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詰め合わせ。  作者: ゆきみね
しぇいも!
40/42

心は覚えている

「橋まで送っていくよ」

 食事を終え、早々にお向かいさん家を辞そうとしていた私に、ファソンが笑顔でそう申し出てくれた。しかし先ほどの羞恥が残っている私はその申し出をお断りしようとした。のだが。

「さっきの怪我は何もなかったけど、また何か怪我をしないとも限らないからね。さ、行こうかシエンちゃん」

 こうも心配されては、お断りするのが申し訳なくなってきてしまう。まだ羞恥心が残っていたが、結局私はそのままファソンに橋までの長いようで短い距離を送ってもらうことになった。


**


「そういえば、リタとファソンさんって、フランクにお話するんですね」

 何か話をした方がいいだろう、しかし先ほどのリタと私との会話に戻るのは気まずいと思い、私はとりあえず新しい住人について尋ねた。彼等がしたやり取りはほんの少しだったが、ファソンのリタへの態度が少し冷たかったように感じたからだ。「冷たい」とは言わず、あえて「フランク」とは濁してみたが。

ファソンは「あぁ、」と苦笑いした。

「私とキトルは幼馴染って言ったよね? という事はその妹のリタも幼馴染なわけで。付き合いが長いから、ついつい口調がねぇ」

「あ、それわかります。私も昔からの友人と話す時は口調が崩れます」

 仲が悪いと言うわけではないようだ。私はホッと胸をなでおろす。彼等の間柄が私に直接関係してくることは無いはずだが、やはり1軒しかないお向かいさん宅で不仲が見つかるのはちょっと気まずかった。これからも食糧運搬のためにえっちらおっちら通うお宅だ。気兼ねなく通えることが一番だ。

(……んん?)

だがそれで納得するには、何か引っかかる。リタは気になる事を言っていた。

「……―エンちゃん、」

 私がチャーリーともキトルとも何もないと知って、『うぅん、でしたらあとはファソンさんしか残っていませんよね? あぁ、ファソンさんですか……』と言っていた。ファソンを渋る理由は、その後の彼とリタとのやり取りから、不仲だからと思っていたのだが、どうやら違うらしい。ではなぜ渋ったのだろうか。

「シエンちゃん?」

 もしかしたら。もしかしたら私は凄いことに気が付いてしまった。リタはもしかして、ファソンの事好きなのではないだろうか。

(それだ!)

「おーい」

 だってそうじゃなきゃチャーリーやキトルを推しておいて、ファソンを渋る理由が見当たらない。ファソンの事を好きだからこそ、私がファソンとそういう仲になるのが嫌なのではないだろうか。そしてさっき頬を膨らませたのは、好きなファソンに怒られたからだろう。これは大発見である。


「シエンちゃんってば」

「っ! あっ、はい!」

 そうやって物思いに耽り、ファソンの呼ぶ声を無視していた私は驚いて思わず大きな声をあげた。反射的にファソンを見上げると、柔和な顔の口元が不満げに尖らされていた。

「私の話、聞いてなかったでしょ」

「うっ……ごめんなさい」

 反論の余地が無い。全くもってこれっぽっちも聞いていなかった。私は素直に謝り、項垂れ、ファソンのお叱りを静かに受ける。

「2人きりの状態で、この距離で、話聞いてないって酷いよね。シエンちゃんから話をふっておいて」

「ごめんなさい……」

「この距離で無視なんて、一瞬で嫌われたのかと思ったよ」

『嫌われた』

ファソンからその言葉が零れた瞬間、私の身体は反射的にビクンッと撥ねた。

「っ嫌うなんて、そんな事ありません!」

 撥ねた身の勢いに任せ、バッとファソンを振り仰いだ。突然大きな声をあげた私に、ファソンはきょとんとしている。

「シエンちゃん?」

「嫌うなんてことっ……」

 途中で息がつまり、最後まで言い切れることが出来ない。突然胸の奥にギュッとこみ上げてきたものを何とか堪え、頭を左右に振り、ファソンの胸元を掴みながら必死に訴える。

 自分でも何故こんなに必死になっているか分からない。「嫌いになった」という単語を引き金に、突然こんな態度を取る事は、その態度を取った当の私にも驚きだった。1つ分かる事と言えば、嫌っているとだけは思って欲しくないと、切に私が願望している事だった。

 以前も私に「嫌いになった?」と尋ねた人がいた。あの時の私は「違う」と言えなかった。今度こそ、「違う」と伝えなくてはいけない。嫌いだから無視したのではないと、分かって貰わねばいけない。無視したことを謝らねばいけない。

