これぞセクハラ
「おかえりなさいシエン様!」
「ここは私のお家じゃありません、離れてください」
とりあえず主食が必要だろうと、私は2日連続でヒィヒィ言いながら大量の米をお隣さんの家に運んでいた。「3日に1回以上来ない!」と宣言したものの、流石に米は重いので小分けにして持ってくる為に仕方なく、である。ちなみに1日3往復している。そして何故米なのかというと、パンよりよっぽど腹持ちがいいし、そうそう簡単には減ったり腐ったりしないからだ。これだけの量があれば暫く主食を届ける必要はない。
それに詳しく聞くと、無いのは主食、つまりパンや米で、野菜などはそれなりに確保していたらしい。確かに彼らは食糧が無いとは一言も言っていなかった。きちんと確かめなかった私も悪いが、「餓死する」なんて言われたら全く食糧が無いと思ってしまうではないか。主食が無ければご飯は成立しないのだから、この往復作業は無だではなかったのだが、なんとも言えない敗北感である。
「あ、思い出したら少し腹が立ってきました。いい加減離れてくださいチャーリーさん!!」
やっとの思いで運び込んだ最後の米はファソンが抱えてキッチンに持って行ってくれた。よって後は帰るだけなのだが、玄関に入ってすぐに後ろから抱き着いてきたチャーリーのせいで身動きが取れない。バシバシ叩いてみるが、彼の腕の力が緩む気配は全く無い。
「チャーリーさん、だなんて!! ね、呼び捨てにしてください?」
ここまで他人の話を聞かない人は初めてである。離せと言っているのに、今呼び方の訂正が必要なのだろうか。しかしそれで解放されるのならば幾らでも呼び捨てにしよう。
「チ、チャーリー……。こ、これでいいですか?」
「あぁっ、なんてっ、甘美なっ……」
「だめだ聞いちゃいない!」
背後からうっとりとした声を漏らされるばかりで何も変化はない。この人に正攻法は通じない気がする。とりあえずこのまま肘を思いっきり後ろにひこうと私が覚悟を決めた瞬間だった。
「ひゃあっ!?」
ヒップのラインをなぞるように、大きな手がふわりと私のお尻を撫でた。
「どどど、どこ触ってんですか! 本気で殴りますよ!?」
今日の私はシフォン素材の灰色のチュニックに、デニムのショーパンという格好であるが、厚手のデニムとはいえ、その感触は直に伝わってくる。
「いえ、あまりに可愛いので、つい……」
「ついセクハラされるこっちの身にもなってください! あぁもうっそれでも止めないってどういうこと!?」
サワサワと途絶えない感触に肌がぞわりと粟立つ。
「こぉらチャーリー。その辺にしておかないと、折るよ」
キッチンから戻ってきたファソンが、何やら不穏な台詞と共に私をチャーリーから引きはがしてくれた。
「あはは、すみません」
「わぁああファソンさんありがとうございますぅうっ」
少し涙目になりながらファソンにガシッと抱き着き、私はキッとチャーリーを睨みつけた。だがチャーリーの顔はニコニコしたままである。
「この変態っ……!!」
まだ出会って3日ではあるが、本人に言わないでおくことは到底できない。変態紳士だなんて思ってた初日の私を殴りたい、この人はただの変態である、近づいちゃいけない人種である。
「あぁ、そんな……。蔑んでもらえるなんて……」
そして私の言葉や行動すべてを喜んで受け入れる、もしかしたら「ド」が付く変態である。
「あぁもう、止めてくれる? シエンちゃんが来てくれなくなったら私らは餓死するんだよ? そういうのは嫌がられない程度にしておいて」
ファソンが苦笑いしながらリビングに向かって歩き出す。私は彼の言葉に心の中で同意しながら、――退路をチャーリーに断たれていたので――、一緒にリビングに続こうとして、ハッと気が付いた。
それって嫌がらなければしていいと、暗に言ってはいませんか……?