いつも、「サリュエナの場合」
サリュエナの場合
差し出されたのは、見るからに美味しそうな手作りダミエだった。ダミエとはアイスボックスクッキーのこと。チェック柄が特徴の四角いクッキーだ。いや、今はそんなクッキーの特徴等どうでもいい。問題は、「何故、彼が、私に、それを」差し出しているかなのだ。
「……困りますシューベンさん」
「ロイです」
「……困ります、シューベン、さん」
誰が名前を呼ぶものか。私はシューベンに力を込めて呼ぶ。
「ロイです」
「……ですから、シュー、」
「ロイです」
「シュ、」
「ロイです」
「……ロイさん」
「はい、なんでしょう」
もう言い返せない、そう思って悔しさいっぱいに名前を呼ぶと、凄く嬉しそうな顔をさされた。自分の敗北をひしひしと感じる。そもそもサリュエナとしての彼との付き合いはそう深いものでは無い。お客さん以上友達未満だと認識している。となると名字で相手を呼ぶのはごく自然なことなのだ。だが彼は私がサリアとして振る舞っている時と同様に、彼を名前で呼ぶように強いる。そこまで親密な関係ではない彼が、更に言うなら「サリア愛!」の彼が、サリュエナである私に名前を呼ばせる意味が全く分からない。
だが今はそんなことを気にしている場合ではない。今は、この状況を乗り切らなくてはいけない。
「えぇと、こういうもの貰うのは困ります……というか、その、「あーん」は、困ります」
そう、何故か突然店に訪れてきた彼が、「プレゼントです」と、クッキーを「あーん」させようとしているのだ。何故自分の店の前で「あーん」を強要されなくてはいけない。プレゼントなら素直に包装して手渡ししてくれればいいのに。
「安心してください、手作りですが、衛生には気を配って作りました。それにきちんと美味しいですよ?」
えぇ知ってます、だってそれ私とティーと貴方が、貴方の御宅で作ったんですもの!
(口が裂けても言えませんけど……!)
言いたくて言いたくて、ムズムズする自分の口に何とかチャックをする。そんなサリュエナの心境を知ってか知らずか、ロイはにっこり笑ったまま、そのクッキーを固く閉ざされたサリュエナの口に押し付けてきた。
「むぐ!」
「今日弟とサリアと作ったんです。可愛い子どもが一生懸命作ったんです、どうぞ食べてくださいね?」
「む、ぐ……」
なんという脅し文句だ。それにさっき貴方の御宅で餌付けと言わんばかりに食べさせられてきたのに、まだ食えと言うのか……。いや、貴方は知らないのだろうけれど。
「ダメですか?」
(そんな目で見ないで頂きたい!捨てられた子犬のような瞳で見ないで頂きたい!)
罪悪感に駆られる。そうだ、よく考えれば、お菓子と可愛い子ども(、勿論ティーのみ)に罪は無い。幾ら自分がお腹いっぱいで、食べさせようとしている相手がロリコンであろうと、食べないのは勿体ないことだ。そうだ、食べ物にも子どもにも罪は無いのだ。罪は無い。
「……いただきます」
大の男の潤んだ瞳に負けた私は、自分をなんとか説得し、小さく口を開いてその甘い菓子を口内に迎え入れた。
「……美味しいです」
素直に感想を述べると、ロイはまたにっこりと笑った。
「でしたらこれ、全部食べさせてさ、」
「あとは自宅で頂きますので!」
勢いよくロイから30枚近くクッキーの入っている袋を取り上げ、私はまるで飛ぶように店内に逃げ帰った。
もうこれ以上は許してください!




