二徹明けの彼
さりげないセクハラ許可発言に戸惑いつつも、ファソンに続いてリビングに入ると、そこには死体が転がっていた。否、キトルが死人のようにソファに寝っ転がっていた。左半身はソファからだらりと投げ出されていて、肘掛に乗せられている顔は目は閉じられ、血の気が引いて真っ青である。
「……キトルさん?」
恐る恐る声をかけると、キトルの身体がビクリ、と動いた。が、そのまま又動かなくなる。
「キ、キトルさん……!?」
明らかに異常な反応だったが、どう対応していいか分からない。どうしようかと1人オロオロしていると、私をリビングに案内して一旦居なくなったファソンが戻ってきた。ファソンは茶器やら茶菓子やらを乗せたトレイを手にしていたが、そんな事気にせず私はファソンに助けを求める。
「ファソンさん! キトルさんが、キトルさんが死んでますが……!」
「あぁ、彼仕事で二徹明けなんだ。放っておいて大丈夫だよ」
二徹明けというのは、二日連続徹夜明け、という事だろうか。あぁ、だから初日以外姿を見ていなかったのか。
「って納得してる場合じゃありませんよ! え、大丈夫なんですか? お部屋で休んだ方が良くないですか?」
私は未だにオロオロしているが、ファソンは「大丈夫、もう意識が飛んでるから」と暢気に応え、トレイをリビング中央のテーブルに運ぶ。
「それに彼の部屋は2階にあるから、運ぶのが面倒だし。あ、お茶と茶菓子を出すから、休んでいって」
「え、あ、有難うございます……」
ファソンは何事も無かったかのようにトレイから茶器と茶菓子をテーブルに移している。しかしあの状態のキトルを前にしてのんびりお茶を飲むというのは、幾らなんでも憚られる。
「せめて、何か掛けるものとか……」
「あっちのソファの後ろにタオルケットが入っているボックスがあるね」
ファソンが、キトルが寝ているソファと反対のソファを指さす。そのソファの後ろを覗き込むと、柔らかそうな白のタオルケットがあった。そのタオルケットを手に取って、キトルの元に持っていく。タオルケットを掛ける前に、だらりと垂れている腕と足をソファに戻さなくてはならない。一旦床にタオルケットを起き、キトルの足をソファの上に戻しにかかる。足1本とは言え、意識が無い男性の身体はそれなりに重いので、よいしょ、意気込んで足をソファに戻す。次は腕を戻そうとした時、その腕によって突然自分の腕が掴まれた。
「えっ!? キトルさん、起きてたんですか?」
吃驚してキトルの顔を覗き込むが、キトルの目はトロンとしていて、今にもまた眠りに落ちてしまいそうである。あぁ、寝ぼけているのか。
「起こしてしまってすみません、風邪でも引いたらと思っ、」
「……シエンさんですか。また一層、綺麗になりましたね」
そう呟いてキトルはまたすぅっと眠りに落ちた。
勿論私の顔は真っ赤である。幾ら寝ぼけてたとは言え、先日は終始怒ったような顔をしていたキトルが、眉間に皺も寄せず、突然ふわりと笑って褒めたのだ。これが最近巷で流行りのギャップなんたら、というやつなのだろうか。
自分が真っ赤になっていて、且つ変な事を考えていることに気付いた私は、無理矢理自分を落ち着かせる。と、ふとある事に気が付いた。キトルの口調はもっと激しかった気がする。幾ら寝ぼけてるとは言え、そうそう簡単に口調が変わるものだろうか。不思議に思い、私は確認の為、茶器に紅茶を注いでいるファソンに視線を送る。
「……寝ぼけてるんだよ」
私の視線に気が付いたファソンはいつも通り笑って流したが、その笑顔が少し強張っていたのは、何故だったのだろうか。