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詰め合わせ。  作者: ゆきみね
しぇいも!
37/42

夢と変化

『ねぇ、起きて、目を覚まして』

 どこからか聞こえる声が、私の眠りを妨げようとする。これは夢だろうか、それとも実際に誰か私を呼んでいるのだろうか。半覚醒の意識ではそれを確認することも叶わない。

(別に、いいか……)

 意識を覚醒させることが大義で仕方ない。今はこの心地いい欲望に身を委ねていたい。確認するのは起きてからで良いだろう。

『お願いだから……』

 だけれど意識を沈ませようとする私の意思に反して、その声は止まない。泣きそうな声で、私に懇願しているようだった。

『どうして? お前の好きな東国のお茶、持って帰ってきたんだ。待ってるって、言ったろう? ねぇ、なんで? 起きてくれ……』

 あぁ、確かに東国のお茶は香り高くて好きだ。砂糖だレモンだと付け合せなくても、それだけで十分楽しめる。だけれど、今はそれよりも、このまま眠り続けていたいという欲望が私の中で渦巻く。

『私の事嫌いになった? だから起きてくれないのか?』

(違うの、そうじゃないの。ただ、とても眠いだけ)

 そう伝えたいけれど、意識は下へ下へと引っ張られ続け、口から言葉としてあがってくることは無い。

(お願いだから眠らせて)

 そう心の中で願って、私はまた深い眠りへと落ちて行った。


 ――シエン、と切なくあげられたその声は、振り切った意識の外に弾かれ、届くことは無かった。




「……夢?」

 覚醒した意識で辺りを見回すと、そこはベッドルームだった。シングルサイズのベッドと衣装ダンスがあるだけの、簡素な部屋。いつもと変わらぬ、紛うことなき自分のベッドルームだ。ゆっくり首を窓辺に向けると、カーテンの向こうからは朝日が差し込んでいた。

「……朝」

 今日はお向かいさん家に行かないといけない日だ。朝が来てしまったなら起きないわけにはいかないだろう。だるい身体を無理矢理起こし、ベッドの上にあぐらをかく。シャツ1枚で眠ったせいで色々肌蹴るが、誰が居るわけでもないので遠慮などしない。そう、ここは私が1人で暮らす家。近所は川を挟んだ向かい側に1軒だけという、あまりに田舎に立地するウッドハウス。訪ねてくる人など居ない。つまりアレは夢だったのだ。

「夢以外の何かであるわけないけど……」

 一息ついて、すっかり癖の付いてしまった髪の毛を手櫛で梳きながら、ベッドから身をおろした。ベッド脇に脱ぎ捨ててあったスリッパを履き、そのまま洗面所へと歩き出す。ベッドルームの向かいにある洗面所のドアを開け、頭をかきながら鏡と目を合わせ、私はハッとした。

「なんで……」

 頬には、うっすらとだが、確かに涙の跡が残っていた。慌てて鏡に駆け寄ると、目も僅かに赤くなっている。

「なんで、私が泣いているの……?」

 夢を見ながら泣いていたのだろう。だが自分が泣く要素が何処にあったのだろうか。自分はただ、眠くて寝たかっただけだったはずだ。

「まさか、そんなにお茶が飲みたかった、とか?」

 自分がそこまで食い意地が張っているとは思わなかった。自嘲気味に笑いを零しながら、お気に入りのタオルに手を伸ばし、顔を洗う準備を始める。蛇口をひねり、少し時間をおいてから洗面器に水を溜めはじめる。ある程度溜まった所で蛇口を閉めると、溜めた水に、ちゃぷん、と音を立て最後の一滴が落ちた。雫は水面に波紋を作り、波紋は広がり、ぶつかり、広がり、消えていく。その様子をただ眺めながら、私は「それとも」と言葉を零す。

「呼ばれてるのに起きなかった事を、すまなく思った……?」

 確かにそれはあるかもしれない。あんなに必死に呼んでくれていたのに、私は自分の欲望を優先して無視したのだ。もしあれが夢でなければ、私はとても失礼な事をしたのだろう。

「謝らなきゃな……」

 無意識にそう呟いて、私は「あれ?」と声をあげる。謝るって、

「……誰に?」

 零れた疑問に答えてくれる人は、誰も居なかった。


**


 出るはずの無い疑問を持ち続けても仕方ないと判断した私は、手早く身支度や家事を済ませた。時計を見るとお昼少し前。今お向かいさん家に行けば、お相伴にあずかることが可能だ。食材の買い出しは私がしているのだから、料理の手間位かけてもらっても構わないだろう。私は1人で「ふふふ」とほくそ笑みながら、前日の内に買っておいた食材の入った紙袋とビニール袋を手に、家を出る。ふんふん、と鼻歌を歌いながら橋をこえ、ふっとお向かいさん家に目を遣ると、そこには見たこと無い人影があった。その人影を見た瞬間、私は驚きで目を丸くした。

 あのチャーリーの変貌ぶりには目を見張るものがあった。熱いまなざしだけは相も変わらず惜しみなく注がれているものの、必要以上に距離を詰めたり接触を試みたりすることは無くなった。だがこの場において、そんな事どうでも良くなる位の新しい衝撃が私を襲っていた。

「美人、さんっ……!!!」

 お向かいさん家の玄関先に居たのは、濃青色のワンピースに身をまとった少女。瞳は深い群青色で、緩いウェーブの掛かった腰までの長髪は、陽の光を浴びてキラキラと輝く白色。肌の色も透き通っているし、ぽってりとした可愛らしい唇はとても魅力的だ。私より少し身長は低いが、出る所は出て、しまる所はしまっている身体と相まって、抱きしめるには丁度よさそうだ。これを美少女と言わず、何を美少女と形容するのだろうか。

「初めまして、リタと申します」

 こちらに気付いた美少女、リタが私の近くまで歩いてきて、にっこり笑ってワンピースの裾を持ち上げた。この仕草に心打ち抜かれない男など居るのだろうか。それはきっと男じゃない。私は女だが断言したい。それは男じゃない。

「あっえっシエンですっ」

 見とれていた私が慌てて挨拶すると、リタはくすりと笑った。

「存じておりますわ。いつも兄がお世話になっております」

「あ、そうなんですか。お兄さんが。……お、兄、さん?」

 引っかかった単語に、思わず笑顔が引きつった。紙袋を持つ手に力が入り、紙袋がぐしゃり、と悲鳴をあげる。

 お向かいさん家の前で会った、白髪に、深い群青色の瞳の、美少女。彼女のお兄さんが、私のお世話になっているという。符合する人が、たった1人しか思い当たらない。残念なことに、1人しか思いつかない。

「ま、さか」

「あ、ごめんなさい、聞いてませんでしたか?」

「えっと、大体想像は付くんですが、一応、お聞きしても……?」

「兄はキトルです」

「そうですよね!」


 どうか神様、この子だけは変な性癖持ってませんように!!


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