「ごめんなさいっ……」

 謝罪を口にした途端、ポロッと涙が零れた。思わず零れた涙に自分でもハッとしたが、それ以上にファソンが息を呑む声が聞こえた。困惑してぽかんとしている私の涙をぬぐおうと、サッと袖を近づけてくれる。

「ごめん、ちょっと意地悪言い過ぎたみたいだね。あぁ、どうしよう、泣かないで?」

 私の顔を困った顔で覗き込みながら、空いている手で背中をさすって泣き止ませようとしてくれる。

「っ……ごめんなさいっ……なんか、急に……」

「うん、ごめん、言い過ぎたね」

 ファソンが言いすぎたなどとはこれっぽっちも思っていない。私が話を聞いていなかったのだから、当然私が悪いのだ。だからファソンの意地悪で泣くはずがない。それだと言うのに、溢れ出す涙を止めることが出来ない。

「いえ、話を聞いてなかったのは私ですからっ……ごめんなさい……」

 謝る度に涙が溢れ出す。ぽろりぽろりと零れ落ちる涙が、ゆっくりと私の足元へ落ちて行き、新緑が覆う大地に吸われていく。その流れが途切れることは無い。

(どうして、止まらないの。どうして、泣いているの)

 泣くほどこのことじゃないはずなのに。嫌っていないと分かって欲しかっただけ。謝りたかっただけ。ただそれだけ。

(――誰に?)

 ふとどこからか湧いた疑問に、私は目を瞬かせる。大粒の涙がハラハラと零れ、頬を伝って落ちる。

誰に? そんなの決まっているじゃないか。

(この人、この人に)

 そう思って涙目のままファソンを見上げると、その優しい視線と交わった。全てを見透かしているような深い深い黒色をした瞳が、私さえ知らない私の何かを捉えた。そう感じた瞬間、胸の奥に込みあがっていたものがついに崩壊し、一気に溢れだした。堪えはきかなくなり、嗚咽が漏れだす。

「っ……!? ごめ、なさっ……私っわたっ……」

「……うん。大丈夫。もう謝らなくていい。私はちゃんと分かってるよ。だから泣かなくていいんだ」

 私は何故私が泣いて、何故嗚咽を漏らしているかわかっていない。だというのに、ファソンが私を宥める声は、何故私が泣いているのか分かっているかのような口ぶりだ。

(何で……? ファソンさんは、何を分かってるの? 何を、知ってるの……?)

 問おうにも、口から洩れるのは嗚咽ばかりで言葉にならない。ひっくひっくと息を詰まらせていると、私がぎゅっとファソン抱きしめられた。

「私は待てるから。ね、シエン」

 その暖かさに更に涙腺が緩まり、私はファソンの胸に顔を埋め、気持ちが落ち着くまで、ひたすらに泣き腫らした。


**


「すみませんでした……」

「もう謝らなくっていいってば。落ち着いたみたいでよかった。疲れてたんだね」

 私自身泣いた理由がよく分かっていないと悟ってくれたファソンはそうまとめてくれる。そしてあやす様によしよし、と頭を撫でてくれた。まるで子ども扱いだが、それがとても落ち着く。心がふわりと宙に浮いたかのように軽くなり、ポッと温かくなる。

「……ファソンさんって、」

「うん?」

「いえ、失礼だったらごめんなさい。あの、ファソンさんって、お兄ちゃんみたいだな、って……」

 私には実際に兄は居ないが、もし兄が居たらこういう感じなのだろうと思った。だからその気持ちを素直にファソンに告げた。すると、ファソンは一瞬目を丸くして、だが直ぐにとても嬉しそうに笑った。

「本当? 嬉しいなぁ。シエンちゃんみたいな子が妹だったら、私もとても嬉しいよ。きっととても甘やかしてしまうんだろうね」

「えっ」

「お世辞じゃないよ? ふふっ」

 予想外の反撃を食らい、こちらの顔が赤くなってしまう。私は照れを隠すように先ほどの謝罪を重ねる。

「あ、あの、本当お恥ずかしい所を……」

「謝らないでって言ったでしょ? それより今日は早く休むといいよ。また次の食糧運搬日に元気に来てもらわないと」

 ファソンはクスッと笑った。私もその笑顔につられ、ふふっと笑いを零す。この人は、本当に側に居ると温かくなる人だ。

「……はい、そうします。本当にありがとうございます。それではまた」

 ファソンの優しさに感謝を述べ、私はぺこりとお辞儀をし、橋を渡った。ファソンは私が家に入るその時まで、橋の反対側で私を見送ってくれた。




「よかった……」

 自分以外誰一人居なくなった草原で、彼はぽつりと言葉を零す。

「声、届いてたんだな」

 泣きそうな声で、しかし必死に涙は堪えて、彼は笑った。


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