。
「幾ら私達が魔女という素性を隠していると言っても、私達は世間の方々から魔女として仕事を請け負ってるんだから、完全に隠し通せることなんで出来ないでしょ」
そう、そうなのだ。魔女として世の人々と付き合っていけば、必ずどこかに隙がうまれ、綻びが生まれる。いくらこちらが簡単にバレないように色々と手を回しても、桁違いの情報収集能力を持つ者に調べられれば、バレてしまうこともある。
「じゃ、じゃあ、じゃあですよ!仮に、ロイさんがサリアとサリュエナの事が同一人物だと知っていて、且つ私の事を好いてくれているとします。それならなんで、なんで最初から今までサリアだけにアタックしてるんですか!?」
「ロリコンだからじゃないかしら……」
「やっぱりそうなるんですね……!!」
この悩みを解決したいが為に発した素朴な疑問は、最初の「ロイさんはロリコン」問題へと回帰させるだけだった。