実は、「ロイの場合」
ロイの場合
青くなったり赤くなったり、彼女はとても忙しそうだった。自分でも言いすぎかと思ったが、まぁあの位彼女の肝を冷やさせるのが丁度よかったのだろう。
「あれでばれてないと思っているんだから、更に愛おしい」
ロイはフッと笑んで、自分の部屋の隅に置いておいた鞄から書類をだし、視線を落とした。
サリュエナ・ルー、20歳。身長162、ウェーブのかかった黒の長髪、クリアブルーの瞳。小さなアンティーク店を自由気ままに経営する女主人。その実は外見を操る魔女。軍事訓練の経験があり、現在独身彼氏なし。
個人情報てんこ盛りの書類には、ご丁寧に全身とバストアップの写真まで付けている。自分で情報収集をしただけある、なんて綺麗な写りだろう。
「家族と同居さえしていなければ僕の部屋にポスターにして貼るんだけど…」
自分を慕う淑女諸君の前では絶対言えないようなストーカー的発言をぽろりと落とす。しかし5人兄妹の長男である自分の部屋には、よく弟や妹が、一緒にゲームをしに来たり、勉強を教えて貰いに来たり、怒らせた父親から隠れに来たり、新しい女性から逃げて来たりするものだから、滅多なことはできない。
(…いや、女性から逃げてくるのをわざわざかくまってやる必要はないんだけど…)
1番年上の弟、クイットは女癖が悪い。兄も認める美形だから女性のおっかけが後を絶たないのは仕方ないとはいえ、もう25なのだから自分でどうにかしてほしいものである。
(ティーはまだ遊び盛りだからいいかな。クレアはまだ16だけど、人一倍勉強を頑張っているから手伝ってあげなくちゃ。ベルは、まぁ18歳で反抗期なのは仕方ないね、どこかに鬱憤を晴らせる場所が無いといけない)
兄妹たちの顔と事情をゆっくり思いだし、(やっぱりポスターは無理か)とため息を吐く。こうなったらやはりサリアを直に愛でるしかないのだが、そうすると周囲から「ロリコン」と扱われてしまう。栄えるシューベン商家の長男として、それは少しいただけない。
そこでロイがでた最終手段が「本人にそれとなーくほのめかす作戦」だった。最終的にそれとなくどころかはっきりと断言してきたが、たまった愛情を幾分か伝えられたので、自分としては満足である。
サリュエナの存在を知ったのは2年程前。クレアがとても可愛らしい小店があるので行ってみたいと言ったのがきっかけだった。クレアは普段から真面目な子だから、こういう時はわがままを聞いてあげようと、2人で一緒にその店を訪れた。その店は営業日も営業時間も不定期らしく、「今日はラッキーだ」とクレアが喜んでいたのを思い出す。店の中にはアンティーク調のアクセサリーやちょっとした家具が置いてあって、中々品の良い店だという印象を受けた。
(これならクレアが普段使っていても問題ないね…)
視界に入った蝶をモチーフにした紅色のネックレスに手を伸ばすと、クレアが「あ、」と声をあげてこちらに駆け寄ってきた。
「兄様、それ可愛い」
「ん、気に入った? 合わせてみる?」
「でしたらこの鏡をお使いください」
急に現れた第三者の声に、ハッと振り返ると、濃紺のワンピースを着た黒髪の少女が立っていた。手には瑪瑙のはめ込まれた空色の手鏡を持っている。
「あ、でもそれ、売り物じゃないんですか…?」
クレアが恐る恐る尋ねると、その少女はニコッと笑った。
「アンティーク品は使ってこそ、ですよ。それに私がここの主人ですから、気にする必要はありません。さぁ、どうぞ」
少女はクレアの前にスッと鏡を差出す。その動作につられるように、手にしていたネックレスをクレアにつけてやると、とても良く似合っていた。
「あぁ、とても可愛いですね。お嬢さんの栗色の髪に映えていますよ。もう少し歳を重ねれば、新しい味わいが生まれるでしょうね」
少し年上の女性に褒められたクレアはちょっと気恥ずかしそうにしながら、鏡に映る自分を見ている。
「僕も似合うと思うよ。それを買っていこうか」
「いいの兄様?」
「久しぶりの買い物だろう、遠慮することはないよ」
「ありがとう!」
やったぁ、と喜ぶクレアを笑顔で見つめながら、少女はクレアに話しかける。
「うちの子を引き取ってくださってありがとうございます。それは着けたままでも構いませんよ。それとささやかですが、こちらのお菓子もどうぞ」
そういって彼女は可愛らしいお菓子の詰め合わせを手渡した。よく見れば近所にある有名な菓子店のロゴが入っている。「いつも不定期営業でお客様にご迷惑をおかけしていますからね」、とその少女は笑った。
帰り際、まだ歳は18、9だと見えるその少女に、ロイはふと生まれた疑問を投げかけた。
「失礼ですが、どうしてそのお年で自営業を?」
18歳辺りから働き出す子は少なくない。だが自分で一から仕事を始める子はあまり居ない。人生経験が足りない為、リスクが高いからだ。
すると少女は、今日一番の笑顔でこう言い放った。
「企業秘密ですよ、お客様」
その花が咲き乱れるような笑顔に、自分の心はがっちり掴まれたのだと、後になってから気づいたのだった。
その後も、クレアと共に何度か店に顔を出して、少しずつ知り合いの立場になった。そして影では自分の持てる力を最大限に活用して、彼女の情報を収集した。魔女だと知った時はその情報をかなり疑ったが、今ではあの店もカモフラージュの一種だったのだと理解している。そして奇跡的に、彼女がティーの身辺警護をすることになった。これはもはや運命だ。
「きっと振り向かせてみますよ」
――ロイ・シューベン、32歳。13歳の娘に恋しようと20歳の女性に恋しようと、年齢差的にちょっと危ないお年頃。素直に好きだと言えない甲斐性なし。現在ちょっと間違った方向から、じわじわサリュエナにアピール中。