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詰め合わせ。  作者: ゆきみね
しぇいも!
28/42

これって絶対はめられ、

 お1人様幸せ田舎生活希望の末に転居してきた私が、何故3日に1回は(変態含む)お向かいさんの家を訪れなくてはいけないのだろうか。というより、何故訪れているのだろうか。

 話は初対面のあの日にさかのぼる。


「ええと、私、1人でひっそりと暮らしたいと思ってあそこに住んでるんです。ですから、あまり頻繁に訪ねて来られたりすると困ってしまうというか……」

 ここはきちんとけん制しておく必要があると思い、私は彼らに自分の思いを告げた。さっきまで脱ごう脱ごうと騒いでいたチャーリーは、ファソンによって私が座っているソファの横、つまり床に直に正座させられている。そんなチャーリーを満足そうに睨んでいたキトルが「あ、あぁ」と言葉を漏らし、ごほんと咳払いした。

「それなら心配いらない。俺達は川を渡れない」

「え?」

 突然の告白に「どうして?」と首をかしげる私に、チャーリーが気恥ずかしげに言葉を継いだ。

「僕達水が苦手なんですよ。お風呂とかは全然問題ないんですけど、川とか海とか、そういうの渡れないんです」

「え、でも、ここに来るためには川を渡らないと……」

 彼らの家は私の家から川を挟んだ向かい側にある。そして彼らの家の後ろには雄大な山がある。その山を越えて来ない限り、川を越えずにこの地に到る事は不可能な地形になっている。まさか、と思ってファソンに視線をやると、視線に気付いたファソンは苦笑いした。

「うん、もう察してると思うけど、わざわざ山を越えてきたんだよ」

 なるほど、本当に山を越えてきたのか。それならば彼らがこの地に来たことに気付かなかったのも仕方ない。それだって普通は途中で気付くだろ、なんて指摘は受け入れない。仕方なかったのだ。

「あ。っていうことは」

 そこで私は素晴らしいことに気が付いた。これは素晴らしい。

「じゃあ会いに来なきゃ無理に会わなくていいんじゃないですか……!?」

 当人達を前に発する言葉ではないと分かっていても、そのひらめきを心の中に押し込める事は出来なかった。だって私はお1人様幸せ田舎生活希望でこの地に転居してきたのだ。会わなくて済むなら会わない方が気が楽である。特に変態紳士(チャーリー)がいるなら(なお)の事だ。

「あ、そういえば」

 思い出した、という風に当のチャーリーが声をあげた。

「うちで飼ってる豚さんいるじゃないですか。あれ新種改良した豚さんで、イノシシ並の力を誇るんです」

「……何が言いたいんでしょうか」

 聞いちゃいけない気がしたが、聞かずにもいられない。何か含みのある言い方だから、確認しておかないと後々何かありそうだ。

「会いに来ていただけないとなると、けしかけるしかありませんね……」

 憂いを帯びた顔でため息をつくチャーリーに、「何を!?」等と言えるだろうか、いや言えなかった。これは聞かずとも分かる。どう考えても、前後の文脈からして「イノシシ並の力を誇る豚」だ。

「う、うちには自給自足用の野菜畑があるんですよ!? 荒らされたりしたら……!」

「それは大変ですね」

 ニコッと。まるで花が咲くかのように、大の男がニコッと笑った。状況が状況でなかったら「うっわイケメン!」と顔を赤らめていたところだろう。しかし脅されている状況下でそんな素直な反応が出来るはずもなく、私はもう何度目か分からない救いを求めた視線をファソンに送った。だが返ってきたのはこれまた素敵な笑顔だった。(ええい仕方ない!)と、意を決して視線をキトルに移すと、速攻で視線を逸らされた。これぞ俗にいう八方ふさがりか。

「え、えぇえ……?」

 どうすればいいんだと情けない声をあげると、嬉々としてチャーリーがソファにずりずりと近寄ってきた。さっきの花のような笑顔から一転、頬を染めて乙女のように微笑んでいる。

「そんな、毎日来ていただくなんて厚かましいことお願いできません……2日に1回も来てくだされば……! 一緒にご飯とかお茶をしましょう!」

 譲歩してそれか、どこの通い妻だ!と突っ込もうとして、私はふとある事に気が付いた。一緒にご飯?

