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詰め合わせ。  作者: ゆきみね
愉快なシューベン家と共に!
7/42

実は、「クイットの場合」

クイットの場合


 シューベン家のプレーボーイことクイット・シューベンは、腰まで伸びる茶色い長髪を、首の後ろの部分でまとめた、誰もが認める美形だ。そして今も、つい1時間前に別れを告げた女性から逃げてきたところだった。

「いつか刺されそうですよね」

「クイット(にい)なら有り得るな」

 シューベン家の客間のテーブルでティーとボードゲームをしながら、呆れ気味にクイットに声をかける。するとソファに深く腰掛けていた彼は「えぇ?」と気の抜けた声をあげた。

「二人とも、ちょっと失礼じゃないかい? 幾ら私だって刺されるほど酷いことはしてきていないよ。さっきだってきちんと別れを告げたのに、あっちが何だか結婚する予定だったとかなんだとか勘違いし、」

「あ、チェックです、ティー」

「え、嘘!? ちょ、サリアってボードゲームも強いのかよ!? 聞いてないし」

「私の話こそ聞いてないよね?」

 反応を返して貰えなかったクイットは、構ってくれと言わんばかりにティーに引っ付いてくる。しかしティーも慣れたもので、ばっさりと兄を切り捨てる。

「クイット兄の女性関係は日常茶飯事過ぎて飽きた」

 10代前半の少年にここまで言わせるのだから、彼の遍歴はどろっどろの長編小説が出来上がるほどに素晴らしいものなのだろう。実にいい反面教師だ。当のクイットは、今度は私に助けを求めてくる。

「サリアちゃん! なんとか言ってあげて!」

「……ご愁傷さまです……?」

「いや、そうじゃなくてね?」

 もういいよーだ、とクイットは又深くソファに腰かける。横目にクイットを見遣ると、なるほど、気だるそうにソファに身をゆだねるその姿も、なかなか様になっている。世の女性は幾らクイットがダメ男だとわかっていても、この美貌にやられてしまうのだろう。

(可哀そうなのはクイットさんじゃなくて世の女性だな。私は絶対こんなダメ男にはひっかかりませんように……)

 心の中で切に願いながら、私はティーとの再戦に思考を戻した。




 きゃっきゃっとボードゲームにいそしむ弟とその護衛をちらりと見る。(はた)から見れば、とても仲のいい同世代の男の子と女の子だ。微笑ましい光景だろう。

(とてもそういう匂いはしないけれどねぇ……)

 ティーが「たまには家で遊ぼう」と連れてきたその子からは、とても10代前半の女の子と思えない香りがした。成熟した女性の香りだ。果実のように甘くて、男を誘う香り。

(あんな子どもから、どうしたら香るのかなぁ)

 マジマジと見つめると視線がばれそうなので、ソファに深く腰掛け横目で観察しつつ思考する。だが答えは簡単には出ない。

(ふむ……。まぁティーがサリアちゃんに抱いている感情は恋愛ではなさそうだし、暫く放置しても大丈夫かなぁ……どっちかって言うとあの目、尊敬の念だし)

 熱心にサリアの一挙一動を観察しているティーを見て、思わず苦笑が漏れた。するとその笑いに気付いたのか、サリアがふっとこちらを見る。

(おっと)

「ん? 私もやっと混ぜてくれるの?」

 おどけて身を乗り出して見せると、「今僕の番!」とティーにはねつけられた。やれやれ、と肩を竦めてソファに身を戻す。サリアもそれ以上気にする様子はなく、またティーとのゲームに戻っていった。そして5分も経たないうちに、サリアの後ろにあるドアが開け放たれた。

「ここに居たんですかティー、家庭科の、」

 喋りながら部屋に入ってきたロイの姿を確認したサリアと、ティーとボードゲームをしていたサリアの姿を確認したロイが、同時に固まった。両者の異変に、(ん?)と思った時には、両者共すぐに平常を取り戻していた。

「そう、家庭科の実習の練習をしたいと料理長に頼んだのは貴方でしょう、忘れていたんですか?」

「あ、そうだった!」

ティーが忘れてた!とバッと立ち上がる。

「全く……。ほら、厨房に行きますよ。今日はクッキーを焼くそうです。サリア、貴女もご一緒にどうですか」

「え?あ、私なんかがお邪魔してよろしいのですか……?」

「えぇ、是非に」

 控え目なサリアの反応に、満面の笑みでロイが返事を返した。そして時は金なりと言わんばかりに、早速3人そろって厨房へと旅立っていった。勿論ボードゲームの片づけはこちらに押し付けて。

 仕方なくボードを整理しながら、ロイとサリアの反応を反芻する。

(あれは何かあるよねぇ……)

 あの笑顔は弟の友達に向ける笑顔じゃない。そしてサリアのやや引きつったあの顔は、友達の兄にも、護衛者の兄にも向ける顔じゃなかった。

(例えるなら、大好きな女性()に向ける笑顔と、その好意にひいてる顔って感じ)

 しっかりとボードを元の箱にしまい、よいしょ、と脇腹に抱える。確かこれはティーがロイから借りていたものだ。ならば私がきちんとロイの部屋に返すのが責務だろう。

(いつもいつも、私ばかり女性関係に悩むのは、フェアじゃないよね)

 知りたいと思ったら、知らなきゃ気が済まないのはシューベン家の性分である。幸い、クッキーが焼けるまで、まだ時間はたんとある。


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