実は、「ティーの場合」
ティーの場合
半年前から、父様が僕に身辺警護の人間をつかせた。最近うちの家も仕事がうまくいっているらしくて、心配した父様が、せめて一番小さい僕につけよう、と提案したのが始まりだった。身辺警護というくらいだから、どんなごついのがくるのかと、自分の茶色い短髪をくるくるいじりながら身構えていたら、
「初めまして、サリアです」
「は、初めまして…?」
背格好も似通った、同い年くらいの女の子だった。
うちの学校は年齢じゃなくて学力や体力を総合的に鑑みてクラスが編成される。サリアは護衛ということで特別に僕と同じクラスになったけど、普段は全然干渉してこない。転校初日に「ティーの家で働いています」なんて言ったときにはどうなることかと思ったけど、それ以外はふつうのクラスメイトだった。
ただ登下校だけは一緒で、それを他の男子に冷やかされるのが、どうも気恥ずかしかった。
「付き合ってんのかティー!」
「違うって言ってんだろ!」
反対方向からクラスメイトの冷やかしが飛んでくる。違う道を帰るんだから、こっちのことなど気にせずとっとと帰ればいいものを。
「誰がサリアなんかとさ!!」
僕はふんっと鼻を鳴らして少し坂になった石畳を駆け下りる。後ろからサリアの軽い足取りが付いてくる。
正直なところ、サリアはどこか大人びているところがあったし、周りからの冷やかしもあって、かなりとっつきにくかった。だから登下校の時は、いつも僕が前を歩いて、サリアがその後ろに付いていく、という形になっていた。そうすればサリアの顔を見なくて済むし、八百屋のおばちゃんに挨拶代わりに「仲良しだねぇ」なんて言われなくて済む。
「ィー…」
(大体サリアは仕事で一緒にいるだけだってのっ!みんなしてさ…)
「ティーってば」
「え?」
自分の名前がずっと呼ばれていたことに気が付く。
「どこ行くの、家、あっちでしょ」
サリアが肩を竦めて、自分が進んでいる方向とは逆方向を指す。いろいろ考えている内に、全く違う方向へ歩いてきてしまっていたらしい。だがそれを認めるのは恥ずかしくて、僕は一度サリアに向けた顔を、プイッと逸らした。
「きょ、今日はこっちから帰るんだよ!」
「……そっちは逆方向じゃない。それにそっち、変な人とか出るよ」
「いいんだよ! 大丈夫に決まってんだろ、サリアは嫌ならそっちから帰れば」
言い聞かせるサリアを無視して、一度踏み込んだ裏路地を突き進む。いつも通っている表通りとは違って薄暗いその雰囲気に、すぐにこの道を来たことを後悔した。だが今更引くわけにもいかない。
「ティー…」
「なんだよ、サリアは来なくていいって言ったろ。怖いなら一人で…」
「何々、お子ちゃまがこんな昼間から逢引きかなー?」
「!!」
突如現れた人影に、ビクッと体を震わし、歩みを止めた。行く手には、見るからに全うな社会人には見えない青年が三人。
「ん、なわけないだろ。そこどいてくれよ兄ちゃん、早く帰んなきゃなんないんだから」
精いっぱいの虚勢を張って男達を睨むが、こんな子供の睨みがきくわけもなく、男達がゲラゲラと下品に笑う。
「ガキってのは本当偉いなぁ?日が暮れるまでにお家に帰んないとママにしかられちゃうってかぁ」
「そう言うなや、お兄さん達と少し遊んで行けって、なぁ?」
「よく見たらいい服着てんじゃねえか。お前、良いトコのボンボンか」
薄汚い手がこちらに伸ばされてきたその時だった。パシンッと音が鳴り、男の手が払われた。いつの間にか自分のすぐ隣に来ていたサリアが、その男の手を払ったのだ。
「薄汚い手で触るな」
「ば、サリアッ!」
こういう時は下手に刺激してはいけないことくらい、僕だって知っている。今は子供の僕とサリアしかいないのに、どうやってこの状況を乗り切るつもりなのか。
「こ、のくそがき…」
キレた目をした男がぐわっと拳を振るった。僕は、まずい!とサリアを庇おうとしたが、その必要は全くなかった。
「ぎゃあっ!」
サリアは小さい体をスッと男の脇にすべらせ、背後に回ったかと思うと、男の身体を僕に当たらないように思いっきり蹴とばした。そしてその男の結果を見届けることもなく、そのまま体を反転させ、タッと地面を蹴って、後ろに控えていた残りの男の懐に入り込んだ。そしてどこから取り出したのか、両手の中で鈍く光る鈍器を勢いよく彼らの腹部に叩き込んだ。
「ぎゃっ……!」
「ぅぐぉっ……!」
男達は醜い声をあげて、その場にばたりと倒れ込んだ。そして、サリアはまたその男達の醜態を見つめることもなく、手にしていた鈍器を僕の方目掛けてビュンッと投げた。
「うわっ!」
ついでに殺られる!直観的にそう感じて思わず両腕を顔の前でクロスさせたが、予想した衝撃は僕には一向に訪れなかった。不思議に思ってそろりと目を開けると、その鈍器は、サリアが最初に攻撃した男の顔面に直撃していた。前のめりに倒れ込んだ後、身を反転して起き上がろうとした男の気配を察して、サリアがとどめをさしたのだ。僕は呆気にとられて、ぽかんとした顔のままサリアに視線をやった。
「……そんな目で見ないで、手加減したから死んでないよ、多分」
だがその時、僕にはサリアの声なんか聞こえていなかった。しばらく呆けた後、ハッと我に返り、サリアに歩み寄って、がしっと彼女の肩を掴んだ。
「テ、ティー?」
「……ぇよサリア……」
「えと、はい?」
「すっげぇよサリア!! やっぱり警護の人間だけあるんだな! お前まだ13歳だよな?なのにこんなに強いなんて、すっげぇよ! 一瞬だったじゃんか! どうしたらこんなに強くなれるんだ? 僕もお前みたいになれるか!? 教えてくれサリア!」
「えーと……。とりあえず、帰ろう……?」
「おう!」
今思えば、面と向かって素直にサリアと話したのは、あれが初めてだった。
その後、毎日所構わず「サリア! 訓練つけてくれ!」とサリアを追いまわしては彼女にブッ飛ばされていたのは、また別のお話だ。そしてそれを羨ましそうに、一番上の兄が物陰から見ていたのも、また別のお話。