「そういえば、食糧はどうしてるんですか? 川を越えられないなら集落に降りられないから買えませんよね? 豚や鳥も自分達で食べるようじゃないんですよね? 見たところ畑もないし……業務用並の備蓄でもあるんですか?」

「……」

「……」

「……」

「……あれ?」

 素朴な疑問だったのに、その場がシンッと静まり返った。先程まで笑顔だった2人も、フッと視線を逸らして私の顔を見ようとしない。

「え、えっと……?」

 どうにか返事を貰おうと、いやいやだがチャーリーが居る方のソファのヘリに近寄ると、チャーリーがぎこちなくこちらを見上げた。

「……食糧、どうしてるんです?」

「……なんとなく?」

 何となくってなんだ!

「ちょ、備蓄無いんですか!? そんなのでどうやって生きていくつもりですか! 大の男が3人も居て、田舎暮らしなめすぎですよ!」

 私はソファから立ち上がり、仁王立ちでチャーリーに説教をかました。ネット通販でもすればいいと思ったのだろうか。こんな田舎だと送料が馬鹿にならないし、届くまでに時間がかかるのは当然だ。今手元に食糧が無いのでは、1週間は何もない状態という事になる。いくら男所帯とはいえ、食糧計画が適当過ぎる。もう一度言おう、田舎暮らしをなめすぎだ。私なんて1カ月半もかけてこの田舎生活の為に準備してきたというのに。

「そうだ、思いついた」

 しゅんっとするチャーリーを余所に、ファソンが声をあげた。

「シエンちゃんに買いだしてきてもらえばいいんじゃない?」

 突然の提案に、私は思わずはぁ!?と声をあげた。

「なんで私が! 私は、」

「ならば俺達は餓死するしかないな……」

「ぐっ……」

 キトルのぼそっとした呟きが胸にグサッと刺さった。

「こういう時こそお隣同士、助け合うものだと思っていたけれど……」

「今時の若い子は違うらしいな……」

 誰に話しかけるでもなく漏らされるキトルとファソンの呟きは、確実に私の胸にグッサグッサと突き刺さってくる。何故だ、責められるべきは準備が悪い彼らの方ではないのだろうか。

「ここまで来て死ぬのか……」

「餓死で、ね……」

「あぁ、もう! 買ってきますよ! 買ってくればいいんでしょう!」

 いわれのない責めにもう耐えられないと、私はついに自分から承諾してしまった。

「でも女の子1人で3人分もどっと運べませんよ!」

 悪あがきして見せるが、チャーリーには通用しない。

「小分けにして頻繁に来てくだされば大丈夫です!」

「頻繁……」

 チャーリーの言う頻繁とはどの程度なのだろうか。もう考えたくない。

「勿論代金は2倍払いますよ」

 お金の問題ではない。問題は頻繁に彼らの家を訪ねなくてはいけないという、私の田舎生活の夢に反した行為をすることである。そうやって、勢いで承諾したものの腑に落ちない顔をしている私に、チャーリーがとどめをさした。

「豚けしかけるだなんてそんな事、本当はしたくないんですが……」

「えぇいわかった、わかりました! やればいいんでしょう! ただし3日に1回以上は来ませんから!!」

 するとチャーリーの顔がぱあぁっと輝き、見えるはずのない尻尾が、ぶんぶん振られているのが見えた。あぁ、良いようにハメられたと、これほど実感できたのはこれが初めてだった。


 こうやって私は自分で自分の首を絞めたのでした。

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